第七部 第七章 第十四話 封印されし遺産


 ラヴェリント王都・グライアーゼの街並みを楽しんだライとフェルミナ。しかし、本来の目的を忘れていた訳ではない。チャクラの《千里眼》によりヴォルヴィルスの姿を確認しその行動を追っていたのである。


 ヴォルヴィルスは王都の中を何かと慌ただしく移動していた。一つどころには長く留まらず、時折一休みしての移動……といった風だった。


 そしてようやくその行動に追い付き声を掛けようとしたのだが……ヴォルヴィルスはライに気付かず駆け抜けて行った。


「…………」


 その後もひたすら駆け回っているヴォルヴィルス。鎧も剣も全て外した軽装ながらかなりの労力を費やしている様だった。しかし、街の人達が迷惑がる様子も無い。

 流石に気になったライは通り掛かった果物屋でリンゴを二つ程購入し店主にそれとなく聞いてみることにした。


「ちょっと聞きたいんですけど……あ、ホラ……何であの人走り回ってるんですか?」


 丁度通り掛かったヴォルヴィルスを指差し問い掛けると、中年店主は苦笑いで答える。


「あ〜……。アンタ、国の外から来たんだな。……。あの方はこの国の王族なんだけどな?何でも『勇者の試練』てのを受けている最中らしいんだよ」

「勇者の……試練?」

「ラヴェリントを建国したのは遥か昔の勇者様なんだそうだ。だが、この国は女王制だろ?だから勇者の試練は男が受けるのがしきたりなんだが……ここ長らくそれを果たした者は居なかったそうだ」

「へぇ〜……」

「結構厳しい試練が幾つかあるとかで……と言っても俺もアレしか見たことはない。前回は五年程前になるかな。挑んだのはイリスフェア様の甥……走っているあの方の従兄弟だったよ」


 ラヴェリント王族は、女が王位継承権を持ち国を栄えさせ男が勇者として国を守る役割を担うのだという。その為、ラヴェリントに存在する戦力は騎士団ではなく『勇士団』と呼称されていた。

 しかしながら、ラヴェリントに試練を突破した『真なる勇者』は存在していない。王族の男は試練を乗り越えることはできなかったのだろう。


 その試練も今や形式としての成人の儀になっているという。既に齢二十を越えアプディオの騎士となったヴォルヴィルスがそんな試練に挑んでいるのもまた数奇な運命なのかもしれない。


「え〜っと……あれ、途中で声を掛けても大丈夫ですかね?」

「駄目駄目!アンタ、そんなことするつもりだったのか?アレは時間内に目的を果たす試練なんだ。声なんか掛けたら間に合わなくなるかも知れんだろ?どうしても、ってんなら終わるまで待つんだな」

「ち、因みに、どれくらい待てば良いですかね?」

「さぁ……流石にそれは分からんかな。何せ俺も果たした王族を見たことがない。あの方ももう二日は走り通しだ」

「えっ……!そ、そんなにですか?」

「ああ。だから邪魔しちゃならんよ?この国にとっては大事な儀式……もし邪魔したら……」


 果物屋の店主は掌で首の近くを払う素振りを見せた。


(何かラヴェリントって謎の国だな……。勇者の試練か……)


 ヴォルヴィルスの行動を邪魔できないと分かったライは、フェルミナと共に近くの食堂で遅めの昼食を取りつつ対応を考えることにした。


(さて……どうするかな)


