第七部 第七章 第十三話 ラヴェリント王都へ


 ラヴェリント国境の街道へ近付くと早速兵が警戒の様子を見せる。


 トシューラの宣戦布告以降、各国の警備は何かと厳重になりつつある。特に他国の密偵等への警戒は厳重に行われていて、その素性が明らかで無い者は入国が厳しく審査されていた。


 しかしながら、自由貿易を行う『流しの商人』が国からの認定証を即座に用意することは困難であり、商人組合からの証明書も恐らく対応に追われ間に合っていないのが現状と思われる。

 その証拠に関所で足止めを受けている者の大半は商人……。それが一般の民にも波及し入国は益々滞る。これでは流通が止まらずとも国力が衰えて行くのは時間の問題だ。


(ティムもシウト国の内紛側で頼っちまってるからなぁ……。少しだけ手助けしとくか)


 ライは商人の装いではなく旅人にしては荷物も無い。そして明らかに戦う者の風格を纏っている。当然、兵は緊張の面持ちで槍を握り身構えた。

 対してライは、いつもの緊張感の無い笑顔で門番の兵に声を掛ける。


「ども〜。旅の者なんですけど……」

「怪しい奴め!貴様、何者だ!?」

「うぅ〜ん……懐かしいやり取りだなぁ」

「…………」


 どうやら旅の者、という言葉は聞こえていない様だ。


「あ、あの〜……実は王都に会いたい人が居まして」

「ならば大国か商人組合の通行許可証を見せろ。そうでない場合、確認に数日待って貰うことになる」

「数日……そんなに待ってたら衰弱しちゃいますよ?それに、この辺りだって魔物出るんですよね?」

「それはそちらの都合だ。嫌ならすぐに引き返すんだな」

「これ、皆そうなんですか?」

「そうだ。だから大人しく待っていることだ」


 この話を聞いたライは盛大な溜め息を吐いた。


 確かに国を守る門番の言い分は正しいのだろう。だが、待って居る者の中には子供連れの親子も相当数混じっている。もう少し融通が利く方法があるのではないか?と、ライは考えてしまうのだ。

 無論それはある程度万能だからこそなのだろう。しかし、ティムならもっと上手い方法を考えそうだ……どうしてもそう思ってしまう。


「なら、【呪縛】付きで最寄りの集落に滞在させられないですか?結界の内で待つのと外で待つのじゃ安心感が違いますし……」

「【呪縛】は我が国では禁忌……その提案は受けられんな」

「じ、じゃあ、結界を二重に張って一つ目で滞在できるようにするとか……」

「………。お前は何処の大国から来たんだ?ラヴェリントは小国……そんな余裕は無い。大体、結界装置がどれだけの値段になると思っている?」

「………。でも、このままじゃ……」


 ライの言葉を手で制した門番は、小さく首を振って槍の矛先を下ろした。


「どうやらお前は善人の様だが……今この国は本当に余裕が無いんだ」

「それって……もしかして、『紫穏石』絡みですか?」

「ああ……。ここだけの話だが、大国の支援を約束されても国としての体面がある。資金の一部でも融通せねばなるまい。だが……」

「……?」

「以前虫型魔獣から受けた損害が思いの外多いのだ。故に財政の調整にかなり手間取っている。結界装置もエクレトルから借り受けている状態……小国とはいえ国を囲うとなると並の代物では間に合わん。その状態で新たな結界装置の借り受けなど申し出る訳にも行かぬだろう?」

「………」


 アスラバルスならばそこまで想定し結界装置を複数貸与を指示している筈……。これはどうやら別の者の手際だとライはようやく理解した。


(ペスカー……って言ったっけ。あの天使は人間嫌いなのか?)


