第七部 第八章 第十三話 ディルムの在り方


「さて……第二試錬までは用意したけど、第三試錬はどうすっかな……」


 竜人化した後の身体制御訓練とも言える第三試錬。早くアプディオ国へ戻りたいヴォルヴィルスと違いディルムは期限未定の滞在となっている。調整を行う時間的余裕もあるので第三試錬は省いても問題ないと考えていたライだったが、蟲皇から予想外の提案があった。


『フム……。そういう事情ならば我が相手をしてやっても良いぞ?』

「えっ? カブト先輩が?」

『何だ、その反応は』

「いや……そういえばカブト先輩の実力って知らないなぁと思って。でも、大丈夫なんですか? 上手くいっても竜人が相手ですよ?」

『我は蟲皇なるぞ? なりたて竜人如き物の数ではないわ。良いか、ライよ?これはお主に精霊とは何たるかを見せる為のものでもある。精霊術の何たるかを学ぶが良い』


 久々の召喚になるが蟲皇はライの目を通して行動を見ていた。今回の蟲皇はライの行動の危うさから精霊使いとして足りぬことを伝えようとしているのだろう。


「じゃあ、お任せします」

『良し。ならばお主の分身体を一つ用意し使用権利を渡せ。それをオウガなる者が封じられていた場所に配置するのだ』

「分身体でオウガの代わりをするんですか?」

『そうだ。我のやることを見て学ぶが良い』

「了解です、カブト先輩」


 が……そもそもディルムが第一試錬を乗り越えられるか現時点では分からない。ヴォルヴィルスが第一試錬に要した時間は二日……同等の時間であっても待っている時間が惜しい。


「因みに……カブト先輩、あの中で二日待てます?」

『馬鹿者、それではお主と同行できまい。分身体を配置しておけばを自然と知ることもできよう。加えて、折角の魔力供給を無駄にせぬ為にこれを共に封じておく』


 蟲皇がその羽根を広げるとその背の上に大きめの宝珠が出現する。宝珠はゆっくり移動しライの掌に落ちた。


「……こ、これって星命珠ですか? カブト先輩も持ってたんですね……」

『我が所有しているのはこの一つのみだがな。アローラ……かつての神から託されたものだ』


 星命珠は創世神が遺した意志ある神具【星具】の核となる特殊な魔石である。星命珠完成させるには長い間強い魔力に曝されなければならない。女神アローラは蟲皇に所持されることで星命珠の覚醒を促していたのだろう。

 蟲皇は星命珠覚醒の最後の一押しとして試練を利用するつもりの様だ。


 そんな意図を理解したライは言われた通り分身体と星命珠をオウガの収まっていた『卵』へ設置。その後、準備を整え再び談話室に戻ると……新たな客人が加わっていた。


「あれ……? エリファスさん?」


 国境にて関所警備を手伝っていた天使エリファス。先程はその姿が無かったのだが……。


「ああ、ライ殿。丁度良かった。今しがたイリスフェア殿と結界の条件設定を完了しました。これでライ殿は無条件で結界を抜けられますよ。加えて、今後ライ殿に縁のある国の結界も認可された場合は自由移動できるようにするつもりです」

「それで関所に居なかったんですね……。お手数をお掛けします。助かります」

「いえ。ライ殿のお陰で入国審査が簡略化されたので手が空きましたからね……。エクレトルはライ殿に頼ることも多いですからせめて煩わしさを減らした次第です」


 エクレトルの結界は本来なら王族のみ自由に通り抜けられる設定にしてあるのだが、特別枠としてライの移動も条件に組み込んでくれたのだ。ともかく、これでその都度国境から入国する手間も減ったのは有り難い。


「もう一つ……エクレトル側のアバドン対策は完了しました」

「えっ? も、もうですか!?」

「ええ。元々ペスカー様がある程度は準備していたそうでして……アバドン決戦用の結界装置は既に配置してあるとのことです。あとは地下の防壁結界を意図的に解除すれば誘導を開始できます」

