第七部 第五章 第二十一話 それぞれの進化


 エイルがヒイロとの対話を始めた頃──ベルフラガは猟師貝を封印する為の策を講じていた。



 猟師貝は異空間の要──故に悪戯に封じてしまうことは異空間崩壊の可能性も否定できない。空間を維持しつつ封印する必要があったのだ。

 更に、空間の支配者だけあって地中でのその動きは海を泳ぐかの素早さ……精霊体化したベルフラガでも捕らえることが容易ではなかった。


 そこでベルフラガは、一度地上へと移動し、神具・回天万華鏡を発動。自らの分身を三体発生させる。


(分身の利便性はライとの戦いで理解しましたからね……利用させて貰いますよ)


 続けてベルブラガは自らの持つ空間収納庫から神具を三つ取り出し分身体に手渡した。


 実のところ、ベルフラガの分身はライの分身の様な多様性はない。ライの分身は意識の領域に於いても体現形状に於いても、恐るべき可能性を秘めた能力であることは言うまでもあるまい。

 離れていても共有できる効果領域の広さ、自立思考を後に統一知識側にも復元できる意識領域の応用力、そしてあらゆる形状へ変化が可能な多様性は他の類似能力とは一線を画す。


 対してベルフラガの分身は、転写した時点での意識と形状しか持ち合わせることしかできない。つまり定めたプログラムを実行することしかできないのだ。


 回天万華鏡の効果は飽くまで【転写】であり分身の為の神具ではないのでそれも仕方無きこと……。


 だが、それを含めても有用に使うことは可能である。その辺りはベルフラガであれば数多思い付くだろう。


「さて……では、始めましょうか」


 準備を整え精霊体へと変化したベルフラガ本体は再び猟師貝への追跡を開始。それに併せ分身ベルフラガ達も行動を始める。



 ベルフラガが再度地中へと突入した際、猟師貝は動きを止めあまり移動をしていなかった。異空間の要とはいえ、その身体の構築は魔物……当然ながら限界は存在する。

 これまで追い回されることを想定していなかっただろう猟師貝は初めて危機を体験したこともあり、疲弊の回復に努めていた……とベルフラガは推測した。


(……。時間を掛ければ追跡し続けて疲弊させることも可能の様ですが、時間が惜しいですね。やはり予定通り封印が望ましいですか……。問題は……)


 猟師貝の知能──。


 異空間を支配する猟師貝はベルフラガが地上に出た理由を察知していると思われる。ベルフラガ分身体の気配を読み罠を警戒する程度はまだ本能の範疇……そこからどう対処してくるかが本当の知能の高さと言って良い。

 逃げに徹してくるのか、はたまた何らかの対策を行ってくるのか……。


 そしてベルフラガは、異空間の維持には猟師貝の概念力の大半が使用されていると考えていた。しかし、地中での機動力を見る限りその考えも確実ではなくなった様に感じている。猟師貝が攻撃に概念力を使用すれば当然精霊体化したベルフラガにも通じるだろう。

 仕掛けてこないのは猟師貝にそこまで存在特性を操る技量が無いのか……やはり判断が難しい。


(……。では、奥の手を出しましょうか)


 地中にて発動したのは波動魔法。但し、本格的な神格魔法効果ではベルフラガにも不安が残る。そこで考えたのは比較的反動の少ない下位魔法・《命魔転換》。


 この魔法は元々 《増魔》という生命力の一部を魔力に還元し強化するというものだった。駆け出しの魔術師が魔力切れになった際に用いる切り札として考案されたが変換効率が悪く、また体力こそが生き残る為に不可欠という理由からあまり普及しなかった。

 それを効率化し新たな魔法としたのは流石『伝説の魔導師』……とはいえ高い魔力回復力を宿すベルフラガにもあまり使いどころが無く、更には神聖国エクレトルから質の良い魔力回復薬が出回ったことで忘れ去られていた魔法でもある。


 しかし……今この場に於いてそれを使用したのは、波動魔法を試すには都合の良い下位魔法であること……そして精霊体化しているベルフラガにとって存外相性の良い魔法となると見越してのことだった。


 結果──波動魔法により効果を高め還元された魔力は『魔力体』でもある精霊体を大きく強化。その身の性能は大きく高まるに至る。


 だが、それで終わりではない。ベルフラガは更に自らの存在特性【限定空間内・魔力情報書き換え】を発動。書き換えたのは自らの魔力……それを波動魔法と同様の性質に変化させたのだ。


