第二部 第四章 第六話 魔剣・獅子吼
ライ達の無人島生活は三日目の朝を迎えた──。
滞在中の島は海岸の砂浜以外が森に包まれていて、木の実や果実なども豊富……海と陸の幸に恵まれ景色も美しい、まさに楽園と呼んでも差し支えない場所である。
メトラペトラはそんな島がかなり気に入ったらしく、しばらく滞在したいと言い出した。現在……麦わら帽子、サングラス、ビーチチェア、パラソル、小さなテーブルにフルーツカクテルを完備し、バカンスを満喫している。
更にメトラペトラの言い分ではリルを地上に慣れさせる期間も必要なのだとか。事実、人の足で行動するリルはよく転ぶ。それすら喜ぶ姿は微笑ましいのだが、慣れが必要なことは嘘ではないのだろう。
見た目通りリルの精神はまだ子供。時折、海に戻らせ自由にさせればストレスも少ない筈……そう考えれば、確かにこの島は恰好の練習場所と言える環境だった。
そんなリルは一人で歩き回るのに飽きたのか、『人魚モード』で海を泳ぎはしゃぎ回っている最中。時折水から跳ねる姿が見える。
もう一人のリル……鯱である海王は既に近海にはいない。リルに確認すると、家……つまり【魔の海域】に帰っていったらしい。
その時点で問題が一つ……ライは自らの居る現在地がわからないのだ。
滞在中の島は寒冷のトォン国付近とかけ離れた常夏の気候。無人島である為に文化圏すらわからない。間違いなく迷子真っ只中である。
とはいえ、いざとなればメトラペトラの転移魔法がある。それに今のライには飛翔が可能……慌てる必要も無い。取り敢えずメトラペトラが満足するまで放置しておくことにした。
そして、ライがメトラペトラに大人しく従う一番の理由──それは下手に機嫌を損ねて『股間の恥辱』を触れ回られない為。それが現在の最優先事項なのである!
そんな訳でライは現在、暇潰しに無人島を探索……いや、探険中。せっかくならば楽しまねば損。探険は男のロマンなのだ!
「………ちっ。何もないな。しけた島だぜ」
まるで遺跡荒らしの様な台詞を吐く『盗掘勇者』ライ……。そもそも、無人島にお宝があるなどと言うこと自体が稀である。いくら幸運と言っても毎度毎度そんな都合良くは──。
「イェイ!お宝見っけ!」
ご都合全開……。
しかし、ライが見付けたのはお宝と呼ぶには程遠い金属の棒だった……。
先端がフックの様な少々奇妙な形をしているそれは、岩場に深く食い込んでいる状態。確かにお宝ではないのだが、こんな島に金属があるのは怪しいと言えばかなり怪しい……。
「よし。じゃあ、コイツを探索用の杖として持って行こうか。フフフ……この『魔槍・串刺し丸』と合わせれば強力な武器になる筈だ」
魔槍・串刺し丸──それは、ただの木の棒である。森で見付けた棒を短刀で削り銛にしようとした、手作り感溢れる一品……。
すっかり良質の武器と無縁になったライは、まるで子供が棒切れを『聖剣』と呼ぶ様な……そんな……そんな残念な人に……。
ライ・フェンリーヴさん──
「フフフ……では、頂いてゆくぞ!」
岩に食い込んだ金属の棒は簡単には引き抜けなかった。しかし、今や魔人と化した残念な人……魔力だけならず、その膂力も以前と比べるべくも無い程に跳ね上がっている。
「フッフッ……余に逆らうか。ならば、力付くで頂くまでだ!むぅん!!」
“むんず”と掴んだ棒を力を入れて持ち上げる。金属棒はメキメキと軋んだ音を立てつつ打ち込まれていた岩に亀裂を走らせた。そして岩諸共に引き抜かれたそれは、さながらハンマーの様な形状に……。
