第七部 第八章 第十五話 研鑽深き者


 本格的な手合わせとなりライは黒身套を展開。対するディルムは先程同様の静かな構え……。

 それは先程のスタイルと同様に見える……しかし、大きく違うことが対峙しているライには伝わってくる。


先刻さっきと同じ……いや、今度はオウガと同じ様に覇王纏衣を身体に納めたのか……)


 ディルムは最初に命纏装、その上に覇王纏衣を展開し【王鎧】を形成。これにより先程同様の炸裂纏装を構築している。しかし、それだけではない。その手に持つ長剣にはしっかりと黒身套が展開されていた。

 研鑽の結果は人それぞれ……恐らくこれがディルムの研鑽の集大成なのだろうとライは悟った。


 先程同様に先手はライ……。刀と剣が交差した瞬間、前回とは比べ物にならない威力で纏装が炸裂した。


「うおっ!?」


 そして先程と大きく違う部分もあった。ディルムは受けだけではなく攻撃もしっかり仕掛けてきた。使用したのは高速言語による幻惑魔法 《夜霞よがすみ》。黒い靄が広がると同時に輝く白い霧がライを取り巻いた。

 明暗差による視界の撹乱……が、既に精霊格を超えつつあるライにはその程度の小細工は通用しない。


 当然ディルムもそれは分かっていた。魔王や魔獣を退け神の眷族とさえ渡り合う『『白髪の勇者』の話は騎士達にも伝わっているのだ。かつて見た『駆け出し勇者』としての認識はその容姿を見た時点で改めている。

 だからこそディルムは己の出せる力を全て使うつもりだった。何せノルグー領で手合わせできる騎士が既に存在しないディルムにとって己を試す絶好の機会なのである。


 今や身分が変わり多忙となったフリオ、勇者フォニックの役割を背負ったジャック、そして国外で修行することが多いシュレイドは距離や時間の問題として手合わせをできない。真面目なディルムは騎士団長の立場の為に外遊はせずノルグーでの役割を全うしている。時折訪れる実力者と手合わせしても相手の名誉を慮って本気では戦えない。


 そんな中、一度だけ……近衛騎士副団長のバズと手合わせをしたことがあった。同じマリアンヌの訓練所で鍛錬した兄弟弟子とも言える相手にして『ロウドの盾』に所属する実力者。己の力を測るには申し分無い相手と思っていた。

 そしてバズは確かに強かった……。だが、ディルムは気付いてしまった。彼もまた自分の実力を完全に測れる相手では無いのだと。


 その理由こそディルムの中の竜人の血──ストイックなまでの鍛錬と突き詰めるまで拘る研鑽は、ヴォルヴィルスよりも更に竜人覚醒へと近付いていたのである。



 一定間隔で輝く霧と暗き靄……その中から容赦なく刃が襲う。ライはこれを素早く往なし続ける。全方位全角度から多様な技で斬り付けるディルムの剣……厄介なのは剣に触れる瞬間に炸裂する場合とそうでない場合があることだ。流石のライでさえこれに何とか対応できる……といったところだ。


(くっ……。ディルムさん、搦手からめてがヤバい。コレ、シウト国の騎士じゃ対応できないだろ……)


 ライがそんなことを思っていると刃がそれまでよりも早く突き出される。それを素早く刀で往なした瞬間、ディルムの手が光の霧から飛び出しライの左手を掴んだ。

 反射的に振り払おうとしたがディルムは瞬時に《崩し》を行った。崩しとは柔道や柔術などで相手の体勢を乱し技をかけ易くする技法……ディルナーチ大陸では普及しているがペドランズ大陸側では体術の使い手が少ないこと、そして纏装と魔法の普及であまり使い手はいない。《崩し》を使われたことでライは己の考えが甘かったと気付かされる。


