第七部 第五章 第二十話 もう一人の脅威存在


 ヒイロの告白はエイルに衝撃を与えた。


 現代の魔王──実在するのかさえ怪しまれていた存在。それが同じレフ族だったのだ。


「お、おい。冗談はやめろよ、ヒイロ……」

「冗談は言っていないよ、エイル。魔王……それは僕が望んだ道なんだ」

「ヒイロ……」

「だから帰れない。どのみち契約があるから……僕はもう……」

「契約……?」


 ヒイロはそこで口を閉ざした。


 表情は見えないが僅かに震える肩……当然、エイルはそれを見逃さない。


「何か問題があるなら力になるからさ……帰ろうぜ、ヒイロ」

「…………」

「ヒイロ!」

「………。君達を外へ送る。僕の目的はアステとトシューラへの復讐だけだから」

「悪いけどそうはいかないよ、ヒイロ」


 その時、エイルの肩に小さな影が舞い降りた。


「ライ……」

「エイル。ヒイロは確かに現代の魔王だ。でも、それはヒイロが本心から願った訳じゃない」

「どういうことだよ、それ?」

「ヒイロは苦しんでいる時に偶然会ってしまったんだ……もう一人の『魔王』に。そうだろ?」


 ライの問いにヒイロは警戒の姿勢を示した。自分の過去を把握している……それは十分な脅威だったのだ。


「……君は誰?」

「初めまして、ヒイロ。俺はライ・フェンリーヴ……勇者だよ」

「勇者……僕が魔王だから倒しに来たの?」

「違う。俺はエイルの願いを叶える為に此処に居るんだ。ヒイロ……事情は殆ど理解してるよ。だから改めて聞く。全部解決してやる……だから家族の元に帰ろう」

「………。君は理解していないよ」

「いいや、理解してるさ。だから一言で良い……ヒイロの本当の望みを口にしてくれ」

「…………」


 再び沈黙したヒイロは今度は感情を顕にしつつ答えた。


「アハハハ……。そんなもの帰りたいに決まってるじゃないか……でも無理だ!この世界にそんなことが出来る人なんていない!たとえ神様でも……」

「良し。確かに聞いたぞ?」

「………!?」


 その瞬間、ヒイロの足元にライの大聖霊紋章が浮かび上がる。

 分身を介して行われた強制的な契約印……それはライが初めて使う『条件契約』だった。


「な、何が……?」

「俺と強制契約した。これはヒイロの願いを果たすまで解けない」

「……。無理だよ……果たせる訳が……」

「じゃあ、何で契約できたと思う?」

「それは……」


 ヒイロは答えに窮した。確かに自分は精霊格……それを上回る力でなければ、たとえ同意の上でも強制的な契約など不可能なのだ。


「君は……一体……」

「言ったろ?勇者ライだよ。俺の大事な存在の願いは絶対に果たす……安心して良いぜ、ヒイロ?」


 ライのこの言葉にエイルは照れ臭そうに笑った。


「ライ。ありがとな」

「うん。でも、エイル……まだだ。これからが大変なんだよ」

「?……どういうことだ?」

「ここからはエイルに力を借りなきゃならない。少しの間、ヒイロと戦うことになると思うから」

「何で……」

「それはこれから話す。エイル……アレが見えるか?」


 ヒイロの身体には既に纏装が展開されていたが、それが僅かに揺らぎを見せた。次の瞬間には纏装が解除された……かに見えた。

 しかし、同時に周囲には見えない圧力が生まれた。


「これって……波動なのか、ライ?」

「違う……これは【神衣】だ、エイル」

「神衣……ヒイロがなんで……」

「それも違う。これはヒイロの力じゃない。なぁ?いい加減話をしようぜ、ヒイロと契約した魔王さんよ?」


 沈黙したヒイロだったが、身体を大きく震わせると糸が切れた人形の様に脱力状態になった。そしてゆっくりと身体を起し宙に浮遊する。

 次にヒイロが発した声は完全な別人のものだった。


『……ふむ。全て見透かしているか……興味深い』

「全てじゃないけどね。初めまして……だよな?」

『対話は……だがな』

「アンタ、名前は?」

『我が名はプレヴァインだ。貴様のことは知っているぞ、ロウドの超越者よ』


 ヒイロの身体はプレヴァインと名乗る者に乗っ取られている。エイルは混乱状態だ。


「おい!ヒイロの身体に居る奴!その身体から出てけ!」

『フッ……それは出来ぬ相談だ。これは我が契約にて得た権利故にな』

「契約だと……?」

『そうだ。ヒイロ・アルバンカークは力を求めた対価として、一日の内三割の時間我に身体を明け渡すことなっている。そしてヒイロの願いが果たされればこの身体は完全に我が物となる……それが契約』

