第七部 第八章 第十一話 精霊の求めるもの

 

 アバドン対策の為に動き始めたライはトルトポーリスからトゥルクへと向かう。森と平野を確認し、契約しているハリネズミ……もとい地の最上位精霊コンゴウの力を借りつつ紫穏石の配置を行った。結果、ライは半刻掛からずにトゥルクでの役割を終えた。


「助かるよ、コンゴウ。この後もしばらく付き合って貰えるか?」

『それは容易いこと。寧ろ我々は主が命令を下さないことに不満がある』

「えっ?そうなの?」

『我々精霊は自然そのものに意志が宿った存在……。しかし、上位になる程に知識欲が生まれる。そして自然の法則を理解している我々が興味を持つのは同等の精神を宿す者達の文化が殆どだ』


 上位の精霊はより進化をする為に精神を高めることを求める。それは自然界の法則を担いながらも自我が目覚めたからこその特徴でもある。

 上位精霊の願望には統一性がなく個体によって変化する。広く知識や経験を求めるものも在れば一つに深く傾倒する精霊も居る。但し、選択したもので結果が優れるということはなく重要なのは何がその精神を震わせるかである。


「つまり……もっと外の世界を経験させろってこと?」

『端的に言えばそうだ。前の主……キリノスケは良く我等を喚び出し色々な話をした。他愛のない話でも不思議と惹かれたものだ。些細な命令で行動を起こしても結果が我々の精神へ与えるものは多かった。つまり経験こそが我等の求めるものを探る手段でもあるのだ』


 人は生まれながら持つ知性を伸ばし経験と修練で更に成長を求める。結果として力は後から獲得というのが普通なのだ。


 だが、精霊はその逆……力を理解しているがそれは自然現象そのものであり目的という目的がある訳ではない。ただ法則として動いているに過ぎないのである。そして上位となり自我を獲得した精霊は己の存在意義を先ず探そうとするらしく、力の意味や自らの精神の在り方を求め始める。


 つまり、至るべき高みが同じだとしても精霊は人間とは辿る手順が逆ということになる。だからこそ精霊はより多くの経験を求めるのだ。


 そして、神羅国で託されたキリノスケの契約精霊達は主から多くの経験を与えられた。人との疎通が可能であり人側の道理にもある程度理解があることからもキリノスケとの日々に大きな意味があったのは間違いない。


「う〜ん……。神羅国でもっとちゃんと精霊術の話を聞いておくべきだったかな……。俺はてっきり自然の中に居たほうが楽なのかと思ってた」

『それは間違いではない。が、正解とも少し違う。恵みのある中で暮せば生きることは易いだろう。しかし、人はただ生きているだけではない筈だ』

「確かにね……。つまり精霊としては自然の中で暮らすことは生きる為で喚び出されて共に在ることは学ぶこと……って訳ね」

『そうだ』

「でも、その割り振りって難しくないか?」

『通常の精霊ならば、な。だが、我等最上位はもうその限りではない。何処に存在してその力の枯渇は滅多にない。極論、常に主の傍に居ても問題はない』

「そうなのか?」

『我々が普段の住処たる自然に居るのはだ。その点、主の周囲の者達には問題は無いだろう。何より、我々は主から貸与されていた《魔力吸収》を既に獲得した。住処から離れたところで存在が疲弊することはない』

「あ〜……そう言えば……」


 大きくなったライの力の封印を行う際、契約している聖獣や霊獣、そして精霊達へ能力の貸与を行った。貸与した能力はやがて契約を果たしているものの魂に刻まれる。現在、ライと契約している者達はほぼ全てが《魔力吸収》を獲得した状態だ。


