第七部 第八章 第十六話 複数の因子


 ディルムが先ず行ったのは黒身套の全身展開。短時間で一気に勝負をかけるには炸裂纏装よりも有効だとディルムは判断した。それでもライの波動氣吼法に対抗するには心許ないが少なくとも即敗北という結末は避けられるだろう。


 そして行ったのは高速言語による魔法展開。使用したのは光魔法の《発光》を改良したもの。《発光》はただ光るだけの生活魔法の一種。ディルムはその色を目立つ橙色に変え光の数を増やした。

 ディルムの周囲には夥しい数の光が展開されている。その意図に気付きライはやはり感心頻りだった。


「見えず感じなくても波動氣吼が通れば光が消えて軌道が読める……ですか。流石ですね」

「波動氣吼って言うのか、その力は……。小細工だけど何もしないよりマシ……といったところかな」

「いえ。本当にディルムさんは機転が利きますね……しかも判断が早い」

「第三騎士副団長っていう立場が長かったから嫌でもそうなったんだけど……あの日々も無駄ではなかったと思うと複雑な気分だよ」


 言葉尻に繋げるように高速言語を発したディルム。同時に展開されたのは黒き円環……ディルムの両の手首足首に大きな腕輪の様に浮いているそれはやはり神格魔法であることをライは見抜く。


(神格魔法による補助魔法……。本当にこの人は……)


 黒身套はそれ自体が強力な守りであり攻撃、そして強化技能である。故に本来はそれ以上の補強を行う必要はない。消費も然ることながら黒身套自体に補強魔法を加えることが難しい故だ。

 だが、ディルムは黒身套のみに頼るのではなく重力魔法による空間的な補助を編み出したのだろう。ライの《加速陣》とはまた違った着眼からの戦闘強化……。


 そして恐るべきは神格魔法が使用できるという事実。


(……。実はこの人、人間としては最強なんじゃないか?)


 未だ完全な竜人には至っていないディルムは半魔人格……だが、神格魔法さえ使用し完全なる黒身套を使い熟している。しかも神具・魔導具の類いは使用していない。これはシュレイドやジャックよりも地力が高いことを意味している。

 そして、思考加速……現時点で魔人化したレグルスやアウレルをも超える戦いの巧みさがあるのは間違いない。


 そうなると今度はライ自身の興味を引くのも必定。本心から実力を見てみたくなった。



 先ずライは右手を刀から離し展開している波動氣吼を拡大。《発光》による感知網などお構いなしに横薙ぎに振り払った。橙色の光が何かに当たり軌道を描きつつ消えるのを確認したディルムは素早く後ろに飛び退きそれを躱す。そして通り過ぎたことを確認した途端爆ぜる様な踏み込みでライへと迫った。

 これを左手で刀に展開している波動氣吼にて迎撃……が、ディルムは再び光の消える位置を確認しつつ慣性を無視した不規則な移動で回避。ライの手前まで迫る。


 しかし、ライの反応はディルムのそれよりもずっと速い。即時に右手を翳し波動氣吼の壁を作る。それに反応したディルムは宙空で急停止……空を蹴り大きく後退した。


(壁は見えていない筈なのに勘で躱したのか。それにあの手足の円環……)


 攻撃を躱す際の不規則な体移動と急制動……加速も含めて行われているディルムの動きは飛翔によるものではない。手足に展開したあの魔法は四肢を軸に重力による加速・減速とベクトル変更を行なっているとライは見抜いた。

 そして既に、大きく退いたディルムの周囲には再び橙色の光が漂っている。追加の魔法を発動した様子は無いので一定時間を一定数の光が満たす魔法……ということらしい。


(こんな状況を見通していた訳じゃないだろうに……これはディルムさんが普段から汎用性のある魔法を研鑽した結果か)


 ディルムの肉体はまだ魔人や竜人の領域へ完全に踏み込んではいない。そのギリギリの線で常に思考錯誤を繰り返したのが今のディルムの力……なので全てを研鑽し追究するには限界がある。ライのようにその場で魔法を編み出すには普通の《思考加速》では足りないのだ。