「そんな……そんな契約、無効だろ!」

『我との契約を望んだのはヒイロ自身──故に無効にはならぬな』

「くっ……!」


 納得がいかないエイルだが、ヒイロの語った言葉からそれが真実であることは理解していた。


 上位の存在との契約は誓約。この場合、力を与えたプレヴァインはヒイロよりも上位……相手が破棄を申し出ない限り解くことはできない。


「だからって納得出来るかよ……。アタシはヒイロを救う為に来たんだ」

「わかってるよ、エイル。だから方法を考えた。ヒイロの記憶が俺に見えたのは、きっと意味がある筈だ」


 ライの【幸運】は幾多の事例に対して効果を発揮した為に今は効果が低下状態にある。しかし、本当に必要がある場合はライの意思とは無関係に発動している節があった。

 反動として後に不運が廻ることもあるが、それもまた必要だとライは割り切っても居た。


 今回、ヒイロの記憶を取り込んだのも恐らくは自動的な【幸運】の発動と思われる。


「プレヴァイン……俺は出来れば戦いたくない。アンタはこれまでの脅威とはどうも毛色が違う気がする」

『ほう……?』

「だから提案だ。アンタの望みを叶える代わりにヒイロとの契約を破棄してくれないか?」

『…………』


 ライの提案を聞いたプレヴァインはやがて小さく震え始めた。

 それは笑い……嘲りとも侮蔑とも取れる乾いた笑いだった。


『クハハハ……。どうやら我は貴様を買い被っていた様だ。貴様が如何いかな超越者たろうと所詮は星の民……真の神でも無き者が我が願いを叶えられる訳も無し』

「良いから言ってみ?聞かなきゃ分かんないだろ?」

『フッフ……。ならば貴様の身体を我に与えよ。ヒイロの身体の代わりだ』


 この言葉にエイルは激昂した。


「おい、お前!巫山戯んなよ!?」

『フン……神衣さえ使えぬ者が喚くな』

「コノヤロウ……ライ!アタシは我慢の限界だ!コイツをブッ飛ばす!」

「ち、ちょっと落ち着こうか、エイルさん?」

「いいや……我慢ならねぇ!コイツはアタシが……」

「……。コウ、頼む」

『仕方無いなぁ……』


 聖獣コウがそう呟くや否やエイルの胸と尻が激しく揺れ始める。勿論、コウの仕業だ。


「お、おお……!」

「うおぉぉぉ~い!止めろ、エロ聖獣!」

『エイルが大人しくするなら止めるよ?』

「くっ……わ、わかっ……あっ……わかったから、やめ、んっ……止~め~ろ~!」


 振動を解除されたエイルはカックリと膝を突いた。


「くっ……エロ聖獣め……!」

『だって、エイルが悪いんだよ?今喋ってるのは魔王でも身体はヒイロなんだから、ぶっ飛ばしたら駄目なのわかるでしょ』

「あ……そうだった。アハハハ……」


 ヒイロが仮面をしていたこと、そして頭に血が昇ったことによりスッカリ忘れていたエイル。笑って誤魔化す辺りにまだ魔王様の風格が残っていらっしゃる様だ。


「悪い、ライ……」

「い、いや、い、良いけどさ?」


 一方の『勇者ムッツ~リ』さんもエイルの肢体が揺れる様子に鼻の下が伸びていた……。

 そんな様子を見ていたフェルミナが小さく咳払いを行ないライは我に返る。


「……。と、ともかく!え~……。な、何だっけ?」

『身体を明け渡す訳にはいかない……だよ、ライ』

「そうだった。……。いや……そうじゃなかった。プレヴァイン……アンタは身体が欲しい訳じゃないだろ?」

