第七部 第八章 第九話 曇天なる運命


「ま、アムドのことは今更ジタバタしても仕方ない。どのみち次に会う時に決着を付けることになるんだし……それよりも今はアバドン対策をしよう」

「と言ってものぅ……。アバドンも防衛線を張る程度しかできんじゃろ?」

「《千里眼》で場所は判るんですけどね……。先制して本体を直に叩くにはやっぱり地上に出てくれないと難しいかな」


 分体を幾ら倒しても本体が無事ならばイタチごっこになる。《千里眼》にて本体の場所を特定し直接転移しても地の利として本体に逃げられる可能性もある。

 それでも以前のアバドンであれば討伐もできたと思われるが、地殻付近の高濃度魔力を吸収し続けていたアバドンは翼神蛇アグナ並みにまで進化している……というのがライの予想だった。


「そこまでとなると紫穏石程度では守りにならんのではないかぇ?」

「多分大丈夫だと思いますよ。師匠……目の前に泥濘ぬかるんだ道と石畳の道があったらどっちを歩きます?」

「ワシ、飛べるからどっちも歩かんのぅ」

「くっ……た、たとえばの話ですよ」


 ライの意図を理解したベルフラガは納得の様子を見せる。


「成る程。つまり、本能的に回避する紫穏石を利用し出現されても問題ない地へ誘導するのが目的なのですね?確かにその方がただ防ぐよりは出現地点を絞り込めるので良いかも知れません」

「ベルフラガは話が早くて助かるよ。まぁ、それも色々とあって準備が後手になってるけどね。だから誘導する地も決めてある」

「場所は……エクレトルかぇ?」

「ええ。アスラバルスさんからはそうしろと言われてます。エクレトルが準備した場所での戦いが一番被害が少ないでしょうしお言葉に甘えようかと。でも本体と分体を一箇所に集めるとそれはそれで面倒そうだから、他の大国にも何箇所かに割り振ろうかと」


 アバドン本体がかなり巨体になったことは《千里眼》で確認している。そこで本体が他国よりもエクレトルに移動するよう紫穏石を配置しようというのがライの提案だった。

 その際、本体以外の分体が出られる程度に紫穏石の層に穴を開け集中することを回避……その地点には各国の実力者を配置して貰う。勿論、ここに小国は含まない。


「ふむ……。悪い作戦ではあるまいが、少々時期が悪いのぅ……。シウト国は下手に戦力を割けば残っている不穏分子が動き出す恐れもあるぞよ?それに、お主のことじゃ。トシューラやアステにも紫穏石を配置するつもり……違うかぇ?」

「まぁ、国が対立していても民から犠牲が出るのは避けるべきですからね……。アステはともかくトシューラの民は守り手が少ないと思うので」

「今の女王はルルクシアとか言ったのぅ……結局アヤツはどんなヤツなんじゃ、ベルフラガよ?」

「ベリドの記憶では聡明にして冷静、そして残酷。彼女は全ての可能性に対して覚悟を決めている節があり、何が起こっても何を行っても動揺する様子を見せたことがありません。だから誰に対しても穏やかに接して残酷な命令を下せる……」

「そんな者が国王とはトシューラの民も悲劇じゃの」

「…………」

「ん?どうしたんじゃ、ライよ?」


 ライはベルフラガの言葉に少し違和感を感じた。その理由はトシューラ国で出逢ったルルクシアの表情だ。


「……。あの娘は顔には出さないけどそこまで心は強くない印象を受けたんですよ」

「見抜く目……かぇ。じゃが、ワシには狂気に満ちて見えたがの」

「確かにそう見えもしました。でも……多分……」

「……?」

「いや……何でもないです。ともかく、トシューラはパーシンの母国でもありますし、犠牲を出さない為にも紫穏石の配置は計画通り行いますよ」

「やれやれ。せめてトシューラがまともならお主の負担も減ったんじゃがのぅ……」


 恐らくトシューラ国領土には宣戦布告と同時に転移阻害結界が展開されたと見るべきだろう。つまりライが強引に踏み入れば即座に対応してくる。


「提案ですが、トシューラ方面は私が担当しますか?ベリドの振りをすれば容易いと思いますが……」

「うむ。手間も減る良案じゃな」


 賛同するメトラペトラ……しかし、ライはその提案を拒否した。


「いや、そこは俺が行くよ。考えもあるし」

「考え……ですか?」

「ああ。先刻さっきも言ったように、大国にはアバドンの分体を相手にして貰う。で、前回のアバドン出現の件を確認した限りトシューラが民の為に戦力を割くとは思えないだろ?でも、俺に対しては違う」

「つまり……貴方は自ら囮になることでトシューラの戦力を誘き出し、それをアバドンへの対応に向けさせる、と」

「そう。流石に目の前にアバドンを確認したら放置はできないだろ?」


 一度紫穏石の配置で侵入しライへの警戒を高めさせておけば、二度目の侵入の際対応を早めてくるだろう。後はアバドン出現とタイミングを合わせれば民の犠牲も大きく減らすことができる。


「しかし、そう上手くことを運べ……いえ、貴方に限っては愚問でしたね」


 互いに力をぶつけ合い、そして異空間でライに協力したベルフラガは当然ながら力量を理解している。そしてその能力ならばベルフラガが考えるよりも犠牲を少なくできるだろうことも。

 故にベルフラガは納得の様子を見せライの意見に従うことにした。



 実のところ……ライがこの提案を行った本当の理由はベルフラガをトシューラ国へ向かわせない為である。紫穏石配置の為に各地を巡れば否が応でも『ベリド』としての罪を理解させられることになる。既に頼れる仲間となったベルフラガの傷に塩を塗り込む様な真似はさせたくなかったのだ。

