第六部 第七章 第十七話 プリティス司祭戦③


 プリティス教司祭との戦いは続く──。




 その過程に多少の違いはあれど、殆どの者はシュレイドが対峙したプリティス教司祭と同様の流れで開戦している。


 神の威光を語り、話し合いに応える素振りも見せず交戦開始……。その後、実力差により追い込まれ魔獣の邪法により変化。芋虫型に変態するところまでは全員同じだった。


 その後の最終的な形態こそ違えど、やはり禍々しき力に頼り怪物化を果たす。そして口を揃えて自らを天使と名乗るのだ。



 そうして変化したプリティス司祭に対し一番憤慨しているのは真なる天使──。マレスフィは天使としての誇りからその胸の内に闘争心を燃やしている。


「落ち着け、マレスフィ」


 見兼ねたアスラバルスは背後から声を掛ける。共に戦わずマレスフィの姿を見守るのは、トウカ同様に戦う者の覚悟を汲み取りその成長を妨げぬ為……。


「アスラバルス様……しかし……」

「聞け、マレスフィよ……怒りを持つなとは言わぬ。我等に感情が与えられているのは神の御意志。その意味を考えよ」

「意味……ですか?」

「そうだ。我等の感情は世界を理解する為のもの。法則や理屈という意味ではなく、命ある者の心を知る為のものだ」

「心……」

「そして天使は、その心の中心に慈愛を据えねばならぬ。己の怒りに飲まれるのではなく、慈愛の目で怒りを理解せねばならぬのだ。そして考えよ……感情を与えられた意味を」


 マレスフィは一瞬戸惑いはしたが、直ぐ様アスラバルスの言葉を理解した。

 確かに感情は力に成り得る──しかし、それは危険なものでもあるのだ。


 天使達は人が過ちを犯す様をずっと見守ってきた。感情に飲まれその身を滅ぼすだけでなく、周囲を大きく巻き込み救いようが無くなる様子さえも……。


 それを理解しつつ悲劇を繰り返さぬ様に助力・尽力する……それこそが天使が感情を与えられた意味だとアスラバルスは語る。

 その為には感情そのものに従うのではなく根幹に確かな芯がなければならない。それが慈愛なのだと。


「我等天使が感情のまま動けば何時か人と同じ過ちを犯すだろう。それでは真の力を得ることは出来ぬ。良いか、マレスフィよ……己の存在が神の慈愛を宿すと知れ。その上で戦う覚悟を理解せよ。セルミローの秘蔵っ子であったお前ならば必ず解る筈だ」

「はい……」


 深い深呼吸を一つ……マレスフィはそれで冷静になった……。


 眼前の異形は蝙蝠の様な皮膜の翼を持ち、全身が赤い体毛に覆われている。頭部が無く胸に大きな目が一つ……頭部があった場所からは先に口の付いた触手が五本伸びていた。


 既に人ではない……魔獣を利用した邪法は、恐らくエクレトルの技術でも元には戻せないだろう。

 どのみち無力化させて連れ帰るには厄介すぎる相手……より多くを生かす為の決断が必要だった。


 自らの手を血に染める決断──アスラバルスの言う『慈愛』の意味を何度も確認し、マレスフィは己の意思を固める。

 敬愛していたセルミローが背負っていた覚悟の重さ──それを今、本当の意味で理解したのだ……。


「ありがとうございます、アスラバルス様……。もう大丈夫です」

「うむ。見守らせて貰うぞ、マレスフィよ」

「はい!」


 マレスフィは斧槍を構えると、契約印を発動。それは以前ライとの手合わせで見せたものとは別種の契約印……聖獣契約である。


 現れたのは鷲獅子──鷲の頭に翼ある獅子の身体を持った聖獣だ。


 そして更に……。


「ファーン!」

『承知!』


 鷲獅子『ファーン』は光となりマレスフィの中に吸い込まれる。そして放たれる眩い閃光──アスラバルスは思わず声を漏らす。


「お、おお……。マレスフィ……お前は………」


 聖獣融合……人でいう【御魂宿し】を天使が行うことは、更なる高みへと至る力を意味する。


 四枚の翼を持ったマレスフィは《聖天迎せいてんごう》の力を体現したのだ……。





 天使マレスフィはエクレトルに於いて『最後に生まれた純天使』である。


 魔力体が元である純天使の寿命は、本来永遠と呼べる程に長い。それでも神の意思に従う中で傷付き力尽きるということも起こり得る。

 その場合、純天使同士が足りぬ魔力を合わせることで新たな純天使として生まれ変わっていた。


 かつて数十万存在した純天使達……。しかし天魔争乱の際に『天の裁き』から人を救う為、その多くが犠牲になった。残った者も帰参出来ぬまま地に降り人となったのだ。


 大幅に数を減らしながらも残った純天使は、その後も数多くの脅威存在との対峙により少しづつ数を減らしていった。現在、純天使は二十名も存在しない……。



 二十年程前……突然一体の天使が自ら融合を志願した。セルミローが事情を確認すると、その天使はただ『必要なのだ』とだけ答えたという。

 そして同時期にもう一体……同じことを口にした天使が居た。


 至光天が改めて確認したところ、二体は同じ天啓を受けたのだという。神の不在の現在、天啓を与えられるのは大天使ティアモントのみ。しかし、確認するとティアモントは無関係だった。


 話を聞いたティアモントは二体の天使に触れその意思を確認し、融合の許可を与えた。しかし、その理由は語られることは無かった……。


 新たに生まれ変わった天使は赤子の姿から少女、そして大人へと瞬く間に成長を果たす。それがマレスフィ……最若の純天使である。


(その過程があった故に聖天迎に至ったか……。しかし、いつの間に聖獣と出会ったのだ?)


