第七部 第七章 第二十四話 遺産の偽装
神聖国家エクレトルから半ば強引に連れて来られたエルドナではあったが、事情を聞いた途端喜々としてアルミラを調べ始める。好奇心と研究欲はラジック同様の異常さを宿す魔導科学研究家の元祖……アルミラは撫で回すかの様に身体を隅々まで触診されている。
「
「コラッ!あと少しだけ我慢しなさい!」
逃げ回るアルミラを取り押さえ一通り調べたエルドナは、更に腕輪型空間収納庫より金属製のゴーグルとグローブを取り出し装着。
「フムフム……成る程成る程。確かにこれはマリアンヌちゃんとほぼ一緒の状態ね」
「それってどういうこと?」
「マリアンヌちゃんは以前調べさせて貰ったんだけどね〜。肉体は人寄りなんだけど骨格は竜鱗と燐天鉱の融合物質なのよ」
元々金属の身体であった魔導人形がフェルミナの概念力により生体へと進化したマリアンヌ。燐天鉱はその際に変化した副産物の様だが竜鱗の方は不明だったらしく、エルドナは改めてラジックに確認したそうだ。
結果、ラジックが竜鱗装甲を再現する為に保存していた物をマリアンヌが保持していたと判明。本来稀少な竜鱗ではあるが、ライと関わったことでシルヴィーネルやフィアアンフといった竜からの提供もありラジックは気にしなかった様だ。
因みに、マリアンヌの体重は同体格の人間と変わらない。軽い竜鱗と燐天鉱の融合は強固にして軽い骨格を形作ったが、恐らくその辺りはライの願望も反映されていると思われる。
「でも、オウガ……アルミラはちょ〜っと違うわね。肉体化の兆しはあるから何とも言えないけど、骨格は竜鱗と魔法銀ね。その辺りは魔法王国時代の材質からのものかな……だからちょっとだけ重いわ」
「へ、へぇ〜……」
「あと、アルミラ側は人寄りだけど『オウガモード』はライちゃんの推測通り竜鱗装甲の基礎になってるのよ。心臓になる核の魔石は肉体化が始まってるから竜鱗剣側も進化する可能性もあるわね」
「それって……竜鱗剣も生きてるってこと?」
「まだ可能性の範囲だけどね〜。でも、そうなるとヴォルちゃんの契約対象が二つになるのかしら……その辺りも未知の領域だから経過観察しないと」
「ヴォルちゃん……」
既に話に付いていけないヴォルヴィルス。その傍らにはエルドナから逃げたアルミラがピッタリと張り付いている。
「それで……結果はどう?」
「オウガ同等とまでは行かないけど近いものは複製可能よ。ただ一から作るとなると数日ではとても無理ね」
「う〜ん……。じゃあ、諦めるしかないか……」
「そうでもないわよ?竜鱗装甲の基礎だから、いま用意してある竜鱗装甲を一つ改造すれば良いのよ」
ライの同居人の為に準備している竜鱗装甲。既に完成したものの中から一つをラヴェリント勇者用に改修すれば四日程で用意できるとのことだが、ライにとっては同居人を優先したいところではある。
「う〜ん……それはなぁ……。因みに竜鱗装甲は誰のが用意できたの?」
「戦いに出そうな人優先で希望を聞きながら作製したからフェルミナちゃんやホオズキちゃん達のものは未完成なのよ。で、私の権限で最優先がアリシア。それからマリアンヌちゃん、クリスティーナちゃん、シルヴィちゃん……」
(シルヴィ、竜鱗持ったドラゴンだけどね……)
シルヴィーネルは竜ではあるが人型形態の際は防御力がどうしても落ちる。その補助としてはやはり装備は欠かせない。
「……あとはトウカちゃん、エイルちゃんの五つまでは何とか完成したわよ」
と、ここでライは即答した。
「エイルのものを使ってくれ」
「良いの?」
「ああ。エイルには竜鱗より硬い最強の守りがあるからね。それに、今は凄く強くなったんだ」
異空間での出来事を伝えると、エルドナは“素晴らしいわ!”と翼を展開しラジックばりに叫び声を上げた。その声に反応して衛兵が再びやってきた為、ライが部屋を魔法で遮音したのは余談である。
「コウのヤツ、いつもエイルの守りは任せろって言ってるから竜鱗装甲認めないと思う」
