第七部 第八章 第二十話 兄との再会


 半刻程ニースとヴェイツの相手を熟しライがレフ族の里に戻った頃には皆が起きて活動を始める時間なっていた。


 フローラとフェルミナが食事を用意してくれたのでライは長老の家にて皆で食事を摂ることになった。アウレルとエレナも加わりそれなりに賑やかな朝食となる。


「そう言えばフローラ。オルストとフィアーの兄貴は?」

「ここ二、三日は姿を見ませんね。鍛錬らしいのですがあまり詳しい話をしない方達なので……」

「うぅむ……色々話ししたかったんだけど仕方無いか。あ……そうそう。エレナの腕輪、改修しないと」


 ライ作製の神具は軒並み改修。アウレルやフローラに渡していなかった分の空間収納庫も作製した。


「そんな便利なものなら私にも頂戴。お母さん、買い物の度に荷物持つの大変なんだからね」

「り、了解……」

「ついでだからレフ族の分も沢山作っておきなさいね」

「…………」


 空間収納型神具は本来秘宝……一つでも一生食うに困らない価値があるのだが、流石はライの母だけあり息子のやっていることには動じない様だ。


 食後、結局ライはレフ族の分も合わせて百の空間収納型腕輪を作製。常識人のエレナは苦笑いである。


「ホイ、終了っと。そう言えばアウレルさんとエレナの装備って来ました?」

「うんにゃ? まだだな」

「エクレトル、大変そうだからなぁ……。でも、俺が造るより良いのが出来てくると思うんで」

「ああ。楽しみにしてるさ」

「さて……」


 スッと立ち上がったライは刀を腰に帯びる。


「それじゃそろそろ行くよ。急いでやらないとならないことがあるから」

「え〜? ライ、行っちゃうの〜?」

「ライ、つまらない〜!」

「また今度遊ぼうな、ニース、ヴェイツ。母さんを頼んだ」

「お母さん、頼まれた!」

「お母さん、守る!」


 ライは笑顔で双子の頭を撫でる。


「フェルミナも母さんとカジームを頼むね」

「私も行きます」

「今回は駄目だよ。相手はアステとトシューラ……どんな神具持ってるか分からないから危険だし。それにカジームはアステと隣接しているから戦力として残って欲しいのもある」

「……分かりました。ライさん……どうか無理はしないで下さいね?」

「うん。あ……フェルミナ、もう一つ頼む。精霊達を此処に置いていくから俺の代わりに社会体験させてやってくれない?」

「それは構いませんが……」


 ライに纏わり付いていた精霊達は僅かに浮足立つ。


『主……良いのか?』

「ああ。カジームの暮らしに興味あるんだろ? 良いことだよ。大聖霊の傍なら安心だし、色々な人と触れ合ってみてくれ」

『感謝する、主』


 自然と文化の融合するカジームが精霊達の興味を引くのも頷ける。契約は貸与という形でフェルミナに任せることにした。

 しかし、一体だけはライと同行することを選んだ。それは蟲皇だった。


『我が同行せねばラヴェリントの試練開始が分かるまい?』

「あ〜……確かに。でも、良いんですか?」

『昨日の美味の分程は働かねばな』

「ハハハ……」


 フェルミナ、そしてフローラの頭を撫でたライは若干ツノの部分が虹色に輝いている蟲皇を胸に玄関口を外へと向かう。


「じゃ、また来るね〜」


 まるで近所へ散歩に行くかの様な気軽さ手を振ったライは、そのまま一気に飛翔しアステ国へと向かった。




 上空から確認したアステ国境には既に結界が張られていた。恐らく宣戦布告後間もなく張られたものだろう。

 大国の土地全てを覆う結界となればどこかに綻びが生まれると考えしばらく調べてみるが中々それらしきものは見当たらない。いや……無くはないのだがそれは明らかに罠と思えるものだった。


「あの辺、思いっきり戦力固まってんじゃん……」


 押し通ることも可能ではあるが、それでは各地で警戒され紫穏石の配置にも手間取ることになるだろう。トシューラではをやるつもりなのでなるべく疲弊は避けたいところである。