 自他共に厳しい存在とはアスラバルスから聞き及んでいたが、どうも石頭が過ぎる気がする。強者の理屈を弱者に当て嵌めるには時勢が悪いと気付いてさえいない。

 いや……気付きながらの結果ならば尚質が悪い。それなら神の代行とは何なのか聞きたいとさえライには思えた。


「……。今の状態はこの大陸の小国共通なのだろう。結果として証明書の発行も滞っている。認可の三日さえ本当は難しいのだ」

「……ラヴェリントの立場は理解しました。では、改善の為に少し手を貸しますので受けて貰えます?」

「……。そうしたい気持ちはあるが……やはりお前の身の証明が為されんと受けることもできん」

「う〜ん……」


 ライ自身の身の証を立てるにしても『世界の敵』という認識が広がってしまっている。証明できてもそんな輩をおいそれと信用……とはいかないだろう。

 ヴォルヴィルスが王族だというなら口利きして貰えばその辺り全て解決するのだが……結局ヴォルヴィルスが結界の中に居ては念話を繋ぐことも儘ならない。


 本末転倒……とはいえ、こればかりは仕方無い。


(強行突破って訳にも行かないしな……。メトラ師匠の『如意顕界法』なら結界無視で入れたのに……)


 今頃盛大に飲んだくれているだろうメトラペトラを思い浮かべたライは、ガックリと肩を落とした。


 そこで……ふと視線が兵站の方へ向いた。無意識ながらの行動だが、ライはそこに居た天使兵と偶然目が合った。


(ん……あれ?見たことある様な……)


 視線に気付いたのか、天使兵はライの元へと近付いて来る。始めは確かめる様に……やがて気付いたのか驚きの表情へと変化した。


「少し宜しいか?」

「?……どうなされた、エリファス殿?」

「そちらの御仁は私の知己でして……少し話をさせて頂いても?」

「そうなのですか?では、お通ししても問題は無いですが……」

「いえ……。先ずは確認したいので私を外へ」

「わかりました」


 一見して二十歳程に見える顔の整った男の天使は、ライとほぼ同じ体格……。それだけで戦う者としての風格が見て取れるが、表情は温和。銀の鎧を帯びた姿はやはり見覚えがあった。


「ライ殿……」

「やっぱりエリファスさんだ」

「あなたは何故ここに……?エクレトルに滞在中の筈では……」

「ヘヘっ。出て来ちまいやした!」

「…………」


 エクレトルにての天使達との手合わせでも幾度か出逢っていた天使は、星光騎士団副団長エリファス……マレスフィの腹心である。しかし、それだけの地位の者がラヴェリントに来訪していることにライは少し面食らった。


「ちょ〜っと色々とありまして……一応アスラバルスさんに断りは入れてるんですけどね」

「そうですか……。あなたに限って何か良からぬ企みということは無いでしょうが……」

「ところで……エリファスさんこそどうしてラヴェリントに?星光騎士団は魔獣アバドンへの警戒中じゃ……」

「ええ。実は……」


 アスラバルスは星光騎士団長マレスフィに対し密かに小国護衛の指示を出していたという。ラヴェリントは特にトシューラと近いこともあり最優先事項……万が一に備えエリファスが先に入国していたとのこと。


