第二部 第二章 第四話 襲撃
航海十一日目──。
ペトランズ大陸最西端の岬を迂回し大陸沿いに移動している運搬船。ライはいつもの如く甲板にて魔法練習をしている。
メトラペトラはここ数日すっかり『飲んべえ』になっていた。猫なのに凄く酒臭い……。
結局、あれからオルストが襲撃をして来ることはなかった。別にどうでも良いかと考えていたのだが、この先は【海王】の住まうと言われる魔の海域……有事の際に足を引っ張られると他の元兵士達にも被害が出る。出来ればそれは避けたかった……。
しかし──事態はより深刻な方向に転がって行く。
「ねぇ、メトラ師匠。何か見えるんですが……アレ、何すかね」
「ん~?どれ………あれは……船の様じゃな」
「やっぱりそう見えます?あれは……軍艦?」
並の人間には見えない距離を見渡すことが出来ているのは【魔人化】の賜物だろう。着々と人間離れしていくライはその自覚がない。
「トシューラ国……の紋章?いや、それとアステ国のもある……ま、まさか、網を張っていたのか?」
『魔の海域』はカジーム国からトォン・アステ国境付近にまで広がる親大陸西部の殆んどに面する海域……。しかし【海王】は明確な縄張りがある訳でなく、その一帯のどこにでも出現する恐れがある。
そんな海域に船……しかも艦隊を出すなど正気の沙汰ではない。
「メトラ師匠!不味いですよ!打ち合わせ通りお願いします!?」
「ん~?もう飲めましぇ~ん……」
「こ、この非常時に……酔いどれニャンコめ……仕方無い」
時間が無いので手っ取り早く魔法で解決することにしたライは、《雷蛇》を一匹放つ。
「ニャニャニャニャニャピ!!!」
電撃で煙を上げピクピクと足を動かすメトラペトラ。不意打ちとはいえライは初めてメトラペトラにダメージを与えたのだが、喜んでいる場合ではない……。
「ニャ……ニャニしやがるんじゃ!」
「時間が無いんですよ!後で好きなだけ飲ませてあげますから、チョットはシャキッとして下さいよ!?」
弟子に怒られ我に返った大聖霊ニャンコは、宴会の日から飲みっぱなしだったことを思い返す。
考えてみれば、勇者に封印されたのも酒に溺れたせいだった酒臭ニャンコ……。
「う……スミマセン。ワタクシ、飲み過ぎました」
「それは良いから転移の準備をお願いします!俺は皆を呼んできますから」
弟子の素っ気無さに寂しさを感じる大聖霊様だったが、威厳を取り戻す為に自らに気合いを入れた。
肉球で自らの顔を叩くようにフニフニする様は、猫マニアが見れば垂涎ものだったことだろう……。
それから、ものの数分もせず甲板に上がってきた元・兵士達……当然ながら全員が狼狽えている。
「本当なのか?トシューラとアステの軍艦てのは?」
「間違いないです。それより打ち合わせ通り、全員魔法陣の中に!」
元兵士達には打ち解けた際、転移による脱出の話を伝えている。本来は【海王】が出現した際の対策……。船の甲板には三十人が余裕で入れる魔法陣が事前に記してある。
採掘場の島と違い少人数の転移であれば、宝具無しでも可能だとメトラペトラは言った。それをライは覚えていたのだ。
「送り先はトォン国です。アステ国やトシューラ国では危険ですし、神聖国……エクレトルには多分結界があるから転移出来ません。シウト国はトシューラに悪い印象があるので何処かの小国かトォン国しかありませんでした。トォン国の方が領土が大きいから見付かりづらい筈です。あとは皆さん次第!」
「わかった………その……色々悪かったな。それと……ありがとう」
元兵達は口々に感謝を述べた。新天地は不安だが処刑よりは遥かにマシ。後に家族にも再会できる可能性まである。そこまでして貰って逆恨みするのは流石に筋違い……どうやらその程度のプライドは持ち合わせていたらしい。
「人はやり直せる、そう信じていますよ。それを俺に見せて下さい。それじゃ、メトラ師匠」
