第七部 第八章 第八話 アムド一派の暗躍
対話を終えたライ達は再会を約束し城の外へと向かう。そして城門に差し掛かったその時、再びプレヴァインの声が響いた。
『……一度だけだ』
「?……何だ、プレヴァイン?」
『ライ・フェンリーヴ。お前が私の願いを叶えた時、一度だけお前の為に戦ってやる。覚えておけ』
「……。分かった。その時は頼りにしてるよ」
声のみのプレヴァインに対しライは城の奥側へと手を振りつつ雪景色の中へと踏み出した。
「………。さて……と。プレヴァインとは上手く協力を取り付けられた。これで少し希望も増えたと思う」
「狂乱神の遺骸はどうするのですか?」
「先ずは《千里眼》で探してみるよ。見つからなかった時はリーファムさんに頼ろうかと思ってる。あの人なら何か方法知って……」
と……ここでライは言葉を止めて周囲を見回した。ゆっくりと何かを探る様子にメトラペトラとベルフラガは眉を顰めている。
「何じゃ?どうしたんじゃ、ライよ?」
メトラペトラの質問に人差し指を立て自らの口に当てたライは、プレヴァインの城の脇にある岩へと視線を向けた。
「盗み聞きか、ハイノック?」
ライは視線を逸らさずに雪に埋もれかけた岩を見つめている。やがて岩の影から滲むように姿を浮かび上がらせたのは魔王アムドの臣下であるハイノック・ソレルだった。
「……良く気付いたな、ライ・フェンリーヴよ」
「何となく……ね」
レフ族同士は時折互いの気配を感じることがある。ライがハイノックに気付いたのはエイルと魂を繋いだ影響と思われるが、この時は理由を理解していない。
「影使いの魔王の臣下かぇ……。ワシの前に姿を現すとは良い度胸じゃな」
「待って下さい、メトラ師匠。一応、アムドは邪魔しないと約束してるんで揉めたくないんですよ」
「しかしじゃな……」
「なぁ、ハイノック。アンタは情報集めの為に来たんだろ?ここの主のことは判ったのか?」
「………」
「知らないんだな?なら、教えてやる。ここに居るのは狂乱神の眷族だった男だよ。名前はプレヴァインだ」
ここでメトラペトラとベルフラガは慌てた。
「何でペラペラ喋っとるんじゃ、お主は!?」
「……そうですよ、ライ。あの男が敵なら情報は隠すべきです」
「まぁまぁ。闘神との戦いになった時、協力もしてくれる可能性があるみたいなんでアムドには貸しを作っておこうかなぁ……と」
そんなライの言葉にメトラペトラとベルフラガは揃って諦めの溜め息を吐いた。次に口を開いたのはハイノック……その表情にはやや疑念の相が浮かんでいる。
「狂乱神の眷族……だと?」
「そうだ。しかも俺よりもずっと強い。下手に近付くとアンタでも消されるぞ?」
「……。何故、それを教える」
「だから“貸し”だよ。俺の忠告で大事な臣下が危険を避けたんだ。気位が高いアイツも約束を反故にはしないだろ?」
「その言葉、どこまで本気だ?」
「まぁ、実際はアムドが約束破るとは思ってないよ。今のは適当な理由付けだ。でも、どのみちプレヴァインのことは詳しく教えない。この地に近付くのも勧めない。アンタが危険になるとアムドが黙ってないだろうから此処を調べるのは諦めて欲しい」
「…………」
「それともう一つ。プレヴァインは仲間候補だから手を出すなよ?アンタ達のことだ……城に入れそうな神具とか持ってそうだけど、絶対入るな。それは約束違反だし、アンタ達にとっての命取りになりかねないからな?」
「そんな詭弁を信じろと?」
「どうとでも思って良いさ。忠告はしたから後は自己責任だぜ?」
「…………」
互いに睨み合うことしばし……やがてハイノックは無言で岩影の中へと姿を消した。
ハイノックの気配が消えたことを確認したライは、盛大な溜め息を吐いてしゃがみ込んだ。
「お〜……怖い怖い。あの人、下手するとアムドより怖ぐげっ!?」
疲れ果てた表情のライの後頭部にメトラペトラが勢いを付けて飛び乗った。
「どういうつもりじゃ、たわけ!」
「スンマセン……。実は、どうもアムドは俺から情報を得てるっぽいんですよ。もしかしたら最初に戦った時に何かされてるのかも……」
「何じゃと?由々しき事態じゃぞ、それは……」
「でも、肉体が操作されてるとかじゃ無いんで取り敢えずは問題ないですよ。でも、プレヴァインのことはいつかバレると思うんで敢えて教えました。アイツは俺の仲間には手を出さないそうですから、プレヴァインやベルフラガのことは仲間だと伝えといたんです」
ベルフラガは『英雄の墓』でライが誰かに語り掛けていたことを思い出した。
「あの時、呼び掛けていたのは彼らに対してだったのですね……。確か『ロウドのラスボス』でしたか?レフ族のように見えましたけど……」
「ベルフラガは名前くらい知ってるんじゃないか?アムド・イステンティクス……魔法王国クレミラの王族で最後の王の兄貴。現代に蘇った魔王……」
「アムド!?あの『魔導大賢アムド』ですか!?クローダーの記憶では【魔人転生】を編み出していた、あの?」
「アイツ、そんな呼ばれ方してたのか……。死んだ訳じゃなく封印されてたみたいでさ。何年か前に封印を解かれたらしいんだけど……ベルフラガも気付かなかったのか?」
「え……ええ。全く気付きませんでした」
「向こうも気付かなかったみたいだから接触は無かったんだろ?」
「恐らくイベルドの状態だったので気付かれずに済んだのでしょう。ベリドは滅多に表に出ませんでしたし、トシューラ以外では隠密行動が主だったので」
