第七部 第八章 第十二話 精霊達との旅


「メトラ師匠の話じゃ【精霊王】はその限りじゃないらしいんだけどね……。カブト先輩は何か知ってます?」

『それは【精霊憑き】のことよな』

「精霊憑き……確かにそんなこと言ってました」

『うむ。【精霊憑き】というのは簡単に言えば御魂宿しと同様の意識共有融合……』


 蟲皇の話では、確固たる自我を持つ精霊は人との完全同調が可能になるのだという。但し精霊が精霊王となること自体非常に稀であり、更に同調できる人間の出現はある意味奇跡的とも言える。故に【精霊憑き】の前例は一人しか居ないとのこと。


「それって、【御魂宿し】になるよりも難しいってこと?」

『現時点ではそうだろう。そもそも精霊は成長し自我を持つまでに時間が掛かる。始めから意思を宿す聖獣と比べれば人と疎通する機会が少ない。といっても本来【御魂宿し】も数百年に一人の筈だが……お主の周囲には随分と集まった様だな。いや……それもまた刻の流れか……』


 世界は近付く危機を察知するかのように力ある者を輩出する。現在、御魂宿しや竜人、そして存在特性に目醒める者が増えているのもそれが理由だろう。

 何より、危機に対する切り札ともいうべき覇竜王の出現がそれを如実に物語っているとも言える。


 その危機こそ【闘神】であることは最早疑いようが無い。


「……。そう言えばメトラ師匠の話じゃカブト先輩は実質【精霊王】だって話でしたけど……」

『さてな。我は蟲皇……それだけで良い』

「カブト先輩がそうだって言うならそれで良いですけどね」

『フン。……それより今は魔獣対策よな。ライよ……我ら精霊を上手く使えるか?』

「取り敢えずやってみますよ。先ずは……」


 精霊達ごとライが転移した先は連合国家ノウマティンの上空──。前日に来たばかりなので今回は誰とも会わずの対処となる。


 先ずライは雷の精霊・セイヨウに広範囲の磁場を探らせる。紫穏石は少し変わった磁気を発しているらしいので位置把握を行うには適任だ。

 把握した地層をセイヨウは思念としてライに伝達。立体的に地下を把握したライは地の精霊・コンゴウに命じ要所の土や岩を柔らかくした。


「良し……」


 その要所目掛けてライは創造魔法による《物質変換》を行う。魔法は柔らかくなっていた土や岩を通り抜け狙った位置で発動……コンゴウの補助も加わり問題無く紫穏石の地層が出来あがる。


「ん〜……あの辺り、ちょっと地下水の抜けが悪くなったか?ミヅキ、コンゴウと連携して地下水路の確保を頼むよ」

『承知』


 ほんの僅かの変化だがライは妥協をしなかった。特に水源は土地に住まう全ての生命に影響する。万全であって困ることはない。


 こうした行動を繰り返し連合国家ノウマティンの地下は問題なく対策を終えた。


『及第点といったところだな』

「カブト先輩、厳しい……」

『その精霊を使用しておらん』

「クロカナですか?いや……ここでは使うところが無かったんですが……」

『……。お主はその精霊が何か理解しているか?』

「えっ?う〜ん……植物?若しくは闇?」

『その精霊はロウド世界でも稀少な時空間精霊だ』

「……へっ?」

『ソレは体内の渦に取り込んだものを自らの力へと変えるのだ。光さえも飲み込み、命も物質も魔力も全て糧と変える特殊精霊よ。故に、成長もやたら早い』

「嘘ぉ〜ん……」


 ライがチラリと視線を向けると、クロカナは明後日の方向へ視線を逸らした。


「……クロカナ。もしかして、ずっとスッ惚けてたのか?」

『いえ。そのようなことは……』

「…………」

『…………』

「くっ……。ま、まぁ良いや」

『流石は主です』


 どうもかなりしっかりとした自我を手に入れている節があるクロカナ。主従契約を律儀に守る他の四体と違い色々と癖がありそうだ。


『主従契約である以上、害を為すことはなかろう。が……扱いが難しい精霊でもある。注意せよ』

「お、押忍。流石はカブト先輩……」

『それで……次はどうするのだ?』

「まだ時間的には余裕なんで次の国へ。え〜っとイストミルは……位置的にベルフラガが行くかな。となると、次はペルルス国か……」


 魔術師組合の拠点である小国ペルルス。魔術師達なら何かしら対策を打っている可能性もあるが、以前アズーシャが“ペルルスの魔術師は自己中心的である”と語っていたことを思い出し念の為向かうことにした。