「うむ!者共、酒宴楽しかったぞよ?達者での?」
「おニャンコ……」
「おニャンコ言うな!じゃあの!」
ライの魔力を利用した転移の青い光が眩く輝く。魔法陣の光が消えた時、既に人影は消えていた……但し、一つを残して。
「オルスト……アンタ何してんだよ!」
転送が発動する瞬間に陣の外に出たオルスト。無表情でライを見つめている。
「俺はトシューラ国に帰るのさ。お前を倒してな」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いだろ!あの数の艦隊から砲撃の雨を喰らったら、こんな船あっという間に海の藻屑だぞ?だから……」
「だから魔法で迎撃、だろ?させるかよ……」
「お前も死ぬんだぞ?……。覚悟は……いや……わかった」
鋭い視線で応えるオルスト。ライはその視線に決意の光を読み取る。
「メトラ師匠 。先に行って下さい」
予定では一通り暴れてから自分達も転移するつもりだったのだが、そんな暇は無さそうだ。
以前にオルストを仕留めなかった甘さはメトラペトラに指摘されている。そのせいで危険が迫っている以上、メトラペトラを捲き込むのは気が引けた。
しかし……。
「馬鹿者!弟子を置いて逃げる師匠が何処におるんじゃ!何とでもしてやるから、早ようせい!」
「メトラ師匠……」
「全く……世話の焼けるヤツじゃよ、お主は」
肩を竦め首を振るニャンコ大聖霊。先程までグデングデンに酔っていたので今だに酒臭い。折角の格好良さが台無しである。
そんなやり取りを忌々しそうに聞いているオルストは、舌打ちをした後魔法詠唱を始めた。
身体強化系魔法各種。そして……身体を包む金色の纏装──それには流石のライも驚きを隠せない。
「!……まさか……覇王纏衣を……!?」
「ハン!これで俺を無視出来ねぇだろ……。今までの借り、返させて貰うぜ!!」
粗削りだが間違いなく覇王纏衣。オルストはここ数日でそれを会得したことになる。
(こっちは二年掛りでようやくなのに……ニャロウめが!)
ライの内に対抗意識が湧き上がる……。
しかし、オルストも一朝一夕で覇王纏衣を会得した訳ではない。オルストのこれまでの研鑽期間を含めれば、寧ろライの数倍以上は掛かっているのだ。
修得の決め手となったのは採掘場でライの覇王纏衣をその身に受けたことだった。結果としてオルストは、僅かながらに感覚を掴むに至る。また、ライへの嫉妬心や対抗意識が集中力の起爆剤となったのも事実。
これで土俵は同じ……ライは一層気を引き締めた。目の前の相手は数日前と別物と判断・警戒し全力で答えるべく身構える。
「いくぜぇ!」
オルストが踏み出すと同時に、トシューラ・アステ連合艦隊からの遠距離砲撃が始まり海に着弾。揺れる運搬船。しかし、今は気を逸らしている余裕はない。揺れる船の上……ライは普段から衣一枚展開している覇王纏衣の出力を僅かに上げた。
対するオルストは巧みに虚を付きライに斬り掛かる。
覇王纏衣の修得により身体能力が向上したオルスト……ライは辛うじて反応は出来ているが完全には防げず、覇王纏衣の上に攻撃が当たり重い衝撃が伝わる。
怪我はない……。覇王纏衣同士の戦い於いてはその強固な守りを破る特化させた『決め手』が必要なのだ。
オルストは戦闘経験でライを上回っている。そして纏装属性は互いに二重属性まで使用可能。覇王纏衣はライの方が研鑽・洗練されている。
総合では拮抗するかに思われた。
しかし───。
オルストは続けて刃に風属性を重ねライに襲い掛かる。
魔法剣・《風刃乱舞》
無数の風の刃にが次々に飛来。ライは覇王纏衣に流動性を持たせ器用にそれを受け流す。
しかし、その隙こそがオルストの狙い。低く潜り込んだオルストはライの足を真一文字に斬り付けた。
ライは寸手のところで斬撃を防御する。オルストはその猛攻の手を止めない。そして遂に……オルストの刃はライの覇王纏衣ごと腕を僅かながらに切り裂いた……。