「不幸中の幸いってヤツか……。ん……?そう言えば、アムドの封印を解いた“子供”ってもしかして……」
「……。ヒイロ……ですね、恐らく」
「やっぱりそうだよなぁ……」
恐らくヒイロの身体に憑依していたプレヴァインがネモニーヴァの遺骸を探していた際、偶然レフ族の気配に気付き封印の地へ赴いたのだろう。幼いヒイロは魔法王国時代のことを知らなかった為に、封印されたアムドを解放してしまったと思われる。
またアムドも封印による疲弊でヒイロの内に宿ったプレヴァインに気付かなかった様だ。
ヒイロとアムドが繋がりを持たなかったのはロウド世界に於いては幸運だったとも言える。アムドは目的の為ならば手段を選ばない。ヒイロを洗脳しようとしてプレヴァインと激突することも有り得た。そうなれば周囲にも相当な被害が広がりライが初めて旅立つ頃にはもう世界は混乱の最中だった可能性もある。
そうならなかったのは必然か偶然か……今となればとにかく安堵するばかりである。
「ってことはプレヴァインはアムドとも出逢ってた訳か……。何で言わなかったんだろ?」
「興味無かったからじゃろ。神格、しかも真なる神候補ともなれば魔人程度取るに足らんからの」
「はは……は〜……。俺、そんなヤバイ相手と対峙してたんですね〜」
「お主の行き当たりばったりが原因じゃろうが、痴れものめ」
制限があり戦えないが、現時点でロウドに存在する最強はプレヴァインで間違いない。
「そ、それより、ベルフラガ……。アンタこそプレヴァインに文句の一つでも言いたかったんじゃないのか?」
「……?」
「いや、だって……テレサさんの病の原因て狂乱神の呪いだろ?そのせいで苦労した訳だし」
「プレヴァイン当人が呪いをかけた訳ではありませんからね……。神は神の役割として行動した。それに七千年前となると遠すぎる過去……現実感がありません。もっとも、こんな考えもテレサが救われたからなのでしょうが……」
「いや……それならその方が良いさ。俺としても二人には明るい未来を見て欲しいし」
実のところベルフラガの内にも以前は恨みが残っていた。しかし、聖獣との融合により負の感情が消えているのだ。ベルフラガはそれをライに気付かれないように振る舞っている。
「それよりこの際です。アムド……魔王のことを教えて下さい」
「そうだな……。今後何処で
ライはこれまでのアムドとの経緯を簡潔に説明した。警戒に繋がるだろうと三人の配下についても知る限り容姿や能力を伝える。
「……成る程。事情は分かりました」
「ベルフラガも一応気を付けてくれ」
「ええ。……。ですが、気になりますね……。彼等の目的は一体何なのでしょうか?」
【真の魔人転生】には精神の歪みを起こす副作用はない。つまりアムドは明確な意思を持ち行動している。だが、その行動には不可解な点も多い。
世界征服などに執着している様子が無いことから魔法王国の復活を目論んでいる訳ではないのだろう。しかし、《死獣の咆哮》という術を見る限り魔導研究を続けているのは間違いない。
そもそも、あれ程の力を得ているアムド一派。やりようによっては世界中の民を人質にすることさえ可能なのだ。身を隠し暗躍することもまたその性分に合っていない気がする。
「アムドの目的か……。仲間になるなら教えるって言われたけどさ………結局何なんだろ?メトラ師匠、分かりますか?」
「さてのぅ……そもそもアヤツが何故魔法王国に反旗を翻したのかも判らんのでの……。まぁ気に掛かることはあるが」
「気に掛かること?」
「うむ……一つはデミオスの首じゃ。アムド一派はワシらが邪教の正体と目的を知る前からトゥルク国に潜入し動いて居った節がある。『ロウドの盾』やお主は上手く利用された感も否めん」
「確かに……。絶妙な隙を狙ってデミオスの首を奪われた気がします」
「つまり、アムド達はデミオスが神の眷族であることを知っていたのじゃろう。そして首を奪った目的は情報の抽出といったところかの……」
デミオスの首をライに返還したことから情報は確実に引き出されたと思われる。それはつまり、アムド一派もまた神に関する知識を得たことを意味する。
「てことは……【神衣】も?」
「情報としては得たのは間違いあるまい。もっとも、お主から情報が抜かれているならば時間の問題じゃったろうがの」
同時にそれはアムド達の脅威度を引き上げたことを意味する。アムドは次に会う際にライと決着を付けると宣言していたが、壮絶な戦いになることは間違いない。
「他にも気掛かりがあるのですか?」
「ライが交渉として渡した【ラール神鋼】かの。アムルテリアかコウしかアレの加工はできぬ筈じゃが、それを知っても手に入れた意味が分からん。他には奴らがエクレトルから抜いた情報じゃな。アリシアの話では最重要部分こそ抜かれなかったが開発技術に関するものが含まれておるとか……。そこには竜鱗装甲に関するものも含まれておるらしくての」
「マジですか……」
「奴らも相当な神具を持っては居るようじゃが、竜鱗装甲の情報を奪われたのは痛いのぅ」
アムド一派が着々と力を付けている事実は迫るペトランズ大陸大戦に匹敵する……いや、それ以上の脅威であることを改めて理解させられることとなった。
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