第七部 第八章 第十九話 兄弟と兄妹と


 翌日、早朝──目を覚ましたライはまだ朝靄のある森を一人で散策していた。カジームの森は以前にも増して生命力溢れており、冬が近いにも拘わらず前回の来訪時には見られなかった樹木が青々としているのが確認できた。


 そんな森の中に新たな泉を見付けたライは、岩から滾々こんこんと湧き出る水で顔を洗い喉を潤す。


「ふぅ……うまい。カジームの大地も随分と安定して来たかな」


 エイルがカジームの大地に注いだ魔力は恐らく三百年前の龍脈よりも多かったのだろう。大地は復活を果たすも今度は水が溢れ治水対策が必要になったとライは聞いている。

 同じ影響か、現在付近に新たな街を建造中のリバル渓谷も大きな河が流れている。隣接するアステは未だ敵対国ということになるが、今後解除された際には船を使用した交易も可能となるだろう。


 その為にも後々はアステ国との和睦も為さねばならない。ともなればアバドンによる被害も可能な限り抑えたいところだ。


 そんなことを考えつつ歩いていると森の奥から微かに地響きが伝わる。何事かと向かってみれば一人の男が大木を運ぶ姿が目に入る。


「……。アウレルさん?」

「ん……? おお、ライじゃねぇか!」


 片目に眼帯をした筋骨隆々の大男。妹マーナの元旅の仲間であり、ライが【魔人転生】により魔人化させた唯一の人物。そしてかつての同居人エレナの伴侶となる男……それがアウレルである。


「昨日来てたってのはエレナから聞いてたからよ。もちっと日が昇ってから会いに行くつもりだったんだが……」

「アハハ〜。お久し振りです」

「アバドン対策だっけ?お前も相変わらず慌ただしいねぇ……」


 アウレルはすっかり明るくなり以前の陰のある表情は見当たらない。自分が魔人化を行ったのは正しかったと改めて理解したライは安堵で笑みが浮かぶ。


「ところで、アウレルさん……こんな朝早くから何やってるんです?」

「実はレフ族の連中から土地を貰ったんだよ。だから愛の巣を造る準備をな」


 そこは森の切れ間の平原。水捌けも良く日当たりも良い土地。少しだけ里から離れているが特に不便は無い……そんな場所だった。

 アウレルはエレナとの住まいに森の管理で間引いた木材を使用するという。先程の音は敷地に丸太を運んでいた音の様だ。


「アウレルさん、建築技能あるんですか?」

「いんや? 行き当たりばったりだぜ」

「えぇ〜……。大丈夫なんですか、それ?」

「ま、雨風凌げりゃ十分だろ」

「………」


 女心としては新居が綺麗な方が良いに決まっている。流石に二人の愛の巣がそのまま鳥小屋ではエレナが不憫……そう思ったライは、ちょっとした提案を行う。


「俺が建てます?」

「いや……できりゃあ俺の手で建てたくてな」

「それなら……建て方教えますよ。少し手伝う程度なら良いですよね?」

「う〜む……」

「………。マーナが見て納得しないと破壊されますよ?」

「良し! 頼む!」


 マーナの名前の効果は絶大だった……。


「でもよ……お前こそ家なんか建てられるのか?」

「実家で燻ってた時に父さんの友人に基本だけ教わったんですよ。あの頃は体力無くて仕事にはできなかったんですけどね〜……。それにノルグーで知り合った大工さんにも色々教えて貰いました。後は魔法で組み立てる感覚を身体で再現すれば問題無しです」

「ほぉ〜ぅ」

「あ……折角なのでアウレルさんの鍛錬にしましょう。それなら魔法使っても問題無いでしょ?」

「それなら……まぁ良いか」


 先ずは建築基礎を作る。力づくで大地を固めるのは簡単なので敢えて魔法を指導する。


「アウレルさん、魔法はどんな感じですか?」

「ああ。お前に覇王纏衣の常時発動を言われてからずっと続けてたお陰で魔力がかなり増えた。魔法もエレナやレフ族から習ったからソコソコは使える」

「神格魔法や高速言語はどうです?」

「ボチボチって感じだな。だが、以前じゃチンプンカンプンだった知識がスッと入ってくるのは何とも変な感じだぜ」


 魔人化の利点の一つである脳機能向上はアウレルにもしっかり作用している様だ。


 これはライも後になって知ったことだが、生来の魔人よりも【魔人転生の術】にて魔人化した方が脳機能が幾分高くなる。魔王アムドが自らを魔人化する為に編み出した術である以上、肉体変化情報にそう組み込んだと考えれば納得ではある。