「ハハハハハ。もうすぐだ。もうすぐお前を殺して……」
そこでオルストは言葉を止めた。
殺気……。
今まで感じなかった悪寒が背筋に走り思わずライから距離を取る。
何のことはない。ライは本気ではなかったのだ。だがそれは、飽くまで無意識下での話。本人はずっと本気のつもりだった。
オルストから殺意を向けられメトラペトラも巻き込んだ今の状況……ライはいよいよ業を煮やし戦いへの集中を始めた。そこから形勢は一気に傾く……。
ライは航海中に魔法を多く修得した。メトラペトラの指導は的確だったが、元々の【纏装】操作の研鑽は並の者の比ではない。
そうして【纏装】を利用し修得した魔法は『対人』『対魔』に分類される。それは無暗に人を殺さぬ為の制御としての意味合いからなのだが、ライは今それを『対魔』としての使用に切り換えた。
覇王纏衣の上に更に重ねた魔纏装を圧縮。高圧縮の魔力は火の属性。圧縮されながら人差指の先端に集まる魔力に詠唱と言うにはあまりに短い『高速言語』を加えたそれは、メトラペトラが見せたあの魔法──。
《穿光弾》
その刹那、一筋の閃光が輝く。赤い光線がオルストの覇王纏衣に当たると一瞬だけ抵抗を見せたが、難なく身体を穿ち貫いた。オルストは左足に穴を開けられ崩れ落ちる。しかし血は流れない……断面が焼け焦げているのだ。
「ガァァッ!く、クソがぁっ!」
激痛に顔を歪め膝を着きながらも回復魔法の詠唱を始めるオルスト。しかしライは、躊躇なく右足と両肩を続けて撃ち抜く。
ライとオルストの勝敗を分けたのは、魔法の研鑽と覇王纏衣の熟練度である。
覇王纏衣と言えど高圧縮の魔力を防ぎきれる訳ではない。そこを理解出来ていないオルストは、逸らすことも避けることもせず直撃を受けたのである。
覇王纏衣を破る手段は限られるがオルストにはその手段が無い。先程ライの腕を切り裂いたのは単にライが出力を押さえていた為……本気で展開すれば攻撃は通ることは無かった。
「クソォ!殺せ!」
「迷惑なヤツだなぁ……死にたきゃ勝手に他所で死ねよ。勝手に絡んできて俺を不快にしないでくれる?」
「……チクショウ……チクショ━━━━ッ!!!」
叫ぶオルストを無視し頭を鷲掴みにしたライは、甲板に描かれた魔法円に向かって放り投げた。
「メトラ師匠。ソイツ、飛ばして下さい」
「む?また逃がすのかぇ?」
「逃がす訳じゃないですよ。ただ、そいつはトシューラ国に拘っているんで叶えてやろうかと。魔力はまた俺から使って下さい」
それからオルストに近寄り胸ぐらを掴むライ。少しだけ悲しそうな顔をして無言で手を離した。
「ライ・フェンリーヴ!殺す!必ずテメェを殺すぞ、コラ!家族も……友人も全員ころし……」
オルストが悔しさのあまりそこまで口走った時、ライの心はそれまでと全く別物に変わった。オルストは……選択を誤った……。
ライは再び胸ぐらを掴み力の限りオルストを殴り付けると、怪我は瞬時に再生される……。
《痛いけど痛くなかった》
魔纏装に回復魔法効果を付与したオリジナル技。間の抜けた名前だが実に残酷な技だ。何せ相手は意識すら失えずひたすら殴られ続けるのだから……。
骨が砕け肉が削げるほどの怪力を行使しているライは、本来なら自らの手も無事ではない。
しかし《痛いけど痛くなかった》は瞬く間に傷を負う以前の状態に再生する。殴られる方も殴る方も傷は無いが痛みに晒されるのだ。
殴られ続けるオルストは《穿光弾》で手足を撃ち抜かれているため抵抗ができない。ライの拳が数十、数百と襲い掛かる間、それを止めることが出来ないのだ。
既に痛みだけで死に至る領域の地獄。その心は……完全に砕かれた。
「おい、オルスト……次に同じことぬかしやがったら殺すぞ?俺の親しい者に何かあっても殺す。次に俺に殺意を向けても殺す!今テメェが生きてんのは俺の気紛れだ!」
《痛いけど痛くなかった》を解除し、改めてもう一撃オルストを殴る。