 それでもこの場で即時に対応できる戦略を選別し使用した。恐らくそれは副騎士団長として配下のことをも考慮していた結果に編み出した魔法……ライとは大きく違う部分はそこである。


 補助魔法である手足の円環が他者も対象に使用できると考えれば、相手を無傷で拘束するだけでなく部下が危機に陥った際の離脱手段にも打って付けだ。大量の光は夜間でも騎士団が戦闘を熟せるようにと考えたもの……それらは個人でも多人数でも使用できる汎用性を考えて編み出したのだろう。


(フリオさ〜ん……。とんでもない人を部下にしてたッスよ〜)


 騎士団に所属していなければ勇者として名を馳せていた……かは分からない。能力飛躍の切っ掛けはやはりマリアンヌによる訓練なのだ。ただ、他に才能を触発する切っ掛けがあったとすればその限りではないと思われる。その場合、ディルムが『三大勇者』の一角を担った可能性も否定はできない。


(そういや三大勇者って二人がバベルの子孫なんだよな……。クラウド王子は違うっぽいけど、やっぱり覇竜王血統なのかな?)


 それが神の意図したものかはわからないが、覇竜王の子孫は確かに世の安寧に一役買っている。ディルムやヴォルヴィルスも今後期待できるのは確実だ。

 但し……ライは自分が竜の血統としての力を得ている実感はまるでないのだが。


 そんなことを考えているとディルムの居る方向から神格魔法の《黒蝕針》が飛んできた。ライはそれを刀に展開していた波動氣吼で払い落とす。と、ほぼ同時……ディルムの姿は陽炎となり揺らめき消えた。


(幻覚魔法……まぁ俺でもそうするかな。でも……)


 纏うように展開していた波動氣吼を拡大し自らを中心に渦の様に回転……幾重もの波状となり拡がって行く。ディルムが撒いた橙色の光は全て掻き消え更に衝撃がライの張った結界内全てを満たした。


 だが……ディルムの姿は何処にも見当たらない。


「居ない……?」


 真っ先に考えたのは地下だが、床の破壊を抑える為に結界を張ってある。そこを抜けることをライが気付かぬ訳がない。

 次に考えたのは転移……しかし、飛翔魔法が使えぬディルムにそれが可能とは思えなかった。


 再度念入りに感知の網を拡げたライだが、それでもまだ見付からない。


(……何か神具を隠し持ってたのか?)


 例えばベルフラガの所有する【無間幻夢の鐘】のような超級幻覚神具。覇竜王の子孫でありラヴェリントの王族ならは何らかの秘宝が伝わっている可能性はある。

 だが、この手合わせはディルムが望んだもの。嘘を吐き手合わせに使用するような人物ではないことはここまで戦ったライには判る。


 ともなれば存在特性……。しかし、そうであるならば目覚めたての筈だ。もし使い熟せたとしてもライの波動氣吼への対処もある程度可能になるがそうなってはいない。


 ライは流石に混乱した。思考の埒外……今までそれを行い強者との戦いを乗り越えてきたが、やられる側となり対応に焦りが生まれていた。


 そして、その時……背後に微かな魔力の流れを感じた。振り返ったライが見たのは剣を脇にしっかりと構え体ごと突進するディルムの姿。その剣先には圧縮した黒身套が高速で回転している。回避は間に合わぬと判断したライは波動氣吼を纏った腕を交差させそれを受け止めた。


「ま、まさか……転移魔法!?」

「正解。使えないと思っただろうね」


 突きを受け止めつつディルムの背後に見えたのは黒い長方形の穴。丁度人一人が通れるドアの入口程の空間が薄れ消えつつあった。


(普通の転移じゃない……。あれは……)


 波動氣吼の守りが軋みディルムの剣が少しづつ食い込み始め、ライは考察を中断した。


 ディルム全身全霊の一撃が波動氣吼と拮抗する程の威力を見せる。この攻防がどうあれ手合わせの決着となるだろう。


(しかし、ジャックさんにも驚かされたけど……ディルムさんがここまでとは思わなかった)


