第七部 第八章 第二十二話 語らう兄弟
アステ国ハーバル領へと転移したライとシンは一度上空へと飛翔し地層の確認を改めて行うこととなった。
ハーバルはアステ国南西部に存在しトシューラと隣接する国境の領地である。魔獣アバドン出現の際その侵入を阻もうと防壁の役割を担ったものの甚大な被害が出たという。
シウトとトシューラのように大山脈で分断はされず平地続きの地……防衛戦が過酷だったのは当然なのだろう。現在は国が復興を進めているがやはり足りないものは多いらしく、紫穏石の配置までは時間も人手も足りない様だった。
「う〜ん……」
「どうしたんだ、ライ?」
「いや……。ここもそんなに紫穏石の補充が必要な訳じゃ無いんだけどさ。その労力を割けない程の被害が出たのかなって思ってさ。アバドン出現の時に他の領地から増援無かったの?」
「勿論戦力は集まっていた。しかし、魔獣だけが相手ではない以上限界はある」
「……? どういうこと?」
「今のお前ならもしかして気付くんじゃないか? アステの魔物達の殺気立った気配に」
シンが指を指した遥か先には城壁に囲まれた街が微かに見える。ただ、その外観は何処となく廃れている様にも見えた。
「お前の気付いた通りだよ。あの街は最近魔物に襲われて半壊している」
「城壁に囲まれてるのに?」
「壁に守られたから半壊で済んだんだ。そうでなければ全滅だった」
アステ国の魔物は他国より数が多く凶暴で強いのだとシンは語る。常時その状態で街や流通の経路移動には相当数の兵士が必須となる。それでもやはり運搬には手間が掛かり復興も進まないらしい。
更にアステはトシューラの宣戦布告により軍事力増強の必要性も生まれ新兵の募集と訓練が主軸となった。何より海路の安全を確保する為の軍艦も足りない状態……大型船の造船には多くの労働者を必要とする。兵と生産者の人数調整もまた大きな負担となった。
人手不足……結局のところアステはトシューラに割を食わされているのである。
「それが俺を頼ろうとしなかった理由の一つか……。そりゃあ国内の魔物が脅威になってるなんて他国に知られるのはマズいよね」
「ああ……」
「でも、兄さん……。それはさ……いや、やっぱりいい」
ライは一度何かを言おうとしたものの口を閉じ沈黙した。しかし、シンとしては当然気になる。
「何かあるなら言ってくれ」
「……。兄さんは……というかアステの民は何故自国の魔物が凶暴なのか知らないよね?」
「ああ。だが、気にはなっていた」
「三百年前からの因果……だよ。アステはそれだけの恨みから生まれた国だったんだ」
そうしてライはヒイロの過去をシンに伝えた。心優しかったレフ族の少年から故郷や仲間を奪い、その人生さえも壊した事件を……。
三百年前の歴史の真実がどうでも今を生きる者には現実感を感じることはないだろう。それでもライはアステ国で責任ある立場となったシンに真実を伝えねばならない気がした。
「過去にそんなことが……」
「恐らく、今ロウド世界に居る半分はヒイロの感情暴走で生まれた魔物の子孫だよ。だから魔物の被害はアステとトシューラで深刻なんだと思う」
「………。確かに因果な話だ。魔物から取り戻したと思った街は元々レフ族の……ヒイロ達のものだった訳か。魔物達は……主の為に土地取り返そうとしてたんだな……」
「どうだろうね……。でも、本能には刻まれてるのかもしれない」
魔物が多くても比較的平和な様に感じるアステ国……ここに来て騒動や不運が続くのはトシューラ国共々の因果応報。生まれ故郷ではなくとも今のシンには重い話である。
「……母さんには言うなよ、ライ?」
「分かってる。でも、レフ族の世話になってるからどのみち知るんじゃないかな……」
「レフ族の世話に……? どういうことだ?」