『………』


 ライの問いにプレヴァインは沈黙した。


「まぁ、単なる勘だけどね。ただ、何度も言うけど全てじゃなくても大体推測はしてる。だから、アンタの存在はかなり驚いているんだ」

『……。買い被りではなかった、ということか?』

「さてね。だからこその話し合いなんだけど……」

『では、貴様を素直に信じぬことも理解しているだろう?』

「ああ……。で、そういう場合は大抵『力で示せ』になるから困るんだよねぇ」


 やがてプレヴァインは再び笑い声を上げた。ただ、今度の笑いは愉悦の声。実に嬉しそうにプレヴァインは笑った。


『良かろう……ならば【力で示せ】』

「……。アンタ、意地が悪いな」

『フッ。貴様も大概だろう、勇者とやらよ』

「まぁね……。でも悪いけど少し取り込んでるから、片が付くまでは別の人に相手を頼むとするさ」

『良いのか?我を軽んじると大事な存在を失うぞ?』

「そうはならないよ。アンタこそ俺の仲間を甘く見すぎだ」


 ライはそう告げると小型分身を二体に分ける。一体をエイルに、もう一体をフェルミナの補助に付けた。


「エイル、フェルミナ。二人を補助するから少しの間頼むよ。魔獣を抑え次第本体で来るから」

「大丈夫だって。な……フェルミナ?」

「ええ。私も少しは戦えます」

「悪い。少しすればベルフラガとアービンさんも来る筈だから、とにかく無理はしない範囲で時間を稼いでくれ」


 相手は【神衣使い】……しかし、エイルとフェルミナは概念力で対抗できる。特にフェルミナは波動吼も使用できるので時間稼ぎは可能だろう。


 それでも……ライがエイルやフェルミナを前線に立たせることは異例ともいえる事態。それは魔獣に手子摺っていることからも判るように、ライは今かなり力を制限されているのが原因だった。

 但し、真に手詰まりになった際はすべてを賭けて二人を守るだろう。つまり、今はまだ余裕があるということだ。


「エイルはコウの概念力を強化に使ってくれ」

「わかった」

「フェルミナは波動を展開。二人にはできる限り対策を伝える。上手くいけば波動関連で何か掴めるかもしれない」

「わかりました」


 【神衣】と違い波動魔法や波動氣吼法は存在特性を必要としない。特に波動氣吼法は【神衣】を修得できない者が【神衣】と渡り合える様にと思索して編み出された技法……上手く感覚を掴めれば今後エイルやフェルミナの守りは更に強固になるだろう。



 そうしてライの指示に従い戦闘態勢を整えるエイルとフェルミナ。エイルは聖獣コウの力により装備を必要としないが、フェルミナの装備はライの作製した腕輪型空間収納庫から取り出すことができない。

 そこでライは、フェルミナに手を上に掲げる様に伝える。従ったフェルミナの掌には直後に軽い感触が伝わった。


 ライがフェルミナの元に送ったのは朋竜剣──。更に、朋竜剣の内に収納されていたラジックの試作品である円盾が出現した。

 円盾は『魔法銀』製ではあるが、手ぶらよりは守りの役に立つ筈だ。



 エイルとフェルミナの共闘、対するはプレヴァインが憑依した精霊体ヒイロ──。


 そして視点はライとベルフラガ側へと移る。

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