第一章 第七話 微かな手掛り


「……という訳で、【盗賊ファントム】は子供でした」

「………」

「あ、あのぉ~……ファントムは子供で間違いないと思うんですが……」

「ん?ああ、それは分かった。しかし、どうしたもんかな……」

「何がですか?」


 今、フリオとライが会話している場所はノルグー騎士団の詰所の一つである。居住地区の警備を担当している騎士と兵が駐屯している宿舎付きの建物は、一見倉庫のようにも見える場所。

 フリオは今後の【ファントム】対策の為、騎士や兵達と相談するべく足を運んだのだ。当然、ライも目撃者として呼ばれることとなった。今は皆が揃うまで部屋を借り待機中である。


「いや、子供というだけじゃあな……ある程度は絞り込みは出来るだろうが、特定までするのは難しいだろ?」

「ですから、まずは絞り込んだらどうです?子供、女、恐らく十歳前後、富裕層ではなく、工業区域の住人でもない。確率的には居住区域の子供……」

「ちょっと待て!……女の子は分かるが何でそこまで断定出来る?」

「え?えぇ~っとですね……」


 ライは根拠となる部分を思い返しながら挙げ連ねる。咄嗟の事態に言葉遣いが雑だったことから富裕層ではないこと、未熟で細い身体は十歳前後、羽織っていたマントには工業区域特有の匂いがしなかったこと、ノルグーの街の広さを考えれば子供には移動が大変なこと、それらを飽くまで可能性と前提して述べた。


「お前……一応考えてたんだな」

「ぐっ……し、失礼な!この『思慮深い勇者』と評判の我輩に向かって……」

「へぇ……そんな評判をどちら様が?」


 ライは視線を逸らし口笛を吹き出した。実に分り易い男である。


「そもそも思慮深いならアジトまで追跡しろよ……」

「そこはホラ……屋根を跳び回るのも限界がありますし……」


 只の短絡で捕縛に走り失敗したとは口が裂けても言えない……。


「ん~……まあ手掛かりを掴んだだけマシか。だが勿論、お前にも手伝って貰うぜ?唯一の目撃者さんよ」

「了解デスゼ、ダンナ」


 それからの話は【ファントム】の謎に移る。影の様な姿、追跡を振り切る理由、それらもライからの情報でほぼ確定した。


 【魔導具】


 武器や防具などを精製する際、または精製された道具に対し魔術的加工を施すことにより生み出された『特殊な効果を持たせた道具』である。当然、ライの鎧やフリオの盾も魔導具ということになる。

 家庭用から戦闘用まで様々な物が存在するが、効果の高いものは奪い合いや悪用する者も多いと聞く。


「魔導具でまず間違いないだろうな。魔法にしちゃ子供が使うには高等過ぎる。だが魔導具なら魔力さえ有れば良い訳だ」

「それでフリオさん。何か策はあるんですか?」

「ノルグーにも魔導具を無効にする捕縛用魔導具はある。ただ数が少ないからな……地道に寝ぐらを絞っていくしかないだろう。誰かさんが突き止めてくれてりゃ苦労しなかったんだがなぁ……?」


 フリオが皮肉たっぷりの視線を向けると今度はイビキを立て始めるライ。目は閉じているが目蓋にはいつの間にか墨で『目』が描かれていた。その馬鹿馬鹿しさに思わず吹き出すフリオ。


