第七部 第八章 第十話 友なる者として
ライとベルフラガによる紫穏石の配置は順調ながらかなりの労力となった。
小国といってもその土地面積は矮小ではない。大地の恵みや土地の安定性に影響を与えぬよう紫穏石を配置するにも状態を正しく把握する必要もある。そして使用するのが《神格魔法》である以上、一日で熟せる範囲にも限度はあるのだ。それら全てを含め知識と力を持つベルフラガはまさに適任だったと言えよう。
ベルフラガは先ずアヴィニーズへ渡り王と同義の立場である族長タルラと面会。ライから託された朋竜剣から『黒獅子』達を呼び出した。黒獅子達が守り手として信頼に足ると主張し共存を提案したのだ。
タルラは黒獅子達を思いの外あっさりと受け入れた。アヴィニーズは遊牧の民……動物達と共に在ることも多い。黒獅子達の意志も何となく感じたのかも知れない。
その後、シウト国の代理という名目で紫穏石の配置を行うと告げたベルフラガは凡そ半日掛かりでアヴィニーズの守りを完了させた。これには流石に驚きを隠せないタルラだったが、自分の正体が『赤のベルザー』であることをベルフラガが告げると更に驚きながらも納得の様子を見せた。
続いて向かったのはタンルーラ。しかし、そこには強力な結界が張られていた。
「タンルーラにこんな強力な結界を張る国力が……?………。いえ……この結界の種類はまさか……」
ベルフラガの介入さえも阻む強力な結界。考え得るのは脅威存在による技、若しくは事象神具。どちらにせよこれは懸念材料である。
「ライへ連絡……いえ、この場合はメトラペトラですかね。どのみち今の優先は変えられない」
念話にてメトラペトラへ連絡を入れたベルフラガ。メトラペトラの判断も紫穏石配置を優先となったのでタンルーラを支援対象から外し行動を継続。その後、アロウン国……そして、まだ連合国家ノウマティン併合前のイストミル国へ……。この二国はアスラバルスから事前連絡があった為に差し障りなく対策を行えた。
ベルフラガの一日目はそこで終了となる。
続いて二日目はスランディ諸島へ。が……実はアプティオ国の地下は海水による地下水路がありアバドンが近寄れないことが判明。以降、大国への紫穏石配置へと切り替わるのだが……。
「……。これは……」
シウト国のアバドン対策は全ての領地で既に完了していた。
地層変化は完璧なまでのバランスで行われており、街のみならず水源や田畑、果ては交易路までしっかり護られていた。誘導地点までの流れるような紫穏石の配置はベルフラガでさえ難しいと思えるほどの巧みさ……何より、大国だけあり変化させた面積も尋常ではない。
誘導先には既に魔術師達による結界の準備が始まっていて、全てが計画通りであることを示唆していた。
「こんなことをできるのは大聖霊……でしょうね……」
メトラペトラ自身は物質変換は使えども大規模変化させるには相当な労力であることを事前に語っていた。得手不得手の分かれる大聖霊の能力でこんな真似ができるのは一体しかいない。
「アムルテリア……流石は物質を司る大聖霊です」
ベルフラガが振り返ればそこにアムルテリアの姿があった……。
「これもライの為だ。今のままではシウト国の円座会議には間に合わないだろう?」
「そうですね……助かりました。ですが、蜜精の森の守りは良いのですか?」
「この程度は一刻も掛からない。それに今、蜜精の森にはメトラペトラが居る。その間だからできる暇つぶしだ」
「暇つぶし……」
「この国はライの住む国だから最優先にした。が、他の大国は知らん。ただ、もう一箇所だけ手間を掛ける必要があるが……」
「……?」
「ディルナーチ大陸だ。ライは自分で回るつもりのようだが、それでは今まで自らに課した罰を不意にしてしまう」
「何の話ですか、それは……?」
「そうか……。お前は知らないのだったな」
アムルテリアはライがディルナーチ大陸への入国禁止を自らに課している経緯を簡略的に伝えた。
「本当に世界中に縁を繋いでますね、彼は……」
「……。そういう訳だ。ディルナーチ大陸は広い。私が向かった方が妥当だろう」
「そうですね……。では、私はトォン国へ向かいます。貴方のお陰で時間も短縮できそうですし」
「……。ライの期待を裏切ってくれるなよ?」
「ええ……。肝に銘じます」
それからベルフラガはトォン国へ渡りマニシド王と面会。こちらもイベルドとしての面識はあったので問題なく話が進んだ。
大国トォンはそれなりにアバドン対策を行っていたが、やはり地層を把握できる程の者は少なく準備は難航していた。また小国への支援を口にした手前、冬の長い国としては食糧の不安もある。
そこでベルフラガは大国の尊厳を傷付けぬ範囲で協力を申し出た。効率的な保存食の確保と加工、魔物を食材とする方法、回復魔法の使い手の育成方法。それと、紫穏石設置場所の指摘……。
紫穏石に関しては大きな穴を密かにベルフラガが塞ぐことにし細かい場所を任せることにした。こういった対策で人足が駆り出されることもまた民の働き口としての意味がある。滅亡の危機に直結する小国とは違い大国は自力で行動することが経済にも繋がるのである。
アムルテリアのお陰で時間的な余裕が生まれたベルフラガは、ここで一度『蜜精の森』居城へ向かいメトラペトラと合流することにした。
そんなメトラペトラの気配は居城内ではなく蜜精の森に移動した『妖精の大樹』の前……。周囲に人の気配はなく単身で考え事をしている様だ。
「ん……?なんじゃ?まさか、もう終わったのかぇ?」
「ええ。というより、殆どアムルテリアが熟してくれていたので……」
