第二部 第二章 第三話 海上の宴


 運搬船での航海七日目──狭い船の甲板にて何故か宴会が行われていた。



 元兵士達はそれまでと打って変わって明るい表情で談笑している。その中に紛れている我らが痴れ者。すっかり元兵士達と打ち解け笑い合っていた。メトラペトラは呆れているかと思いきや……。


「うおぉ!やるじゃねぇか、ニャンコ!良い飲みっぷりだ!!」

「ニャハハ~!そうら!ジャンジャン飲むのらぁ~」

「ワハハ、スゲェ!流石は大聖霊様とやらだ!!」


 空の酒瓶の上に酒瓶を立て、更にその先端部で逆立ちしている大聖霊ニャンコ。兵士達は大喝采である。



 遡ること一日前──船内は暗いオーラに包まれていた。


 化け物の様な連中に拉致され、向かう先は【海王】の住まうと言われる魔の海域。

 国にはもう戻ることも出来ない……戻れば間違いなく処刑されるだろう。どの道、兵士達は人生詰みだと考えていた。



 そんな兵士達は徐々に自暴自棄となり、些細なことで喧嘩を始めたところを我らが勇者が仲裁をしたのである。


「まあまあ、落ち着いて」

「ウルセェ!元はと言えばテメェのせいじゃねぇか!」

「そうだ!この化けモンが!テメェのせいで……クソッ……」


 ライに食って掛かる元兵士達。しかし、ライは笑顔を崩さない。そして突然、高らかに宣言を始めた。


「デデ~ン!第一回~!叩いて笑って千鳥足大会~!始まっるよ~!」


 凍りつく元兵士達。化け物がヤバイこと言い出した、と改めて命の危機を感じざわめきが起こる。そんな様子に気付きながらも、ライは笑顔で説明を始めた。


「全員甲板に集合してくださ~い!今からちょっとしたお祭りを始めます」

「ちち、血祭りだと……!?」

「お、お祭りですよ~、お・ま・つ・り!」


 お祭りを血祭りと間違う元兵士に『お前は三兄弟・ウジンか!』と心の中で突っ込むライ……。


 化け物勇者の宣言を無視出来る訳もなく、元兵士達は渋々甲板に上がって行く。そこには一つ酒樽が置いてあった。その上にはメトラペトラが乗り待ちくたびれている。


 全員が集まった頃合いを見計らい、ライはルール説明を始めた。


「え~……皆さんには今から俺と勝負をして貰います。この砂時計の砂が落ちるまでに一撃でも当てられれば酒を進呈。勿論、俺からは一切攻撃をしません。武器の使用は不可です。ルールはそれだけ……更に二回当てた人には景品も出ますので頑張って下さ~い」

「………」


 突然の勝負。元兵士達は事態を把握できず狼狽えている。そもそも化け物の言葉が信用して良いのか自体怪しいのだ。

 そんな元兵士達の様子を見たメトラペトラは、わざとらしく声を張り上げた。


「全く……馬鹿者どもめ!こんな美味い酒を飲むことを拒むとはの……よし、ではワシが全て飲んでくれるわ!」


 メトラペトラは器用に酒瓶を咥えるとラッパ飲みをして見せた。美味そうにゴクゴクと喉をならして一気に飲み干し瓶を離すと、ペロリと口の周りを舐める。その姿を見た元兵士達は、釣られて喉を鳴らす。


 酒は運搬船の物資の中にあったものだが、メトラペトラに頼んで『鈴型収納庫』に回収して貰っていたのだ。勿論、最上級の物は鈴に収納したままである。


「え~……、あのニャンコ様は大聖霊様と言って神の使いです」

「神の?じ、邪神のか!!」

「ち、違いますよ~?善なる神様のですよ~?かつての伝説の勇者・バベルとも交友があったという、それはそれは偉い方です。今回、審判をして頂きま~す」

「な、なんでそんな奴が化け物と一緒にいるんだ!嘘っぱちだ!」


 散々な言われように少し泣きたくなって来たライだったが、自業自得だとは思っていない。


「ま、まず間違ってますが、俺は勇者ですよ~?一応、伝説の勇者の子孫ですから少し位は強いんです。大体アンタら……誘拐や拉致・監禁に加担してたんだから『勇者』に懲らしめられてその態度はおかしいだろ?」