「成る程ね〜。【御魂宿し】なら意思疎通も問題無い訳ね」
「まぁ、鎧になるなんてのは聖獣コウならではだろうけどね。………。一応聞くけど、エイル用の装備を他の同居人の鎧に改修して回した方が開発早くない?」
「そうでもないわね。今回はラジックと協力しているから全員分をほぼ並行開発しちゃってるの。遅れている分は単に人手の問題でね……つまり他の竜鱗装甲も途中まで出来上がってるから改修する方が手間が掛かるかな」
「そっか……。武器の方は?」
「そっちは新しく作るしかないわね。鎧の方が構造が複雑だし命の守りに重要だから武器は後回しにしてるのよ。天使用のアバドン討伐装備を大至急用意するようペスカー様から命令が入っちゃったから余計にね〜」
「う〜ん……」
エルドナだけではミラの遺産と全く同じ構築……というのは難しい様だ。
ならば使えるものは全て使おうとライは考える。幸いなことに頼れる存在がライには多い。
「そういうことならアムルと一緒に開発して貰えないか?ヴォルさんの竜鱗剣を解析したなら早くできるだろ?」
「むぅ〜……折角面白いものを開発できると思ったのに……」
「情報があるなら後から色々と試してみれば良いんじゃないかな。どうせこの先、エルドナ達にはディルナーチ大陸側の装備も頼むつもりだったし」
「今回は時間を優先ということね……仕方ないわね」
「悪いね。ああ、あともう一つ頼みが……」
ライは自らの首に掛けていたペンダントを外しエルドナへと手渡した。それは竜鱗装甲アトラの待機状態の姿である。
「?……アトラ、どうかしたの?」
「実は
「だからアトラからの情報が来なかったのね……でも良いの?休眠状態でも鎧は展開できるから何かあった時困るんじゃ……」
「たまには休ませるべきとも思ってさ。俺と居ると結局無理させてる気もするし。あ……念の為、朋竜剣だけは置いていってくれ」
「……。分かったわ。と言ってもアトラを勝手に弄らない約束だから修復装置に入れておくだけに……」
ここでエルドナは一瞬ハッとした表情を見せた後、何か悪いコトを思い付いた様な顔で笑っている。
「……フムフム。この手なら私が弄ったにはならないわね……。まさかオウガのデータが早速面白いことに……」
「……お〜い、エルドナ?」
「えっ?ウフフ!ワタシは何もしないわよ〜?」
「………。おい、眼鏡天使……何を思い付いた?」
「ベ、別に〜?そうだ!完成したら『オウガ弐号』は直接ラヴェリント?それともライちゃんに渡す?」
「ラヴェリントで良いよ。イリスフェアさんに渡してくれれば……それより、何を思い付いたか吐……」
「ともかく、後は任せて!ハイ、ライちゃん朋竜剣!」
エルドナはアトラの籠手のみを展開し収納されていた朋竜剣を取り出すとライが受け取りづらい方向へと放り投げる。その隙にエルドナはイリスフェアに素早く語り掛けた。
「女王、結界を少し解いて貰える?」
「え、ええ……」
イリスフェアが結界を緩めた途端、エルドナは腕輪型神具の機能で姿を消した……。
「……。くっ……逃げやがったな……」
朋竜剣を手にしたライは眉間に手を当て溜息を吐く。
とはいえ、何を思い付いたにせよエルドナがアトラに害を与えることは無いだろう。
「…………。と、ところで、イリスフェアさんの姿なんですけど……」
「え、ええ……。流石にこの姿では兵達に信用されませんよね」
「それなんですが、それも『ミラの遺産』の影響ってことにしちゃいましょう。数日なら誤魔化す手段もありますし、『オウガ弐号』が完成してディルムさんの協力が得られたら二人で試練を果たしたことにして下さい」
この言葉にはヴォルヴィルスはやや呆れている。
「それは……流石に無理がないか?」
「大丈夫ですよ。一応、第一試練だけはディルムさんにも果たして貰うつもりですから。それに寧ろ女王を絡めて派手に遺産継承の成功をアピールした方が何かと上手くいくと思いますし」
結局、一般人には古代の遺産がどんなものでも安心を得られさえすれば良いのである。ヴォルヴィルスが第一試練を果たしただけでも宴になっているのがその証拠だ。