「じゃあ、重力魔法で……」

「まだ無理だな。神格魔法は今の俺でも全然ムズい」

「なら、大地魔法にしましょう。折角なんで高速言語で……」

「あれもまだ使えん」

「………」


 ライは笑顔でスッと手を伸ばす。反射的に躱そうとしたアウレルだったが、避けきれず頭を鷲掴みにされる。


「えいっ!」

「うがあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 強制的に【高速言語】知識を流し込まれたアウレルは頭を抱えうずくまった。


「ぐ……。おぇ……気持ち悪ぃ……」

「はいはい。すぐ慣れますから大丈夫ですよ」

「お、お前……こんな容赦ない奴だっけか?」

「本当ならこんな真似しませんよ〜。でも、アウレルさん……魔法理解できるようになったのにあんまり練習してないでしょ? 勉強嫌いと見た」

「な、何でバレた……!?」

「ハッハッハ! 筋肉、嘘ツカナイ!」


 アウレルの肉体は最後に見た時より更に鍛え抜かれている。つまりそれは、鍛錬が肉体側に偏っている証……。

 恐らく本を読んでいると……というより、じっとしていると我慢ができないタイプだとライは見抜いたのだ。


「誰かから直に魔法習うのはそうでもないんでしょうけどね……」

「そんなことまでお見通しかよ……」

「でも、今回記憶を流したから今後は本を読む必要殆ど無くなると思いますよ。あとは脳内の記憶の組み立てだけですし。とにかくやってみて下さい。そうですね……使うのは大地魔法の《耕土こうど》と《大地平坦だいちへいたん》で良いかな」

「お、おお……やってみるわ」


 アウレルは己の中に与えられた知識を以て魔法式を構築。属性選択、魔力出力、空間認識、効果範囲、そして式の組み上げに最適な高速言語を選択し並べる。それを言葉として発した。

 魔法は平地に展開……掻き回される様に土が盛り上がった後、綺麗に平坦化され固まった。


「うおぉぉ〜! 俺スゲェ〜!」

「上手くいきましたね。問題無しです」

「魔法ってこんな簡単にできんのかよ……。そりゃあ魔王とかだったら洒落にならんわな」

「それ、ちょ〜っと違いますね」

「ん……? どういうことだ?」


 丁度良い機会なのでライは真顔で語り始める。


「難しい魔法を使えるだけアウレルさんの能力が上がったんですよ。魔法を理解する力も得て魔力も別物、そして肉体も魔獣並みです。つまり、アウレルさんも魔王みたいなもんですよ」

「………」

「以前も言いましたが、これは本来禁呪なんです。今のアウレルさんみたいに魔法を簡単に感じると悪用する奴が必ず出てくる。だから世の中には伝えてはならない……それがレフ族の意志」

「それ程のモンを俺は手に入れた訳か……」

「ええ。でも、アウレルさんは悪用なんてしないと信じたから魔人化させたんです。何度も言いますが俺はアウレルさん以外には《魔人転生》を使う気はありません。意味は分かりますね?」