「うっ……」


 元兵士達は反論できない。採掘場での仕事の非人道性は理解していたのだろう。事実、兵士達の反応には後ろめたさが見て取れた。

 勿論、その位の罪悪感が残ってなければ採掘場で復讐の対象にされこの場にいない筈……。



 と、ここで突然メトラペトラは厳かに告げる。


「あの場では労働者の怒りが兵全てに向く筈じゃったのじゃ。しかし、そこな勇者が無差別の復讐を防いだのじゃよ。お主らは感謝こそすれ恨む筋合いでは無い筈じゃぞ!」

「…………」

「ここまでに至る航海中のことはお主らへの罰じゃ。しかし、勇者はもう許してやろうと言うとる。この宴はその為の儀式みたいなものじゃ。それでもやらぬと言うのならば、ワシが全て飲み干すまでじゃな」


 メトラペトラが再び酒瓶を咥えた時、一人の男が恐る恐る名乗りを上げた。


「ほ、本当にアンタは手出ししないんだな?」

「勿論!勇者、嘘ツカナイ!!」

「わかった!挑戦する!」


 甲板に描かれた円の中で対峙するライと元兵士の男。


「良いか二人とも?それでは………始めっ!」


 メトラペトラは合図の掛け声と共に砂時計を逆さにする。元兵士達は固唾を飲んで見守っていた。


 約束通りライは一切手を出さない。一方、元兵士は懸命に徒手空拳を放つがギリギリで躱されてしまう。そして砂時計が落ちる寸前、男の拳がライの頬を捉え殴り飛ばした。元兵士達からは驚きの声が上がる。見事、男には酒瓶が進呈された。


 実はライ自身がわざと殴られたのだが、元兵士達はそれで勢いづいた。我先にと勝負を申し出て、結果瞬く間に元兵士達は酒に酔ったのだ。


「次は俺が……」

「もう一回勝負させてくれ……」


 何度も挑戦する者も現れ、その度にライは殴り飛ばされる。その内、元兵士達からは恐れは消えていた。


 ライは魔纏装に回復魔法属性を持たせたオリジナル技【痛いけど痛くなかった】を発動している。自らの為、ではなく兵に怪我をさせない為である。メトラペトラはその気遣いに呆れていたが、元兵士達の警戒を解くには必要な気がしたのだ。


 それに、この宴は予想外の収穫もあった。それは元兵士の中に良き使い手が混じっていたこと。


 足技を主流にする者、予想外の動きで虚を突く者、無駄の無い動きで間合いに入る者。それでもライが本気なら躱せるのだが、全てが参考になる動きだった。


 やがて全員に酒が行き渡りすっかり出来上がりモードへと移行する。隠し芸大会が始まり、愚痴が溢れ、更に酒を煽り笑う。そんな時間が丸一日過ぎたのだ。

 その頃にはすっかり元兵士達はライと打ち解けていた……。


「ちくしょう……これからどうすれば良いんだよ……。なぁ、勇者さんよ?どうしたら良い?」

「う~ん…アンタ家族は?」

「妻と娘が居るけど田舎に帰っちまったよ。あんな辺境の島じゃ連れていけねぇしな?そもそも左遷だから肩身が狭くてよ……」

「無事なら呼び戻せば良いさ。ただトシューラ国だと危ないから他国に移った方がいいよ?それなら家族にも誇れるんじゃないか?」


 二日酔の元兵士達に色々と助言しているライ。彼らには一先ずトォン国に行って貰う予定である。環境は厳しいが、そこからやり直すこともまた罰として更生の一貫だろう。

 彼らの身内に関する調査は手紙でティムに依頼してある。商人組合は世界中に居るので情報が欲しいならば掛け合うようにと元兵士達に助言をしておいた。


 そして皆が二日酔により船内で休んでいる間、ライは魔法の練習を続けていた。今度は静かに、である。


 しかし、その背後に突然斬りかかる男がいた。男の名はオルスト……フォニック傭兵団の団長だ。


「ちっ……やっぱり駄目か」


 オルストの剣はライの背中に当たると甲高い音を立て折れてしまった。『極薄覇王纏衣』常時展開は研鑽だけでなく守りにも大きな役割を果たしている。


「やっと来たか……遅かったのう」


 酒樽の上で酒瓶を抱えた酔いどれニャンコ。すっかり酒臭い……。


「お見通しだった訳か。忌々しい奴らだぜ……」


 オルストはずっと機会を窺っていた。化け物じみた相手でも必ず隙はある。気配を隠し、虎視眈々とライを狙っていたのだ。

 だがライ達はそれに気付いていた。その上で放置していたのだ。


 現在、ライは覇王纏衣の上に更に魔纏装を重ねる練習中である。魔法は魔纏装の圧縮で練習し覇王纏衣は常時展開を心懸けていた。その為、オルストを放置しても問題なかったのである。