「それっていつからですか?」

「三度目の大陸会議直後です。あなたが拘束されていた頃には既に……」

「流石はアスラバルスさん……」

「それで……ライ殿は何故ここに?」

「え〜っとですね……」


 ヒイロが魔王だったことを上手くぼかしつつ黒獅子を託して歩いていることを説明すると、エリファスは微妙な表情を浮かべた。


「そ、それはまた……何ともはや……」

「守り手になってくれそうなので小国優先で頼んでるんですけど……やっぱりマズかったですか?」

「いえ……。まぁ人との共存が可能な程の知能ならば大丈夫……だとは思いますが……」

「なら良かった……。あ、そうだ。今回の件で今代魔王と脅威存在ベリドは居なくなりました。詳しくは後でアスラバルスさんに伝えますが報告をお願いします」

「……。あなたはまた……」


 気付けば脅威の数を減らしている『暗躍勇者』。天使としての役割をライが軽減させていることにやはり驚きを隠せない様だ。


「と、ともかく、ラヴェリント王都へ行くのですね?」

「ええ。そこにヴォルヴィルスさんという方が居る筈なので……」

「わかりました。では手筈を整えましょう」

「その前に……このままだと皆の入国滞りますよね?ちょっと対策しますので……」


 朋竜剣に収納されているラジックの発明品から適当な物を選び神具作製を開始──。直径がライの身長の倍程もある金輪を加工しエリファスへ譲渡した。


「これは……?」

「簡単に言うと嘘発見器ですね。結界の前に設置して潜らせればラヴェリントに害を与えようとする人は弾かれます。これなら入国も捗るかと……」

「成る程……」


 天使からの口利きによりラヴェリント兵も信用したらしく、そこからは順調に事が進む。一応、王都側との連絡を取り認可され入国審査も簡素化された。


 そして、入国を果たしたライとフェルミナは飛翔にてラヴェリント王都へ──。


「へぇ〜……。初めて来たけど、ラヴェリントってこんな文化なんだな」


 ラヴェリント王都・【グライアーゼ】


 湖の中央に広がる都はその全てが白塗りの建築物。民家も王城も商業施設でさえも全て白……但し、屋根は橙色の瓦で構築されている。


 街には水路が複数存在し都の各所を繋いでいた。その為船が通過できる橋が多い。水路を利用した流通網は小型の運搬船が行き来することで人々の流通を支えている様だ。

 主要水路の脇には並走した細く水深の浅い水路が存在し、そちらでは洗い物等が行われている。水の清浄さは恐らく中央に聳える王城に仕掛けがあるとライは推測していた。


「上流に湧き水があってこれだけの湖になってるのか……まさに水の都だね」

「ライさん、気付きましたか?」

「ん……?何かあったの、フェルミナ?」

「この水の中です。見えませんか?」


 フェルミナに言われて観察していると小さな魚が泳いでいる。が……それは只の魚ではなかった。


「もしかして……聖獣?」

「はい。雲鱗魚うんりんぎょと言って、あれ自体は実は魚ではありません。本体は大きな白い鯉なんです」

「へぇ〜。鱗が魚型になってるなんて面白いな」

「あの鱗が生物の環境作りの手伝いをしてるんです。この地の湖は神具で清められていますが、それでは清らか過ぎて暮らせないみたいですね」


 浄化が役割の聖獣が敢えて水の清らかさを落とすことで程良く生物の暮らせる環境を作っている……確かに不思議な状況だ。


「聖獣は確かに浄化が役割ですが、優先するのは生物が快適に暮らせる環境だったりします。そうすることで生物側も負の感情が減りますから」

「良く考えられてる仕組みだな、聖獣って……。いや、精霊も竜も、この星には欠かせない存在になってるし」

「竜は創世神が直接創った訳ではないんですよ?」

「えっ?そうなの?」

「はい。竜は創世神が去った後に次の神となった大地神アルタスが生み出しました。精霊は自然管理が役割ですが、地脈の管理となると限界があるので……」


 構想自体はラールが考えていたものをアルタスが受け継いだらしい。


「てっきり竜の方が先なのかと思ってた……」

「竜は個体が長寿なのでそう思ったのかもしれません」

「……。何で創世神は最後まで自分でやらなかったのかな……」

「分かりません。ラールのお考えは私達には……」

「………」


 そこでライはフェルミナを抱き寄せた。創世神の話をする際、フェルミナはほんの少し憂いを帯びて見える。やはり大聖霊達にとって創造主はとても大きい存在なのだろう。


「………寂しくないか、フェルミナ?」

「今はもうすっかり大丈夫ですよ。私だけじゃない……メトラペトラもアムルも、クローダーも……皆今が大切になりました。ライさんが居てくれるから……大丈夫」

「そっか……」


 ライにとってもかけがえのない存在となったフェルミナと大聖霊達……。


(守らないとな……。大切な皆を……この世界を)


 その覚悟の裏で……ライにとっての大きな試練──そのが迫っていた。

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