「……何時そんなもの仕込んだんだ?」

「……今朝です」

「……お前アホだろ?」


 流石は無駄なことの為に労力を惜しまないおとこ・ライ。突然クワッと見開いた目には涙が浮かんでいた。


「……危うく『性別不明勇者』になるところだったんですよ!しかも旅立って最初の街で!!」

「わ、わかった、わかった。ま、確かにノルグーのことはノルグーの人間で解決すべきだろう」

「そうですね~、応援してますよ」

「いや、手伝えよ……」


 話は更に動機に移る。何故物を盗むのか、何故子供がそんなことを?疑念は尽きない。


「普通に考えれば金銭目的だろう。だが……」

「何か気になることでも?」

「いやな?盗品捌くにしても、この街じゃそんな店殆ど無いんだわ。子供なら目立つから尚更捌きづらいだろうしな。で、裏取引がある店を独自に調べてみたが、子供が盗品を売りに来ても相手しないとさ。一応色々と品を見せて貰ったが【ファントム】絡みの品は無かったぜ?まあ、そんな騒ぎになっている品を扱ってるのがバレたら一発で街から追放・出入り禁止だから手は出さんだろうけど」

「そうなんですか……じゃあ何の為に盗みなんか……」

「わからん。子供っつうなら只の悪戯かも知れんし……だが、やり過ぎには灸を据えねぇと」

「そうですね」


 その時、部屋の扉を叩く音が響く。警備の騎士や兵が集まったと報告され、フリオは早速会議室に移動した。皆の前でライが事の顛末を説明するとその内容に響動めきが起こるが、それを無視してフリオは力ある声で話を続ける。


「とにかく、コイツ……ライのことは俺が保証する。有力にして唯一の情報だが、ここから先は人手が必要だ。皆、気合いを入れてくれ。以上だ」


 居住区域における庶民の少女、それはかなりの人数になる。しかも子供達に不安を与える訳にはいかない為、基本的には尋問ではなく見張りを強化するしかない。やはり所在が掴めなかったのは痛いらしい。


 宿舎からの帰り道、ライはフリオを誘い見回りがてらに街を歩く。最後に【ファントム】を見失った地点。辺りは庶民向けの賃貸住居が建ち並ぶ場所だ。


「それにしてもフリオさん、まさか騎士団長とは思いませんでしたよ」

「ん?まぁ分隊師団長だがな。俺の場合、家柄も関係してるし」

「家柄?貴族ってことですか?」

「ああ。ま、そこら辺はちっとばかり複雑なんだよ。……それよりお前、騎士団に入るつもりあるか?」

「へ?ノルグーで奉公しろってことですか?」

「その気があるなら、だがな……」


 シウト国の制度では『騎士』は貴族血統、『兵士』は庶民である。兵士はその能力・功績により『騎士見習い』に昇格し、更に最下の爵位を与えられ『騎士』認定される。

 ライは勇者血統でも庶民。兵士からということになるのだが……。


「もし【ファントム】を捕まえられりゃ功績は充分だ。騎士見習いからということになるが、まあ若いからすぐに騎士になれるだろ」


 勇者系統の騎士はそれなりに存在する。恐らくフリオもそうだろう。ライは一瞬躊躇したが、答えは決まっていた。


「有り難い話ですけどお断りします。ちょっと……いや、かな~り勿体無い気もしますが……」

「そう言うとは思ってたけどな」

「俺が旅に出た理由は半分は勢いですけど、一応理由はあるんですよ?」

「理由?」

「日がな一日のんびりまったり暮らすのが夢なんですよ。その為に資金も集めにゃなりませんし、せっかく勇者なんて立場なら一応世界も見て回りたい。ま、魔王は俺が戦う以前に誰か倒してくれる!筈!多分!」

「他力本願だな」


 ライはまだ駆けだし。伸びしろも未知数で、実力も恐らく初心者に毛が生えた程度だろうとフリオは見ている。

 だが、妙な魅力を持つライという若者。せめて少しだけ鍛えてやるべきかとフリオは考えた。


「じゃあ前に言った様に少し鍛えてやる。早速明日から……」


 フリオがそこまで口にした時、前方から男が挨拶をしながら近付いてきた。話を打ち切り挨拶を返すフリオ。相手は老齢の人物。首からは逆三角形に縦棒を通した様な飾りを提げ、黒づくめで詰襟の服装だった。


