第七部 第八章 第十八話 母と子の会話
ライとフェルミナがカジーム国・レフ族の里へと転移したのは現地の夕刻。直ぐに長老リドリーの元へと挨拶に向かうも屋敷は灯りも無く留守だった。
そこで集会所へ向かったライは建物内にて母ローナと再会を果たす。集会所ではローナ、エレナ、そしてフローラが何やら作業を行っていた。
「……。何やってるの、皆?」
「あら、ライ……居たの。フェルミナちゃん、おかえり〜!」
「只今帰りました」
フェルミナには笑顔を向けるがライには素っ気ないローナ。その温度差にライは半笑いである。
「えぇ〜……。じ、実の息子に冷たくないか、母さん?」
「何いってんの。いつもアンタは落ち着かないでプラッと姿消すでしょ。心配するだけ疲れるのよ」
「ぐぬっ……。じ、事実だけに言い返せない……」
「ハイハイ。それで今回はどうしたの?」
「その前にリドリーさんは?」
「今、トォン国よ。結界設置の打ち合わせだって」
これから始まるであろうペトランズ大戦と闘神への備えとして各国へ技術提供を申し出たリドリーは、先ずトォン国王マニシドと会談を行っているとのこと。
「う〜ん……。じゃあ、レフ族の長老代理は誰?」
「私の父です」
答えたのはフローラだ。
「フローラのお父さんか……。そう言えば会ったことなかったな」
「両親とも何かと多忙でしたから。でも、レフ族の安否が判った今は里に戻ったんです」
フローラの両親は高い魔法の才覚があり、里の防衛から行方不明のレフ族捜索まで幅広く行っていた。必ず夫婦で行動しているらしく、基本的に里に戻ることは稀だったのでライとの面識はない。
エイルが里に戻りレフ族の所在が確認された現在は新しい街の開拓に力を入れている。
今回、リドリーが他国を巡るに当たりその間の代理として長を担っているとのことだ。
「成る程。じゃあ、フローラのご両親に話を通せば良いのか」
「何かあったんですか?」
「聞いてない? 紫穏石の配置なんだけど……」
「それなら……」
(済まない。私が伝えていなかった)
脳裏に響いたのは翼神蛇アグナの声──。
「もしかして、もうアグナがやってくれたのか?」
(この地に世話になっている以上はな……しかし、ライに伝えようとした際に念話が繋がらず報告を先送りにしていた。済まない)
「あ〜……そういうことか。アグナ、契約が途絶えていた理由なんだけど……」
(殆どの事情はエイルが来て説明して行った。だから改めて皆に伝える必要は無いだろう)
「今回はゆっくり休めるって訳か……。助かったよ、アグナ」
(いや。……。あまり無理はしないことだ、ライ)
「分かってる。ありがとうな」
カジーム国の守りはアグナにより万全。最優先とされた小国の紫穏石配置は完了している。今宵はゆっくりと休むことができるだろう。
「そうとなれば今日はここで泊まりたいんだけど……大丈夫かな、フローラ?」
「はい。ところでライさん、お食事は済みましたか?」
「いや……実はまだなんだ。お願いできるかな?」
「はい! 腕によりを掛けますね!」
「じゃあ、私も手伝うわね」
フローラとフェルミナは夕食の準備の為に集会所を後にした。
「……。で、ソレって結局何やってんの?」
ローナとエレナは何やら白い布を裁断している。良く見れば集会所の中には積み重ねた布が結構な量確認できた。
「この布はレフ族の秘蔵品らしいのよ。特殊な材質で編まれていて凄く丈夫で魔法耐性も高い服が作れるそうよ」
「へぇ〜……布型の魔導具素材ってことか。流石はレフ族だ」
「今加工しているのは同盟を結んだ国への贈り物なんだって。ところで……」
ライに説明をしていたエレナはふと作業の手を止める。
「誰も触れないんだけど……何で精霊達を身体に付けてるの?」
「ん? ああ……社会勉強?」
「そ、そう……」
奇っ怪な行動はいつものこと……ライを知る者はそんな状態に慣れてしまっているようで、フローラやローナは精霊達に触れもしなかった。しかし、常識人たるエレナはツッコまずにはいられなかったらしい。
「良し……それじゃあ、精霊諸君! 今日はお休みなので明日まで自由行動だ! 里の人に迷惑を掛けなければ好きにして良いよ」
『御意』
ライの許可を得た精霊達は一斉に何処かへと姿を消した……但し、蟲皇以外は。
「あれ? カブト先輩、良いんですか? 森の中には果物とかありますよ?」
『それは魅惑的ではあるが、我はもう少し捻りのあるものを所望する』
「うぅむ……何たる甘味への拘り……。つっても、俺あんまり甘味詳しくないからなぁ。エレナ、何か知らない?」
「そうね……。確かアプティオが最近観光客用のスイーツを考案したってティムから聞いたわよ?」
この言葉を聞いた蟲皇は激しく明滅した。
「きゃあ!?」
「ぐぁぁ! め、目がぁ!? き、今日、何度目!?」
『こうしてはおられんぞ、ライよ! 早くその甘味を我に捧げよ!』
「え、えぇ〜……。た、確かにアッチはまだ日暮れ前だけど時間間に合うかな……」
『ならば尚の事よ! 急げ!』
「へ、へ〜い。ち、ちょっと行ってくるね〜」
蟲皇の熱望によりライはアプティオ国へと転移して消えた。
「ほ、本当に落ち着かないわね、ライは……」
「あの辺りはロイに似たのかしらねぇ……」
「そ、そうなんですか……へぇ〜……」
“誰かに似たなどというレベルじゃない”とエレナはツッコミかけたが、何とか留まったのは当人だけの秘密である。