(……っ。少し……扱いが難しいですが上手くいきましたね……。恐らく以前の私では無理だったでしょう。ライとの出会いは私にも成長を促したということでしょうか)


 ライとの戦いにて全力を出し切ったベルフラガ。その際、更なる高みである神衣を体感したことは大いなる刺激を与えたことだろう。加えて、異空間内で感じたライの波動魔法と波動氣吼法を観察し考察……波動を感じる方法を自らで考案、それを試行したのが先程の一連の流れだった。


 自らの持ち得るものから正解を導いたのは間違いなくベルフラガの才である。無論、誰もが成し得ることでは無い。しかし、経緯はどうあれ異空間に於いて既に二人が波動の領域に踏み込んだ。これは最早、奇跡と言っても過言ではない。


(これが波動……不思議な感覚ですね。内から湧き出る力は存在特性由来だとライが言っていましたが……重い疲弊を感じます)


 それもその筈……ベルフラガが使用しているのは波動魔法の常時使用と同じ。通常の波動吼や波動氣吼法とはまた別種の波動展開である。


 確かにライも魔法を元にした波動を模索した。だが、生命力を元にした波動氣吼法と違い魔力による波動を使用すると波動魔法もどきが発動してしまい身体に纏うことができなかったのだ。

 神衣の際、魔力を含む覇王纏衣と波動の元たる存在特性の融合ができている以上不可能ではない様に思われる。それについてメトラペトラは『わからん!』とだけ述べたことをベルフラガは当然知らない。


 ともかく、ライでさえ果たせなかった魔力と波動の融合による擬似神衣……それはベルフラガのみに許された特殊な波動吼。効果はそのまま『波動魔法の効果を纏う』といったものだが、十分以上の大いなる力と言えよう。


 但し、やはり研鑽不足による疲弊の問題で長時間の展開は不可能……それはベルフラガも直ぐ様理解したようだ。


(あまり長く使うことは大きな負担になりそうです。決着を急がせて貰いましょう)


 研鑽の意味も含めての試行は上手く行った。あとは役割を果たす……そしてヒイロを救う。恋人テレサの為に修羅の道を歩んでいたベルフラガではあるが、ヒイロを救いたいという気持ちは嘘ではない。ベルフラガの性格の根幹はレフ族の血を継ぐ優しき者なのだ。



 波動魔法を宿した擬似神衣により大きく力を増したベルフラガは、再び自らの存在特性にて効果を変更。初歩の雷撃魔法としての効果を宿し波動で増幅。移動速度を向上させる。これに対し猟師貝は魔法での妨害を試みるも波動魔法効果となると足止めにすらならない。そこで次に猟師貝が行ったのは神格魔法の発動だった。


 創生属性魔法・《蝕む者の庭》


効果は腐食……本来は大地に発生させた腐食領域に触れた相手を底なし沼の様に捕らえ、そのまま飲み込む魔法。

 それを地中にて発動したことによりベルフラガが精霊体と化していても神格魔法属性が行く手を遮ることになる……筈のだが……。


(推測通り神格魔法まで使えましたね……。それに私の力が増したことを理解し対応を変えてきた。やはり、この魔物達は高い知能を宿している。ですが、そうなると厄介なことになる可能性が……)


 魔物はその知性故に霊位格が上がらない。しかし、どうやら今回は話が違うとベルフラガは感じていた。


 原因が判明していない【海王】と【空皇】の進化。高い魔力と知性を宿したそのニ個体は、魔物と銘打っているが正体は半精霊体だとベルフラガは考えている。つまり、条件さえ満たせば全ての魔物……いや、生物は半精霊体や精霊体へ至る可能性があるということ……。特に、ヒイロの守護獣四体には初めから進化の可能性が含まれていた様に感じる。


 そして今回、ベルフラガは猟師貝を追い込んでいる。生物がその秘めた力を開花させるのは危機的状況……それはベルフラガ自身がエイルやアービンに語ったことでもある。


 そして……そんなベルフラガの警戒が正しかったことを示す事態が起こる──。


 ひたすら逃げに徹していた猟師貝はベルフラガが神格魔法の網に掛かったことを確認すると一気に魔力凝縮を開始……膨大な熱量を放ちつつその形状を変化させる。


 警戒したベルフラガが【流捉】で捉えたのは小さくなった体躯。しかも人型だった。


 それはベルフラガでさえ初めて目にする魔物の進化──猟師貝は半精霊に至ったのだ。


(………。まさか、こんな短時間で……。いや……どうやら私は勘違いをしていたのですね)