「……まあ、これはこれで良しとすべきか」
満足げな顔で金属棒を肩に担ぎ探索を続けるライ。そんなものを軽々と振り回し、腰まである草むらを凪ぎ払いながら進んで行く怪力勇者。
すると、再び金属棒が…… 。
「ほほぅ。これはこれは……ではコイツも頂くとするか……」
再び金属棒を引き抜き、担いで移動。すると三度の金属棒が出現した……。
流石に違和感を感じたライは、来た道を戻りながら金属棒を元の場所に戻してゆく。金属棒は等間隔、しかも少しづつズレた位置に打ち込まれている様だった。
「等間隔……?取り敢えず場所の確認をするか……」
金属棒を発見した場所ごとに火炎魔法 《渦炎の柱》を発動し円形に燃やし尽くす。ご丁寧に延焼を起こさぬよう消火の手間を掛けながら、陸にある金属棒の場所を一つ一つ把握に努める。
そんな手間を終えた後ようやく飛翔したライは、島上空でその全貌を確認。どうやら金属棒は、途中から海の中へと続いている様だった。
(メトラ師匠に相談するか……。いや……まずは海の中も確認を……)
そのまま金属棒があるだろう海岸まで飛翔し、着水。浅瀬にはやはり金属棒が刺さってた。更にそのまま海の中にも潜って確認すれば、推測通り金属棒が等間隔に続いていた。
「メトラ師匠~。ご相談が……」
「何?今、バカンスを楽しんでる最中よ?」
「そんな……キャラまで変わって……」
「……フゥ。手短にね?」
島に等間隔に打ち込まれた金属棒……。探索の結果円環を形成しているらしいソレは、何かの『魔法陣』ではないか?との推察をメトラペトラに伝えた……。
「……またトラブル?貴方って人はつくづく災難に愛されてるわね?」
「……いや、まだトラブルは起こってないですけど」
「……じゃあ、これから起こるのね。海王に夢傀樹……立て続けに起こったにしては世界規模よ。次はきっと小さいトラブルに違いないわ。だから貴方の好きにしたら?」
「……『小さいトラブル』の根拠は?」
「……女の勘?」
「……左様で…」
真面目に相談したが全く当てにならない大聖霊ニャンコ。そう言えば酒が大量に入ると『使えないニャンコ』になるのだったと諦めることにしたライ。
という訳で調査続行──。
円環の魔法陣で在るならば、中心に何かしら手掛かりがある可能性は高い。そしてライは再び飛翔し、ほぼ中心の場所を確認。そのまま海中へと飛び込んだ。
潜る途中、巨大な海の魔物をタコ殴りにしているリルの姿が見えたが……敢えて見なかったことにした。海王様は着々と縄張りを拡げているらしい……。
そして海底……といっても、そこは然程の深さはない。澄んだ海で視界も明かりも充分。
しかし、如何せん呼吸が続かない。そう言えば以前、メトラペトラから『呼吸』に関して説明を受けていたことを思い出す。
『呼吸が出来ない場所での生存には二種類の対策がある。事前に準備が可能ならば空気を圧縮しておけばよい。それを少しづつ開放すれば半刻は持つはずじゃ。しかし、問題は突発的な場合……こればかりは工夫で対応せんとならん。理屈はこうじゃ……』
ライは魔纏装を展開。その属性を地属性魔法のものに変化させ、更にその魔纏装を一回り分ほど身体から離す。まるで人型の袋に包まれた状態、と形容出来そうな姿。そこで更に地属性と生命属性の融合を行う。
これにより、極薄の植物性質を持つ纏装に包まれた状態……謂わば魔法による潜水服となった。後は魔力で植物の循環効率を上げるのみである。
(初めてにしては上手くいったな。ま、飛翔魔法に比べればチョロイチョロイ)