 魔導具・神具を持たず己の身一つで示した実力は驚愕以外の何ものでもない。『完全なる黒身套』と『王鎧』、そして『炸裂纏装』という技能。更には神格魔法の中でも扱いが難しい時空間系の使用と高速言語。正直言ってしまえば違和感しかない。

 こういった前例をライは知らぬ訳ではない。ディルナーチ大陸・神羅国に於いて霊刀を託され勇者となったカズマサ……彼は飛躍した実力の幅が尋常ではないのだ。


(カズマサさん、系譜は覇竜王一つだけじゃなかったよな……。確かお祖母ちゃんが龍でお祖父ちゃん側は王族と共に異界から渡ってきた鬼人兵の系統……なんだっけか?てことはディルムさんももしかして……)


 ラヴェリント王族は覇竜王モルゼウスの系譜を宿すがそれ以外にロタの夫となった聖獣の系譜が加わっているという。しかし、血の始まりから時は大きく流れてしまっている故に因子が薄れ只人としての暮らしに溶け込んでいた。

 そんな状態でも何か切っ掛けさえあれば覚醒は起こりやすくなる。因子が二つ以上……特に三つを超える血筋は成長を始めると尋常ならざる能力向上を果たすのだ。


 カズマサと同様の急成長……ディルムはやはりもう一つの血筋が加わっていると考えて間違いないだろう。


 そんな推測を裏付けるようにディルムの剣は波動氣吼の守りを間もなく打ち破る勢い──ならば応えるのがライなりの礼儀である。波動氣吼をディルムの剣先の当たる部分に集中させ防ぎきることに集中した。

 濃縮された力同士の拮抗は結界の傍にて戦いを見守る者達にも伝わっている。イリスフェアは無意識に言葉を呟いた。


「王の帰還……」

「どうしたの、イリス?」

「いえ……。………。フェルミナ様……本来モルゼウスの遺産でオウガはそれに相応しい者に呼応すると記されていました。ですが、この戦いを見て思います。ディルム殿こそが本来のオウガの継承者だったのではないかと」


 戦いに疎いイリスフェアでもディルムの実力がヴォルヴィルスより上であることは判る。ともなれば、自分の甥は正統な遺産の継承者ではない……。そして同時に、ヴォルヴィルスはディルムからオウガを奪ったことにならないかが気になった。

 フェルミナは申し訳無さげなイリスフェアの頭を撫でつつ微笑みを浮かべた。


「イリス。こういった封印はね? 早い者勝ちなの」

「えっ?」

「相応しい人物が二人居た際にはその時点の実力が高い方ではなく辿り着いた時期が早い者に継承権利があるの。勿論、これにもちゃんと意味があるのだけれど……」


 実力の差は研鑽次第ではあるものの神具や魔法で差を埋める方法はある。当然、誤差の範疇として選別の魔法にも組み込まれている場合が殆どだとフェルミナは告げた。

 それよりも重要なのは遺産に辿り着ける運の要素……。


 逆に言えば、どんな幸運も掴む機会は限られる。その瞬間を逃さぬ勝負運は戦いの中でも確かに必要とされるものである。


「つまり、ヴォルは……」

「ええ。先に辿り着いた以上は正統継承者で間違いない。元々ヴォルヴィルスさんはどんな状況でも生き残る人だと聞いているわ。きっとそれも実力の一旦……」


 そしてディルムもまた同じなのだとフェルミナは言葉を続ける。ライの介入とはいえ複製遺産を手に入れられることが決まっているのだ。それもまた勝負に欠かせぬ強運の証……。

 恐らくは《未来視》により全て見通した上での遺産の封印……現在に至るまで勇者継承が果たされなかった理由も腑に落ちる。


 それを聞いて安堵したのかイリスフェアは大きな溜め息を吐いた。


「ほら見て、イリス。モルゼウスとロタ、そしてミラと聖獣アーバルネスタの力を継ぐ二人目の勇者の誕生よ」


 フェルミナに促され視線を向けた先にあったのは、遂にディルムが波動氣吼を撃ち破る瞬間だった……。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る