第七部 第七章 第二十三話 イリスフェア、若返る


「良し。ともかく、これならまだ目立たない方だろう。取り敢えずだが先ずは叔母上へ報告を……」

「そうですね。フェルミナの方も何か進展があったかもしれませんし……出口は……」

「コッチです〜」


 アルミラに導かれ大燭台の前に移動したライとヴォルヴィルスは脱出用の転移陣を確認。そのまま試練の間を後にした。


 陣の移動先は再び中央塔地下室。階段を使い戻るのは手間なので、ライは女王と謁見した応接間の前まで転移することにした。


「転移魔法、便利だよな……。俺も使える様になるだろうか……?」

「多分大丈夫かと。向き不向きはありますけど今は魔力調整も以前と違いますよね?」

「ああ。それと、何て言ったら良いのか分からんが頭が妙にスッキリして視界が広く感じるというか……」

「あ〜……それも竜人化の影響かも。俺の時は【魔人】で時間も掛かったから自覚無いんですけど、確かに思考力は上昇しましたよ」


 肉体の進化が齎した思考力の強化は、思考加速、並びに並行思考も可能となる為に理解不能だった魔法式等も頭に入って来るようになる。要は頭が良くなるのだ。

 魔術師達がレフ族を求める理由の一つとして、人から進化し魔導の高みを理解する肉体を獲得、そして更なる知識を……という願望がある。勿論、レフ族から経由でその知識領域に辿り着いた者は皆無ではあるが、ヴォルヴィルスは図らずともその知性を手に入れたことになる。


「アルミラ。アトラから魔法知識は貰った?」

「は〜い〜。アトラのできることは大体アルミラにもできます〜」

「ってことは、転移だけじゃなく波動も使えるのか……」


 これもまた好都合な話……。アルミラが波動を使えるならヴォルヴィルスが新たな力の修得に近付く。魔法知識と合わせてライが指南する必要も無くなったのだ。忙しい身としては手間が省けて助かる。


 何せヴォルヴィルスはこれから修得すべきものが多い。その為には過酷な鍛錬をせねばならなくなった訳だが……当人は寧ろ望むところといった様子だった。


「強くなれるなら苦労も覚悟するさ。守れることの方が俺としては大切だからな」

「そうですね」


 頼もしい言葉にライの顔は思わず綻んだ。だが……ここで応接間内から突如として甲高い叫び声が……。


「キャアァァァァ━━━━ッ!」


 声の主はイリスフェア……ヴォルヴィルスとライは何事かと慌てて扉を開き中へと踏み込んだ。


「叔母上!無事か!?」


 見たところ中にはフェルミナとイリスフェアの二人だけ。注意深く観察しても襲撃を受けた様子は見当たらない。ただ、イリスフェアは自らの肩を抱くように床に項垂れている。

 ヴォルヴィルスはすぐに駆け寄り安否を確認しようとした。そこでようやく異常事態に気付くことに……。


「お、叔母……上?」


 ヴォルヴィルスの声で顔を上げたイリスフェアは……何と、うら若き乙女となっていたのだ……。


「ヴォル……わ、私は……」

「ほ、本当に……叔母上なのか?」

「え、ええ……」


 状況から全てを理解したライは白目になった。一方でフェルミナさんはとても誇らしげである。


「フ、フェルミナ……一体何でこうなったの?」

「はい。ライさん達がイリスフェア女王の年齢を気にしていたので若返らせました」

「へ、へぇ〜……」


 “撫でて撫でて”とばかりにライに近付いてきたフェルミナの頭をライは半笑いのまま優しく撫でた……。


(う、うぅむ……。お相手が見付かれば良いと思っていたんだけど、年齢ソッチを何とかしたのか……。流石は大聖霊様……スケールが違う)