「次に会った時、明確に“敵”なら望み通り殺してやる。俺は既に選択肢は与えたんだ。それを蹴った最後の道が“敵対 ”なら、俺が知りうる最悪の地獄をくれてやるよ。何故なら俺は魔王だそうだからな?」
警告するその目は輝きを消し何処までも深い闇が広がる。オルストは……無言で目を見開くことしか出来ない。
魔人の力を宿す勇者は、まるで本当に魔王になりそうな迫力だった……。
既に砲撃の雨で船は大きく揺れている。直撃しないのはメトラペトラが逸らしているからに他ならない。敵艦隊はオルストにも視認出来る程に近付き、その数も確認できる位置まで近付いている。かなり危機的な状態だった。
「メトラ師匠、お願いします」
「わかった。……。しっかし、お主……怒らせると怖いのぉ。………顔が」
「止めてぇ!見ないでぇ!」
手で顔を覆い“イヤイヤ”と肩を振るライは、時折指を開きチラリチラリとメトラペトラを見ている。
そんなことをしている場合ではないのだが……実に緊張感が無い男だ。
「ま、まあ良いわ……。で此奴、トシューラ国に送るんじゃったか?」
「……行き先を【死の大地】に変更出来ますか?」
「まあ昔、森だった際に行ったことはあるが……【死の大地】なら何処でも良いのかぇ?」
「はい……あと《呪縛》ってやり方知ってたら教えて欲しいんですけど……」
「うむ……それなら、お主の胸にあるワシの『紋章』に手を当てよ。そして透明な鎖をイメージするんじゃ。そのまま『高速言語』を唱え、相手の身体に手を当て条件を告げるんじゃ」
言われた通りにオルストの額に手を当てると赤い鎖の様な紋様が浮かび上がった。
「もしお前が自分より弱い相手を悪意を持って傷付けた場合、もしお前が自分より弱い相手を悪意を持って見捨てた場合、もしお前を信じた者を裏切った場合、お前の内にある良心がお前を身を燃やすだろう。これはその戒めなり」
一瞬だけ熱を帯びたオルストの額は、鎖模様が消えた後小さな赤い菱形の痣を残した。
「幸せな環境にいた俺が言うのも
「…………」
「じゃあメトラ師匠……」
「良かろう。ではライよ……艦隊の攻撃を防いでお……」
メトラペトラがそこまで口にした瞬間、魔の海域に異変が起きる……。
戦艦の一つが宙高く舞い上がり大破したのだ。
巨大で重量のある戦艦が木っ端の様に舞い砕ける様はまるで現実感が無い光景。しかし、深く響く音と襲い来る高波は嫌でも眼前の現実をライに突き付けた……。
「なっ……!」
「ちっ……出おったな!【海王】めが!」
運搬船を襲う高波を身体を屈め耐えるライ……。視界の先では更に別の戦艦が硬質な何かに串刺しにされるのが見えた。その直後、海中から姿を現した赤い物体が戦艦諸共海上に飛び出す……。
それは、巨大な【鯱】だった──。
戦艦の数倍にもなる巨体。普通の鯱と違い額には一本角があり、模様は赤と白、その背中にはまるで翼の様な大きな皮膜のヒレが一対……。
「……っ!この隙に送るぞよ!?」
魔法陣内に倒れているオルストをさっさと転移させるメトラペトラ。自分達も脱出せねばならないのだが……ここで不運が襲う。
砕けた戦艦の残骸が運搬船に飛来……ライはメトラペトラを抱え飛び退き回避する。幸い小さい破片だったので船は大破せずに済んだ……が。
「………魔法陣が…」
甲板に刺さった戦艦の破片は魔法陣をごっそり抉ってしまった。
「………お主、運が良いという話ではなかったかのう?」
「比較的には……ですよ。代わりにトラブルには良く巻き込まれるんです。大体、本当に絶対幸運なら強制採掘場になんて居ませんよ……」
「……確かにの」
トラブルが起こる時点で幸運じゃないわ!とメトラペトラは心の中で突っ込んだ。寧ろ収支はマイナスなのではなかろうか?と……。
「さて……どうしますかね?」
「……少しは焦ったらどうじゃ?」