「さて……アンタだけはトシューラ国に帰ってもお咎め無しなんだよな?どうしたもんかね?」

「大人しく殺られてくれれば悩む必要も無いぜ、勇者さんよ?」

「そいつは無理じゃろうの……」

「ウルセェよ、化け猫。こちとらフォニック傭兵団の団長よ……伊達じゃねぇトコ見せてやる!」


 オルストは折れた剣を海に投げ捨て、所持していたもう一本の剣を構え魔纏装を展開。ライはゆっくり立ち上ると剣を抜き対峙する。


「いくぜ!」


 フォニック傭兵団の団長と言うだけありオルストは強かった。圧倒的な強さでこそ無いが、人が対応に慣れていない攻撃が実に上手いのだ。

 投擲ナイフを投げる際一本目の影に二本目を投げる技量、視線をライの足元に向けながら頭部を狙う巧妙さ、戦闘経験のある者でも対応に苦労する攻撃を得意としている様である。良く言えば巧み、悪く言えば狡猾、そんな動きだった……。


 ライはそんなオルストの動きを素直に賞賛していた。戦いの場に於いて持てる技術で生き残りをかけるのは決して卑怯なことではない。

 事実、エノフラハ・ニビラル邸地下でのライもそうだった……。そうせねば今、生きてはいなかっただろうと自覚もしている。


「クッ!やっぱ化け物だぜ、テメェは……だかな!」


 オルストは雷属性の魔纏装で高速移動をしながら魔法詠唱を始めた。それは今、ライが練習している技術である。


「ほ!ライよ。お主より先に使われておるぞ?」

「え~っ?マジすか……?」


 二つの属性の同時発動。オルストは仮にもフォニック傭兵団の副長だった男……二重魔法の技術があっても不思議ではない。


 そしてオルストは魔法詠唱を終えると幻覚魔法を発動。高速移動のオルストが徐々に分裂を始める。


「分身……投影幻覚魔法か……」


 ライは力の使い方の多様性に改めて感心した。研鑽、工夫、発想。確かにメトラペトラに言う通りなのだろう。

 そしてオルストは、彼自身の研鑽の上に成り立った確かな技術を使い対峙しているのだ。


 ならばライも軽んじて相手にする訳には行かない。覇王纏衣を維持しつつ雷の魔法を発動する。対人用のオリジナル魔法・《雷蛇》。地を這う雷の蛇はその数三十。その全てがオルストの幻影に襲い掛かる。


 しかし…攻撃は届かない。


(全部幻影?じゃあ本体は……)


 ライが上空に視線を移すと、オルストが刃を下に向け降下してくるのが見えた。


「貰ったぜ!」


 勝ちを確信したオルスト……全力の命纏装を刃の先端部に集中し力を込める。だが……その刃は届かない……。


 幻影をすり抜けたライの《雷蛇》達は一斉に上空に飛翔を始めたのだ。瞬間、全てがオルストに命中……放電が始まる。


「ガビビビビビピッ!!」


 無防備に電撃を喰らい痺れるオルスト。油断大敵……いや、ライの覇王纏衣を破る為力を集中した捨て身故の結末だった。


 オリジナル雷撃魔法

《雷蛇》は自動追尾型中位魔法である。命中するまで消えることはなく、対人数に合わせて雷蛇の数も調整出来る優れもの。


 落下してくるオルストは甲板に叩き付けられる寸前でライに受け止められた。麻痺しているらしくそうせねば盛大に激突しただろう。


「まあ、そんなもんじゃろ。お主はもう覇王纏衣を使う者以外には遅れは取るまいよ」

「そんなことないですよ。まだまだです」

「まあ、此奴も思ったより技量は高かったのう。ならば本来のフォニック傭兵団団長・副団長は更に厄介じゃったということになるが……」

「う~ん……それなんですが、コイツ……本当にその人達より弱かったんでしょうか?これより強いと本当に『三大勇者』と名乗れるんじゃないかと思うんですが……」

「恐らくじゃが相性の問題じゃろうよ。技量は低くても魔力が高いと力押しで負けることもある。他にも一つに特化した相手は厄介じゃしの?此奴は全体的には確かに強いが特化した部分がなかった。その差があったのかも知れんの」