メトラペトラはそれを呼吸纏装などと呼んでいた。複数属性の組み合わせである上位魔法の纏装。その維持にはかなりの魔力を必要とするのだが、現在のライにはあまり関係が無いようだ。
そのまま海底を移動し中心の目印を探す。必ず目印が存在すると信じ探すこと程なく、見事金属棒らしきものを発見するに至る。
そこで一度浮上し金属棒周囲の全体像を確認したが海藻や珊瑚などで埋め尽くされていることしか分からない。敢えて言うなら、他の場所より海藻が多い気がする程度だった。
そして改めて金属棒に近付くと、ようやくそれが剣であることに気付く。
かなり長い間、海中にあったのだろう──その『黒い大剣』には貝や海藻がこびり付いていた……。
(魔導具?……いや、神具か?もしかしたら、また封印とか……?やっぱりメトラ師匠に確認をした方が……)
そこで思い出したのは先程のやり取りだ。
そう……酒臭ニャンコは現在、お話にならない。『好きにしたら』とまで言っていたのだから好きにさせて貰うことにした。
取り出した短刀の刀背で黒剣の柄に付いた貝や海藻をこそぎ落とす。そしてライは改めて剣を引き抜こうとしたが……しかし、金属棒と違い『剣』は微動だにしない。
(単純な腕力だけじゃ無理って訳か?なら全力で行かせて貰うぜ!)
短期決着を狙い【呼吸纏装】を解除し、覇王纏衣を展開。加えて飛翔魔法を全力で発動しつつ、力の限り引き抜く。“ガゴッ”と足元に振動が伝わると、剣は抵抗を止め力の方向へと滑り出した。
そのまま飛翔魔法の影響で海上まで飛び出したライには、海中の閃光に気付く余裕は無かった……。
「プハッ……ハァ、ハァ……。やっぱり剣だったか。ちょっと汚れてるけど、手入れすりゃ使えるだろう。にしても随分軽いな、コレ……」
軽々と空に掲げ確認しているその剣は、本来片手で持つには大振りな造りだ。刀身は黒く、所々に赤い線や紋様が刻まれている様に見える。試しに軽く振ってみると、やはりかなり軽い。
久々の良さげな武器を手に入れたことに浮かれたライは、黒い大剣に纏装を展開し空に向かって振り抜いた。
だが、次の瞬間……放たれた【黒き閃光】は上空にて大きく炸裂。大気を揺るがし周囲の雲全てを消し飛ばした……。
「……………なんじゃい、こりゃ~!!!」
恐る恐る握った剣を見ると、付着物はすべて剥がれ見事な刀身が姿を現している。まるで新品同様だ。
(も、もしかして、ヤバイ系の武器?)
慌ててメトラペトラの元に報告に向かうと……酒臭ニャンコは口を開けたまま硬直していた……。
「し、師匠!メトラ師匠!!」
軽く揺さぶり頬を叩くと、我に返ったメトラペトラがライに喰ってかかる。
「今度は何やらかした!トラブルニャロウ!!」
「い、いや……師匠。コレ見てください」
「ん?…………。ゲゲッ!そ、それは【魔剣・獅子吼】!な、何故お主がそれを……!!」
「海の中で見付けっちった!」
「何故……何故ワシに言わんかったんじゃ!その剣はヤバイ代物じゃぞ!!」
「あ、やっぱりヤバイ系でしたか……。いや、先に相談に来たじゃないですか……金属棒の話、覚えて無いんですか?」
「え……あ、あれ?聞いたっけ?うぅむ……覚えておらん……」
バカンスを満喫していた酔いどれニャンコは、浮かれていたせいで全く話を聞いちゃいなかったらしい。
「師匠が好きにしろって言ったんですよ?デカイ問題がそうそう続く訳ない、女の勘だって……」
「あ、あっれぇ~?そ、そんなことまでぇ?」
