第六部 第七章 第十六話 プリティス司祭戦②


「ぐっ!ぐぐく……クク……ハッハッハ!」


 シュレイド対プリティス司祭戦──。


 シュレイドは攻撃が炸裂した直後も油断せず様子を伺う。


 一方、背中から鮮血が噴き出し肩口に深い肉の切れ目が見えるにも拘わらず司教はニヤけた顔のまま振り返った。

 それは既に人と呼ぶには異常な事態……。


「やはり、邪法で怪物と成り果てていたか……」

「失礼な方だ。私は教祖様から偉大な力を与えられたのですよ。私は間もなく羽化する……そして天使へと生まれ変わるのです」

「そうか……。だが、それを私が待ってやる義理はないな」


 火属性連続飛翔斬撃。司教は瞬く間に炎に包まれ人の形を失った……かに見えた。

 しかし、炭化し崩れたように見えた肉塊の中から異形の影が飛び出す。


 最早人の形ですらない黒い固まりは、みるみる変化し巨大な黒い芋虫の様な形状を生み出した……。


『ハハハハハ!私はこれで更なる力を手に入れた!愚かな人間よ……天使たる私の前に悔い改めよ!』

「その姿が天使……?悪い冗談だな。私を虫ケラ呼ばわりしたお前が芋虫の姿とは、一体どんな冗談だ?」

『な、何だと!?私は蝶になった筈だ!!』

「………憐れな。お前の何処に翼がある?」


 芋虫の側部には赤ん坊の様な小さな手が一列に尾まで続いているのだが、それが懸命に自らの身体を探っている。

 しかし、手は小さく短く背中には届かない。その動きは芋虫そのものよりも更に不気味で、トウカは思わず顔を顰めている。


『………。フフフ。貴方達には見えないのですか?私のこの高貴な翼が!』


 芋虫の背がメリメリと音を立てる。そして生えたのは翼ではなく大きな腕……懸命に羽ばたく仕草を見せるが、シュレイドは少し呆れていた。


(これは気持ちが悪いな……クリスティーナ殿辺りは大丈夫だろうか?)


 そんな心配をしながらも、シュレイドは芋虫司祭の魔力が高まっていることを感じ取っている。


(進化するに従い魔力を増すか……これでは確かに魔獣だな)


 シュレイドは再び魔法剣の連続斬撃を放つ。属性は氷……しかし、芋虫の手が凍り砕ける端から再生を繰り返す為意味を為さない様だ。


「シュレイド様……お手伝い致しますか?」

「いや……本当に困った時はお願いするので待って貰いたい。それに、あの姿と戦うのはお嫌だろう?」

「それは……出来るならば避けたいですが……」


 トウカも女の子。グロテスクな存在を相手にするのは当然嫌な筈だ。それに、苦笑いのシュレイド自身もそろそろ見るに堪えないと思い始めていた。


「プリティス教司祭……もし怪物ではなく、人としての死を望むならば叶えてやろう。それとも怪物としてでも生きたいか?」

『怪物だと?この天使たる姿すら知らぬ愚かな人間め……ならば我が真なる力の元、真なる絶望を知れ!』


 宣言と共に芋虫司祭は更なる進化を開始……。 

 進化中は魔法も斬撃も高速再生により傷が塞がってしまう様で、シュレイドは度々魔法剣を放つも効果がない。


 そこでラジック製魔導刀を地に突き刺し効果を発動。大地から鋭利な岩が突き出し、芋虫司祭を蹂躙……再生を繰り返す間もなく千々に分断された。

 それを確認したシュレイドは再び火炎魔法剣により肉塊全てを燃やし尽くす。


(これなら流石に……)


 そうシュレイドが考えたのも束の間……炭と化した残骸は一所に集まり始めドス黒い繭を形成する。

 やがて繭は赤く変化し脈動を始めた。


「………」


 あまりに高い再生力──。流石にシュレイドも倒せるのかという疑念が湧いて来た………。


「魔力核を正確に破壊せねば駄目か──厄介な」


 高まる魔力を繭の中から感じているシュレイドは、最悪の場合トウカだけでも逃がそうかと考えていた。


 一方トウカは、シュレイドの実力ならば倒せると判断し戦いを見守っている。それでも完全に任せて移動しないのは、不測の事態に備えてのこと。


 トウカは今回、自らの役割を犠牲を減らすことと定めている。

 そして倒すことは容易でありながらも前に出ないのは、戦う者の成長を妨げぬ為。


 無論……求められれば手助けをするつもりだが、シュレイドはこの戦いの中でも己の成長を研鑽している。その姿にライが重なり大人しく見守ることに決めたのだ。


 それに……トウカにも利が無い訳ではない。



 シュレイドはペトランズ大陸の実力者の中では珍しい剣主体の戦い。家系に伝わっていた『アルバー流剣術』に他の流派の剣技を組み込んだ二刀剣術『アルバー双刃流』は、トウカにとっても興味深いものだった。


(刺突と斬撃の二種を左右で不規則に……不思議な剣術ですね)