 多忙だったアスラバルスは当然その経緯を知らない……。



 実は分身ライがエクレトルにて指導を行っていた際、マレスフィの更なる成長について語り合っていた。そして成長の可能性として語られたのは、アスラバルスと金獅子ノーディルグレオンの融合である《聖天迎》──。


 マレスフィがその領域に至れるかは別として、聖獣との契約自体には大きな意味がある。そこでライはマレスフィに相応しい聖獣を《千里眼》を用いて捜索。



 ここで問題だったのはマレスフィが『戦う為』に聖獣を求めること。

 聖獣は戦いが好きではない。守る為にならば力を貸してくれる点については、ライが何度かマレスフィに説明をしていた。


 そうして逢いに向かったのが鷲獅子。鷲獅子は聖獣としては非常に稀な勇猛なる存在……マレスフィの心意気と同調し割とあっさり打ち解けたのである。

 そして『ファーン』と名付けられマレスフィとの契約に至った。



 ライも驚いたことだが、《聖天迎》は短期間で達成された。両者はそれ程に相性が良かったのである。


「邪教徒よ……貴方が我々と違う神を信仰するのは構いません。それは自由……しかし、多くの者を苦しめる様な行為は断じて許す訳には行きません」

「グギ?ヘリゼ・レムズ!ベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズベリゼレムズ!」


 『司祭だったもの・赤』は複数存在する触手の口で一斉に騒ぎ始めた。

 マレスフィがアスラバルスに視線を向けると、困ったように首を振っている……。


(この者を救うことは出来ないのですね……?)


 先程は不快さで怒りを感じたマレスフィ……しかし今、その胸には慈愛からくる哀しさを感じていた。

 司祭だった者が本当に望んで怪物と化したのか……操られたのか、洗脳されたのかは判らないが、あまりに救われない。


 マレスフィは目の前の怪物の為に涙を一筋流した──。


「ならば……魂の輪廻に還すのがせめてもの救い。行きます!」


 四枚の翼を大きく広げ力を解放したマレスフィは、その背後に発生した光輪により推進加速……それはまさに神速と呼ぶに相応しき速さ。


 掠めるようにマレスフィが脇を抜ければ、その衝撃波で『司祭だったもの・赤』が吹き飛ばされる。キッチリ斧槍でも攻撃していた為に、その脚は遥か離れた場所に音を立て落下した。


 しかし『司祭だったもの・赤』は、その高い再生力で瞬く間に脚を復元。その様子を確認したマレスフィは即座に更なる力を開放した……。


 四枚に増えた翼にはそれぞれ精霊を憑依……炎、風、雷、そして神聖属性を宿し、相手を中心に円を描くよう移動。やがて炎と雷を纏った竜巻が発生──『司祭だったもの・赤』を飲み込み暴威で蹂躙しながら上空へと巻き上げる。


 更にマレスフィは『司祭だったもの・赤』に斧槍を向け一気に上空へと飛翔。全ての魔力を槍先に凝縮し天に放った。



 聖天迎・《聖天雷火》



 対象をただ滅ぼすのではなく、全て浄化し魂までも救済する技……。それは、マレスフィのせめてもの手向けだった。 


「本当に見事だ。よくぞここまで……」

「ライ殿のお陰です。ファーンと……聖獣・鷲獅子と出逢わせてくれただけでなく、力に少しでも慣れるようにとずっと手合わせを……」

「そうか……」


 この場にこそ居ないが、確かに勇者ライは力を貸してくれていた……それをアスラバルスは理解した。


「アスラバルス様……。私はこのまま他の方を救いに……」

「無理はするな、マレスフィ。他の者も実力者……心配は要るまい。戦いはまだ続く。今後に備え少し回復に努めよ」

「ですが……」

「より多くを救いたいのだろう?ならば自愛を忘れぬことも肝要だぞ?」

「はい……ありがとうございます」


 アスラバルスはマレスフィに寄り添う様に後衛へと移動を始めた。


(フフフ……セルミローよ。お前の想いと教えは確かに受け継がれているぞ?)


 覚悟を決め行動を果たしたマレスフィは天使として確かな進化を始めた。

 いずれアスラバルスにすら届きそうな力を持ちながらも、確かに慈愛を宿した存在──名付けるならば『戦天使』といったところだろう。


 邪教との戦いの中でエクレトルを支える存在が成長したことは皮肉であるが、間違いなく大きな意味を持つ。これもまた運命か──。




 そして戦天使とはまた別の地でも、やはり天使が尽力していた。



 メトラペトラの指示によりアーネストの支援として駆け付けたアリシアは、親友エルドナから受け取った装備を身に纏い戦いに備える。


 一方アーネストは、無言でプリティス司祭が変化した異形との戦いを続けていた。


「支援致します!」

「助かる!アリシア殿……この異形は少々癖がある!気を付けられよ!」

「わかりました!」


 プリティス司祭戦は間も無く佳境──。ロウドの盾は確実に戦果を上げていた……。

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