第七部 第八章 第二十一話 邪精霊


「ライ。髪の色は変えたままにできるか?」


 飛翔にて移動する中、シンはライに忠告を始めた。


「お前はアステ国の艦隊を壊滅させた前科がある。本来なら拿捕するところだがクラウド王子はそうすべきではないと判断した。だから行動はできる……が」

「分かってるよ。国民感情はそうはいかないんだよね。『白髪の勇者』は世界の敵……だから隠す必要があるんでしょ?」

「ああ。お前にも事情があったことは理解しているが……済まないな」


 申し訳無いといった表情の兄にライは苦笑いである。生真面目な性格はやはり変わらない様だ。


「俺のことより兄さんは大丈夫なのか? 『白髪の勇者』の兄貴ともなれば批判とか敵視とか……」

「問題無い。マーナの存在があるからな」

「成る程……」


 【三大勇者】に名を連ねるマーナはアステ国でも大きな功績を残している。中でもカジーム国と隣接する西端の都市フロットを魔物から奪還した功績は大きく、勝手に名誉爵位まで与えられていることは当人も預かり知らぬところだった。

 シン自身も大領主として献身的に動いていることもあり、アステ国民のフェンリーヴ家への風当たりはそれ程強くは無いらしい。


 ただ……やはりどうしても一部には良く思わぬ者も存在している。その為の偽装。『魔王討伐作戦』に於いて魔の海で家族を失った者が確かに存在する以上、それはやむを得ないことだとライも理解していた。


「……それじゃ少し待っていてくれ、ライ。この地の領主に事情を話してくる」

「了解。その間にこの辺の地層を見ておくから」

「地層……?」

「言ってなかったね。紫穏石の配置を手伝いに来たんだよ、俺は」

「そうだったのか……。助かる」


 シンと分かれた後、ライはアステ国を覆う結界ギリギリの高さまで飛翔した。そしてそのまま額の《チャクラ》にて地層の確認を行う。大国だけあり少し把握に時間が掛かったものの凡その作業工程は組み上がった。


「……う〜ん。アステの地中は結構紫穏石が多いな。これなら作業もすぐ終わりそうですよ、カブト先輩」

『この辺りの地層はどうだ?』

「小さな穴はあるけど余程小型じゃない限りは抜けられないんで大丈夫ですね〜」

『折角故、ここも精霊の力を遠隔させるつもりだったが……まぁ良い』


 そこで蟲皇はしばし沈黙した後言葉を繋げた。


『ライよ……。この国では精霊術を使うでないぞ? いや……精霊のみならず聖獣も使用を禁ずる』

「えっ? 何で?」

『力を隠す為よ。お主の力は只でさえ強大……そこに聖獣や精霊を使える多様性は敵国からすれば最早魔王どころの脅威ではない。役割を果たす前に追い出されることも考えられる』

「………。分かりました」

『加えて……この際だから教えておくがこの国はあまり良い状態ではない。通常ならば然程でも無いのだろうが結界により閉じたことで邪気の蓄積を感じる。お主も気付いてはいるのではないか?』

「あ〜……それって俺の気のせいじゃなかったんですね」


 アステに入国してライが感じたのは妙な淀み……。例えるならあまり香りの良くない花の匂いがどこからか流れて籠もっているような感覚だ。それに気付く者は本当に感覚が優れている者だけだろう。


『この気配……怨嗟の気配に精霊が騒いでいる。邪精霊が生まれる予兆やも知れぬ』

「邪精霊……?」

『精霊は本来自然に存在する属性しか持たぬ……それは知っているな?』

「はい。だから火とか水とか土が多いんですよね?」

『そうだ。クロカナの様な精霊は稀だがそれも世界の属性には変わらぬ』


 精霊の誕生は魔力の収束から始まる。精霊の卵とでも呼ぶべき魔力は不思議と霧散せず、やがて本能的に自然と共鳴し環境に溶け込むのだ。その過程で影響を受け魔力属性が固定される。

