第六部 第七章 第十五話 プリティス司祭戦①
トゥルク査察が邪教討伐へと変更された翌日……つまり、【ロウドの盾】トゥルク滞在二日目──。
結界を張りつつプリティス教総本山へと向かう者達は、やはり楽には進めない。
覚悟を決めたといっても人道的な拿捕を選ぶ者は多い。前進するに従ってプリティス教徒は数を増し、各々判断を試される。
それでも力ある者達は難なく進むが、問題は拿捕した人数とその移動……。
犠牲の無いロウドの盾に対し、プリティス教は死者・捕縛者を合わせて二万人弱。捕縛者の移動だけでも尋常ならざる労力となっている。
拿捕した者を纏める度にメトラペトラがアムルテリアの元に送り『金属の像』へと変えているが、対応が間に合わず途中からサァラと星杖エフィトロスも転移魔法で運搬役を担っている。
更に、シルヴィーネルも竜化して空からの運搬に徹していた。
そうして結界によるトゥルク国土確保も半ばを過ぎた頃───突如として現れた存在に行く手を遮られることとなる。
現れたのは凡そ十名程のプリティス教徒。だが……その姿は平民ではなく司祭の衣装。
真っ赤な法衣に身を包み宙より飛来した存在は、進行を防ぐように国土全体へと展開していた。
「プリティス教の司祭……。奴等もいよいよ本気になったということか……」
前日と変わらず空から戦況を俯瞰しているアスラバルス。メトラペトラは共に戦況を見守りつつ、時折 《心移鏡》を使用し拿捕されたプリティス教徒を転移させていた。
「さて……民を平気で使い捨てにする奴等ならば、此奴らも時間稼ぎの捨て駒やも知れぬぞよ?ワシは寧ろそちらの可能性が高いと考えておるがのぉ………」
「うぅむ……」
「悩んでも仕方はあるまい。じゃが、邪教は何を仕出かすか分からぬ。油断出来ぬぞよ?」
空から降り立った司祭達に対峙したのは、当然ながら実力者達……。マーナ、ルーヴェスト、マリアンヌは当然のことながら、クリスティーナ、イグナース、シュレイド、マレスフィ、アーネスト、そしてトゥルクの勇者マレクタルがそれぞれ駆け付ける。
しかし、敵は司祭だけではない。変わらず平民プリティス教徒が迫る中、広範囲に対応できる魔術師サァラとファイレイは続けてそちらの対応に追われることとなる。
(ふむ……ちと不安がある者が居るのぅ。どれ……)
メトラペトラは、クリスティーナの元にランカを、シュレイドの元にトウカを、イグナースの元にはルルナリアを、アーネストの元にはアリシアを、マレクタルの元にはシルヴィーネルを援軍として向かうよう指示を出した。
「アスラバルスよ。お主も下に行けい。手は出さずとも見守ってやればマレスフィも心強かろう?戦況はワシが見ておくから安心せい」
「……。そうだな。済まぬが頼む」
アスラバルスが下降して行くのを見送ったメトラペトラは、もう一度戦況を確認した。
平民のプリティス教徒は戦力が皆無に等しいので、一部天使達が前衛に出ての対応を始めている。
現れたプリティス教司祭達は中位魔術師程度の実力しか感じないが、飛翔していることに加えその体内に不穏な気配があることをメトラペトラは見抜いている。
イグナースから伝えられたプリティス教司祭メオラの魔獣化……恐らくは同様のことが起こると予想している。
因みに、今回トォンの主戦力はトゥルクの周囲を固める役割に回っている。ロウドの盾に同行したのはトォンの一般兵で、実力を鑑み天使達の護衛やトゥルク王の砦の守りとして行動させている。
それは自国の防衛に主点を置いたトォン王マニシドによる判断……。
王としては非常に正しい選択なのだが、やはり組織としての【ロウドの盾】の問題点をメトラペトラに感じさせる結果となった。
