第七部 第八章 第十四話 騎士団最強の男


(しかしまぁ……ここにきて頭一つ抜けた実力者がいきなり増えた気がするな……。喜ぼしいことだけどさ)


 世界の危機が迫りロウドの星が抵抗する為の強者を輩出した──言葉にすれば簡単に聞こえるが、そう単純な話ではない。


 生まれ付きの強者など先ず存在しない。訪れる危機に合わせるにもその者が成長する時間が必要となる。ロウド世界を脅威から守る役割の覇竜王でさえ誕生後成長するまでに数年は掛かるのだ。

 そして成長には個人差がある。特に人間は環境や出逢いで大きく違いが生まれる。マーナの場合は母から魔法を習う幼き頃の環境とエクレトルに勇者として選抜されたことによる鍛錬の期間。シンの場合はアスラバルスから纏装を修得できた出逢い。ライの場合は竜鱗装甲の獲得によるフェルミナとの出逢いの幸運……ということになる。


 無論、近年に著しい成長を果たしている者も努力が足りなかった訳ではない。ただ、今に至る環境と出逢いにはライの旅路が必要だった。

 特にマリアンヌの存在は不可欠──纏装による高度の戦闘技能、ライから齎されたメトラペトラの魔法知識、そしてラジックの魔導具・神具やエクレトルとの連携……彼等の飛躍の鍵はまさにそこにあった。


 つまり、ライが感じている実力者の増加はマリアンヌが要因。実力者が急に増えた様に感じるのはマリアンヌが直接指導した期間と繋がるのである。

 しかしながら、やはり個人差があり自らの限界の壁を打ち破れた者は未だ少ない。


(ディルムさんはミラの子孫だから竜人と聖獣血筋ってことになるのか。だから強くなった……いや、違うな)


 血筋のみで語るならばライはその例から漏れている。何故、才覚無しと言われていた自分が成長できるようになったのか……それはフェルミナとの契約による何らかの作用だろうと考えていた。逆に言えば、それがなければ未だ以て騎士見習いよりも弱かっただろう。

 そして、竜人の血筋は想定よりも多い筈……。その全員が覚醒していれば今の比ではない程の戦力となった筈だが現状は手の指の数よりも少ない。恐らくそこにも何かの要因があると思われる。


 ただ……確実に言えるのは力を伸ばしている者に共通する『努力』。ディルムの実力もまたたゆまぬ努力に裏打ちされたものであることは間違いない。


「それって【覇王纏衣】修得の時に安定しなかった纏装から着想をしてます?」

「ええ……。あの反発を負担なく使用できるように思案したのが私の技ですね。シュレイドは更に別種の技に昇華させたみたいですが……あれは真似できませんでした」

「【散華光さんげこう】でしたっけ……あれも面白い技ですよね」


 【散華光】はシウトの独立遊撃騎士となったシュレイドが編み出した特殊纏装である。生命力と魔力を融合させることで展開される纏装の奥義・覇王纏衣……不慣れな状態では互いが反発し安定しないことを逆利用し、『不安定さを固定』することで魔力を散らす性質へと変えた亜種覇王纏衣だ。

 ライもシュレイドから聞かされ試してみたが、安定の困難さに加え魔法の方が効率が良いと判断し修得を保留した技法でもある。


「確かにディルムさんの技はあの強烈な勢いを感じませんね」


 ライが再び斬り込めばディルムは剣でこれを受ける。その瞬間に剣に込められた纏装が接触部で炸裂し先程同様に弾かれる。

 そこでライは剣速を早めフェイントを入れた。小太刀と剣が接触する瞬間に素早く引き交差する位置を変える。だが、炸裂したのは最後に触れた位置……つまり、ディルムが視認して炸裂させている訳ではないことが窺えた。


(いや……恐らくは自分の意志でも炸裂させることができると考えるべきかな。普段展開してる部分は自動反応……これは纏装の種類が違うのか?)


 続いて小太刀による連撃。一度目の斬撃が弾かれる勢いを想定し二撃目に繋げる。すると炸裂はきっちり二度返ってきた。そこでライは一つの推察を立てた。


「……。炸裂自体は内に宿している纏装が薄くなった部分から噴き出す感じで展開してる。違いますか?」

「御明察です」

「発想力が違いますね、ディルムさんは……」


 簡単に言ってはいるが纏装をその状態にするには凝縮し維持せねばならない。身体と同化するように展開されている以上、負担が多いのではないかという疑問がある。

 が……ディルムはその考えを見透かしてか敢えて種明かしを始めた。


「肉体の内に展開されてるのは命纏装です」

「あ、成る程……それなら確かに」


 自らの生命力由来なら纏装の圧力が高まっても負担は少ない。それどころか回復力や身体機能も上昇するので利点が上回る。

 しかし、そうなると新たな疑問が生まれる。命纏装だけでは黒身套を押し戻す程の圧力は生じない筈。


「身体に命纏装、そしてその外側ギリギリに覇王纏衣……ですか。しかも、炸裂させる為に魔法による《思考加速》で接触反応領域を展開してるんですね」

「そこまで分かりますか……。本当に別人のようですね、ライ殿は」


 技巧と魔法の習得、消耗を抑える為に練られた工夫、それらを差し障りなく熟すまでの修練……ライはディルムをそれ程深く知らないが努力の人であることは伝わってくる。


 ディルムの行っているのは接触した箇所の覇王纏衣を瞬時に暴発させる行為。生命力と魔力のバランスが崩れた覇王纏衣の炸裂は一般人に対してならば十分な威力となるが、達人相手では決め手に劣る。シュレイドはそれを技として昇華させる形で【散華光】を編み出した。しかしディルムは技ではなく技術として使用している。