「………。そっか。じゃあ、喚びっぱなしって選択肢もあるのか。う〜む」


 煮えきらないライの様子にコンゴウは首を傾げる。


『……何か問題があるのか?』

「……。今回みたいな役回りの時は良いけど俺と一緒に居ると戦いが増えるからさ……」

『………?』

「いや……。俺としてはね、やっぱりお前達にも怪我とかさせたくないんだよ」

『…………』


 コンゴウは今度は逆側に首を傾げる。ハリネズミの姿なのでかなり可愛らしいが、ライは何とか真顔を保った。


『我々は消滅を恐れない。存在が自然に還るだけだけのことだ』

「俺の不安はその考え方なんだよ……。お前達には命……と言っていいのか分からないけど心が確かにある。そして心が消えてしまうことは人間にとっての死と同じだ。その辺りが無頓着な気がする」

『人の理屈は解る。しかし、主はそれを精霊にも当て嵌めるのか?』

「まぁ性分だからね……。なぁ、コンゴウ?何で【死は避けるべき】だと人間が考えているか解るか?」

『…………』

「お前達はキリノスケさんが死んだ時、どう思った?」

『……。実際には異常が無いのにまるで身体から魔力を丸ごと抜かれるような感じだった……』

「そうか……」


 キリノスケは精霊達へ感情の種を蒔き芽吹きかけているとライは感じた。


「それが答えだよ、コンゴウ……。もしキリノスケさんが生きていた時にお前の存在が消えたら同じ気持ちになった筈だぜ?それは一時的とはいえ主になっている俺も同じだ。もうその心とは会えなくなるのが俺は怖い」

『怖い……?』

「そうだ。失うことが怖い。もう会えないことが怖い。その感情が執着を与えて物事に価値を感じるんだと俺は思う。何よりさ?こうして話ができないなんて寂しいだろ?」

『……それは……少し解る』

「うん。だから俺は戦いでお前達をあまり喚び出せなかったし、普段は疲弊もあるかなって思ってた。それが進化の妨げになっているとは知らなかったけどね」


 しばし沈黙したコンゴウは単純な疑問を口にした。


『しかし、ただ契約しているだけでは意味が無くなる』

「ハハ……誰かを守って欲しい時はちゃんと頼むつもりだ。それに、それ以外にも意味はある。お前達には俺と出会ったことを次に繋げて欲しい」

『次……とはなんだ?』

「俺の知る最上位精霊はさ?もっとが強くて偉そうなんだよ。だけどその分、関わる相手のことをちゃんと考えてた。多分お前達精霊が目指すべきなのはそんな成長だと思う」

 

 精神の発展は複雑な思考を持つ程により高い領域へ繋がる。関わりのあるものに執着を持てる成長を果たせばキリノスケから託された精霊達も【精霊王】へ至れる可能性がある。

 何よりライが望むのは精霊達自身による心からの契約。現在の様な成り行きではなく、自らの意思で相手を選んで欲しいと考えていた。


「まだちょっと難しいか……。じゃあ、取り敢えずこうしよう。やりたいことがあるなら一言言ってくれればいつでも自由に出てきて良い。但し、戦闘以外でね」

『何故、戦いは駄目なのだ?』

「戦いには相性があるだろ?特に今対処してるのは吸収特化型の魔獣でさ……。精霊との相性がすこぶる悪い」


 精霊は生き物の外見をしていることも多いが魔力体で構築されている。物質による影響を受けない反面、魔力を奪われること自体が命を削られるに等しいのだ。吸収特化のアバドンを排除するまでは戦わせなくないのである。


「アバドンを何とかできた後は自分の意志で動いてみ?自分で考えて、自分で動く……その過程で俺と契約を続けたいなら頼りにするし、やりたいことがあるなら手助けする。新しい契約者を自分で捜すのも面白いんじゃないか?」

『……。自らの意志………』

「ま、俺達の関係に時間の制限はないからゆっくり考えてみてくれ」

『分かった』

「……といっても、まだしばらくは付き合って貰わないとならないけどね〜。折角だ。今回は精霊達の要望に応えて力を借りるとしようかね」


 右腕に刻まれた契約印を使用しライは自らの契約精霊全てを喚び出す。久々の精霊勢揃いである。


 鷹の姿をした雷の精霊・セイヨウ、クラゲの姿をした水の精霊ミズキ、ハリネズミの姿をした土の精霊コンゴウ、赤い鉱石の中に住むトカゲ姿の炎の精霊・グレン、黒衣黒髪の女性の姿をした特殊精霊・クロカナ……全てディルナーチ大陸神羅国にて託されたキリノスケの元契約精霊だ。