「これはフリオ様。お久し振りでございますね」

「アニスティーニ司祭。ご無沙汰しています。お一人で外出とは珍しいですね?」

「ええ。時には単身で世間に触れなければ見えぬものもございますので。ところで、そちらの御人は……?」


 チラリとライを見やるアニスティーニ。柔和な笑顔をライに向ける。当然ライも爽やかな笑顔で挨拶を返した。


「はじめまして。私はライと申します。旅の途中でノルグーに立ち寄り、縁あってフリオさんにお世話になっております」

「そうでしたか。私はプリティス教の司祭、アニスティーニと申します。以後、お見知り置きを。失礼、そろそろ戻らねば」


 その後、二、三言会話を交わしアニスティーニは去って行った。


 ライ達は帰路の途中で飲み物を買い小さな公園で一息着くことにした。


「フリオさん。さっきのあの人……」

「ああ。アニスティーニ殿のことか?プリティス教の司祭をしながら孤児を養っている善良な……」

「いえ……そうじゃなくて。あの人、多分【ファントム】の仲間、もしくは黒幕ですよ」


 口に含んだ飲み物を盛大に吐き出すフリオ。


「ゴホッ!お、お前はまた突拍子も無いことを……」

「いえ……一応根拠はあるんですが……」

「……まず家に帰るぞ。詳しい話はそれからだ」


 周囲を確認するフリオ。もし本当なら情報漏れがあるとマズイ。二人はそそくさと自宅に向かって歩き出した。


 帰宅するとレイチェルは不在だった。恐らく買い出しに出掛けたのだろうと、フリオは好都合とばかりに先程のライの発言を確認する。


「で……根拠は何だ?」

「実は昨日、【ファントム】のマントからある匂いがしたんですよ。それが何か断言できなかったんですが、先刻さっきようやく分かりました」

「匂い?………お香か!」

「はい。全く同じ匂いがしたので間違いないかと。それにフリオさんが言いかけた『孤児』って、引き取って育ててるんですよね?」

「ああ……だが……」


 アニスティーニ自身は非常に評判の良い人物である。無償で街の奉仕を行い、孤児を引き取り育て、十年近くこの街で布教を続けているのだ。悪人とは到底思われまい。


「フリオさんはあの人の善人ぶりを見てきた。だから信じられない訳ですね?」

「………」

「まあ俺にも確証がある訳じゃないですけどね。でも……」

「でも……何だ?」

「あの司祭……一瞬でしたが、闘技場にいたヤバイ魔物みたいな目してましたよ」


 アニスティーニと出会ったあの時、一瞬だけだが邪悪な目付きをしたことをライは見逃さなかった。これは根拠とは言えないとライはフリオに伝えたが、闘技場でのライの目利きを実感している以上無視は出来ない。


「ライ。悪いが俺は二、三日出掛ける。レイチェルを頼む」

「何処に行くんですか?」

「ノルグー卿に報告して対策を打ち合わせる。プリティス教は他国の宗派だからな。弾圧と取られないよう手順を踏む必要がある。それに少し調べたいこともある」

「……わかりました。くっ……レイチェルさんは必ず幸せにしてみせます」


 目を拭いながら震え出すライ。


「おい、ちょっと待て。何でそうなる?」

「え?だって~、何か殺られる前振りみたいなこと言うからつい……」

「……意地でも死なねぇから安心しろ。寧ろ必ず戻って来てお前を泣かす」

「な……なな、泣かされる!!」


 しばし沈黙の後、爆笑する二人。段々と毒されてきたらしいフリオは、微妙に緊張を解そうとするライの意図を理解出来るようになっていた。


「まあ、すぐに戻るさ。お前もあんまり無茶すんなよ?」

「フッフッフ。その間妹は預かっ……」

「いや、ソレはもう良い」


 その後テキパキと身を整えたフリオは足早に出掛けて行った。一人残されたライ。先程までのチャラけた様子は消え、何かを決意した真剣な顔になっている。


「さてと……それじゃあ俺も俺なりに動くとしますか」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る