第七部 第八章 第十七話 バベルの血族


 ディルムの渾身の突きはそれでもライに届かなかった。波動氣吼は曲がりなりにも【神衣】の亜種……その強固な守りを破るには纏装だけでは足りないのである。

 しかし、ディルムは諦めず黒身套を更に剣先に集中。と、同時に思考加速を行った。


(やはり私の手持ちじゃ届かないか……。それもそうだな……ライ殿は単身で幾つもの脅威を打ち破ったと聞いているんだ。この手合わせも戦い方は明らかに指導に近いし)


 超常に至る為にライがどれ程過酷な道を歩んだのかディルムには想像が付かない。

 だが、ライとて初めから強かった訳ではないことはノルグー騎士であるディルムだからこそ理解している。


(強さに時間は関係ない……それは私にも判ってる。だけど、個人差はあれど強くなるには時間が必要だ。ならば、私のできることは……)


 拮抗する状況から思考を更に加速……経験の蓄積を強制的に増やした。ライの波動氣吼から何かを掴もうとしたのだ。


 この時点で竜人に至っていれば或いは自力で何かを掴んだ可能性はある。が……やはり人の身のままでは足りぬものがあるのも事実。

 だから……ディルムの意図を察したライは密かに手助けをした。《思考加速》という魔法をほんの少し後押しし、かつ結界内空間に波動氣吼使用時の感覚を混ぜたのである。


 そしてその中でディルムは糸を手繰るように感覚を掴みかけていた。漠然とながら確かな感覚……。獣人の里でジャックが存在特性を掴んだ様にディルムもまた『未知の力の欠片』を掴んだ。

 但し……ジャックと大きく違うのは自らの意識下で確実に把握したという点。扱い方こそ綱渡りなれどそれは確かにディルムの意志の元で使用した力──。


 知覚したのは何と波動氣吼そのもの……。しかし、その使用を試みても当然ながら修練が足りず展開には至らない。そこでディルムは【波動】の性質に意識を集中しその使用を試みる。が……波動は波。技としての形を成すには知識が足りなすぎた。何より、波動は本来纏装とは相性が悪く危うく攻撃が散ってしまうところだった。

 そこまで理解したディルムは再度波動氣吼を注意深く観測し知覚に集中。命纏装との融合だと理解する。


 ここでディルムのこれまでの研鑽に意味が生まれる。ディルムが優先して獲得したのは纏装の緻密な操作……攻撃状態のまま黒身套を命纏装へと変化させることなど造作もなかった。

 そこから再び波動との融合を試みる。今度は剣に展開する命纏装の先端──小指の先にも満たない一点にて試行を繰り返したのだ。


 初めこそ命纏装の先が散っては補充を繰り返していたが、やがてほんの僅かに甲高い鐘の音の様な音が混じり始める。それは【波動吼・鐘波】使用時に聞こえる音……この時ライは自らの波動氣吼とディルムの波動氣吼の接触を理解した。


(この人は……やっぱりそうなのか?)


 ディルムの中から湧き出る力の根源。それはモルゼウスの覇竜とミラの夫たる聖獣の力……だけではない。もう一つ……やはり竜由来の力が確かにある。

 しかしそれは竜そのものの力ではない。竜から派生し覚醒した、確立された


 そして……ディルムはライの推測を証明するようにほんの僅かな間、僅かな範囲ではあるが世界の理の力に触れた。


(……まさかここまでとはね。予想外の収穫……ってことになるのかな)


 同じ波動氣吼であってもディルムの展開したものは点に凝縮し回転を加えたもの。手加減し面で受けたライはとうとう守りを打ち破られ転移し躱すこととなる。

 そこでディルムは力の維持ができなくなり纏装は霧散……膝を突いた。


「はぁ……はぁ……。さ、流石にここまでか……」


 肩で息をしながら腰を下ろしたディルムのその顔はとても満足気だった。


「ディルムさん。正直言わせて貰って良いですか?」

「……何かな?」

「洒落になってないですよ、冗談抜きで……。まさか波動氣吼まで修得するなんて」

「ハハハ……。君がそう誘導してくれたんだろ? それに、今のは君の補助があった筈だ」

「気付いてましたか……。それでも、やっぱり並のことじゃないです」


 手を差し伸べディルムを引き起こしたライは回復魔法でディルムの体力と傷を癒やす。と、同時に魔力を逆流させ全回復させた。

 ライの圧倒的な魔力量を感じディルムは苦笑いで礼を述べる。


「ありがとう。ハハハ……これは真似できないね」

「【勇者の試練】を受ければ分からないですよ。回復魔法の素養はあるんですよね?」

「まぁ一応は……」

「それでですね……。ディルムさんに一つ聞きたいことがあるんですが……」

「何かな……?」

「ディルムさんの先祖に平民が居ると聞いたことありませんか?」

「さて……改めて聞いたことは無いけど居る筈だけど……。曾祖父がノルグーに辿り着き安住の地になるまでは各国を巡ったらしいから」


 ラヴェリント王族と口外すれば何かに利用される恐れもある。故に騎士として士官先を探して歩いたディルムの祖先は実情は平民と変わらない。その旅の過程で平民との婚姻があるのは当然の流れだ。


