第七部 第七章 第二十五話 歴史の一ページ
ラヴェリントでの行動を粗方終えたライではあったが、既に夜半……イリスフェアやヴォルヴィルスの勧めもあり結局その日は城に泊まることとなった。
何せ最後の目的地であるアヴィニーズ国には知人が存在しない。そんな地に夜も更けた時刻に踏み入っても黒獅子達を任せる交渉などできる訳もなかったのだ。
「うぅむ……まさかここまでやることがあるとは思って無かったからなぁ」
ラヴェリント王城『鏡花城』の一室……ベッドに大の字になり横たわるライはぼうっと天井を見ている。思い返せば『世界の敵』呼ばわりされてから怒涛の日々が続いている。こうしてベッドでゆっくりするのは何時以来かとふと思った。
と……その時、部屋のドアがおもむろに開く。
「おかえり〜。どう?ゆっくりできた?」
「はい。良いお湯でした……。ライさんは入らないんですか?」
イリスフェアに誘われ王城内の浴場にて汗を流してきたフェルミナは浴衣を纏っている。ライは一瞬鼻の下が伸びたがそこは素早く誤魔化しつつ身体を起こした。
「アハハ〜……取り敢えず俺は大丈夫だよ。ホイッと」
洗浄魔法を発動し身綺麗に……これもすっかりライの日常になってしまっている。
「……。ねぇ、フェルミナ。誰かアヴィニーズに知り合い居ないかな?」
「残念ながら……。黒獅子達のことですか?」
「うん。まさか今日一日でこんなに時間が掛かるとは思って無かったからさ……。アヴィニーズかタンルーラに黒獅子達を任せたかったんだけど、明日にはベルフラガと合流しないと……」
「そうですね……それなら、そのベルフラガに任せるのも手なのでは?」
「あ〜……その手があったか」
ベルフラガはイベルドの人格で各地を巡った経緯がある。マーナの仲間としての知名度もあり黒獅子を任せる交渉も上手く運べる可能性は高い。
「流石フェルミナ。これで取り敢えずヒイロへの顔向けはできそうだ」
「………」
「ん……?どったの?」
「ライさんは優しすぎるんですよ。ヒイロだけの話じゃなくて、誰かと関わると最善にしようとし過ぎます。それは必ずしも人間達の為にはなりません」
「ハハ………。分かってはいるんだけどさ……」
性分……と一言で片付けるにはお節介が過ぎる行動。当人も自覚はあるがどうしても良い方向への手助けをしたくなる。これは闘神の復活が迫っているので尚の事だ。
そんな耳の痛い忠言を誤魔化す様にライは話題を逸らす。
「そう言えば……イリスフェアさんのこと、若返らせるとは思わなかったよ。俺はてっきり誰かお相手を紹介するツテがあるのかなぁ……と」
「イリスフェア女王の話では忙しくて単純に出会いの時間がなかったという話でした。彼女は十代の頃からずっと女王の仕事ばかりらしくて……それならやり直しをさせようかと」
「……。その辺りって神様の禁則事項には当たらないの?」
「はい、特には。昔は若返らせて欲しいという人間は多かったですよ。自然な流れではないので殆ど願いを叶えることは無かったんですけど、イリスフェア女王はロタとモルゼウスの子孫なので特別に」
三百年前の歴史改変が起こる以前は大聖霊の超常の力へ縋る者も多かったとフェルミナは語る。特にフェルミナは【生命を司る】存在……不老不死を求める為政者は多かった様だ。
だが……その尽くは願いを叶えることはできなかった。大聖霊は世界の摂理に関わる存在故に意志を操ろうとする相手には容赦をしない。権力を用い大聖霊を捕らえようとした相手は例外無くしっぺ返しを受けた。
フェルミナの場合は生命活動を一時的に止める程度で済ませていた。勿論、権力者自身へはしっかり【老化】という罰を与えてもいるが比較的対処が甘いと言える。
永きロウド世界の歴史の中にはメトラペトラやアムルテリアの力で滅んだ国も存在する。軍隊を丸ごと消し飛ばされた為に隣国から侵略された国、国民全てが石化した国、溶岩に飲まれ消えた国も存在する。
今の大聖霊達からではとても想像も付かない行為ではあるもののライがそれを責めることはない。容易に人が手に入れようとすること自体が破滅に繋がる──そう思わせなければ人はいつまでも愚行を繰り返していたのは明らかだ。それ程に大聖霊の力は特殊なのである。
ここでライはふと疑問に思ったことがあった。何故あれ程術や力に固執するアムドが大聖霊を追い求めなかったのか……その理由は後々アムド当人の口から明らかになる。
「為政者は自業自得……というのは理解できるけど、個人の場合は違うの?」
「はい。人という種はまだ幼いですからね。それでも救われたい、救いたいという場合は純粋さを見て手助けしていますよ?もっとも、そういう人間は救ってくれる存在を選ぶことはありませんでしたけど」
「……?どういうこと?」
「人を救えるのは大聖霊の力だけではない……といえば分かりますか?」
「成る程……そういうことか」
救う力は聖獣や精霊にも宿っている。精霊の力を借りる際には多少の対価が発生することも多いが、聖獣は清き願いを無視することは無い。病、怪我、誰かを救いたいと純粋に願った場合は確実に手助けを行っている。
純粋な救いを求める中には大聖霊と気付かず願う者も居る。そんな時はメトラペトラやアムルテリアも決して
そういった行為は改変された歴史の中にも僅かに残されていて、猫神信仰や女神信仰等は最たる例とも言えるだろう。