 若返ったイリスフェアは十七、八といった容姿。身体はやや細くなった様に感じる反面、張りのある肌がツヤツヤとしている。

 記憶や意識はそのままらしいのだが、ライやヴォルよりも若くなった為に少し頼りなげにさえ見えてしまう。これもまた想定外である。


 とはいえ、これならお相手も見付けやすいか……とも考えたが、根本の問題が解決していない。イリスフェアは結局、多忙なままなのだ。


「………。と、とにかく、ちょっと今後の話し合いしましょうか。お互い色々と対策や相談が必要な気がしますし……」

「そ、そうだな……。叔母上……というと何か違和感があるが……大丈夫か?」

「え、ええ……」


 イリスフェアをソファー移動させた後全員が座り、改めて対話……の予定だったが、今度は応接間のトビラを勢い良く叩く音が響く。


「陛下!悲鳴が聞こえましたが大丈夫ですか!?」

「え、ええ。大丈夫です。ちょっと虫に驚いてしまって……」

「そうですか」

「心配させてしまって申し訳ありません」

「いえ……ご無事なら問題ありません。失礼します」


 アルミラとフェルミナを除き一同は溜息を吐いた……。


「フゥ〜……き、今日は何というか慌ただしい日だな」

「あはは〜……俺なんていつもこんな感じですよ〜」

「そ、そうか……」

「アルミラ、お腹空いたです〜」

「………」


 魔導生命は飯を食うのかよ……とばかりにヴォルヴィルスは肩を竦めてライを見た。


「う〜ん……アルミラはどちらかというとマリーに近いのか。どう思う、フェルミナ?」

「そうですね。まだ不完全ですが確かにマリアンヌ寄りではあります」


 そう述べたフェルミナはアルミラを観察した後、その頭に手を置いて告げる。


『汝、守護者として共にある姿を望みなさい。生命を望むならば私が叶えましょう』


 言葉を終えるとアルミラは赤い光に包まれる。


「これでマリアンヌと同じです」

「お、同じにしちゃったの?」

「正確には少し違いますが凡そは」

「そ、そうなんだ……ハ、ハハハ……」


 フェルミナの説明では【アルミラ】の時はマリアンヌと同様の人寄りの生物、【オウガ】の時は竜鱗装甲寄りの魔導兵器という二形態を『竜の神秘』で構築しているらしい。

 確かにフェルミナによって存在変化の助力が行われた【アルミラ】の身体には、それまで見えていた人形としての関節の継ぎ目等が見当たらない。生体化された為に皮膚に覆われているのだ。


「………。だそうですよ、ヴォルさん」

「………。も、もう何でも良いと思えてくるな、お前と絡むと」

(………。今回は俺、殆ど何もしてないのに)


 ライ自身が何もしていなくとも取り巻く環境が既に異常……その自覚は当人には無い。


 やがて落ち着いた一同は、取り敢えず空腹を訴えるアルミラの為に食事をすることに。但し、若返ったイリスフェアが部屋から出ると少し問題があるのでヴォルヴィルスが全員分の食事を手配することとなった。