「じゃあ、その中に赤髪の人は居ませんでしたか?」

「う〜ん……。流石にそこまではね……ただ、私の髪も光の加減では少し赤みがあるだろ?多分居たんじゃないかとは思う」


 そう……ディルムの髪は赤寄りの金。ライが血の由縁が気になったのはその色を見たからこそだった。


「少し過去を調べても良いですか?」

「そんなことも出来るのか……流石だね」

「勿論、プライバシーに関わるものは見ませんので……」

「……。分かった。調べても良いよ」

「ありがとうございます」


 ライは目を閉じ胸の大聖霊紋章を使用。【情報】の概念力を用いてディルムの血統を過去へと辿る。すると、曽祖父に当たる人物の妻が赤髪の平民であることが判った。


「……。やっぱりか……」

「何か分かった?」

「はい。ディルムさん……どうやら俺達は遠い親戚みたいです」


 ディルムの祖先……曾祖母に当たる赤髪の女性の名は『リリィ・クレストノア』。クレストノアは伝説の勇者にしてライの祖先でもある『バベル』の系譜……つまりは同じ祖先を持つ親類ということになる。

 同時に……ディルムは二人の勇者・二体の覇竜王の系譜を併せ持つことを意味する。


「……それは初耳だ。だけど、私はそこまで天才ではないよ?力が伸びたのもマリアンヌ殿の指導を受けたからだと思ってるし」

「才覚が目醒める時期は個人差とかがあるんだと思いますよ。修行方法や指導者、神具との出会いとかも人それぞれですし。現に俺なんて実力で伸びたとは思ってませんので」

「そうなのかい?」

「ええ。でも、ディルムさんの実力が急に増した理由には納得ですね。バベルの子孫は他の系譜より実力開花の確率が高いんですよ」


 現代に於いてバベルの子孫が実力者として名を馳せるのはそう力を残したのか、それとも【神衣】に至った人物の血故かはライにも分からない。

 が……それ以前にディルムはラヴェリント勇者の系譜でもあるのだ。複数の因子を持つ存在はその能力飛躍が大きい。ディルムが一気に成長を果たしたのは複合理由からなのだろうことは確かだ。


 しかし……ここで一つライの脳裏に疑問が浮かんだ。『クレストノア』はバベル直系のファミリーネームと思われるのだが、何故平民として暮らしているのかが疑問になった。

 そもそも伝承ではシウト王家と婚姻し王となったと伝わっている。にも拘らず、何故血が濃い筈の王家血筋にはバベル系譜の実力者が台頭しないのか……それはずっとライの心に引っ掛かっていた。


 そこで『クレストノア一族』の過去を調べようとしたものの今度は情報閲覧に制限が掛かり見えない。先程まで見えた『リリィ・クレストノア』の情報さえも閉ざされもう姿さえも見えなくなってしまっていた。


(……。急に【情報】が見られなくなった……。コレってどういうことだ?)


 大聖霊の力が及ばないのは【神衣】、もしくは【神の座】を使用した世界への干渉。可能性としてあるのは現在神の代行を行っている大天使ティアモントによる情報閲覧の禁止。


(つまり、探られたら不都合な何かがあるから禁止した……? いや……逆か?)


 本来閲覧できぬ【情報】をライの為に一時解禁した可能性……。


(流石にそれは考えすぎかも……。とにかく、後でメトラ師匠にでも聞いてみるか)

「どうかしたの、ライ殿?」

「いえ……。……。それでディルムさん。この後はどうするつもりですか?」

「先に言ったように試練を受けようと思う。代役とはいえ試練を受ける姿は見せないと民も納得しないだろう?」

「そうですね。諸々準備は終わりましたので後はイリスフェアさんにお任せします。それと事前に言っていた様にディルムさん用の装備が来ます。決断はどうでもそのまま使って下さい」

「色々ありがとう。君はどうするんだい?」

「アハハ〜。まだ野暮用がありまして……ともかく、後は任せました」


 結界を解き少し破損した床を《物質変換》にて補修したライはディルムと共にフェルミナ達の元へ向かう。


「イリスフェアさん。今からラヴェリントに紫穏石を配置しますので許可を頂けますか?」

「ほ、本当ですか? でも、シウト国へもお願いしているのですが……」

「ここだけの話ですがシウトは国内で揉めてるので設置が遅れてしまうと思います。時間的には早い方が良いので俺がやろうかと」

「それは……助かります。でも、ライさんばかりに頼っては……」

「まぁヴォルヴィルスさんには友人の件でも借りがあるのでそのお礼と思って下さい」


 ライの申し出がラヴェリントの経済的事情を考慮しての行動であることはイリスフェアにも分かっていた。只でさえ多大な配慮をして貰っている以上、女王としてはただ甘えるには引け目を感じる。

 そんなイリスフェアの手を取ったフェルミナは小さく頷き笑う。


「ライさんはこういう人なの。遠慮しない方が喜ぶわ」

「フェルミナ様……。分かりました。ライ殿、お願い致します」

「了解です」


 深々と頭を下げたイリスフェアに困った表情で頬を掻くライ……。


「ミレミアさん。フェルミナは連れていきますのでイリスフェアさんのことは頼めますか?」

「クローディア様からも仰せつかってますからね。任せて」

「それじゃあ……また来ます。行くよ、フェルミナ」

「はい!」


 それまで待機していた精霊達はライに貼り付き、フェルミナも同じように寄り添う。そして転移の光に包まれライ達は姿を消した。



 その後、ラヴェリント上空にて精霊達の力を借り紫穏石の配置を完了し次の土地へと向かう。残された小国が数国……縁も所縁も無いが、同じ様に紫穏石の配置を続けその日は暮れて行った。


 宿泊はカジーム国にて行うことにした。レフ族の里にはシウトの内乱に巻き込まれぬよう母ローナ、そして双子の魔人ニースとヴェイツが共に避難している。今後について話し合うにも都合が良いだろうとライは思った。




 

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