第七部 第五章 第二十二話 乗り越えるべき過去

 猟師貝を封印したベルフラガは、分身体から神具を回収し回天万華鏡の効果を解除。丁度そこにアービンが姿を現した。


「ベルフラガ殿……」

「アービン。見事封印を果たした様ですね……。どうですか、波動の力は?」


 ベルフラガは神具の一つを使用しアービンの行動を見守っていた。その効果は千里眼の様な万能さは無いものの一人を見守る程度には十分だった。


「【波動】は確かに色々と有意義な力でした。しかし、修得への道は遠いですね……。ガデルにもかなりの無理をさせてしまいました」

「ですが、波動魔法までも使用したことには流石に驚きましたよ。貴方はこの異空間にて大きな経験を積み成長した……それは間違いありません」

「ベルフラガ殿……」

「かくいう私も波動の感覚を体験しましたが……やはり一朝一夕という訳には行きませんね」


 存在特性を使い熟すベルフラガでさえも波動と魔法の融合は大きな負担である。神衣への道はまだ遠いと改めて実感したらしい。


「それで……現状はどうなっているのでしょうか?」

「さて……。ライはまだ魔獣との戦いを続けている様ですが、そちらは心配要らないでしょう。それよりも、そろそろヒイロとの交渉に動きがあっても不思議ではありません」

「そうですね……では、我々もエイル殿達の元へ向かいましょう」


 アービンは既に疲労困憊。重い疲労感は概念力使用による疲弊の特徴でもある。竜鱗装甲の自然回復機能は働いているが、やはり無理をし過ぎたと当人も苦笑いだ。

 しかし、この経験は後に繋がるという確信があった。事実、アービンの役割はこの先大きな意味を持つ。


 そんなアービンにベルフラガは自前の回復薬を手渡す。口に含んだアービンは随分と身体が軽くなった。


「これは……凄いですね。『回復の泉』の原液と同等かそれ以上だ……」

「テレサを救う為に研究していた薬ですが効果は今一つでした。ですが、回復薬としては高い効果があります。まぁ神水のようには行きませんがね……」

「いえ……ありがとうございます。これで少しは動くことができます」

「それは良かった。では、急ぎましょうか」


 ベルフラガとアービンは急ぎヒイロの元へと走る。しかし、二人には新たな戦いが待っていた……。



 そして──魔獣と戦うライはというと……。


「そいやっ!」


 空中にて迫る光線を斬り裂いたライは、そのまま魔獣・影鹿鳥へと迫る。だが、影鹿鳥は自らを影で包みその場から消えた。

 再び姿を現したのは森の中。影鹿鳥はそこから飛翔し再度上空へと羽ばたいた。


「もうマジでやり辛え!あんニャロウ!」

『思ったよりも多彩な力を持っていますね……』

「今のは……影の中を移動したんだよな?」

『その推測で間違いないと思われます』

「アムドの家臣のハイノックってヤツと同じ力か……」

『正確な能力は判りませんが、ほぼ同等と考えて良いかと』


 朋竜剣の中に空間収納されていたラジックの発明品──その中から空中戦に使えそうなものを見付けたライは、早速それを使用し異空間での空中対応を始めた。


 使用したのは円盤型の五枚の板。中心に穴の空いた黒い薄型の円盤は、空中を自在に飛翔する効果を持っていた。恐らくは人を乗せての空中移動を目的とした魔導具と思われる。


 だが、そこは失敗作。円盤は一枚では足場として狭く、かと言って複数枚同時に操るには思考処理に負担が掛かるという代物……おまけに円盤が支えられる重さにも限界があり、一枚ではライが乗ると数秒で下降を始めてしまう。五枚重ねてようやくライを乗せ空中停止できるといった始末だった。


 しかし、ライからすれば飛翔を妨害される異空間に於いては十分と言えるだけの性能。思考拡大や思考加速を行えるライにとって円盤五枚程度の操作負担は差し障りは無い。数秒の足場があれば戦略の幅は大きく広がる。跳躍だけより遥かにマシだった。


 ただ、問題は先程のような魔獣の能力──。


 影鹿鳥は影に関する概念力を持つ。影の硬化や影の操作、そして移動に加えて光線や目眩ましまでも使用する。ライが万全の状態ならともかく、能力制限と飛翔の妨害は厳しい状態だ。


「クローダーの【情報】を閲覧すれば存在特性も看破できたんだろうけど……」

『それでも倒すだけならば問題は無いのですが……』

「倒すだけなら、ね。しっかし、異空間てのはどうにも厄介だな……」


 以前、デルセットの民を捜した際と同様、隔絶された空間により同行したフェルミナ以外の大聖霊との繋がりは一時的に途絶えている。そのせいでクローダーの【情報】領域に干渉できず影鹿鳥に関する情報の引き出しが行えなくなり、概念化の看破が困難になった。