 ほんの僅かな体幹の崩れ……ここからディルムの連撃が始まる。


 最初の一撃は剣の柄尻による鳩尾みぞおちへの突き。これもまた黒身套が展開されている。ライの防御と同等の力であれば殆ど威力は通らない筈だったが……。


「ぐはっ!?」


 指向性を持たせた炸裂纏装により衝撃が抜けてくる。吹き飛ばされたライに対しディルムは流れるような追撃を続けた。


 踏み込みと同時に【王鎧】の足部分を炸裂させ加速すると剣を逆袈裟で斬り上げる。息つく間もない程の速度で袈裟斬り、水平斬りと続く。その間に高速言語を唱えていたディルムは魔法を連続発動。二人が向かう先に縦五、横五の計二十五発もの《火球》の壁が出現した。

 それでも初歩魔法の《火球》……黒身套であればダメージなど全く問題無いと思われたが、ディルムは更なる高速言語を発する。火球の壁はライが衝突したにも拘らず崩壊せず、強固な壁代わりとなりその身体を捉えた。


 そこへディルムの全力の一撃。炎の壁と黒身套の刃で挟撃されたライは反射的に身を捩りつつ倒れ床を殴り付ける。その衝撃の反動で自らを真横に飛ばし難を逃れることができた。


(……くっ。ゴハッ……。今のは冗談抜きでヤバかった)


 視線の先のディルムは楽しそうに笑っていた。全力を出しても倒せない相手……正に胸を借りるつもりでの手合わせ。次は何を仕掛けようと考えることが楽しいのだ。


「……。ディルムさんは何処で《崩し》を覚えたんですか?」

「実は一度、レオン様の護衛でエノフラハに同行したことがあったんだ。その途中、ドレファーに立ち寄ってある方と手合わせをして頂いた」

「ドレファー……。!? も、もしかしてスズナさんですか?」

「そう。それで気になったのがディルナーチの武術……その《崩し》や体捌きだよ。まぁ使えるようになったのはスズナ殿から手解きして頂いた後、部下との訓練名目で試し続けたからなんだけどね」


 因みに、現ノルグー第三騎士団の半分はディルムとの手合わせで体術を取り入れた剣士型になったらしい。


「どうりで戦い方がディルナーチの剣士に近いと思ってました。………。因みに、最後の《火球》を強化したのは《魔力結束》ですか?」

「それも見抜かれていたか……流石は『白髪の勇者』」


 《魔力結束》は魔力を繋げ強化する一種の付与魔法である。


 弱い魔法しか使えぬ者でも魔法を重ねることで効果を高める為にと考案された魔法だが、単純に詠唱をどれ程早く唱えても先の魔法効果が消えてからの発動となり繋げられないと判明した。故に複数人での使用、または魔法ではなく魔導具の強化として普及されることとなった経緯がある。

 その欠点を解決する鍵となったのは高速言語魔法……確かに使用できるディルムならば先程の様な《火球》複数と《魔力結束》の連続詠唱も可能だろう。


 因みに、ライが竜鱗装甲を手に入れて試した魔法の重ねがけ……あれは鎧の効果により《魔力結束》が自動発動していたことをメトラペトラから魔法を学び改めて理解した。


(本当にこの人は効率重視の戦い方をしてるんだな……)


 今回ディルムが展開した《火球壁》とでも呼ぶ魔法は下位魔法の合成。中位魔法である防御魔法 《炎壁陣》と消費は同等なれど使用している魔法の種類が多い為に《火球壁》の方が強度が高い。

 恐らくディルムは、戦いの最中は常に《思考加速》を行いあらゆる技能を模索していると思われる。


 これで竜人化を果たせば《思考加速》を使用せずとも思考能力が高速化し余裕が生まれる。魔力量も大きく増すので全体の魔法威力を上げることも可能となるだろう。

 何より、身体機能の向上は炸裂纏装を使用することで脅威的効果となるだろう。


 成る程、覇竜王の系譜というものは末恐ろしいものだとライでさえ考えさせられた。



 だが……そうとなれば好都合である。闘神復活の時が迫る今、実力者が増えるには願ったり叶ったりだ。


(ジャックさん同様、先の次元へ進む切っ掛けができるかもね……)