 外は既に闇のとばりが降りている。窓の外には街明かりがともり水路や湖がそれを反射していた。試練の間での戦いは結構時間が経過していたことが窺える。


「それじゃ、え〜と……先ず、アルミラの説明から……ですね。ヴォルさん」

「あ、ああ。叔母上、実は……」


 ヴォルヴィルスから説明を受けたイリスフェアは心底驚いている。


「まさか、あのまま試練へ挑んでいたなんて……無茶なことを……」

「ライが居た方が確実かと思ったんだ。結果として試練は乗り越えた……それで、色々と叔母上に頼みたいことがある」

「何でしょうか?」

「アルミラを親類ということにして貰えるか?それなら連れて歩いても問題は無いと思うんだが……」

「そう……ですね……」


 しばし沈黙したイリスフェアはヴォルヴィルスの提案に待てを掛ける。


「親類では何かと身の証を立てねばなりません。誰の血筋か明らかにする必要もあるので却って手間になってしまうでしょう」

「そうなのか?」

「ええ。実は王家には血筋を確認する魔法もあるのです。王の血筋をかたる者達から王家と国を守る為のものなのですが……オウガ……いえ、アルミラは確実に……」

「偽者とバレる……か。う〜む……」

「なのでヴォル……明日、少し外出してきなさい。そこで魔獣に襲われた家族の生き残りを救ったことにすれば問題は無いでしょう。懐かれている理由にもなりますし」

「……分かった。アルミラには民に気付かれない様に城の外で待っていて貰えば良いんだな」

「わかりました〜」


 アルミラの素性はこれで隠せるということにはなった。


「結局、ミラの遺産は俺が貰うことになったな……。だが、そうなるとラヴェリントに悪い」


 ここでライは一つ提案を行った。


「え〜っとですね……その点で少し考えが……」

「何だ……?」

「ラヴェリントの血統で実力があれば『試練の突破者』は他の勇者でも問題無いですか?」

「他の勇者って……一体どうやって……」

「これでちょいっと捜して説得を……」


 額のチャクラを開き『ラヴェリント血統』で『勇者として協力してくれそうな人物』を探る。そこで浮かんだのは数人……。


「…………」

「どうした?」

「それがですね……三人居るんですけど、一人がちょっとだけ知り合いで少し驚いてしまって……」

「何……?」

「知り合いはシウトの騎士です。ラヴェリントの血筋だったのは初耳ですけど……」

「何というお名前なのですか?」

「ディル厶さんという方です。ディルム・レイノール……ラヴェール……」


 かつてのフリオの腹心にして、現在はシウト国・ノルグー騎士団第三師団長の地位にあるディルム。候補としてチャクラの《千里眼》に映し出されたということは協力は取り付けられる可能性が高い。


「信用できる人物か?」

「それは保証しますよ。フリオさんの友人でもありますから」

「なら問題は無いか……」

「でもなぁ……今、シウト国は揉めてて騎士団長が抜けるのはどうなのかと」

「……だが、人物としては確かなんだろ?なら俺が会って確かめる。一応、可能性はあるんだよな?」

「それはまぁ……」

「なら丁度良い。明日、シウト国へ行ってくる。その足でオウガを連れて戻れば手間も省ける」

「……。分かりました。じゃあフリオさんに口利きを頼んでおきます」


 ヴォルヴィルスがディルムを説得できるかは明日には判明するだろう。


「だが、代わりの試練突破者となると『遺産』の方はどうするんだ?」

「そこは代わりのものを用意しようかと。それでですね……ちょっと転移で人を呼んで来たいので結界の上空に穴を開けて貰えますか?数秒で良いので」

「え、ええ。数秒程度なら構いませんよ」

「じゃあ、少し待って下さいね」


 一応、《千里眼》にてお相手の様子を確認……問題無しなのでライは小さく頷いた。

 それに応え、イリスフェアは結界装置を操作できる『女王の指輪』を用いラヴェリントの結界に人一人分程の穴を空ける。ライは早速転移し次の瞬間には応接間に戻った。

 ライの傍らには……白衣を着た一人の少女が呆けて立っていた……。


「ライ殿……その方は?」

「エクレトル神聖機構、天使のエルドナです」

「エルドナ!?あ、あの、エルドナ社の……?」

「ええ。彼女なら確かなので」


 一方、エルドナは置かれた状況が未だ掴めず溜息を吐いている……。


「ちょっと……どういうことなの、ライちゃん?ここは何処?」

「ラヴェリント国だよ。悪いね、いきなり連れて来て」

「……説明してくれるのよね?」

「勿論。エルドナ……大至急の頼みがあるんだ。千年前の遺産を解析して複製品を作って欲しい」

「………。とにかく詳しく聞かせなさい」


 説明を受けたエルドナの目はやがて爛々と輝き始める。ここにラジックを連れてこなかったのは単純に近くに居なかった為ではあるが、エルドナは自分が優先で呼ばれたことに喜びを隠せない様だ。


 こうして、エルドナを巻き込み『ラヴェリント・アナザー勇者計画』は始まったのである……。







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