「……そう言えば、星光騎士団が小国の守りを手伝っていてエクレトルの戦力は問題無いんですか?」

「はい。アバドン以外の外敵対応は、我等『星光騎士団』の半分と『極光騎士団』が……アバドンとの戦いは『至光の剣』が受け持つことになってます」


 『極光騎士団』は神聖国家エクレトルの中でも防御に特化した騎士団である。戦闘全般を熟す『星光騎士団』と比べると攻撃面では劣るものの、防衛戦に関しての能力は世界一と言っても過言ではない。


「『至光の剣』ていうのは確か……」

「人が稀人まれびとと呼んでいる者や特異な事情がある者による新設された混成部隊です。戦力的には十分と思われますが……」

「……。気になるのはブランク……ですか?」

「はい。確かに彼等は大きな力を宿していますが、実戦から長く離れている者も多いので……」


 老化が起こらなくなる魔人であってもその寿命は永遠という訳ではない。長く戦いから離れれば戦闘勘も衰え体力減少も起こり得る。

 エクレトルに移住している魔人の多くは若かりし時に功績を残してはいるが、過剰な期待や政治利用、そして家族の迫害等の世のしがらみを嫌い平穏を求めたのである。それを再び前線に狩り出すことをエリファス自身も良しとは思っていない様だ。


「我等免罪天使にもう少し力があればと申し訳なく思っています」

「それは仕方ないですよ。エクレトルはあまりに役割が多いですからね……。エリファスさん達も訓練時間さえ無理に捻出してるでしょ?」

「目下の問題は脅威と戦える天使の数の少なさ……今の子供達が成長すれば脅威存在対策の人員も安定するのですがね……」

「まぁ、それまでは俺も協力しますから」

「助かります」


 そんな会話を聞いていたディルムは本当にライは強くなったのだろうと感じた。


「ライ殿。一つ、頼みがあるのですが……」

「何ですか、ディルムさん?」

「手合わせ願えませんか? 私が『勇者の試練』に挑むに相応しいかを判断して頂きたいのです」


 ディルムが急ぎラヴェリント国へ来訪したのは試練を本格的に受ける為だったのだろう。しかし、勇者の遺産は既にヴォルヴィルスが継いでいる。白羽の矢が立ったとはいえシウト国の騎士であるディルムには異国の勇者を任されて良いのかという迷いがあった。


「まだ決断に迷う私が本当に試練を受けるべきか正直不安になりました。ライ殿は……そんな私を笑いますか?」

「いえ……。そんなことは……」

「ならばお願いします。ラヴェリントでの私の選択は人生の分水嶺……あなたとの手合わせの中でその答えが見えそうな気がする」

「…………」


 それは言い方を変えればライがディルムを指名したことで騎士という道に迷いを生じさせてしまったことに他ならない。それでもディルムは恨み節ではなく覚悟を決める為に手合わせを申し出ているのだ。そうなればライが断る理由はない。


「わかりました。『ラヴェリントの勇者』はこちらからお願いしたことですからね……手合わせを受けましょう。イリスフェアさん、地下の部屋を借りて良いですか?」

「ええ……。ですが、私も同行させて頂きます。そもそも今回皆様に多大な御迷惑をお掛けしている事態は私の不徳から始まっています。ディルム殿の決断がどうであれ見届けるのが義務でしょう」

「わかりました。……では、地下へ」


 ライの転移魔法により部屋に居た者達は地下空間へ移動した。


 そこは試錬の部屋ではなく元々階段で下りれば辿り着く部屋。人目に付かないように手合わせするには都合が良い。


「手合わせ方法はどうします?」

「私は魔導具や神具は持っていないのでそれ以外を使用ということでお願いします」

「分かりました」

「では……宜しく」


 目を閉じ深く息を吐いたディルム……その瞳が再び開いた途端に場の空気が引き締まる。


(……。何だ、コレ……)