 王都の湖『藍玉湖あいぎょくこ』で獲れた新鮮な魚料理を平らげ、ライはフォークを置いた。その様子に気付いたフェルミナも食事の手を止めライに問い掛ける。


「先にアヴィニーズへ向かいますか?」

「う〜ん……。試練てのがどんなものなのか分からなかったから、待ってるにしても先に他を回るにしてもその辺を調べようかな、と思ってた。てか、もう調べた」

「調べた……ですか?」

「うん。まぁ、その程度なら問題無かったからね」

「……?」

「クローダーの記録からちょっとね。国の極秘事項、なんて可能性もあるから今の試練に関してだけチョイチョイっと」


 【情報の大聖霊・クローダー】の記錄ならば必要な過去の情報を得ることができる。


 ただ……ライは本当に必要なこと以外はクローダーの情報を使おうとはしない。世の中には他者に知られたくない秘事は多々ある。国の儀式とされているならば建国に関わることにも成り得る。それは国を揺るがす秘密にも繋がりかねない。

 なので、今回も詳しい事情はヴォルヴィルス自身から聞いて知れば良い。その前に儀式の方法を多少調べる程度ならば問題にはならないだろう。


 何より……対話という行為をライは大切にしている。魔物にさえ呼び掛けを行う変わり者なのでそれは尚更だった。記録閲覧だけで済ませるのはやはり性分ではなかった。


「それで……どんな試練だったんですか?」

「うん。まぁ、ゆっくり食べながら話すよ」


 追加で料理を注文し食事を続けつつの会話。これもまた休息の在り方である。


「ヴォルヴィルスさんはどうも魔法陣を描くように走ってるっぽいんだよ」

「魔法陣……ですか?」

「うん。今やってる試練ていうのは“五日以内に決められた順路を百回辿る”ってヤツなんだけど、《千里眼》で動きを俯瞰してみると五芒星の模様を描いてた。で、更に上空からの視点に切り替えてグライアーゼを見てみるとその為に敷かれたらしい道がある」


 恐らく最初に城を建てた時点で儀式用の道を街に組み込んだのだろう。今はその道以外にも導線が増えた為に紛れてしまったようだが、王族にはその順路が伝えられているとみて間違いない。


「で……これは見た訳じゃなくて推測なんだけど、王城を中心に魔法陣を踏むって行為ってさ……」

「封印の解除……ですね。多分ですけど」

「流石フェルミナ、話が早い。もしかして『勇者の試練』てのは、王城に封印されてる何かを解放する儀式なのかなぁ……って思ってさ。そこで聞きたいんだけど……フェルミナはこの国に関わる勇者の話って知らない?」

「そう……ですね……」


 永き時を存在する大聖霊であるフェルミナ。ラヴェリントのことは良く分からないが、この土地に存在した勇者には幾人か心当たりがあった。


「三人程居ますね。一人は英雄の時代の勇者です。でも……」

「でも……?」

「あまり強くなくて直ぐに勇者を辞めていました」

「…………」


 気持ちは真っ直ぐながら実力が見合わず商人になった元勇者……は除外しても良いだろう。


「ほ、他には?」

「水系統の存在特性が使えた勇者が居ました。でも……」

「で、でも……?」

「“もっと広い海原が俺を待ってるぜ!”と言ってこの地を離れました」

「へ、へぇ〜……」


 それはかなり有名な人物だった。千五百年以上前に世界の海を股にかけ海賊達から人々を護った偉人で、その冒険譚は絵本にもなっている。

 通り名は『海原の勇者』──しかし、その偉人もラヴェリントとは無関係と思われる。


「そ、それで……最後の一人って……」

「……。実は……」


 魔法王国の時代──人工的に強力な戦闘力を宿す人間を生み出そうとする計画があった。


 後に計画は『魔人転生』という魔法に集約されるされるが、その過程で多くの人間が実験台となった。身近な例としては暗殺集団サザンシス。彼等は魔人化実験の被害者の子孫である。