「あ〜……それも知らなかったのか……。アステ国の密偵って他国に居ないの?」
「いや……居る筈だが……」
「てことはクラウド王子が意図して隠してるのか。理由は分からんけど……」
「……?」
「本当はシウト国の問題だから秘密にしてたほうが良いんだけどね……兄さんだから伝えとく。シウトは今、王位争いで内紛中なんだよ。で、母さんはカジーム国へ避難中。父さんは軟禁されてる」
「!?」
シンはそれまでで一番の驚きの表情を見せた。
「どういうことだ?」
「言ったまんまだよ。まあ、父さんには守りが付いているから安心して良いけど」
「……くっ!」
これはシンにとっても寝耳に水だった。苦虫を噛み潰したような表情で拳を握っている。
「どのみちアステ国の大領主となった兄さんは敵国干渉になるでしょ?」
「そう、だが……しかし……」
「父さんは官吏としての責務でわざと逃げないんだよ。母さんはね? 兄さんはもう大人だから大丈夫だって言ってたよ。だから兄さんは今の立場として大事なことをやれば良い」
それでも……つくづく親不孝だとシンは思った。自分ばかりを優先し何も恩を返せていないのだと。
そんな様子を見たライは苦笑いでシンの肩に手を置いた。
「兄さんの感情的なところは初めて見たかも」
「そう……だったか?」
「俺が知る兄さんは真っ直ぐ前しか見てない印象だったよ」
「フッ……。そうでもないさ。迷いはずっとあった。強さなんて果てが無い。でも大事なものを守るにも力は必要だった。俺はお前やマーナが戦いに出なくても済む世界にしたかった……今更の話だけどな」
シンはその為に研鑽を続けていた。だが、時が経つ程に世界は複雑で残酷だという現実を突き付けられる。妹は大きく成長し自分よりも名を馳せ、弟は旅に出た後に行方不明となった。
シンの子供の頃の願いは既に遠いものとなったのだ。
そんな心を知ってか知らずかライはニンマリと笑う。
「兄さんは昔から真面目過ぎるんだよ。でもさ……これまでの道で得たものは嘘じゃないでしょ? 俺も何とか並んで立てるようになったし、今の優先はナタリアさんの筈だ」
「……。お前は芯の部分は変わらないんだな……」
「ハハハ……それより時間が勿体無いから話を戻そう。幾つかの問題解決は手伝えるけど、先ずは紫穏石からかな」
今回は精霊を使わない為に一度地上へと降り魔法式を展開。チャクラの能力 《千里眼》にて地下の状態を確認し岩盤ごと紫穏石へと変化させる。
「これで良し、っと。さて……次の領地まで飛翔しながら少し話そうよ」
「……。そうだな……。七年振りだ。聞きたいことや話したいこともある」
昔話を交えつつ互いの今に至るまでを簡潔に語るライとシン。特にライの怒涛の旅はシンも度々眉間にシワを寄せる程だった。
「先程の魔法もそうだが本当に驚かされるばかりだな。お前、魔法も苦手だっただろ。今は私よりも遥かに上だ」
「魔法の苦手を克服するコツは知り合った獣人の友達から教わったんだ。それからスパルタ師匠の指導で魔法は得意になった」
「大聖霊……と言ったか? そんな存在が居たことも知らなかった」
「それなんだけど、知識や伝承が捻じ曲げられてるのはどうも俺達の御先祖の仕業らしいよ? 情報の隠蔽にも何か意味があるっぽい。俺の旅も何となぁく仕組まれてたし」
「先祖って『バベル』のことか?」
「兄さん、バベルの名前は知ってたんだ。何処で知ったの?」
「エノフラハだ。遺跡の地下深くにバベルの遺産が眠っている。バベルの遺産は持ち手を選ぶよう術が施されていて、相応しい者が手にすると脳裏にバベルからの説明が流れる」
「そういえばマーナもそんなこと言ってた様な……」
「私が辿り着いた時点ではまだ多くの遺産が残っていた。バベルの子孫はそれだけ遺産を継ぐ可能性があるのだろう」
「う〜ん……どうだろね」