 それを二刀流で熟すシュレイドは称賛に値した動きだった。

 魔力は纏装と魔法剣に絞り戦う姿から剣士としての信念を感じたトウカは、やはり見守ることに終始することとなる……。



 やがておぞましき赤黒い繭から現れたのは、背中に蝶の羽根……ではなく、人の腕が幾本も生えた人型。但し、その顔には司祭の面影はない。


 人の輪郭を残しているが、髪……それに鼻と耳はなく、大きく裂けた口が二つ。残った部分は幾つもの目がキョロキョロと動いている。

 身体は筋肉質な大男といった風体で赤く脈打つ血管が浮き上がり、肌は斑な痣が浮かんでいる。その手には最初に持っていた杖がいつの間にか握られていた……。


 魔力は既に魔獣と呼ぶに相応しいもの。が、如何せん見た目が醜悪過ぎてシュレイドも顔を顰めている。


『ギギ……ベリゼ……レム……ズ……』

「……芋虫の頃よりも知性が下がるのか。やはり人には魔獣の力など手に余るということだろう。だが……」


 ギリッと歯噛みしたシュレイドは自らの内から溢れる怒りを感じていた。


 目の前の男がどんな人生を歩んでいたかは知らないし興味も無い。しかし……それでも今の姿には人としての尊厳など見当たらない。

 こんな真似を平気で行う邪教にはホトホト吐き気がする……シュレイドは益々腹が立った。


(せめて迅速なる解放を……)


 自分にはその程度のことしかできない……そう判断したシュレイドは、自らの真の能力を開放した。



「ぬ!何じゃ、あれは?」


 メトラペトラがその目で確認したのは、銀色の闘気──初めて目にする光は知識ある大聖霊でさえも興味を示す力。


 銀色の闘気は半魔人化したシュレイドが研鑽の末に辿り着いた答えである。


「確か獣人達はこう祈るんだったか……『命は大地に還り再びこの地に戻る。願わくば、心は家族の元に帰れることを祈る』──お前にも家族がいた筈だ。せめて心だけは家族の元へと帰れ」


 銀色の闘気を纏い瞬時に司祭に詰め寄ったシュレイド。その剣撃に反応した司祭は無意識に杖で応戦……更に二つの口から炎と毒を放つ。

 しかし、シュレイドの銀の闘気に触れるや否やそのどちらもが魔力に変換され霧散した。


 触れる魔力を霧散させる闘気──シュレイドはこれを【散華光さんげこう】と呼んでいる。



 以前ライが獲得した“ 不安定な覇王纏衣 ”……シュレイドも研鑽の過程でそこに至った。

 ただ、ライと大きく違ったのは目指す到達点。メトラペトラの指導の元【黒身套】を順調に目指したライと違い、シュレイドは持ち得た力の活用を探り続けたのだ。


 そこで目を付けたのは、不安定さ故の反発力。生命力・魔力の完全な調和ではなく、その反発する力を戦いに転用出来ないかと考えたのだ。

 その内に完全な覇王纏衣に到達しても研鑽を続けたシュレイドは、遂に反発に指向性を持たせることに成功したのである。


 魔力寄りの不安定な覇王纏衣と、生命力寄りの不安定な覇王纏衣……その性質を維持した二つを絶妙なバランスで重ねることに到達したのが【散華光】だ。


 散華光は二層一対の均衡という性質で最大四層二対までしか重ならないが、シュレイドも未だその領域には至っていない。今の力ですら維持に相当の負荷が掛かるのだ。


 散華光の特性は防御で受けるのではなく魔力そのものを散らすこと。それが毒であれ魔力が元で生み出されたならば例外なく散る。

 但し……防御力は黒身套よりも劣る為、普段は覇王纏衣の研鑽を続けている。シュレイドは最終的には戦況に応じて『黒身套』と『散華光』の切り替えを目指しているのだ。


 消滅属性に近い亜種覇王纏衣……その最大の特長である魔力霧散は、当然魔力が宿る生命にも影響を与えることが出来た。


「哈ぁぁぁぁっ!」


 繰り返される剣と杖の交差……しかし、二刀による優位で司祭の身体は瞬く間に断ち切られてゆく。腕を全て切り落とした後、視覚纏装【流捉】により魔力核を見抜き心臓共々剣で突き刺した。

 同時に【散華光】の出力を最大に……これにより司祭の中に存在した魔力は霧散。その肉体も下半身を残して消滅した。


「ふぅ……」


 【散華光】を解除したシュレイドは大きく肩で息をしている。そもそも不安定な力を調整する技法は普段からの使用に向かず消費も激しいらしい。

 それはシュレイドの研鑽あればこそ成し得た力──メトラペトラはそれを改めて理解した。


(コヤツも本来ならば勇者の器かぇ……。……。今のこの世界は少し異常かのぅ。本来ならば覇王纏衣を扱う者すら稀だった筈じゃ。半魔人、魔人、竜人……その数も妙に多い。黒身套なぞは数世代に一人が当たり前だった筈じゃぞ?)


 妙な胸騒ぎが消えないメトラペトラ。その予感は数年内に的中することを知らない。



「さて……トウカ殿。済まないが私は一度下がる。あの技は負担が大きくてね……」

「わかりました。取り敢えず後衛までお送りします。その後に私は他の方達の支援に向かいますので」

「済まない。君も気を付けてくれ。そうでないとライ殿に申し訳が立たない」

「大丈夫です。私はこう見えても強いのですよ?」

「それは理解しているさ」


 シュレイドが力を惜し気もなく力を出したのは、トウカのその実力を感じ取っていたが故だ。



 名も知らぬプリティス教の司祭はこうして倒された。

 そして……この時点でルーヴェスト、マーナ、マリアンヌは司祭達を瞬殺。マリアンヌは他者の支援へ……ルーヴェストとマーナは更に先の結界展開を始めている。



 飛来したプリティス司祭の内、倒されたのはまだ凡そ半数。

 邪教討伐は序盤……そして場面は他の者達とプリティス司祭との戦いへと移る。

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