「メトラ師匠の《心移鏡》が使えれば結界すり抜けられるんだけどなぁ〜。アレは俺もまだ使えないし……どうすっかな」

『それこそ【クロカナ】とやらを使えば良い。気取られずに結界を超えられるだろう』

「わ、分かれたばかりで呼ぶのはちょっと……」

『ならば遠隔で力を使わせるが良い。時空間精霊なら容易いことだ』

「り、了解ッス」


 蟲皇の言う通りクロナカは遠隔でも見事に力を発動させる。眼前に出現した黒穴に飛び込めばいつの間にかライはアステ領内の大地に立っていた。


「おお……クロカナのヤツ、本当に力隠してたんスね」

『あれだけ自我が確立しておるのだ。恐らく精霊王に近いだろう』

「カブト先輩と同じか……」

『あんなキワモノと同じにするでないわ、戯けめ!』

「痛い痛い! ゴメンナサイ!」


 虹色のツノでグリグリと頬を突かれていたその時……強い気配が背後に出現。ライは反射的に腰の小太刀に手を掛けるも相手の顔を確認し直ぐに離した。

 転移にて現れたのは青い貴族服に赤いマントを纏った赤髪の青年。青年は警戒している故か厳しい表情だ。


「貴公……かなりの力を持つ実力者の様だが、我が国に入国するならば関所からにして貰えまいか? こうして突然出現されると兵は緊張で神経を擦り減らすことになるのだ」

「えっ……? あっ……こ、これは失礼しました」


 ライに敵意が無いと理解したのか青年は小さく溜息を吐く。


「………。ところで貴公……どこかで会ったことがあるだろうか?」

「あ、ありますよ〜、勿論。う〜ん……やっぱり気付かないか〜……。仕方無いよなぁ……」

「……?」

「気付かないかい、兄さん? 俺だよ」


 投影魔法で自らの髪を赤く変化させたライは苦笑いで頬を掻いた。そこで青年はようやく記憶の内にある幼い身内の顔と来訪者の顔が重なった。


「まさか……ライ……か?」

「うん。久し振り、シン兄さん」

「お前、本当に……………………変わり過ぎていて気付かなかった」

「ま、まぁね〜。多分、俺が逆の立場でも気付かなかったかな……。アハハ……ハハ〜……」


 アステ国イズワード領主となった兄シンとライの再会。それは実に七年振りのこととなる。


 当時のライはまだ子供であり声変わりをする前であった。大人になったライは体格と声のみならず髪の色さえも変化してしまっている以上、認識に時間が掛かってしまうのも仕方がない。寧ろ、髪色のみの変化で良く気付いたと言えるだろう。


「お前の活躍の程は聞いていたよ、ライ。ただ、領主になって間もなくてね……慌ただしくて会いに行けずに済まなかった」

「それは俺もだよ。行方不明になって心配掛けてたのに挨拶にも行かなくてゴメン」

「生きていると信じていたよ」

「うん。それと……遅ればせながら結婚おめでとう」

「ああ……ありがとう」

「お嫁さん、クリスティのお姉さんなんだってね」

「そういえばお前はクリスティーナと暮らしているんだったか……。ルーヴェストから聞いたよ」

「ア、アハハ……。正確には城で皆で同居してるんだけどね……。蜜精の森に城を建てて貰ったんだ。仲間達とそこで暮らしてる。マーナもね?」

「そうか……」


 お互い実家からは無事巣立ったのだなとシンは穏やかに笑った。


「それにしても……いきなり兄さんに会えるとは流石に思わなかったかな。兄さん、イズワード領主になったんだよね? あんな遠くから俺の気配に気付いたの?」

「実は偶然ここの領主から兵の鍛錬について相談されていたんだ。その指導中に気配を感じた。転移魔法は並の人間には使えないだろう? だから確認に来たら……」

「俺だったのか……。もしかして、魔王一派と疑われた?」

「ああ。だが、結果としてこうして出会えたのは幸運だった」


 そこでフェンリーヴ兄弟は互いの姿を改めて確認し合う。


 真面目で理知的な兄は時を経ても変わらず、領主となっても違和感を感じない程に凛々しく落ち着いている。

 対して弟は、穏やかな印象を残してはいるものの完全な別人になっていた。魔物の命さえ奪えなかったかつての非力な姿は何処にも見当たらず、只々強者としての風格を備えた男に成長を果たしていた。


「……。マリアンヌ殿やルーヴェストから聞いてはいたが、本当にこれ程になっているとは……。強くなったな、ライ」

「本当に色々あったからね……。実際、何回も死にかけたけど」

「ところで、お前はエクレトルに拘束されていると聞いていたが……」

「ん……? え〜っとね……へへへ。やることあるんで抜け出して来ちった」

「な、成る程……」


 あれ?俺の弟はこんなヤツだったっけ?と兄は思う。

 七年の月日は長い……。シンの知るライは穏やかで誰かの迷惑にならないよう聞き分けも良かった。それが牢から逃げ出すとは思ってもみなかった。


(いや……。強者ともなればただ真っ直ぐではいられなくなる。きっとライも苦労したに違いない)