 しかし……それ以外の精霊も混じっていた。


「………」

『………』

「カ、カブト先輩、チィ〜ッす」

『たわけめ!』

「グハッ!」


 黄金に輝くカブトムシは目にも止まらぬ速さでライの右頬に体当りした。


 ディルナーチ大陸久遠国にてライが初めて精霊契約を果たした最上位精霊・黄金光おうごんこう蟲皇之尊ちゅうおうのみこと──通称カブト先輩、久方振りの登場である。


「うう……。カ、カブト先輩、今日も輝いてますね」

『当然だ。我は蟲皇なるぞ?それよりもライよ……貴様、約束の甘味はどうした?』

「えっ……?け、契約印通して蜂蜜送ったじゃないですか」

『全然足らんわ、痴れ者め!』

「ぐぁぁ!め、目がぁ!?」


 ライの右頬に貼り付き閃光を放つ蟲皇にライはタジタジだ!


『我は異国ならではの甘味を所望する』

「そ、そういえば蜂蜜はディルナーチにもあるんでしたね……」

『アレはアレで美味であったが我は更なる甘味を求めている。それまでは帰らぬぞ』

「え〜……。そ、それじゃ【神薙ぎ】の研鑽はどうなるんですか?」

『問題無い。【神薙ぎ】は新たな段階に入った。トキサダは今、リクウと共に研鑽中である』

「さ、左様ですか……」


 そんなやり取りを見ていた五体の精霊達に気付いたライは頬に貼り付いたままの蟲皇を紹介する。


「え〜っとね……。コチラは皆と同じ精霊の黄金光蟲皇之尊……カブト先輩だ。仲良くね」

『主……』

「ん……?何だ、コンゴウ?」

『それが先刻話していた偉そうな精霊か?』

「うっ!そ、それはね〜……痛い!カブト先輩!角が痛い!」

『偉そうとは我のことか?我は偉そうなのではない。偉いのだ!』

「ゴメンナサイ!カブトセンパイ、トテモエライ!」

『分かれば良い』


 精霊達はやや呆気に取られている様だ。


『主……』

「な、何だ、コンゴウ?」

『カブト先輩は従属契約ではないのか?』

「いや……?従属契約だけど?」

『では何故、カブト先輩の方が偉そうなのだ?』

「あ、あはは〜……。……。コンゴウ。それが個性ってヤツだよ。カブト先輩はね、この状態が素だけどちゃんと力は貸してくれる。俺はお前達との契約も主従関係ではあるけど殆ど縛りはしてないだろ?多分、キリノスケさんもそうだったんじゃないか?」

『確かに……』

「従属ってのは強制になるからね。それじゃ精霊達の成長の妨げになるし、心を蔑ろにすることになる。今の精霊術は主従契約か対価契約しかないんでそうしてるんだけなんだ」


 【主従契約】になる理由は精霊は自らより強き者にしか従わない為だ。だから通常、精霊術師は戦って優位を示し契約を行う。ライの様に託された場合でも力が格下と判断されたなら破棄されることも多い。逆に格上と判断されれば魔力や能力の一部を糧にして契約を自ら望む精霊も存在する。精霊は自らの利を優先する為だ。


 【対価契約】に関しては精霊の求めに見合うものを払わねばならないが、人にとっての価値と精霊にとっての価値観が違う為に対価が釣り合わないことが間々ある。また契約せずとも願いを聞いて貰う手段もあり、自然災害を抑える為に人身御供を捧げる……という風習はこれに当たる。

 逆に、稀に人にとっては些細なことでも精霊には大きな価値があったりとする場合もある。この点は先に述べた精霊個別の価値観で変わる為に運的要素が大きい。


 故に精霊術は扱いが難しく、その使用者はかなり稀有な存在でもあった。

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