 水辺、火山、肥沃な大地、森、風の強い渓谷などが精霊派生としては一般的なものであるが、季節や空間、魔物などからも影響を受ける稀な個体が存在する。


 ライの契約精霊の中で特殊なのは蟲皇、時空間精霊・クロカナ、雷の精霊・セイヨウが挙げられる。クロカナは空間の歪みのある地から生まれ、セイヨウは夏の雷雨時期に発生した限定種である。


 そして……驚くべきことに蟲皇は生命の大聖霊たるフェルミナの影響を受けロウド世界に誕生した特殊個体だった。


「えっ? マ、マジすか?」

『うむ。フェルミナ様が長く滞在した地の下にて我は昆虫の幼体となっていた。〘大聖霊の影響を受けた精霊〙ということになる』

「てことはカブト先輩は【生命の精霊】になるのか……」

『生命力から影響を受ける〘生命の精霊〙自体は然程珍しいものではない。が、大聖霊の影響を強く受けたのは我のみだろう』


 蟲皇はやがて幼体から成体へ変化。そのままフェルミナに同行を求めしばらく世界を巡った。その過程で多くの精霊を取り込んだという。ただ、精霊を食らったというより相手精霊側が同化を求めた……といった経緯らしい。


『我の話は良い。それより邪精霊に話を戻すぞ。先程も言ったが精霊は自然派生の属性から成り立つ。故に光や闇の精霊も当然存在する。しかし、精霊としては有り得ない属性もあるのだ。それが聖と邪……』

「そういえば……どっちも見たことないですね」

『聖というのは神聖……つまり清浄を指す。逆に邪とは穢れ。これは本来、自然の法則の中には存在しない』


 派生する属性が多様に存在するのはそれだけ世界を構築するものが多いことを示している。しかし、その構築の中に【聖】や【邪】といったものは必要さえ無いと言って良いだろう。

 その概念の元は生物の誕生……こと人間の存在が多大に影響している。自然ではなく感情から派生する属性はやはり精霊には成り得ないのだ。


「言われてみれば確かにそうですね……」

『生物感情から影響を受けるにしても神聖も穢れも精霊化させるには魔力が微弱なのだ。風や水などの自然環境の方が影響が強い以上、通常ならばそちらに属性が傾く為に聖と邪の精霊は生まれぬ。但し、何事にも例外はある。理解しているな?』

「聖獣と魔獣……ですね?」

『そうだ。しかし、それさえも可能性の一因。考えても見よ……この世界は聖獣により恒に浄化が行われている。そしてここ千年以上、魔獣は聖獣よりも遥かに少ないのだ。にも拘わらず邪精霊のみならず神聖精霊さえも自然には生まれぬ。どれ程稀有な事例か理解できよう?』


 聖獣の中には長く存在するものも居る。その影響で聖なる精霊が生まれて然るべきだがそうはならないのだ。もし邪精霊の方が生まれやすいとしてもやはり誕生はそう起らないということだ。


 だが……ライは蟲皇の言葉に疑問を持った。


「でも、カブト先輩の口ぶりじゃ邪精霊は存在するみたいじゃないですか……?」

『それが問題なのだ。過去、邪精霊が現れたのは一度のみ。その原因は【黄泉人】だった』


 聖獣と契約し【御魂宿し】となった乙女が負の感情を持って死んだ際、その存在が裏返り【黄泉人】となる。確かにその強大な魔力と穢れとも言える意志は邪精霊が生まれるには十分と思えた。


