第六部 第七章 第十八話 プリティス司祭戦④
プリティス司祭戦──。
シウトの騎士アーネストと合流し情報を得たアリシアは、上空に飛翔。同時にアーネストに各種支援魔法を使用しその援護に回る。
司祭だった者は既に人型を維持して居らず、四足に頭が四つという獣型……色は赤と黒の斑点という禍々しさで彩られていた。
そんな『司祭だったもの・斑』は自我を保った個体だった為、魔法による攻撃を仕掛けてくる。
更に……。
「………またか」
アーネストが呟くと『司祭だったもの・斑』は背後の風景に溶け込み姿を消した……。
『フハハハハ!神より授かりし力……とくと味わえ!』
空間に響き渡るような声の為、居場所を特定することが出来ない。アーネストはそっと目を閉じ感知纏装を発動……しかし、『司祭だったもの・斑』の知覚は出来なかった。
ならばと目を開き視覚纏装【流捉】を使うもやはり姿は確認できない。
(厄介な力だな………)
それは奇しくも暗殺集団サザンシスの技法に近い力……ほぼ完全な隠密を捉えることは困難だった。
そうしてアーネストの背後に音もなく近付いた『司祭だったもの・斑』は、ほぼゼロ距離から魔法を放つ。
しかし、上空から魔法発動の予兆を確認したアリシアは素早く【盾】の機能を発動。
アリシアがフェルミナから渡された白地に黄金を組み合わせた丸盾『友愛の盾』は、見た目通りの防御特化神具。金の竜鱗装甲『護りし者の衣』と連動し力を循環している。
未だ魔法を高速詠唱出来ないアリシアに代わり盾が魔法陣を展開、光の柱──防御魔法 《光絶陣》によりアーネストを魔法から守った。
「アリシア殿か……助かった」
『いいえ。しかし、厄介な相手ですね……』
「うむ……見えない、聴こえない、ではな……。先程から何度か攻撃を受けているが、ラジック殿の装備のお陰で何とか無事。しかし、このままでは……」
念話による意思疎通の後もしばらく同様の駆け引きが続く。そんな中、様子を見ていたアリシアは上空から確かに手掛かりを見付けた。
意を決し地上に降りたアリシアは、アーネストと背中合わせになり小声で打ち合わせを行う。
「空間魔法による転移の類いかと思ったのですが、どうやら実体は存在する様ですね……恐らくあの斑な皮膚による擬態の類いかと……」
「つまり、正しい方角に攻撃を行えさえすれば当たる訳か……」
「恐らくは。そこで策があります。私が動きを止めますので、アーネスト様は敵の位置を確認できた際に仕留めて下さい」
「その策……アリシア殿に危険は無いだろうか?」
「大丈夫です。お任せ下さいますか?」
「……わかった。頼む」
再び上昇したアリシア。と……そこに『司祭だったもの・斑』の声が響く。
『目障りな偽りの天使よ……。先ずは貴様からだ!』
「くっ……!しまった!アリシア殿!」
アーネストは叫ぶ。何もない空間から魔力の光が現れアリシアの元へと放たれるのを確認したのだ。
だが……叫びも虚しく雷光がアリシアに直撃──したかに見えた。
『何っ!』
アリシアの周囲には青く光る盾が幾つも浮遊している。盾はまだ残された雷の魔力を吸い込んだ後、丸盾に重なり消えた。
『友愛の盾』は防御特化──しかもライの鎧を解析し改良された『護りし者の衣』と同期している。結果、盾にはライの得意な《吸収魔法》が付加されていた。
吸収した魔力は盾、鎧、そして装備主のアリシアに還元される。アリシアはエルドナの友情を有り難く感じていた。
(まるで身体が羽根の様……ありがとう、エルドナ)
吸収した魔力を利用し今度はアリシアが反撃に出る。盾を大地に向けて放ったのは重力魔法 《天空の制圧》……アーネストを対象から除外した広範囲重圧魔法は、大地を巨大な円状に窪ませた。
『ぐあぁぁぁっ!』
高重力で押し潰された『司祭だったもの・斑』は、やがて隠形を維持することが出来なくなった。その圧力で押さえ付けられたまま唸っている。
(……凄いな。これは神具の力なのだろうが……ともかく、これなら楽に行けそうだ)
そんな高重力の中をゆっくりと進むアーネストは『司祭だった者・斑』の前に立ち斧槍を構える。
「大人しく投降するならば……」
「フン!偽りの天使に加担する者共……貴方達の終わりの日は近い!どのみち貴方達はこの聖地から出られまいが……」
「そうか。残念だ」
斧槍の先に覇王纏意を凝縮したアーネストはそれを一気に降り下ろす。光の鎚と化した力は『司祭だったもの・斑』の魔力核を難なく圧砕した……。
同時に《天空の制圧》が解除され降りてきたアリシア。互いにほぼ怪我も消費もないという見事な勝利だった……。
「私はこれから前進し結界を拡げる。アリシア殿はどうする?」
「私は他の方の様子を見に向かいます。まだ大きな力を感じますから……」
「分かった。気を付けられよ、アリシア殿」
「はい。アーネスト様も」
それぞれ役割を確認し行動を再開。
これまでのところ戦況には問題はない。寧ろ順調過ぎるとメトラペトラが考える程だ。
(うぅむ……邪教とはこの程度じゃったのかぇ?少し過敏だったかのぅ……いや、戦力を考えれば優れた者も多い故か。エルドナやラジックなどの優れた武器開発者も居る。しかし……)