それから五分後──ライは蟲皇と共に戻ってきた。蟲皇は……何故か虹色に輝いていた。
「ど、どうやらご満悦のようね……」
「いやぁ……ギリギリお店が閉まる前に間に合った。沢山買ったからサービスして貰っちった。あ……皆も食べる?」
空間収納腕輪から取り出したのは焼き菓子で作ったきつね色の器に入った冷え固まった乳白色のクリーム。その上には柔らかな褐色のクリームが乗っている。
「これが新商品なの?」
「そうみたいだよ。アイスクリームの一種らしいけど味がかなり濃い。冷たい甘味なのはアプティオが南国だからだね」
どの世界にも食を追究する者は存在する。ロウド世界は星の歴史こそ短いが人類の歴史は長い。そして世界は広く食材となるものも多い。つまりアイスクリームなどは存在しても不思議ではないのだ。
ただ……やはり料理とは奥が深く知識や技術の洗練を必要とする。
アプティオのアイスクリームはディルナーチ大陸の職人の知識から生まれたものだ。元は異世界の料理で、食材や機材はその知識を元に商人組合が製作を行い生産化、完成度を上げている。
「んん〜! 美味しいわ、コレ!」
「少し肌寒い季節なのに食べちゃうわね」
エレナもローナもとろける甘味にご満悦の様子だ。
「エレナ。あるだけ買ってきたけど溶けちゃうから保冷庫に入れておいて。明日にでも里の皆に」
「ええ。ありがと」
「母さん。後で少し話があるんだけど良い?」
「? ……ええ。私は多分ここに居るから」
「分かった」
と、丁度フローラが食事の準備を終えライとフェルミナは夕飯を摂ることになった。
フローラとフェルミナの楽しげな会話を聞きながら料理に舌鼓を打った後、ライは単身集会所へと向かった。集会所内にはローナだけが待っていた。
「エレナは?」
「アウレルさんが迎えに来て家に帰ったわよ。話が終わるまでニースとヴェイツの相手をお願いしたわ」
「そっか。こうして二人で話すのは旅立つ前以来かな」
「そうね……。あなたが帰ってきてから何かと賑やかになったからね。お陰で退屈はしないけど」
「ハハハ。色々迷惑掛けてゴメンね」
「親は子の迷惑を引き受けるものよ。と言っても、あなた場合は迷惑よりも喜びの方を多く持ってきているわよ」
立ち上がったローナは茶を用意しライの前に置いた。
「ありがと。……。父さんのことはどこまで聞いてる?」
「城の地下牢に捕まっていることは聞いてるわ。マーナとマリアンヌさんが様子見に行ってくれているみたいだけど……」
「うん。本当は無理にでも救出しようと思ったんだけどね……父さんに止められたってマリーから聞いた。キエロフ大臣やレオンさん、クローディア女王にまで飛び火すると後々不味いからって」
「フフフ。あの人もすっかり宮仕えになったわねぇ」
「父さんには代わりに身を守る神具を渡して貰った。だから父さんは絶対に無事だよ。安心して」
「ええ。それもマリアンヌさんから聞いたから心配してないわ。父さん、今でも鍛錬してるのよ? だからソコソコ強いし」
「そっか………そうだね」
ホッとした顔を見せるライにローナは呆れるように微笑む。
「相変わらず人のことばかり心配してるのねぇ……。それよりアンタの方は大丈夫なの?」
「俺は……ホラ、頑丈だからさ」
苦笑いのライの両頬を包むように触れたローナ。その目は真剣そのものだった。
「………。ライ……覚えておきなさい。親より先に死ぬのは親不孝よ?」
「……。うん……わかってる」
「良いわね? あまり無茶するんじゃ無いわよ?」
「そうだね。でも、俺は兄さんの方が心配かな。下手をすると敵対することにもなり兼ねないし」
「そうねぇ……。あの子は実のところ融通がきかないところもあるから……。でも、人として筋の通らない行動はしない筈よ?」
「それは俺も知ってるよ。気になるのはそこじゃ無いんだ」
アステ国王子・クラウドの存在特性により精神を支配されればシンと言えども抗うことはできないだろう。それ程に存在特性が強力であることはこれまで多くの使い手を相手にしてきたライだからこそ解る。
「それでね……。明日はアステに向かうからさ……もし兄さんに話があれは伝えておくよ」
「もうあの子も大人……。お父様とナタリアさんも居るし、今は領主……私が口を出すことは無いわ」
「そういえばイズワードの先代領主は
「アンタ会ったこと無いんだったわね。折角の機会だから話をしてくると良いわ」
「う〜ん……どうだろ? その時間があるか微妙な気がする」
「本当に忙しないわねぇ、アンタは」
「ま、落ち着いた時には挨拶に行くつもりだよ」
スッと立ち上がったライはローナの手を取り引き起こした。そこでローナは改めて我が子の成長を感じた。
「……。すっかり図体ばかり大きくなって……」
「何だよぉ。図体ばかりじゃないぞ?」
「アハハハ。そうね……。でも、アンタはシンと違っていつまでも心配ばかりよ」
「にゃ、にゃにぉう?」
「いい加減誰かと身を固めたら認めてあげても良いけどねぇ……」
「うぐっ! ソ、ソリハディスネ?」
「お母さん、ハーレムだけは許しませんよ?」
「わ、わかってるよ、そんなの……」
久々の母子水入らずの会話──。
しかし、この日ローナの胸には妙な胸騒ぎが残った。それは腹を痛めて子を産んだ母親の勘……かは分からない。しかし、その予感は間もなく現実のものとなる。
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