ライのトラブル体質がそんな生易しいものなら、海王に無傀樹と続く訳が無いのだ。そこを理解しなかった時点でメトラペトラの敗けである。
「ま、まあそれは良い……。しかしこんな島に【獅子吼】があるなど、知る筈もないわな」
「結局、何なんですか?この剣は……」
「それはじゃな……」
「あたしが教えてやろうか?」
突然の第三者の声──。
ここは無人島である。昨日からの探索で島に人が居なかったことは確認済み。声が聞こえたライの背後は海……つまり船で来た可能性もある。
しかし、メトラペトラが驚愕で固まり宙に浮いている時点で並々ならぬ事態……相手は尋常ならざる存在だとライは直ぐに理解した。
ゆっくりと背後に視線を向ければ、そこには水に濡れた全裸の若い女性が……。
女性にしては短めの髪は金色。青い瞳、そして長い耳はまるでレフ族の様だが、明らかに違うのが薄褐色の肌である。豊満な胸に細いくびれ……その肉体はさながら芸術作品の様だ。
「キャーッ!!エッチ~!」
悲鳴を上げたのは……ライだった……。
あまりに刺激的な光景に【魔剣・獅子吼】をポトリと落とし、両手で顔を覆う。と、同時にその叫びで我に返ったメトラペトラ。ライとは対照的に、毛を逆立て真剣に身構えている。
「エイル・バニンズか……!まさか、お主に再び出会すとは思わなんだわ……」
「キャー!……。」
「メトラペトラか……。久しぶり~!、とでも言えばいいか?」
「キャー!……。」
「相変わらず巫山戯た女じゃのぅ……」
ピリピリとした空気の中をライの悲鳴が木霊し続ける。
「…………なあ、メトラペトラ?」
「……なんじゃい?」
「アイツ……超ガン見してんだけど……?」
「……………」
両の手で顔を覆って肩を“イヤイヤ”と振っているライは、『キャー!』と叫んだ後、指を目一杯開きその隙間から少女……エイルを凝視しているのだ。そして再び指を閉じ、叫び、また凝視を繰り返す。現在、凝視中……。
そんなお盛んな勇者は、身体を『くの字』にして心無しか内股。ライの背後には、いつの間にか戻ったリルがその動きを真似ていた……。
「……ゆ、許してやってくれんか。少し残念な勇者でのぉ」
「ふぅん……勇者ねぇ……」
エイルと呼ばれた少女は、挑発的な動きで無防備な胸を揺らしライに近づく。そして手の届く距離で自らの腰に手を当て仁王立ちした。完全な全裸……しかし、照れる様子も隠す素振りもない。対してライは完全に凝視状態。自分も上半身が裸なので尚更、興奮状態だ!
「そんなに気になるの?」
「そ……そそそそそんなことは、あるとも無いとも何とも………」
「じゃあ、触らせてあげよっか?」
「け、けしからん!けしからんですぞぉ~!!」
「ほら、早くぅ……」
ムフゥ!ムフゥ!と呼吸の荒いライの顎を指でツイッと持ち上げるエイル。顔を近づけられ、思わずライは目を閉じた。
その時……不意に頭を掴まれたライの額に強烈な頭突きが炸裂する。
「グオォォッ!」
興奮のあまり無防備だったライは、いつもの『常時覇王纏衣』を解いていた。しかもエイルはしっかり纏装を使用。当然ライは、痛みのあまり砂浜を転げ回る。リルも同じように転げ回って笑っていた……。
「アハハハハ!面白れぇな、コイツ!なぁ?こんなのが今代の勇者なのかよ?」
腹を抱えケタケタと笑うエイルは、メトラペトラに確認の視線を向けた。だがその時、一つの違和感を感じた様だ。
メトラペトラの向ける視線の先をエイルが追うと、ライが寝転がった状態で再び凝視していたのだ!