『では、早速そのクロカナとやらを使い転移してみよ』

「了解ッス……と思ったけど、行ったこと無い国なんで飛翔で移動しないと」

『ならば連続短距離転移をさせれば良い。ソレは力を無駄に貯め込んでいる節がある』

「だってさ、クロカナ?」

『……分かりました』


 一瞬“チッ!”という舌打ちが聞こえた後蟲皇と視線で火花を散らしたクロカナ。どうやら本当に惚けていたらしいことをライも理解した。


「まぁクロカナが何を考えてたのかは後回しにするよ。話してくれる気になったら話してくれ」

『はい』

「セイヨウ、コンゴウ、グレン、ミヅキ。カブト先輩を見てどう思った?」

『……。自由』

『我儘』

『横暴』

『高慢』

「ハハハ。うん……でも、そこには確かに意志があると思えただろ?お前達もそうなれると良いな。……それじゃあクロカナ、頼む」

『承知しました』


 ライが指差した方向に人が通れる程の黒い輪が等間隔で幾重にも出現……それが視界の遥か先まで続いている。ライが精霊達を自らの身に寄せ輪に飛び込めば一つ飛ばしで出現と転移を繰り返しつつ輪の回廊を進んで行く。加速も加わった移動により瞬く間にペルルス国の上空へと辿り着いた。


 その後、ノウマティンで行ったのと同様の方法にてペルルス国の地形を変化させたライは続いてラヴェリント国へと向う。

 

「……昨日の今日だからなぁ。まだディルムさん来てないよな……」


 予定では二日後に『アナザー勇者』の装備が出来上がる。ディルムとミレミアはそれに併せてラヴェリント国へ来訪ということになっていたのだが……。


「ども〜」

「またアンタか……。昨日来たばかりだろうに……というか、何だその身体にたかっている動物や虫は……」

「アハハ〜。コレ、精霊なんですよ」

「精霊!?は、初めて見た……」


 ラヴェリントの結界をライは抜けられない。流石に破る訳にもいかないので再び国境の関所からの入国となった。精霊達も勿論同行中なのでかなり驚かせてしまった様だ。


 昨日と違い関所での待機者は随分と減っている。兵の警戒も少し落ち着いている様に見えた。


 と……ここで関所の兵がライに耳打ちをしてきた。


「アンタ、ウチの国の為に駆け回ってくれてるんだってな。女王から協力するようにと通達が来ている。それにアンタが用意してくれた魔導具のお陰で待機している者も随分減った。感謝する」

「いえいえ。寧ろ流石なのはイリスフェアさんですね。対応早い……」

「自由に通って良いとのことだが……どうするね?」

「その前に聞きたいんですが、シウト国からの客ってまだ来てないですよね?」

「いや……来たぞ。半刻程前にな?」

「本当ですか?」

「ああ。少し待ってろ」


 警備兵は腰に下げている入国者リストのファイルをパラパラとめくった。


「え〜っと……あった。シウト国ノルグーから来訪の者ニ名。ディルム殿とミレミア殿だな」

「マジですか……」


 ロウド世界は広い。ライやメトラペトラは転移することが多いので分かりづらいが、特殊な魔導具や神具を利用しない場合移動にはかなりの日数を割くことになる。

 シウト国ノルグー領から隣接領地のトラクエルまで馬車で三日。そこからラヴェリントまでは更に四日は掛かる。その距離をディルムとミレニアムは一日足らずで移動してきたのだ。


 つまり二人の移動には何らかの魔道具が使用されたと思われる。それでも二、三日は掛かるだろうとライは考えていたのだが……。


(転移魔法?飛翔?それとも魔導具か……。ミレミアさんだからなぁ……甥のラジックさんからティムみたいな移動魔導具貰ってても不思議じゃないか……)