「………。お、俺、良く消されなかったな……」
「フフ……。ライさんは絶対にそうはなりませんよ」
「な、何で……?」
「だって、私達を全員救ってるから」
フェルミナ、メトラペトラ、アムルテリア……そのやり取りはどうあれライは救うところから始めている。本来他者の助けを必要としない大聖霊を救う行為は既に悪意から掛け離れている……そうフェルミナに告げられたライは気恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「ち、因みに、
「はい。昔、聖女と呼ばれた者はイリスフェアに状況が似てますね」
「もしかして……聖女アウラ?」
「はい」
「やっぱり……」
アプティオ国の『元・マコア』ことアウラの名の元となった『聖女アウラ・オルグベス』は、神聖国家エクレトルが建国される以前の神聖教徒である。当時はエクレトルによる布教が行われておらずロウド神信仰は今よりも限定的なものだった。
その中で、癒やしの力を以てあらゆる者を分け隔てなく救う聖女は神聖教を世に知らしめ広げることにも一役買っている。
ただ……アウラの伝承は複数存在していて実在が疑われても居た。実は二人居たという話まである程だ。
「彼女は【生体調整】の存在特性の持ち主でした。病を退ける肉体を与え、欠損した身体を再生……それにヴォルヴィルスさんの話にあった蒼星病の治療も……。そうして生涯を人を救うことに費やしました。でも……」
「未婚だった訳か。そういえば神聖教は婚姻を禁止してないってアリシアが言っていたな……」
「アウラは友人でした。彼女がその生涯を終える前にふと口にしたんです。『人々を助ける人生は後悔していない……でも、少しだけ普通の人生を歩んでみたかった』って。だから私は……」
「若返らせたんだな。それで……若返ったアウラはどうしたの?」
「その後、旅に出て多くの人を救いました。ただ、癒やしだけでなく脅威と戦うことが増えましたね」
「う〜ん……それって普通の生活じゃないんじゃ……」
「そうですね。でも、当人は満足げでしたので……」
フェルミナから神具を提供されたアウラは戦う術を手に入れた。魔物や魔獣を退け、悪意ある者から弱き者達を救う。それまでと大きく違ったのは仲間達が居たことだろう。
現在でいう勇者一行……ライはそんな印象を受けた。
「やがてアウラは英雄ノルグスト・リーマンと恋に落ちて子孫を残しました。それが現在のシウト国ノルグー領ですね」
ノルグストは英雄の時代の賢王と呼ばれた人物。遥か後、『ノルグー国』はシウト国と併合し現在まで大領地として残ることとなる。
「人に歴史あり……だな。……。イリスフェアさんもアウラみたいになると良いな」
「そうですね」
「さて……明日も忙しそうだしフェルミナも流石に疲れただろ?寝ようか」
「はい」
異空間での戦いの中でフェルミナは波動氣吼法に目醒めた。大きく覚醒したエイル程では無いにしてもやはり負担はある。
フェルミナから聞いた歴史の真実を胸に久々のフカフカベッドでの安眠を……と思っていたライ。しかし、横たわった目の前にはフェルミナの顔があった。
「………フェルミナさん?」
「何ですか?」
「ベッドは二つあるよ?」
「そうですね」
「………」
「添い寝の約束、忘れちゃったんですか?」
(……そうだった)
ヒイロの異空間に向かう前、ベルフラガにおかんむりだったフェルミナを宥める為に添い寝の約束をしていた。あれは機会があれば常に、という話だったので今回も対象になる。
「嫌ですか?」
「ううん……嫌じゃないよ。分かった。一緒に寝よう」
「はい!」
寝床に潜り込まれたことは何度もあったが、こうして自らの意思で添い寝するのは実に久方振りのことである。
そしてライは、かつてそうした様に背中を向けたフェルミナを抱える様に横になった。
「フェルミナ、あの頃より少し姿が成長しているよね」
その髪を撫でながら問い掛けるとフェルミナは嬉しそうに笑う。
「ライさんが成長して私の封印も幾つか解けたからですね。でも、私にとってはどの姿でも問題はありません。ただ……」
「ただ……?」
「ライさんと出逢った頃からあまり変えたくは無いと思ってます。今は少し成長してますけどね?」
「どんな姿でもフェルミナはフェルミナだよ。楽な姿で良いからね」
「はい」
実のところフェルミナの成長は無意識下のライへのアピールでもある。『リビドー勇者さん』はエロスに弱い。成長したフェルミナの肉体に興味を示すことを鑑みての変化だった。
そして一方の『リビドー勇者さん』ではあるが、彼はこれまでの中で色々な面で成長を果たしている。無論、その精神はより強固な意識を宿すに至る。欲情の一つや二つ、今や調整することさえ可能になって……。
(我が野獣よ!静まり給え〜!)
ハイ、いませんでした。
彼はエロスに関しては全く成長をしていない。所詮、『エロ勇者』は『エロ勇者』に過ぎないのである!
とはいうものの、ここ数日の激闘は流石に
そして翌日……深き眠りを必要とし目覚ぬ者が他にも居たことをライは改めて理解するのだった。
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