 つまり、これは只の戦闘スタイルでありディルムの技とは違うことを意味する。



 小手調べで互いの技量を確かめた二人。ディルムの炸裂纏装は『爆発反応装甲』の様に身に掛かる圧力を炸裂の威力で相殺・威力軽減を行う為のもの。しかし、これはライの様な圧倒的能力を持つ相手に使用するにはやや効果が薄い。その気になれば炸裂さえ無視して斬り裂くことも可能なのだ。

 そして当然ディルムはそれを理解している。ライが本気で斬り込まないのは加減……その実力差があるからこそディルムは胸を借りるつもりで自ら斬り込んだ。


 ディルムの初撃が炸裂すると思っていたライだが、接触した剣の纏装は炸裂せず流動し滑るように小太刀を逸した。意表を突かれた瞬間、ディルムは自らの脚元で纏装を炸裂させ急加速……ライの喉元へと迫る。

 無論、この程度で反応は遅れない。即座に体勢を整えたが……ディルムの掌から輝く球が出現し閃光を放った。


「……っ!?」


 それは初級光魔法である《閃光》──直視こそしなかったが閃光で視界を奪われてしまった。

 だが、それでもライは慌てることはない。視界を奪われた際の戦いも当然想定して研鑽している。瞬時に周囲の気配を読みディルムの動きを察知、目を閉じたまま迫る剣撃を弾いた。


 が……今度は強めにディルムの纏装が炸裂しライの体幹を崩す。これも即座に立て直すが、ここでライは違和感を感じた。手に持っていた小太刀・頼正が妙に重くなっていたのだ。


(?……何だ?)


 薄目を開け視界を確認しようとするも今度は一面の闇……閃光の後なので明暗差により視界を覆われている様に感じる。


 次々に起こる違和感……ライは対応すべく視界確保を捨てディルムの気配を探るも感知ができない。流石のライもこれには慌てた。


(だからあの閉じた纏装なのか……。なら……)


 【感知纏装】によりディルムの姿を捉えようとすればいつの間にかライは半円形の魔法の網に囲まれていた。


(高速言語魔法……しかも俺に聴こえないよう風魔法で遮音したのたか?)


 ライには気付かれないようにする為に自らの口元に魔法で空気の層を作り、続けて高速言語魔法を使用する。これにより位置を気取られぬままライを檻に閉じ込める徹底した隠形戦略。ライは心からディルムを称賛した。


(騎士だから正面から打ち合うタイプかと思ってたら中々どうして……)


 実戦さながらの攻めは全て相手の虚を突く戦法であるが、これが実にやり辛い。恐らくライのこれまでの経験の中で一、二を争う搦め手の使い手。しかもその多くが並では修得さえ難しい技能であり、最小限の消耗で多大な効果を与えるように使用してくる。

 ディルムはこれでまだ本格的な攻撃を行っていないのだ。現時点で恐らくノルグー騎士団最強なのではないかとライは思う。


(恐らく奥の手が二つ三つあるんだろうなぁ……。それを見せて貰うとするか)


 ライは最上位風属性魔法 《龍巣螺旋りゅうそうらせん》を発動。大樹の如き竜巻が次々に発生しライを中心に周回……取り囲んでいた魔法の網は威力に耐えきれずに崩壊した。

 更に竜巻は増えながら地下空間を無造作に暴れ回る。が、周囲の装飾や壁、床の絨毯は無傷。瞬時にライが結界を張った結果だ。


「こ、ここまで凄いのですか、ライ殿は……」


 初めて見るライの力に驚愕しているイリスフェア。ミレミアは若干驚喜の表情に見えるが……この際触れずにおくべきだろう。

 そしてフェルミナはイリスフェアの言葉を


「この位はヴォルヴィルスさんもできるようになる筈よ?それにライさんの本当の力はもっとずっと強いの……」

「………」


 私の甥っ子、怪物になるんだ……とイリスフェアは遠い眼差しで笑っているが誰も気付かない。その視線は部屋の中央で片膝を突き竜巻を堪える男へ集まっていた。


「……。たった一つの魔法でひっくり返されるとは……」

「でも、ディルムさんならこの程度は押し返せますよね?」

「………。いやぁ……ははは……」

「最少の消費で最大効率……大切なことですよね。でも、小手調べはこの辺りにしましょう」

「そうですね、確かに……」


 荒れ狂う暴風の中を事もなげに立ち上がったディルムは黒身套を展開。素早く振るった刃で《龍巣螺旋》を斬り払った。


「……やはり、全力でお願いして頂いても良いですか?」

「ええ。実はちょっとディルムさんの戦い方に興味が出ました。それと、俺に敬語は無しでお願いします」

「……。わかった。じゃあ改めて……宜しくお願いするよ、ライ殿」

「はい」


 向かい合い構えるディルムは長剣一つ……騎士でありつつもシュレイドと同様に盾を使用しない。つまり機動力で対応する剣士タイプ寄りである。

 完全型の黒身套展開からその実力はシュレイドやジャックと同等かそれ以上……。先程の技巧と戦闘駆け引きを考えればライであっても油断はできない相手だ。



 そして……ライと『ノルグー騎士最強の男』との本気の手合わせが始まった。


 

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