 最初にディルムから感じたのは圧力……が、その後は何も感じない。【神衣】の展開に似ているが、そうでないことは経験者であるライだからこそ判る。

 ディルムは全く力を展開していないようにさえ感じた。


(いや……これってオウガが使ってたヤツと同じか?身体を覆うんじゃなく身体そのものを纏装と同化させているような……。それに……)


 ディルムからは意志の気配を感じないのである。それはジャックのような冷酷な殺気とは真逆……感情が凪いでいて攻撃の機微も読めそうにない。


(まるでサザンシスを相手しているみたいだ……)


 暗殺者一族サザンシスの使用する【隠形纏装】……だが、あれは纏装自体を感じることができなくなるだけで力の展開はされている。今ディルムが行っているのはどちらかといえば【王鎧おうがい】に近く単純に発動を留め抑えている状態なのだ。


(ともかく、手合わせしないと始まらない。確かめさせて貰いますよ、ディルムさん)


 《黒身套こくしんとう》を展開したライが小太刀・頼正をスラリと抜き放てば、動きに合わせるようにディルムも剣を抜き放ち構える。目を細め視線を読まれぬようにしつつ呼吸も静かに抑えているディルム……構えに力みはなく自然体。それだけで研鑽の程が窺える。


「……行きます」


 一気に詰め寄り片手で水平に振るうライの刃をディルムは後ろへ退き躱す。静かな動きだが確実にライの剣に対応している。ならばと斬撃の手数を増やし迫るとディルムは受けの姿勢を見せた。

 そこで明らかになるディルムの戦い方はライの想像を超えていた。


 ライの刀とディルムの剣が交差した瞬間、突然纏装が爆ぜたのだ。


「んなっ!?」


 弾かれた刀の勢いを利用しライは咄嗟に後方へ飛び退く。ディルムに視線を向ければ先程と変わらぬ静かな状態の構え……。


 刃が交差したあの瞬間……確かにライの刀はディルムの纏装の炸裂により弾かれた。纏装の勢いで押し負けたのではない。ディルムは何らかの技法によりライを押し退けたのだ。


「……。そう言えばディルムさん、今は騎士団長でしたね」

「ええ。フリオ隊長の後継でノルグー第三師団の団長となりました。第三師団は実力主義なので纏めるのが大変でしたよ、ハハハ……」

「因みに……マリーの指導は受けましたか?」

「ええ。優先して訓練させて頂きました。お陰で色々学べましたよ」

「ついでにお聞きしたいんですが、シュレイドさんやジャックさんも第三師団でしたよね? 所属中はディルムさんとどちらが強かったんですか?」

「勿論、私ですよ? 騎士団長として部下より弱いと示しが付きませんからね……研鑽は常に欠かせませんでした」

「その結果が先刻さっきの纏装炸裂の技法ですか……。怖いですね」


 ライのこの言葉でディルムはようやく笑みを見せた。


「自分で言うのもなんですが、私は器用さが取り柄でしてね……。加えて何かに集中すると納得するまで試す癖があるんです。先程の技も自分なりに工夫した結果ですね」

「ハハハ……。俺も似たような経験ありますよ」


 フリオの補佐役に徹しノルグー第三騎士団全体の行動管理をおこなっていたディルムは、鍛錬も儘ならない程多忙だった。

 しかしトラクエル領主となったフリオに後継騎士団長に指名されると更なる強さを求めた。強くあることがディルムにとっての『騎士団長の在り方』だったのかもしれない。


(根が真面目なんだな、この人は……。だから……)


 ディルムは強くなった。恐らくは領主として多忙となり鍛錬の時間が減ったフリオよりも……。そのことが結果として『ラヴェリントの勇者』に相応しい素養を伸ばしていたことにライは運命的なものを感じざるを得なかった。

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