 それはライの自己満足でしかない。分かっていても絆を繋いだ相手にはどこまでも心を砕かずには居られないのである。


 そしてそれはイルーガにも当て嵌っている。かつては良き友だったイルーガ……だからこそライは残酷な選択ができずに後手に回ってしまっていた。


「アステ側も俺が回るからベルフラガにはトォン国とシウト国側を頼む。勿論、最優先は小国でね。それとベルフラガにはもう一つ頼みがあるんだけど……」

「頼み……ですか?」

「ああ。アヴィニーズかタンルーラのお偉いさんにツテとかない?」

「そうですね……。一応イベルドとしてならばアヴィニーズの族長に会ったことはありますが……」

「じゃあ、コレを……。あの時のヒイロの魔物達が入ってる」


 【黒獅子】を小国の守りの強化と同時に人と触れ合わせる……ライの意図を汲んだベルフラガは朋竜剣を受け取り呆れ気味に微笑んだ。


「わかりました。責任を持ってアヴィニーズ族長を説得しましょう」

「大変だろうけど頼む。それと、もしアムド達に出会っても戦わないように。手を出してはこない筈だけど、仕掛けた際は反撃しないとは言ってなかったからさ」

「わかってますよ。シウト国で内乱が起きているなら相手をしている場合ではないことは私も理解しています。……それでは、主にペトランズ大陸北東側を私が担当……南西側をライが担当ということで良いのですね?」

「ああ、それで良い。メトラ師匠には……」

「リーファムに『狂乱神の遺骸』の件を伝えるんじゃな?それとアバドンを出現させても良い地点をクローディアから確認……戦力は騎士団や兵ではなく実力者数名を当てる……で良いかぇ?」

「流石は師匠、頼れるぅ。もしリーファムさんでも狂乱神の遺骸が見付からない場合は戻った時に《千里眼》で試してみます」

「いや……恐らくそれも後回しになるじゃろう。間もなく円座会議じゃ。内乱を片付けねば今後に差し支える。期限を考えればアバドン対策もギリギリではないかぇ?」

「何とか間に合わせます。幸い頼れる仲間は多いですから」


 大地神アルタスの分け身たる翼神蛇アグナならば広範囲での地層変化も容易い。と言ってもカジームの守りを任せているので手を借りるのは数回にするつもりだ。

 他にも地の最上位精霊であるコンゴウの力があれば大地への干渉の負担も緩和される。


 問題があるとすればやはり時間……。円座会議まで作業が長引けば複数の地で同時に問題が起き対応さえ間に合わないことも否定できない。少なくとも紫穏石の配置を終えれば目標を絞ることができ犠牲は大きく減らせる筈。


 優先は小国の地層を紫穏石へ変えること。次が大国との連携を得てアバドン分体を誘導。その為にはエクレトルとの連絡は欠かせない。

 ライはアスラバルスへ念話を繋ぎ行動開始の許可を申し出た。


「アスラバルスさん」

『───。ライか……』

「まだ拘束されてます?」

『いや……もう指揮系統には戻った。しかし、ペスカーとは未だ和解ができていない。そして、それが策謀絡みであったことを今更気付く始末だ』

「策謀……?」

『ペスカーはアステ王子クラウドから【魅了】を受けたらしい』

「!?」

  

 ライを通じて念話を聞いていたメトラペトラとベルフラガは渋い表情となった。最も当てにしていた神聖機構にも不安要素が内在している事実に危機感は否応なく高まった。


『断言はできぬが恐らくペスカーは完全には魅了されてはいない。自らの存在特性で抵抗した故に不完全になったか、それともアステ王子の側の不都合か……』

「若しくは【魅了】の能力には制限があるのか……ですね。それで……ペスカーさんは?」

『新設された部隊【至光の剣】を使いアバドン対策を始めている。……。確かに【至光の剣】は脅威対策部隊ではある。が……あれらではアバドン本体を抑えることはできまい』


 魔人化した為平穏を求め故国を離れた実力者──確かにその力は並の大国騎士団にも引けを取らないだろう。通常の魔獣程度ならば容易に葬ることもできると思われる。

 しかし、今のアバドンは力を蓄え進化を果たしたことはエクレトル側の解析情報でも確認できる。


 それでも天使ならばその身を賭して戦うことを選ぶだろう。だが、【至光の剣】に所属するものは平穏を求めてエクレトルに身を寄せた者達……中には家庭を持つ者も居る。恩義を盾に戦わせるにはアバドンは危険すぎるとアスラバルスは考えていた。


「……。分かりました。実は俺達も今からアバドン対策を行うつもりです。アスラバルスさんには協力をお願いしようかと」

『それは寧ろこちらから頼むべきことだ。が……良いのか?貴公はシウト国の問題もあるだろう?』

「勿論、間に合わせますよ。それでですね……具体的には──」

『……。そうか。では、私は各国への通達を行い警戒を促すとしよう。……。トシューラとアステにも伝えるのか?』

「ええ、お願いします。国が動かなくても国民や領主が情報を知っていればかなり違いますから」

『承知した。済まぬな、ライよ……』

「大丈夫ですよ。さ〜て……それじゃあ始めますか」


 メトラペトラとベルフラガはライの言葉に頷き転移魔法で姿を消した。一方のライはそのまま飛翔し最寄りの小国トゥルクへと向かう。


 先程まで晴天だった空はいつの間にか再び曇天へと様相を変えていた。



 間もなくペトランズ大陸には本格的な冬が訪れる。そして冬が明ければロウドの歴史始まって以来の大国間戦争が始まるだろう。


 ライは世界の命運はまるでこの不安定な空の様だと思わずにはいられなかった……。

 

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