その恩恵が国の象徴である女王にまで及んだとなれば、国民は勇者の遺産がラヴェリントを守るものだと強く信じることにも繋がる。ましてや若返り……それは最早奇跡の所業。故に機運は否が応にも高まるだろう。
「そんな……ものか……?」
「そんなモンですよ〜……多分」
「………」
「アハハ〜。で、ここでもう一つ。俺がラヴェリントに来た本来の目的を絡めます」
朋竜剣にて異空間から呼び出した黒獅子五体。ヴォルヴィルスは一瞬身構えるもライから事情を聞いていた為にすぐに警戒を解いた。
そして改めてイリスフェアへ事情を説明し黒獅子配置の容認を得る。が……ここからがライの提案だ。
「遺産は『オウガ弐号』の他にこの黒獅子を呼び出す道具があったことにしましょう。そうすれば女王の守り手にもなりますし、公然と黒獅子達も動けて一石二鳥です」
「それは……私としては助かりますが……」
「勿論、黒獅子達を縛る効果は付けません。飽くまで黒獅子は協力してくれるだけです。でも、そうじゃないと意味が無いので」
チラリと見るライに気付き黒獅子達は意図を理解した様だ。
『我等は繋がっている。だからお前が他の地に任せてきた仲間のことも知っている。任されたこの地を手助けすれば良いのか?』
「うん、頼んだ。その方がヒイロも喜んでくれると思うから」
『……わかった』
「という訳で、イリスフェア女王にはこの黒獅子達を任せます。安全は俺が保証しますから」
「わかりました。お受けします」
「ありがとうございます。じゃあ……え〜っと……少しだけ待って下さいね〜」
朋竜剣の収納空間から錫杖型の魔導具を取り出し燐天鉱に物質変換。純魔石を組み込んだものをイリスフェアへと手渡した。
更に、黒獅子達の角にも燐天鉱の装飾を施す。これにより錫杖との連携が可能になった。
そしてもう一つ……腕輪をイリスフェアに手渡した。これは容姿偽装用だ。
「なぁ、ライ……」
「何ですか、ヴォルさん」
「お前……毎回こんなに手間掛けてるのか?」
「乗り掛かった船ですからね〜。できることはしようかと」
「………」
ヴォルヴィルスは改めて目の前の男を異常だと感じた。
確かに頼っても良いと思う何かを感じさせる存在ではある。嫌味ではなく底なしのお人好しだろうことも分かる。だが、やること為すことが一々常識から逸脱しすぎているのである。
ヴォルヴィルスがアプティオ国で知ったことは、ライはリーブラ国民を救い、【彷徨う森】を復活させ、スランディ諸島の大地を隆起させ暮らす人々の環境を用意し、更には国として成り立つよう敵国たるトシューラの兵までも取り込み国家を成したこと。
しかも、そこに見返りは求めない。ライはアプティオの王となったレフティスを友と呼びその友の為に手助けしただけなのだと述べていたのだ。
それは全て順調にいっても数十年は掛かるだろう偉業……だが、ライは僅かな間に完璧な形で成し遂げた。
末恐ろしいのはそんな行為はアプティオ国だけでは留まらないことだ。ヴォルヴィルスは通常なら耳を疑う話をティムやパーシンから幾つも聞いていた。
そして今もまた……ライはヴォルヴィルスの為という名目でラヴェリントに有り得ない恩恵を与えようとしている。
(竜人とやらになった俺だが、この先力を得てもライの様にはなれないだろう……。いや……コイツ以外には絶対に無理だという確信がある)
どれ程追い求めればその領域に到れるのかヴォルヴィルスは想像が付かない。それは力だけではなく精神の話でもある。他者の為に尽力し続けることをなど人の心では限りがある筈なのだ。
そしてその考えはあながち間違いではない……。
ヴォルヴィルスは知らないのだ。いや……ライの友人や知人……両親や家族、魂を繋いだ大聖霊達ですら知ることはないだろう。
『ライ・フェンリーヴ』という存在が
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