「いやぁ……魔力が使い放題なら何とかなるかなぁ、なんて。それにメトラ師匠がいますから不安にはならないんですよ」
「……そ、そんなこと言っても何も出ないんじゃからね?」
ツンデレな大聖霊ニャンコは酒臭いままだ……。
「仕方ないのぉ……まあ二人ならわざわざ陣を書かんでも転移は可能じゃからの」
「流石、大聖霊様!愛してるよぅ~!」
唇を尖らせメトラペトラに口づけしようと近付いたライ。しかし、メトラペトラの猫パンチが炸裂する。
「ブプベッ!」
「止めんか、馬鹿者!」
二人がじゃれ合っている間も【海王】の勢いは止まらない。艦隊は次々に宙を舞い、角や尾びれで叩き潰され、砕かれ、沈められてゆく。遂には海王の角に集中した魔力が放たれ、海面のあらゆる物が形を失った……。
ライやメトラペトラの《穿光弾》に似ていたが出力は桁違い。光が艦隊を凪ぎ払うと、水飛沫と呼ぶには可愛いげの無い量の水が海面上に巨大な壁を生み出した……。
既に艦隊は残骸を残すのみ。それは瞬く間の蹂躙劇……海王という存在のデタラメさにライは驚くばかりだった……。
「ねぇ、師匠。海王って自我は無いんでしょうか?」
「何じゃ、藪から棒に」
「いや……あれだけの力を制御してる訳ですよね?しかも海域がある程度定まっているんでしょ?数百年生きているなら、当然知恵があるのかなぁと……」
通常の魔物は自我が弱いので魔力が低い、という話を以前聞いた。稀に高い知能を持つ個体が莫大な魔力を保有する場合がある、と。海王はまさにソレなのではないか?
「……わからんが恐らくは、じゃな。普通、わざわざ接触せんからのぅ。ワシらの様な大聖霊は興味も持たぬし、人間も近寄らなければ被害は出ぬじゃろ?」
「まあ、確かに……」
「先刻、艦隊が蹂躙されたのは言い伝えを軽んじた結果じゃよ。ま、自業自得とでも言うべき結末じゃな」
「………」
「……お主、また余計な事考えておらんじゃろうな?」
「ハハハ、ゴジョウダンヲ……」
ライの視線は凄い勢いで泳いでいる。それを見たメトラペトラは盛大な溜め息を吐く。そして両前足でライの顔を挟みながら諭した。
「言うたじゃろ?全ては救えぬと……まして艦隊の奴等はお主らを殺す為に来たのじゃ。救う義理もあるまいて」
「……はい。わかってます。わかってはいますが……」
伏し目がちのライはそこで言葉が詰まる。海王の姿は既に見当たらない。一時的な潜伏の可能性も否定出来ないが、存分に暴れて満足したのかも知れない。
だが……高い波と戦艦の残骸は確かに海王が存在していたことを伝えている。
「はぁ……仕方ないのぉ。ちと確認してやるから待っとれ。それで生存者が無ければ諦めるんじゃぞ?」
「メトラ師匠!」
抱き付こうとしたライの顔を踏み台に高く跳び上がったメトラペトラは、そのまま空中で静止し海を見渡す。視界に生存者の姿を捜すが……残念な結果になった。
(海王のあの魔光ではのぅ……海水温度が一時は熱湯じゃったろうて)
お人好し過ぎる弟子はその結果に悲しむだろう。しかし、こればかりはどうしようもない。メトラペトラはそう考えながら視線を下方の運搬船に向ける。
そんなメトラペトラの目に映ったのは運搬船の下に見える巨大な影──。
「ライよ!跳べぃ!」
その言葉で反射的に跳躍したライは覇王纏衣を展開。が、少し遅かった……。
海中から現れた巨大な鯱は船を粉砕し大口を開けてライへと迫る。
メトラペトラは高速で飛翔しライの傍らに移動。迎撃を試みるが、ライはそれを制止した。
「メトラ師匠……声が……」
「声?何を……」
「ともかく大丈夫です。信じましょう」
その言葉が終わるとほぼ同時……『勇者と猫』は海王に飲み込まれて姿を消した。
海王が着水した海域には、荒波でぶつかり合う残骸の音と海鳥の鳴き声がいつまでも空しく響いていた……。
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