「見掛けぬと思ったらアヤツも動いとったのかぇ……。全く、『ムッツリ
「誰がムッツリだ、『酒乱猫』」
続いてアムルテリアも帰還──。
ベルフラガと分かれて二刻は経過していない時間……。ディルナーチ大陸は流石に広大なので回数を分けるつもりなのかと思っていた。しかし、アムルテリアの言葉に驚愕することになる。
「既に終わったぞ」
「ほ、本当ですか……!?」
「嘘を吐く必要があるのか?」
「い、いえ……」
まさに規格外……。ベルフラガでさえもそう思わせられる大聖霊の力。だが、同時に違和感が湧き上がる。
「……。それ程の力ならば始めから貴方に頼んだ方が早い筈です。何故ライは手間を増やしてまで……」
「全く分からん訳でも無いんじゃろ?」
「ええ。ライは私への脅威認定を取り消す為に功績とするよう配慮してくれた……それは分かります。しかし、それでも時間的余裕を考えるならば………」
「……。それは私達のことを家族として見ているからだ」
「……?どういうことです?」
アムルテリアの言葉に益々困惑気味のベルフラガ。その問いに答えたのはメトラペトラだ。
「アヤツはワシらへの負担を気にしておるんじゃよ。もうその必要も無いんじゃが……」
「というより、ライは縁を繋いだ相手への負担を望まないだけだ。特に家族にはな。そのせいで何でも自分で片付けようとする」
「それでも最近は少し改善されては来ておるがの……」
「だが、本質は変わってないだろう?」
「そうじゃな。じゃから気が気でない訳じゃがな」
二体の大聖霊は揃ってライの行動を憂いている。ベルフラガが怪訝な表情で首を傾げるとメトラペトラが口を開いた。
「アヤツは誰かに力を借りることを弱さと考える傾向がある。反面、誰かに力を貸すことで弱さを克服できているとでも実感しておるのやもしれん。何せアヤツも半分無自覚でやっとるからのぅ……」
この言葉にはベルフラガも思い当たる節がある。『英霊の墓』で対峙した際、ライは自分の力ではなく“力を借りている”旨の発言をしていた。自らのみでできるようになって初めて自分の力と言えるのだ、と……。
メトラペトラの発言と合わせればライは未だに自らを弱いと考え続けていることになる。成長に向上心は必要なれど、確かに自らの力量の否定は過剰とさえ感じる。
「勿論、行動全てがそれに起因している訳ではないがのぅ……。じゃが、ワシらは【大聖霊】……元々の力の桁が違う。そんな者達を家族として力を借りるとなれば嫌でも力量不足と思ってしまうのじゃろうな」
「……しかし、それでも限界はあるでしょう?」
「無論、本当に必要な時はちゃんと頼ってくるぞよ?が、問題はそう単純でもないんじゃ。アヤツはちと複雑に考え過ぎとる」
大聖霊達には人間を守らねばならぬという使命感は無い。勿論、助けない訳ではない。種としての人間ではなく個としての人間を見て助けるに値するか魂を見ているのだ。
故に、判断の基準が団体になると途端に介入を避ける。それは個人の意志よりも思想や理念が加わり
それはライも理解していて、メトラペトラが自ら判断し動いている場合等は別段気にはしない。しかし、思惑が入り組むこととなると気持ちを煩わせることに繋がるので助力を求めることを極力避けるのだ。
アムルテリアに至ってはメトラペトラよりも人間との距離を置いている。だから尚更、今回のように国家単位での措置が必要な場合は滅多に力を借りようとしない。
トゥルク国に関しては【邪教】が世界全土に広がることでロウド世界の危機に繋がる為に助力が必要と判断したに過ぎない。
それ以外ではほぼライやその家族、または知己に絡んでいる。ライ自身が大聖霊への助力を望むときは大概このパターンである。
「そうは言ってもアヤツがロウドの民との繋がりを広げれば否が応にも手が伸びることになるんじゃがの」
「現在のシウト内乱……それにディルナーチ大陸等はそれに当たる訳ですか……」
「そうなるのぅ。これもライと関わった宿命でもある。どのみち、ワシらには些事ではあるんじゃが……」
ライにとっての優先は『家族』や『友人』なのだ。やはり自ら動き負担を掛けないという姿勢には変わらない。
「ですが、その理屈ならアバドンも世界の危機になると思いますが……」
「だからこそのお主じゃろ。お主はライの友となったが同時に過去の宿敵でもあった。アバドンへの対策を頼れる程度には肩を並べておると思うぞよ?」
「…………」
自らの力のみで挑んだ最初の強敵にして、その後の打倒目標となったベリド……その正体であるベルフラガは、恐らくライが初めて役割を分けても問題無いと判断された『対等な友たる存在』でもある。
同居人達の中にはリーファムの様にライが頼りにする者も居る。しかし、彼女達は異性であり護るべき対象としての意識がある。これは母ローナの教育方針も影響していた。
「……だから“ライの期待を裏切るな”なのですね、アムルテリア」
「そうだ。そして恐らく、この先ライは恋人がいることを理由にお前にさえ負担を求めなくなるだろう。だから敢えて頼む。ライを友と思ってくれるなら自らの判断で動いてくれ。それがライの負担を減らすことに繋がる」
「……。元よりそのつもりですよ」
「感謝する」
無論、恩義はある。しかし、ライは見返りなど気にせずベルフラガの心を救い仲間と呼んだ。同時に、天才故に孤高だったベルフラガもまた掛け替えのない【友】を得ていたのだ。
この日からベルフラガは友の為に打算を捨て動き始める。
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