(そこで勇者会議とやらか……。確かに高い個人戦力を誇る『勇者』を取り込めれば、今後の『ロウドの盾』は更なる脅威にも立ち向かえるじゃろう。あのルーヴェストとやらは存外切れ者じゃな。後は各勇者が何処まで応えるかじゃが………今は邪教徒討伐が先じゃな)
この先の不安は早めに潰すに限る。メトラペトラの最優先は邪教徒討伐……プリティス教を総本山諸共消し去ろうかと考えたメトラペトラではあるが、ライに嫌われるのはご免なので我慢することにした。
(全く……あの馬鹿弟子めが。何処をほっつき歩いておるんじゃかのぅ……)
未だ途切れたままの大聖霊契約に幾分の不安を感じながらも、メトラペトラは己の役割に徹する。
そうして始まった対・プリティス教司祭戦──。
その最初の対峙は、メトラペトラとアスラバルスが敢えて『戦闘』の数にすら入れなかった対決。
「………。何者かと期待していたのですが、まさか魔物とは思いませんでした。しかし……何故、あなたの様な魔物風情が人に協力をしているのやら」
司祭の一人が行く手を阻んだ相手はアムルテリアだ。
「………」
「やはり魔物……言葉を介することも出来ない存在は哀れですね」
「哀れなのはお前だ、人間」
「おや!まさか喋ることが出来ようとは……これは神の思し召し……」
「貴様如きが【神】を口にするな!」
「………!」
アムルテリアはそれまで封じていた力を開放……同時にその姿は変化を始める。
その身体は二回り程に大きくなり額のラール神鋼は大きな角に変化する。同時にアムルテリアの背には精霊刀が出現し、計十二本の刃が円陣を組むように展開された。
プリティス教の司祭はその圧倒的な力に驚愕する……。しかし、狂信故の無駄口が続く。
「ほ、ほほぅ……どうやら魔物にしては強力な……」
「黙れ……次に口を開けば貴様はこの世から消える」
「…………くっ!魔物如きが何を……」
そこで司祭の言葉は途切れた。
アムルテリアの眼前にあるのは只の石像と化したプリティス教司祭。その体内に感じた不穏な力も纏めて石化した為、一切の脅威は消え失せた。
しかし……アムルテリアの憤慨は消えない。アムルテリアにとって神とは特別なもの……人が架空の神を想像し奉ることは興味もないが、それを掲げ世界に仇なすことを許すことは出来なかった。
結果──アムルテリアは、その収まらぬ怒りを石像と化したプリティス教司祭に向けた……。
「神の名を汚すな!この愚物がぁぁぁ━━━━っ!!」
アムルテリアの精霊刀は融合し一つの巨大な光刃になる。先が螺旋型に捩れたそれを超高速で射出──石化したプリティス教司祭を硝子を割るかの様に突き抜ける。
当然、その勢いは止まらない。刃は轟音を立て微かに見えるプリティス教の巣窟たる岩山を穿ち抜いた……。
『……やり過ぎじゃぞ、犬公?』
『フン……』
『やれやれ。ライが見たらどう思うかのぅ?』
『…………』
実際ライが見たところで脅威と恐れることはないだろう。だが、アムルテリアはこういった感情的な面をあまり知られたくもないことも事実……。
結果───。
『……メトラペトラ』
『ん?何じゃ?』
『後で【竜葡萄】の美味い酒をやる。今のは見なかったことにしてくれ』
『………良かろう』
アムルテリアはメトラペトラを買収した……。
このアムルテリアの攻撃が合図となり、各司祭との戦いの火蓋が切って落された。
「おのれぇ!よくも我等が聖地にあのような……!やはり我々の国に無断で入り込んだ害虫は、神の名に於いて排除せねばなりません!」
「おかしいな……何度も呼び掛けていた筈だが……。その上、攻撃を先に仕掛けたのは其方のほう……無断ではない」
シュレイドとトウカが対峙した司祭は若い男……。
法衣に合わせた帽子を被り、その手に握る杖の先にはプリティス教のシンボルを象った飾りが付いている。