 また、『双子の魔王』とされていたニースとヴェイツは魔法王国が最後に生み出した完成型の人造魔人だ。


 そして……他にも魔法王国が生み出した存在が居た。それが後に勇者と繋がる人物……。


「魔法王国が勇者を生み出したの?」

「いいえ。彼女は……」

「ちょっと待った。彼女って……女の人だったの?」

「はい。彼女の名前はロタ。私も偶然出逢って少し話をした程度ですが……」


 ロタは魔法王国の研究施設から逃げ出し現ラヴェリント付近の森に逃げ込んだ。その身体は実験の後遺症で余命幾ばくも無かったという。

 そこに偶然、覇竜王と旅をしていたフェルミナが通りかかり身体を癒やしたのが切っ掛けで知り合ったらしい。


「ロタは魔石核との融合実験を受けていました」

「それってどんなものなの?」

「簡単に言うと魔力臓器を人工的に移植する……といったものですね。ロタは辛うじて生き残った為に更なる実験をされたそうです。そのお陰で力を得て逃げられたらしいですけど……」


 人工魔力臓器の移植に成功した魔法王国の魔導師は、更にもう一つの魔石核をある兵器に組み込み一種の人工生命を生み出そうとしたのである。

 それは魔導兵の原型とも言える技術……。だが、魔石核を埋め込んだ兵器はロタと同調。互いに干渉し更なる力を発揮し研究施設を破壊して逃走した。


 魔法王国時代の魔導師が人道から外れていることは聞いていたが、まさかそこまでとは思いもよらないライはしばし無言だった……。


「……。その人は……幸せになれたのかな……」

「魔石核は取り除いて癒やしたので人の人生を歩めた筈ですよ。風の噂では子孫に見守られ老衰で死んだと聞きました。そして、彼女……ロタの伴侶は私と旅をしていた覇竜王です。ロタの身体が癒えるまで傍に居ると言っていましたが、そのまま残ったみたいですね」

「覇竜王……」

「二人の子が後に『勇者』を名乗り魔法王国へ反旗を翻したそうですが……」


 またも覇竜王の血筋……。


 神が竜と人との間に子を成せる様にしたのは、もしかすると脅威へ備える為だったのだろうか……とライは考えてしまう。


「ロタはもう少し西側に居た筈ですが、位置的に近いので可能性はあるかもしれません」

「もし……ラヴェリントの先祖がロタの子だったなら、封印されてるのはもしかして……」

「覇竜王にまつわるものか、または魔法王国の兵器……かと思います」

「うむむ……。これはまた面倒そうな話に……」


 子孫の為に遺したと思われる遺物。しかし、現代に至るまで解かれていないとなると意図して厳重な封印を掛けたのは明らかだ。

 それが強力過ぎる為に封じたのか、それとも制御できない為に封じたのか……封印を解く試練自体が危険な気がする。


 ディルナーチ大陸には現在トウカが所有している『覇竜御雷刀』が存在していた。同じ様な武器があっても不思議ではないのだ。


 こうなると……ライは途端に放置できなくなってしまう。


「う〜む……どうしよ?」

「大丈夫だとは思いますよ?覇竜王の子孫が危険なものを遺すとは思えませんし」

「どうだろ?御先祖のバベルは海王……リルの体内に『夢傀樹』残したり、フィアーの兄貴ごとエイルを遺したりしてるし……」

「そ、そういえば……そうですね」


 フェルミナさえも半笑いにさせる『伝説の勇者バベル』さん。が……それは特殊な例であると信じたい。


「封印が解けない可能性もあるんじゃないですか?」

「それもまた微妙なんだよね……。ヴォルヴィルスさん、結構能力高いんだよ。一人なら生き抜けるってアスレフさんが言ってたけど、それって覇王纏衣が使えてたからなんだ」

「つまり、封印は解けてしまう訳ですね……」

「ま、まぁ、一つ目だけで言えばだけどね?残りの試練て知らないしさ……」


 ともかく、判断の為にもう一度クローダーの【情報】を確認しようとしたところ……ライは概念力の発動を止めた。


「ライさん……?」

「どうやら一つ目の試練が終わったみたいだよ、フェルミナ。丁度良いからヴォルヴィルスさんに話を聞きに行こう」

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