「おいおい……マジかよ……。結構本気でやったんだけどな?」
「フン……お主は奴を知らんからの?奴が本気ならば封印から出たばかりで弱っているお主も無事ではないぞよ?」
「は?大聖霊様の笑えない冗談か?こんなエロ勇者にアタシが負けるとでも?面白れぇ……じゃあ見せて貰おうか!その実力の程を……なっ!」
エイルはライに視線を向け、いきなり最上位火炎魔法 《爆縮球》を放った。詠唱は分からない程に早い。間違いなく『高速言語』を使用している。
《爆縮球》は火炎魔法ではあるが、爆裂魔法と表現すべき魔法だろう。高速で撃ち出した火球が対象に触れると周囲の酸素を取り込み大爆発を起こすのだ。
ライを捕らえたであろう火球は、爆風と共に海岸をごっそり吹き飛ばす。明らかに殺すつもりで魔法を放っていた……。
「はっ!まさか終わりかよ?つまんねぇな、おい……。メトラペトラ?誰が『無事じゃない』んだっけ?」
「フン……お主が、に決まっとろうが。何じゃ?三百年眠ってたんで勘でも鈍ったのかぇ?」
「なんだと……?」
メトラペトラの言葉に反応し砂煙が晴れるのを待つエイル……。ようやく視界が晴れた砂浜は、すっかり抉られ波打ち際が手前にまで迫っていた。
そして僅かに残った砂浜には──倒れ伏せったライの姿が……。
「ニギャーッ!?な、何で普通にやられておるんじゃ、お主は!馬鹿か?馬鹿な……いや、馬鹿じゃったな……。そ、そうではなくて、何やっとんじゃ!このアホタレめが!?」
メトラペトラは絶叫した……。余裕ぶっこいた発言をしたのに、しっかりやられている愛弟子。思わせ振りな発言が全部台無しである。これは流石に恥ずかしい……。
「ギャハハハハ!マジかよ!散々勿体ぶってこのザマとか……。大聖霊様もボケたんじゃねぇのか?」
「ぐぬぬぬぬ……!」
プルプルと震えるメトラペトラ。しかし……。
「ホッホッホ。その位で許してやって下され。大聖霊様も困っておられる……」
突然の声に、メトラペトラとエイルはハッ!っと振り返った。勇者ライは倒れたまま……では一体誰が……?
声の発信源に居たのは……エルフトの道具屋・シグマだった。
「誰だよ、お前っ!?」
突然現れた老年の男。立派な髭を撫でながら微笑んでいる。
エイルは突然の事態が理解が出来ずメトラペトラに視線を向けた。メトラペトラ達と一緒に行動していた仲間の可能性もある。そして、そのメトラペトラは……。
「誰じゃ、お主は~!!」
メトラペトラは力の限り叫んだ……。
当然それが誰かなど知る訳がないのだ。得体の知れない爺様の出現は、益々混乱を生む結果となった……。
「ちっ……意味がわかんねぇ……。おいメトラペトラ、お前がふざけたことしてる訳じゃねぇんだな?」
「知らんわ!大体、誰じゃこのジジイは……」
二人のあまりの混乱ぶりに、シグマは突然大笑いを始めた。一頻り笑った後、妖しい眼差しを浮かべ語り始める。
「フフフ……少し悪ふざけが過ぎたかな?しかし、十分楽しんで頂けた様で何よりだ。それではそろそろ明かそう……私の正体を……」
シグマは顎髭に手をかけ少しづつ顔の皮を捲り上げ剥ぎ始める。そうして現れた顔は………シウト国商人、ティムである。
「……………」
「……………」
「いや!本当にどちら様!?」
メトラペトラ、三度目の絶叫!