「ああ。お前への恩はデカすぎるからな。期待は裏切らねぇさ」


 アウレルは引き締まった表情でライに応えた。


「それなら良かった。それに、魔法は奥が深いですから研鑽の道程は長いですよ?」


 ライが足の爪先を上げ大地を叩くと魔法陣が展開……アウレルのならした大地を重力魔法が更に押し固めた。


「今のは……まさか無詠唱か!?」

「ええ。ようやく自力でできるようになりました。といってもまだ練習中ですけどね」


 正直、無詠唱と高速言語では発動に然程の時間差はない。しかし、この先に迫る最大の脅威は神の軍勢……刹那の一瞬さえ命取りに繋がりかねない。

 その為の無詠唱魔法修得。それはその手で救えるものを取り零さない為の選択でもある。


 そんなライの様子を見てアウレルが触発されぬ訳も無い。


「へっ! 俺はまだまだ全然足りねぇってことだな。何だか俄然やる気が出てきたぜ!」

「それじゃ手始めとして家づくりを続けっちまいましょうぜ!」

「おうよ!」


 ライが《物質変換》にて作り出した岩をアウレルが切り出しや砕きを行い家の基礎部分を造り上げる。時折本職の職人のように軽快に掛け声を上げ、木材を加工し程良く乾燥させ次々に柱を建てた。纏装を使えるので木材加工は容易く、魔人化している為精密動作も支障はない。


 そして……あれよあれよという内に屋敷の骨組みは完成した。


「おお……家だ。俺がこんな家を……」

「約束通り俺はちょっとした手助けしただけ。後はもう切り出している木材の組み合わせと打ち付けですかね〜。でも、壁とか屋根とかはレフ族の人達に聞いたほうが良いかも」


 レフ族の里にある建物は植物と一体化している家が多い。木をくり抜いた……訳ではなく、どうやら建築後木材に樹木の性質を与えている様だった。

 確かに植物の性質を持たせることには利点がある。生木なので燃えにくく、植物自体が寒冷や湿度を調整してくれることで生活を快適にしてくれる。


 ただ、ライは別の点が気になった。


「ほら……俺達の文化とレフ族のものだと景観違うでしょ?」

「あ〜……確かにな」


 前回来訪した際にアムルテリアが建てた立派な宿泊施設はそのまま来賓用の施設となって残されている。しかし、レフ族達の家屋と比べると若干浮いて見えた。

 その辺りレフ族は気にしないのだろうがアウレルの意見を聞きたかったのである。


「俺も気にしねぇな。でも、何となくレフ族の家の方が落ち着くのも確かだな」

「じゃあ、これを組み上げた後誰かと相談して下さい。一応……」

「エレナと相談して……だろ? 分かってるよ」

「アハハハ。余計なお世話でしたね」


 と……その時、ライの脇腹を二重の衝撃が襲う。


「ライ、来た!」

「ライ、遅い!」

「ぐほ━━━━━ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ローナと共にカジームに避難していた『双子の魔人』ニースとヴェイツに抱きつかれたライは、そのまま森の奥へと消えて行った……。


「……。ま、後で礼言いに行きゃあ良いか」


 そしてアウレルは取り敢えず我が家の建築を続けた。



 一方、ライはというと……。


「ライ、ずっと来なくて遊ばない! つまらない!」

「ライ、遊ぶ! ニーズとヴェイツと遊ぶ!」


 森の中を縫うように飛翔し続けた三人はそのまま結界を抜け海上へ。そこでようやく停止する。


「あ〜……確かにそうかも。良し! 何して遊ぶ?」

「鬼ごっこ!」

「かくれんぼ!」

「ダメだよ! ライはニースと鬼ごっこするの!」

「ズルい! ライはかくれんぼするの!」


 珍しく意見が分かれ言い合いを始めたニースとヴェイツ。その様子にライは優しく微笑んだ。


 それまで双子は一心同体のように共に行動していた。思考も発言も反発なく同一に……。

 しかし、今はそれぞれの意見が存在する。それこそが個性……ニースとヴェイツには確かな自我が芽生えていた。


(精霊達はこれからだけどコッチはちゃんと成長してるんだなぁ……。これも母さんの力なのかもね)


 二人の頭を撫でたライは分身にてそれぞれ相手をすることになった。が、結局は二人一緒で行動するのが楽しいらしく最後は二人とも鬼ごっこをすることとなる。


(アムド。この子達には絶対手を出すなよ? 二人は俺の大事な弟と妹だ。人形なんかじゃない)


 その念話をアムドが聞いているかはライ自身にも分からない。だが、たとえ聞いていなくとも届くほどにライは強く念を押した。



 同時刻──タンルーラ国の宮殿にて夜空を見上げる白髪の少年が何かに気付く。


「フッ……兄弟か……。言い得て妙な話だ」


 少年は静かに笑みを浮かべ夜空の星に向かい手を伸ばした──。






 



 






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