 実際、ミレミア達はティムが所有する馬車型魔導具【風鋼馬ふうこうば】と同じものに乗って来ている。確かに風鋼馬は飛翔もできるので地形をある程度無視できる。到着時間は大きく短縮できても不思議ではない。


 予定より早い来訪にも何らかの意図がある……ライはそう感じ取り早速王都へと向かった。



 ラヴェリント王城『鏡花城』に辿り着きイリスフェアとの面会を求めるとライは談話室に案内された。そこにはイリスフェアとフェルミナが待っていた。

 そして二人の向かい側のソファーに座っていたのは……。


「お久し振りです、ライ殿」

「ディルムさん。挨拶にも行かず申し訳ありません」

「いえ。何かと多忙との話は聞いてましたよ。それにしても本当に随分と姿が変わりましたね……。フリオ隊長……失礼、トラクエル卿も驚かれたことでしょう」

「ハハハ……」


 互いに握手を交わし再会の挨拶……。そんなライの様子をミレミアは楽しそうに見ている。


「ミレミアさんもお久し振り……になりますか?」

「まぁひと月以上ですのでそうなりますね。ところで……その動物や虫や鉱石や女性は?」

「私の契約精霊達です。社会見学の真っ最中でして……」

「精霊……素晴らしいわ!」


 それはラジックの血筋故か……ミレミアは立ち上がり両腕を大きく広げた。が……同時に蟲皇か眩い閃光を放ち油断していた場の全員の目が眩む。


「め、目がぁっ!?カ、カブト先輩、何故に……!?」

『済まぬ。何か嫌な予感がしたのでな……つい』


 本能的にミレミアの暴走を察知した蟲皇……恐らくその選択は正しかったと思われる。



 やがて全員の視力が回復するまで待った後、改めて今後の話へと移る。ライはフェルミナの隣に腰を下ろしディルム達と向かい合うように対話を始めた。


「ディルムさん。事情は……?」

「ええ。聞いてますよ」

「ディルムさんは自分がラヴェリント王族だって知ってたんですか?」

「はい。聞かされてはいましたが……何せ祖父の代からシウト騎士なので正直実感はありませんでしたね。とはいえ、祖先の国であり同盟国となったラヴェリント……何か力になれればとライ殿の提案を受けました」

「ありがとうございます」

「いえ……多分、礼を言うべきは私なのでしょう。ラヴェリントにきて不思議と落ち着いている自分が居ます」

「そうですか……」

「それで早速なのですが……私も試練を受けようかと考えています。可能ですか?」

「え〜っと……どうですかね、イリスフェアさん?」


 現在、勇者の試練はヴォルウィルスにより果たされた状態……。再び試錬の装置が作動するのかという疑問がある。しかし、それはどうやら杞憂だったようだ。


「再度封印を掛ければ可能でしょう。遺産を次の世代に遺す為の封印方法はロタの手記に記されています。ただ、剣やオウガの代わりを用意しないとなりませんが……」

「何でも良いんですか?」

「恐らくは只の剣でも大丈夫なのでは?オウガの代わりは普通の鎧で問題無いと思いますし」

「……わかりました。じゃあ、ちょっと設置してきますね」


 試練の際ヴォルヴィルスに同行していたのでライは勝手知ったるとばかりに装備を封印の台座に設置しに向かった。


 とはいえ、本当の試錬となれば『第二の試錬』にて竜人化が課される。イリスフェアはああ言っていたが普通の剣では魔力供給に耐えられないだろう。

 再現する為には神具級の武器が要る……そう考えたライは自らの空間収納庫から一つの武器を取り出した。


「悪いな、デミオス……取り敢えずアンタの武器を使わせて貰うよ」

 

 異界の物質でありラール神鋼と同等の素材であるデミオスが所有していた槍……これに魔石の装飾を施し擬似的に【甲竜鏡心剣】を再現する。折角の試錬なのだ。上手くいけばディルムも竜人化する可能性がある以上、それを捨てるのは愚策とも言える。ライとフェルミナが傍らで見守れば暴走も抑えられる筈だ。


 そしてライは甲竜鏡心剣の刺さっていた台座へデミオスの槍を差し込んだ。



 



 

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