 ライは纏装を一度解除し刀を納めた。


「ディルムさんは存在特性使えます?」

「いや……流石にそれはつかえないかな」

「じゃあ、後でラジックさんかエルドナに会って下さい。そこで存在特性を使える魔導具が貰えます。まぁ劣化品ですけど」

「それは有り難い。しかし、私はしばらくラヴェリントを離れる訳にはいかないと思うんだけど……」

「あ〜……。ディルムさんにはまだ渡していないんでした。なら、丁度良いかな」


 破損した床石で《物質変換》を行ったライの掌には転移機能付きの腕輪型空間収納庫が出現した。

 勿論、異空間であっても使用可能な新型。それをディルムへと投げ渡す。


「これで転移が可能になりますからストラトの『蜜精の森』に行ってみて下さい。誰かに話せばラジックさんと繋ぎを取ってくれます。まぁエルドナが鎧と剣を持ってくるのが先か……」

「こ、こんな貴重なものを……良いのかな?」

「ええ。……。ところで、手合わせの判断はどうします? 俺としてはディルムさんは十分すぎる程の実力だと思いますけど」

「そう言って貰えるのは素直に嬉しいよ。でも、実は手合わせが楽しくてもう少し相手を願いたいんだけど……大丈夫かな?」

「物足りないですか?」

「久々の実力者相手だからもう少し……という気持ちはあるね」

「ハハハ……分かりますよ。でも、ここからは時間の問題で手加減無しになりますが……」

「分かった。是非に」


 ディルムはどことなく自分に似ているとライは思った。研鑽に集中し、貪欲に何でも取り込む。工夫で多彩さを模索し、色々できることが楽しくなる……手合わせからそう感じ取ったのだ。

 そして、実はディルムはもう一つ別の系譜の血も継いでいる。それがこの手合わせにも少しばかり影響を与える。


「それじゃ続けますか」

「宜しく」


 抜刀と同時に広がるのは場を覆う威圧。魔力や纏装の気配は感じないが、ディルムが動きを躊躇う程に空間の空気が重い。

 《波動氣吼法》……ジャック同様に手合わせで使用することで存在特性か波動を感じ取って貰える様にする為の謂わば『慣らし』。


「これにはほぼ魔法は通じませんよ。そして纏装でも打ち破るには弱い」

「だけど、破れないとは言わない……か」

「ええ、ジャックさんには破られました。ディルムさんは……どうです?」

「ハハハ。試してみるしかないかな、そればかりはね」


 ディルムは初めて体感する圧に戸惑いながらも笑みを見せる。そして……自らの纏装を解除した。


「くっ……。纏装を解くと意識に響く……」

「む、無茶しますね、ディルムさん……」

「この圧力はライ殿が生み出している……なら、直に感じてみたかったのさ」


 【神衣】と同等の威圧を備える波動氣吼法は、並の人間がまともに浴びれば多大な精神摩耗を受けることになる。その辺りは展開する者の意志に左右されるのだが、当然ライは悪意を持って展開していない故にディルムも無事で居られる。しかし、一歩間違えばここで手合わせは終了となることも有り得た。

 それでもディルムが無防備で受けたことには意味がある。研鑽の為には少しでも情報と体感が必要だったのだ。


 僅かながらでも直に体感したディルムは再び【王凱】を展開。剣をライへ向けた。


 手始めに見せたのは高速言語による魔法──。使用したのは何と神格魔法 《黒蝕針こくしょくしん》。一つのみだが脅威となる重力の針を躊躇いもなくライへと放つ。


 が……《黒蝕針》は波動氣吼を纏ったライの刃で届くことなく霧散した。


「……。言われても自分で試してみたくなる性分でね」

「それも分かりますよ。俺もそうだから」

「なら安心だ」


 そしてディルムは短期決戦型の戦いへとシフトした。


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