現時点でバベルの遺産継承が判明しているのはマーナ、シン、デルメレアの三名。遺産が多くあるならば託された者が少なすぎる気はする。
逆にライやルーヴェネト、ディルムなどバベル血統が判明している者でも受け継いでいない者が居るのだ。その差が分からないとライは口にした。
「ルーヴェストも幾つかバベルの遺産を持ってはいるらしい。ただ武器は自分に合わず結局譲ったとも聞いている」
「そんなこと出来るの?」
「可能らしいぞ。バベル血統同士限定ではあるが……それも持ち主に渡る為の流れの様だ」
「ってことは竜鱗装甲と同じか……。受け取った側もバベルの子孫なら有名な人?」
「名は知れているな。聞いたことはあるだろ? 氷の剣士ロクス」
トォン国に於いてルーヴェストに次いで名が挙がる実力者・『氷の剣士ロクス』はアムド討伐作戦にも参加していた人物である。
確かにライもその名を聞いたことはあった。ルーヴェストの功績の陰に隠れているものの単身で魔獣を倒した話もある。相当な実力者で間違いないだろう。
「あのロクスもバベルの子孫だったのか……」
「ルーヴェストの従兄弟にあたるらしいぞ?」
「それなら納得」
ロクスの本当の通り名は『氷河の魔剣士ロクス』──。
シンが聞いた話では、ルーヴェストとロクスが古い神殿の調査を行っていた際に隠し部屋を見つけたという。そこに安置されていた二振りの魔剣をそれぞれが入手……ルーヴェストはしばらくその剣を使用していたがどうも自分に合わぬと感じロクスに譲渡という形になったそうだ。
「ルーヴェストさんが剣……何か想像付かない」
「ハハハ。それは私も思った」
やがて話は今の生活環境の話へ……。
「そう言えばナタリアさんとはイズワードの居城で暮らしてるんだよね?」
「ああ」
「ナタリアさん……お義姉さんは美人だって聞いてるよ。自慢の姉なんだってクリスティはいつも言ってる」
「ああ。とても素晴らしい女性だ。彼女が居ることが私の全てになった」
「兄さんがそこまで言うならきっと素敵な人なんだね。いや……だからこそ結婚したのかな」
朴念仁でもあるシンが結婚したことに驚きはあったが、同時にそれだけの出会いがあったのだろうとライは心から喜んだ。
「ところで……お前の方はどうなんだ? ルーヴェストの話ではハーレムを作ろうとしていると聞いているが……」
ジトッとした目でライを見るシン。ライは脂汗をダラダラと流し半笑いである。
「くっ……ルーヴェストさんめ……!」
「本当なのか?」
「そ、それは誤解だ!」
「蜜精の森に造った城で複数の女性と同居していると聞いたぞ?」
「ま、間違ってはいないけど、同居人は男も居るんだ。先刻も言ったけどマーナも一緒なんだよ? 寮みたいに共同生活してると思って貰えれば……」
「そうか? ……お前の生き方をどうこう言うつもりは無いが、クリスティが泣くとナタリアが悲しむから自重してくれよ?」
「ぜ、全員清らかな関係だから安心して」
「………なら良いが」
まだ微妙に疑いの視線を向けるシンに耐え兼ねたライは何とか話題を逸らすことにした。
「そ、それにしても……母さんは貴族出身とは聞いてたけど、まさか大領主イズワード侯の娘だったとは思わなかったなぁ〜。祖父ちゃん、兄さんが跡取りになって喜んだでしょ?」
「ああ。私は母さん似だから特にな。折角だからこの後お前も会って行くと良い」
「そうしたいのは山々だけどね……。今は本当に時間が無いんだ。現時点での俺の立場も悪いし、全部落ち着いたら改めて会いに行くよ。ナタリアさんとも話をしたいからね」
「分かった……待ってるからな。………。見えて来たな。あの山を越えた先がニフラース領だ」
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