「……そんな屁理屈は聞きませんよ?」
「………。トウカ殿……私は変なことを言っただろうか?」
「いいえ。シュレイド様はおかしなことは仰有っておられませんよ?ライ様の話では、邪教とは会話が成り立たないものだと聞きましたが……」
「それは理解したよ。時折いる“ 殻に篭る者 ”という類いか……では、会話は無駄かな」
「ライ様ならばそれでも確認すると思います」
「成る程……では、私もそれに倣うとしようか。プリティス教の司祭よ……今からでは若干遅い気もするが、話し合いの場を設けるつもりはあるか?」
シュレイドの呼び掛けに対し、プリティス教司祭は微笑みを浮かべ答える。
「何故虫と語り合わねばならぬのです?あなた方はこの神聖なる地に土足で踏み入ったのです。その罪の救いは神に捧げられることでしか果たされません」
「交渉決裂……だけど、こうなったらライ殿は?」
「その場合は倒すと思います。シュレイド様……私はどう致しますか?」
「トウカ殿。この場は私に任せて貰えるかな?」
「分かりました。ご随意に」
「ありがとう」
トウカはシュレイドの意思を尊重し後ろに下がり見守ることになった。
「私の名はシュレイド。一応、お前の名を聞いておこうか……」
「虫けらに名乗る名はありませんね。どうせすぐに消えるのですから」
「名乗りも出来ぬ者とは、やはり邪教とやらの程度が知れるな」
「貴様……我が神を愚弄するか……」
シュレイドは腰の左右に携えた剣を同時に抜き放った。
シュレイドは二刀流である。ノルグー騎士が盾を構えるか魔法主体の魔法剣士であったのに対し、纏装主体の剣士であることを貫いた男だ。
それでも騎士団の中では芽が出ず、戦いより戦況対応を期待されていた。
シュレイドはある貧乏貴族の次男。家の復興を掲げる長男とは別の生き方を選んだ。己が身一つで己を証明する為に……。
今、シュレイドが構えている剣の一つはラジック製の魔導具。しかし、もう一本は実家を出奔する際に父から託された古き刀──機能は付いていないが決して折れない刃なのだという。
そしてシュレイドの父は言った。お前はこの刀の様に生きよ、と。
ノルグーで功績を上げたシュレイドは少なからずライの旅路を気にしていた。そして知った……弱かった筈の勇者は努力を続けたのだと。
それからシュレイドは修行の鬼に変わった。マリアンヌから修行を受け、その後は武者修行へ──。
爆発的な成長こそ無かったものの、着実に実力を伸ばし続けた。
そして彼は、遂に人として到達出来る高み──【半魔人】に辿り着いたのである。
同時に彼は、独自の技法も編み出していた……。
「我が名はシュレイド・アルバー……参る!」
覇王纏衣を発動したシュレイドは一瞬にしてプリティス教司祭に詰め寄り袈裟斬りに斬り付ける。しかし、司祭はその手の杖で難なく受け止めた。
その反応が武術を嗜んだ者の動きであることをシュレイドは見逃さない。
「むっ?お前は魔術師ではないのか?」
「フフフ……。我が教祖様より授けられし力を以てすれば、この程度は容易いこと」
「成る程……では、遠慮は不要だな?」
シュレイドは二刀を不規則に動かし突きと斬撃を繰り返す。やがて手数の多さに押され始めた司祭は飛び退きながら魔法詠唱を始めた。
しかし、シュレイドの動きはまだ速くなる。魔法詠唱を終える前に司祭の背後に回った後、交差させた剣で背中を切り付けた。
「ぐあぁっ!」
並みであれば致命傷……しかし、メオラという司祭が怪物化した報告もある。似たような邪法の可能性を考え、シュレイドは素早く距離を置いて様子を窺った。
そして……そんな嫌な予想は現実になる──。
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