 やはり守護獣達は進化出来るだけの可能性を与えられていた……。しかし、幸か不幸か進化を促す様な事態はヒイロに起こらなかったのだろう。そして今回、大きな力を持つライやベルフラガ達が来訪したことこそが進化の引き金となった……。


 ベルフラガが一度地上に出た際に猟師貝が動きを止めていたのは、どうやら進化の為の予備段階だったと思われる。


 魔力の網の先へ進んだベルフラガは改めて猟師貝の姿をその目で捉える。猟師貝進化の際に発生した魔力凝縮により空洞になった地中は、魔物の放つ光で仄かに明るく直接の対面が可能となっていたからだ。


 そこで待っていたのは、薄紅色の巻き貝の中から半裸の上半身を覗かせている若い女性──同様に薄紅の髪はその身体を覆う程に長く一部は身体に巻き付いている。

 顔と身体には赤い紋様が浮かんでいるが下半身以外は人そのものだった。


「……。初めまして。言葉はわかりますね?」


 猟師貝の目には明らかな意思が宿っている。そこで、ベルフラガは力を抑え対話を試みることにした。猟師貝は初めこそ戸惑った様子を見せたが確かめる様に口を動かし始めた。


「……。わ…、かる」

「では、ゆっくりで良いので聞いてください。私……いえ、私達は貴女の主……ヒイロを救いに来ました。魔物である貴女なら判ると思いますが、私はヒイロと同じ一族の出自……親類の様なものです」

「…………」

「今頃、私の仲間がヒイロを助ける為に対話をしている筈です。なので、それが終わるまで大人しくしていてくれませんか?」

「……。ダメ」

「それでは貴女を封印しなければならなくなる……できればそこまではしたくありません」

「そうじゃ…、ない……の。御主人……様は御主人様だけど、ち、違う……の」

「?……どういうことですか?」

「……話せない」

「…………」


 猟師貝の表情には苦悩の色が見える。話す気がないのではなく話せない……それはベルフラガの事前の推測に繋がる。


「では、頷くだけで良いので答えて下さい。ヒイロの中には別の誰かが居ますね?」

「!?」

「そしてその相手こそがヒイロに力を与えた。何らかの契約によりヒイロは望みを果たす力を得て、代わりに身体を明け渡している……違いますか?」


 猟師貝は無言で頷いた。


「成る程……貴女達が答えられないのは憑依している者からの誓約ですか。そして、主の安全の為に逆らえない」

「……う…、あ……」

「無理に答えずとも良いですよ。事情は理解しましたからね……ただ、ならば尚更信用して下さい。貴女が邪魔をしなければヒイロは救えるかもしれません」

「ほ、本、当……に!?」

「ええ。その為に来ました」

「じゃあ、私、私を……封印、して。そうしないと邪魔……になる、から」

「………」


 恐らく、憑依している者には魔物達を強制的に操る権利もある……そう考えれば全ての辻褄が合う。


 トルトポーリスにてエイルの前に現れたのはヒイロ。しかし、異空間内にて対峙していたのは憑依していた者……四体の守護獣以外の魔物は全てその者により創生された。だから魔物を再創生することに躊躇いが無い。

 しかし、ヒイロの中に僅かな抵抗感があって後半に創生された圧縮魔力の魔物には無意識にヒイロの手が加えられたのだろう。故に後半の魔物には自我らしきものが窺えた。


 つまり、全てはヒイロに取り憑いた者が原因だったのだ。


「貴女を封印しないと憑依している者に操られる……最悪は消されてしまうのですね?」

「多分……」

「わかりました。では、お言葉に甘えて封印させて頂きます。そして約束しましょう……ヒイロは必ず救いますから安心して下さい」

「……。お願い……」


 ベルフラガは猟師貝を誘導し地上へと向かう。そこにはベルフラガの分身体が封印の準備をして待機していた。


「次に貴女が目覚めた時には全て解決していますよ。だから安心して下さい。……。ところで、貴女には名前がありますか?」

「ナーシフ」

「良い名前ですね……では、ナーシフ。しばし眠りなさい」


 猟師貝は抵抗することなく分身体の持つ杖の中に封印された。


「……。柄にも無く魔物相手に約束などをしてしまいましたね。これもライの影響でしょうか……」


 ベルフラガは神具を収納し全ての戦闘態勢を解除。視線をふと森の彼方へ向ける。そちらからはライの魔力が感じられたのだ。


「……。先に行っていますよ、ライ」



 一方……ライと魔獣、そして魔物の戦いも佳境を迎えていた。






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