「やあ!俺、ティム!シウト国で商人やってるんだけど、ふと思ったんだよね。人間、やれば出来るんだ……ってね?」
ティムと名乗った青年は、弛んだ腹を揺らしながら軽快なステップを一心不乱に踊っている。しかも、意味がわからないことを語り出した。
「だから俺、決めたんだ……!そうだ、『翔ぼう』ってね!」
決めポーズと同時にティムの足元から炎が吹き出し、“プシュッ!”と音を立てると空の彼方に高速飛行しつつ消え去った。
「…………」
「…………」
完全なるカオス──得もいわれぬ空気が場を包む……。
しかし、この時点でメトラペトラは気付いた。こんな手の込んだ、しかもふざけた真似をする者など心当たりは一人しかいない。
「いい加減にせんか、馬鹿弟子が!」
倒れているライに向けて怒鳴り付けるメトラペトラ。のそりと立ち上がる勇者に、今度こそエイルは警戒する。
ここまでふざけたことをする余裕……確かにメトラペトラの言う通り油断ならない相手の様だと理解したのだろう。
勿論、色んな意味で……。
「イヤぁ……バレちゃいましたか。もう少しイケるかと思ったんですけどね~」
フラフラと立ち上がった勇者の顔は……三兄弟・ジョイスだった。
身体はライだが顔は三兄弟の顔。頭が大きくアンバランス過ぎて目がおかしくなったかと感じる。
「キモいッ!というか、いつまでやるの?馬鹿なの?馬鹿……だったのぅ、確かに……」
ガックリと肩を落したメトラペトラはそのまま地面まで落下した。
「そんなこと言うなよ~、おニャンコちゃ~ん。これも研鑽だろぉ~?」
「うおっ!お、お主、いつからそこに……」
「ん~…割りと始めからですかね?」
メトラペトラのすぐ背後……島の森側に現れたライは 、メトラペトラを拾い上げ頭に乗せた。ライの後ろには、吹き飛ばされた筈の『バカンスセット』、魔剣・獅子吼……そしてリルがいる 。
「お……おお……。探してくれたのかぇ……?流石は愛弟子!誉めて取らす!」
「折角楽しんでましたからね。まぁ、集めるまで『分身』で時間稼ぎ出来たから良かったっすよ」
「分身?……そ、そうじゃ!先刻のアレは何なんじゃ?ジジィやらデブやら……それにあっちに今いるお主は……」
「ジジィ……デブ……。ひ、酷い言われようですね……。あっちの奴は……ま、見れてば分かりますよ」
ジョイス……の顔をしたライは、筋肉を誇張するポージングをしながら反復横跳びを始めた。その際、『筋肉!筋肉!』と叫んでいるが野太い声が徐々に甲高くなってゆく。そして突然足を止めると満面の笑顔で叫んだ。
「筋肉!最!高!」
途端に『ジョイスの顔をしたライ』は爆散した。生々しいものではなく、身体全体が造り物の様な中身のない爆発だ。さしたる爆風も無く、ただただ派手なピンク色の爆煙を上げ偽のライは霧散した。
「……いや!!見てても分からんわ!?」
「ハハハハハ。
「いや……その何じゃ……一言でいうなら【カオス】じゃったわ……。それにしても感知しても全部本物じゃったんじゃが?」
「それは後で説明します。それより……」
ライはエイルに向き合い腕組みしている。今回はふざけた態度ではなく真顔。エイルも警戒を解いていない。
「アンタさぁ?まだやる気?もう終わりにしない?」
「……さてね。随分ふざけた真似してくれたから、どうしよっかなぁ……?」
「それはお互い様だと思うけどね?
「あぁ?ソイツ、魔物だろ?どうなろうと知らねぇよ……。それよりどうする?殺るの?殺らねぇの?」
「交渉決裂……だそうですよ、メトラ師匠」
「油断するなよ、ライ。相手は先代魔王じゃぞ。加減して勝てる相手ではない」
「わかりまし……え?え?せ、先代魔王?」
衝撃の事実にエイルを二度見するも、ライは諦めて気合いを入れ直した。
夢傀樹に続いての伝説級との対峙に、『本当は俺、呪われてんじゃね?』とライが思ったのは言うまでもない……。
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