 シンは弟の行動をそう考えることにした。しかし、彼は知らない。ライの性格を変えたのは実の妹による『覗き冤罪事件』が原因であることを……。


「それはそうと……他国へ無断侵入してまでやることというのは何なんだ? エクレトルから抜け出してまで動いているのには理由があるんだろう?」

「それなんだけどさ……。ペトランズ大陸会議でアバドンの件が議題に挙がっていた筈なんだけど、アステ国の対策はどうなってる?」

「………」

「兄さん?」

「済まない……お前は仮にもシウト国で暮らす勇者だ。アステ・トシューラとは敵対国……機密を漏洩する訳にもいかないと少し考えてしまった」

「そりゃあ領主としての立場はあるだろうけどさ……優先するのは……」

「民──それは分かっている。幸いアステ国も紫穏石の採掘はできている。が……」

「配置するにも手が足りないとかかい? そりゃそうか……」 


 ペトランズ大陸会議にて各国に宣戦布告した側になるアステ国。当然、大戦に備え戦力の確保が急務となる。特にトシューラ国と違って隣接する敵対国の多い分、その国境の広範囲に渡り人員を動員せねばならない。

 そんな事情を理解しつつもライは敢えて自分の認識を伝える。


「う〜ん……言わせて貰っちゃうと優先順が違うね。アステ国はアバドン被害少なかったんだっけ?」

「ああ……。一部トシューラ側からの侵入はあったが少なかった方だろう」

「それはアバドンの封印が解かれたのがトシューラの地だったからだよ。途中でエクレトルと海に守られてたからその程度で済んだんだ。でも、今回は地下から直で来る。そうなると国境の結界が逆に民の逃げ場を無くしちゃうし、戦力の集結も間に合わないよ」

「確かに……お前の言う通りだろう」

「……。分かってるなら何で……」


 まだ口が重いシンにライは違和感を感じた。シンの思慮深さがあればわざわざライが忠告をする必要も無いのである。

 つまりはそうせざるを得ない理由がある……ということだ。


「……俺がシウト国の人間だから話せない?」

「…………」

「兄さんには領主の立場があるのは分かる。でも、このままじゃかなり犠牲がでる。上に立つ者として良いの?」

「………」

「………」


 シンがどれ程理知的でも領主としての経験はまだ浅い。大領地を治める立場と勇者としての心との間で正しい決断は何か迷っている節が窺える。

 特に……ライに対して助力を求めることを避けているのは明らかだった。


「……兄さん。何で俺を頼ってくれないんだ? 俺、まだ頼りなく感じる?」

「ライ………」

「俺がシウト国の人間だから……ってのは建前だよね。『世界の敵』認定されたからとも違うだろ?」

「……ああ。理由は別だ」

「話せない事情は個人的な理由? それとも立場的なもの?」

「……両方だ」

「成る程。つまり理由は一つじゃないのか……」


 小さく溜息を吐いたライは一つ提案をすることにした。


「兄さん。このまま俺の行動を許可してくれないか?」

「いや……それは……」

「別に暴れようって訳じゃないんだ。何ならクラウド王子に伝えてよ。“弟が挨拶に来た。勇者会議では世話になったと言っている” ってね。そんで兄さんが監視に付けば良い」

「だが……」

「やらないなら勝手に行動する。たとえ兄さんが力づくで止めようとしても押し通る」


 真剣そのもののライにシンは戸惑うばかりである。


「……。何故そこまでするんだ? お前、アステ国とそれ程由縁はないだろう? それに対峙している以上アステ国の疲弊はシウトにとっても利になる筈だ」

「はぁ〜……。兄さん、真面目すぎるのも変わらないのか……。アステは兄さんの国になったんだろ?」

「………」

「それに、母さんの生まれた国なんだし祖父ちゃんも居るんだろ? クリスティの姉さんも居るなら理由としての由縁は十分だよ」

「ライ……」

「後は兄さん次第だ。どうする?」


 しばしの沈黙の末、シンはライの肩を叩いた。


「分かった。だが、一応クラウド王子に報告してからになるが……」

「了〜解」


 シンはそのままクラウドへ念話を繋ぎ経緯を伝える。すると気が抜ける程あっさりと行動許可が下りた。


 久方振りの再会を果たした兄弟はそれから語らいつつしばし行動を共にすることとなる。


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