 しかし、蟲皇はそれも否定する。


『それでも、だ。お主は黄泉人と化したホタルと対峙しただろう。あの場には邪精霊は生まれていまい』

「う〜ん……? それじゃ、どうなったら邪精霊が生まれるんです?」

『簡単な話だ。邪精霊は意志を以てのだ』


 かつてディルナーチ大陸で猛威を振るった【黄泉人】は限定空間にて魔力凝縮を行い自らの手足となる使い魔の様な存在を生み出した。それこそが邪精霊だった。

 邪精霊は聖獣を瞬く間に穢し魔獣に反転させ更なる負の力を獲得……他の精霊をも喰らおうとしたが、金龍カグヤの手により倒されたと蟲皇は語る。


『邪精霊の恐るべきところは他の精霊を喰らう力と穢れを拡げる力……。中でも魔獣を増やされることは後々まで影響する』

「ちょっ、ちょっと待って下さい! それじゃアステで生まれそうな邪精霊って……」

『確実に意思の下で行われているだろう。国の管理下か個人の探求かは知らぬがな。力を隠せと言ったのは奴らがお主を警戒し早まらぬようにする為でもある』

「………」

『この国はお主の兄の国でもある様だが遠慮をしすぎたな、ライよ』


 確かにライはアステ国への侵入を遠慮していた。始めはアステ艦隊を壊滅させた後ろめたさからだったが、やがて兄が大領主となったと聞き尚更迷惑を掛けたくないという気持ちに囚われた。それからは聖地・月光郷の件を除き侵略されたレフ族への配慮や多忙を理由に干渉を避けていたのも事実だ。

 アステ王子クラウドとの邂逅により【魅了】されることを避けたのも理由と言えば理由である。存在特性はどこまで及ぶのかは個人差がある。絡め手で来られた際にライが魅了されたらソレこそ目も当てられないと判断した故である。


 しかし、どんな理由であってもライはアステにも足を運ぶべきだったと今更ながらに後悔した。


「……。それならいっそ、この国の邪精霊だけでも潰すべきですかね」

『やめておけ。それは余計に物事を拗らせることになる。兄の立場も危うくなるぞ?』

「うっ……そ、それは困りますね」

『アステ王子とやらがあっさり侵入を許したのはお主に暴れさせることが狙いやもしれぬのだ。大義名分は何にでも利用できよう?』


 故に取捨選択せよ、と蟲皇は述べた。


『全ては救えぬのだ、ライよ。選ばねば大事なものさえも失うぞ?』

「カブト先輩。俺がそんな器用なマネできると思います?」

『………。できぬであろうな』

「それに、選んで救ってもそうでなくても取りこぼす可能性があるなら後悔しないほうを選びたいんですよ」

『……愚か者め』

「ハハハ……自覚はしてます」


 困った様に笑うライに蟲皇は呆れている様だった。丁度その時、シンが下方から飛翔してくるのが見えた。


「待たせたな、ライ。それで……何か分かったか?」

「ん〜とね……アステ国は全体的に紫穏石の地下鉱脈があるから数ヶ所の領地へ補填するだけで済みそうだよ」

「は……? それはこの領地だけの話だろう?」

「いや……アステ全体の話だけど……」


 眉根を寄せたシンはマジマジとライの顔を見つめている。


「……。お、お前、どんな術を使ったんだ? そんな広範囲で、しかも地層を見るなんて普通は不可能な筈だぞ?」

「あ〜……ハハハ……。存在特性の《千里眼》だよ。ルーヴェストさん辺りから聞いてないの?」

「いや……。アイツはあまりお前について話をしなかったんだ。“会って驚け”とだけしか聞いてなかったんだが……」


 戸惑うシンに対してライは自らの前髪を上げ額の目を見せた。


「【チャクラ】っていうんだって。これも旅先で偶然手に入れた」

「……。本当にお前、ライだよな?」

「う〜ん……。時たま俺も自信なくなるけど、一応ライのつもりだよ?」

「そ、そうか……」

「それでね、兄さん。配置が必要なのはハーバル領とニフラース領ってところらしいんだけど、転移で行けそう?」

「ハーバル領には行ったことがある。が、ニフラース領は無いから飛翔で行かないとならないな」

「じゃあ、ハーバル領から行こう。何となく早く配置しないと不味い気がするんだ」

「分かった。ならば急ごう」


 そして二人は転移魔法にてハーバル領へと向かう。その地にてライはアステ国の抱える問題の一つを目の当たりにすることになる……。


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