何故か安心しきれないメトラペトラ……直感めいた不安が拭えないのは、邪教を過剰に警戒している故なのか自らも判断が付かない様である。
(ここにライが居れば間違いなく『トラブル発生』といったところじゃろうがの……)
メトラペトラは思わず失笑した。その思考が悪い流れを呼んだかはわからない……しかし、それはやって来た。
プリティス教総本山側からの増援……その程度は予想の範疇。飛来した司祭級も三十程と数を増やしているがそれも然したる問題ではないだろう。
だが………そこには確かに異様な気配が含まれていることをメトラペトラは感じ取っていた。
飛来した司祭達の中央で一際厳かな衣装を着用した男──魔力は司祭級と比べても数段上。
そして、その禍々しき気配に流石のメトラペトラも反応を見せた。
(やれやれ……ライが居なくともトラブルかぇ。いや……これは寧ろ当然かのぅ。やはり邪教ならばこうなるということじゃな)
メトラペトラと対峙する様に飛翔する三十余名の邪教徒……。その中央にて、男──大司教トレイチェは高らかに告げる。
その声はトゥルク全土に響き渡る程に澄んだ声だった。
「ようこそ、ロウドの盾の皆様──我等が歓迎の挨拶はお気に召しましたかな?」
その声に反応したアスラバルスが地上よりメトラペトラの元に飛翔する。
「大司教トレイチェか……」
「お久し振りですねぇ。アスラバルス殿……一度目の大陸会議以来ですかな?」
「そうだな……。して、“ 歓迎の挨拶 ”にしては随分な対応だと思うのだが?」
「ハッハッハ。お気に召したようで何よりですよ……。しかし、我々としては少々物足りませんでしたな。『偽りの神』の使徒である貴方達が、我が物顔で神の代行を名乗る……その罪への制裁にはね?」
「偽りの神……だと?」
アスラバルスは冷静さを崩さない。邪教と言っても単純に人の妄想から来る場合もある。
そもそも一部の者達しか知らない筈の邪神……それを人間が知り教義にできる筈がないのだ。
しかし……トレイチェから感じる強大な力は明らかに魔王級。自ら魔王を名乗らず邪神を掲げることについてはかなり疑問がある。
そして気になるのは、トレイチェの『大司教』という立場──『教祖』という更なる存在こそが全ての元凶ならば、その者の力こそ得体が知れない。
「我々を偽りの使徒と断じる者よ……ならば聞こう。貴様達の神の名は何だ?」
アスラバルスは念入りに確認している。ここでロウド歴代の神の名が示されれば、ただ歴史の中で神聖教の教義が歪んだことを意味する。結局は人の作り上げた邪教でしかない。
しかし、トレイチェは穏やかに微笑んだまま答えない。
「答えよ!貴様らの神の名は何じゃ!」
「答える義務はありませんよ。我等の神の名は我等の中にあれば良い……その名を口にして良いのは偉大なる教祖様のみという決まりです」
「くっ……」
「知りたければ教祖様から直にお聞きして下さい。と言っても、貴方達はここで終わり……此処から先には進めませんよ?」
トレイチェがパチリと指を鳴らした途端、空に黒い魔法陣が三つ出現……。それを確認したプリティス教司祭達は恍惚の表情を浮かべ高らかに叫ぶ。
「ベリゼ・レムズ!」
「我等を糧に降り立ち賜え!」
「ベリゼ・レムズ!」
「偉大なる神の為!」
「ベリゼ・レムズ!」
「この身を捧げる!」
「ベリゼ・レムズ!」
「ベリゼ・レムズ!」
「ベリゼ・レムズ!」
「ベリゼ・レムズ!」
「ベリゼ・レムズ!」
【ベリゼ・レムズ──真なる神と共に】
プリティス教司祭達は一斉に上空の魔法陣の中へと飛び込み始めた。飛び込んだ端から何かが潰され砕けるような音と共に、魔法陣からボタボタと血が滴り垂れて行く。
しかし、その血は大地に落ちることなく宙に溜まり始めた。
「ちっ!来るぞよ、アスラバルス!」
メトラペトラが概念力で消し飛ばそうとした途端、更なる魔法陣が二つ……円柱展開しメトラペトラとアスラバルスを閉じ込めた。
「小賢しい真似を!」
発動したのはメトラペトラの概念力による【消滅】──しかし、その力は掻き消された。
「な、何じゃと!」
「フフフ……無駄無駄。それは教祖様が自ら張った結界……打ち破れる訳がありません」
「ば、馬鹿な……。ワシの概念力で壊せぬじゃと……!」
アスラバルスにとってもそれは予定外だったらしく、流石に驚愕の表情を浮かべていた。
メトラペトラを封じるには、少なくともバベル並の力を持たねばならない。現時点でライとの繋がりが切れているとしても、今のメトラペトラは己に掛かった封印をかなり破っているのだ。
そして、それはある可能性に辿り着く……。
「まさか……神衣か!」
「何だと!では、プリティス教祖は……!」
「神格に手を伸ばした者……。くっ!これは不味いぞよ!」
「ハッハッハ!我らが神に逆らう愚かな者達よ……。自らの仲間が討ち果たされる様を指を咥えて見ているが良い!」
ここに来てライの不在が真に痛手となる事態……。
トレイチェが高らかに笑う中で、プリティスの邪教討伐戦は一気に形勢が変わってしまった。
迫る脅威……トゥルク邪教討伐作戦には、まだ更なる混乱が待ち構えている。
勇者ライは間も無く混乱の中に現れる……。
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