 二人の考察は尽きないが確認も出来ない。しかし、その考察があながち間違っていないとオルストは意識下で呟いていた。痺れながらも話は聞こえているのだ。


 フォニック傭兵団前団長のルフィアンは簡単に言えば天才だった。生れつきの高い魔力で全てを捩じ伏せる……その為か守りが雑であったが、エルドナ社の自動防御型魔導具で攻守のバランスを取っていたのである。

 もう一人の副団長・アウルウォットは幻覚魔法に特化した曲者だった。全ての力を幻覚魔法に絞り極めた異例の魔法剣士。ルフィアンの様に圧倒的魔力で消し飛ばす相手とは相性が悪かったが、オルストの様なバランス型にはかなり厄介な相手だった。


 オルストは魔力抜きなら確実に上回る実力を持っていただろうが、戦場では使えるもの全てが力。その為オルストは自分に合ったエルドナ社の商品を探していたのだが、結局見付からなかった。


「う……く、くくく、そ……」


 麻痺が抜けず呂律が回らないオルストはふらふらと立ち上がる。


「……なあ、アンタ。オルスト……だっけか?なんでフォニックなんてやってんの?」

「……は……はぁ?な、何い……てんだ、いきなり」

「それだけの腕があれば傭兵じゃなく騎士になれるだろ?傭兵なんて使い捨てだぞ?」

「………」


 フォニック傭兵団の連中は皆、他人を蹴落とすことに躍起に見えた。エノフラハでも思った程連携が脅威ではなかったのだ。他人に手柄を取られたくないが為なのだろうが、ライには本末転倒な気がした。


「騎士になれば地位も権力もある程度手に入るだろう?なんで騎士にならなかったんだ……?」

「……ウルセェ……テメェ、に……は関係ねぇだろ。何も知らねぇのなら……黙ってろ……」

「だから聞いてんだよ……宜しい!アンタら『フォニック』の流儀では敗者は勝者に従うモンだよな?説明したまえ」

「………」


 オルストは答えない。洞穴で埋められた際はあれ程饒舌だったのに……。

 だがライは、オルストのその態度を見たことで何となくではあるが理由を察した。


 人が口を閉ざす理由は二つ。【知られたくない】か【知られる訳にはいかない】かである。そしてオルストへの質問は後者に当たるのだろう。

 知られたくない場合、殆どが生い立ちに絡む事が多い。パーシンが王族出身故の後ろめたさから【魔族】を知られたくなかった様に、フリオとレイチェルがノルグー卿子息と証さなかった様に、シルヴィーネルが竜の誇りを尊び人に協力を求められなかった様に。


 オルストが口を閉ざす理由はそれとは別の……もっと深い気がしたのだ。知られる訳にいかない理由となると怨恨、復讐……。それらを『する』にせよ『される』にせよ、本人は相当の命懸……。


 そう推察した途端、ライは質問を止めた。そこはズケズケと入って良い領域ではない。


「ま、いいや。でも考えた方が良いよ?アンタの力、トシューラ国じゃ勿体無いと思うし」

「………」


 ライは溜め息一つ吐くと再び魔法の練習を始めた。


 相変わらず背中は無防備……しかしオルストは隙を窺うこともせず船内へと戻っていった。

 襲撃を諦めた訳ではないだろうが、少なくとも今日は手を出しては来ないと見て良い筈……。


「見逃すか……。甘いのぉ……まるで蜂蜜じゃな」

「こればっかりは性分ですから……」

「お主はいつかその甘さで足元掬われるぞ?」

「その時は、まぁ……メトラ師匠を信じてますから」

「……フン!」


 何故か嬉しそうなメトラペトラ。そしてその日も暗くなるまで魔法練習に勤しむ勇者なのであった。




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