 そして同じ理由での問題が一つ……。聖獣との繋がりも途絶えている為、聖獣・火鳳セイエンの召喚も行えないのだ。


「……。今の俺でも《浄化の炎》自体は使える。でも、影鹿鳥に通じるかはまた微妙だな。アレ、どうみても上位魔獣だろ?」

『はい。恐らく取り付いている魔物が影鹿鳥の力を引き出したのでしょう。しかも、その魔物を引き剥がさないと浄化も儘ならない……厄介ですね』

「さて……。どうしたもんかね……」


 状況は厳しいが、ライは目的を妥協することはない。そしてアトラは、それを理解しているので支える為の配慮を行う。


『《浄化の炎》については朋竜剣の機能、《増幅》で効果の引き上げが可能かと思います。ですので、警戒すべきは……』

「影の能力と魔物……ね。影の能力の方は覇王纏衣と朋竜剣の機能 《魔鏡壁》で何とかならないか?」

『成る程。流石は主……では、あとは魔物だけですね』

「それが一番大変そうだけどね。ま、やることは変わらないんだ。手早く行こう」

『わかりました』


 一纏めにして片足で乗っていた浮遊円盤から跳躍、円盤を移動させ再び着地……を繰り返し、ライは魔獣の元へと向かう。対して影鹿鳥は、相変わらず地の利を理解しているらしく先程よりも素早く一つ処に留まらない動きを見せる。


「まぁそう来るわな、普通は……。でも、朋竜剣にはこんな機能もあったんだぜ?」


 朋竜剣のつばにあたる部位の一部が分離。飛翔したのは魔石付きの楔二つ。楔は影鹿鳥を挟むように展開した。


 次の瞬間起こったのは雷撃。しかし、魔獣を倒すには些か威力が弱い。影鹿鳥は一瞬だけ動きを止めたものの直ぐ様羽ばたきを再開した。

 勿論、ライも雷撃で倒すつもりではない。先程の効果の真意は他にある。


 朋竜剣の機能の一つ《竜爪》は剣から分離した楔による射出攻撃。だが、ある機能が実装されて戦闘補助としての役割も果たす。


 それはトゥルク国に於ける邪教との戦いにてサァラが使用した……いや、正確には星杖エフィトロスが展開した神格魔法 《磁界網縛じかいもうばく》を元にエルドナとラジックが構築・付与した機能。


 【竜握磁界りゅうあくじかい


 二つの楔の間には磁界が発生し、電撃を受けた対象を磁力で縛る。楔は対象を中心に据え挟むように存在するが、対象との楔の距離でその効果範囲が調整可能となっていた。


 電撃を受けた影鹿鳥はそれ程強力な磁力を付加された訳ではない。あまりに強い磁力は対象の命さえ奪い兼ねないので、たとえ魔獣相手でも使用が躊躇われたのだ。

 ライの目的は飽くまで魔獣の浄化……その為の足止めとしての魔法である。


「良し……動きが鈍った!この隙に魔物を分離するぞ!」

『はい』


 一纏めにしていた足場の円盤を分散展開し、跳ね回るように移動。不規則な動きで魔獣の背後へ……。そのまま首元の魔物へ手を伸ばそうとしたが、影が壁を構築し硬化したことにより防がれてしまった。


 更に『影の壁』は植物の蔓の様に影を伸ばしライを捕えようとする。朋竜剣で斬り付けるもグニャリと弾力があり断ち切れない。


「ちっ、やっぱり影の能力は厄介だな。なら……」


 即座に朋竜剣の効果の一つ《魔鏡壁》を発動。出現したのは姿見の鏡の如き長方形の壁……本来の効果は一枚の出現だが、ライが展開した鏡は一つではなく魔獣を取り囲むように球状を形成する。


「アトラ、頼む」

『了解しました』


 続けて発動したのはアトラの機能である《閃烈光》……所謂いわゆる、目眩ましである。しかし只の目眩ましと侮るなかれ。魔力消費の軽い下級魔法効果であるが、生物は尽く閃光に弱い。そしてその汎用性の高さからあらゆる戦いに於いて重用される魔法。故に竜鱗装甲にも機能として組み込まれていた。


 そして、この《閃烈光》もまた本来の効果とは別の狙いがあった。


 創造魔法である《魔鏡壁》は魔法を反射する効果がある。鏡としての効果もそのままなので、魔法、そして物理的な意味でも《閃烈光》は幾重にも反射し鏡の球体内は影が存在することを許さない。

 魔獣は視界を奪われることになったと同時に、使用する【影】を消し去られることとなった。


 これにより影鹿鳥の概念力はほぼ無力化された。


 とはいえ、まばゆいのはライも同様……しかし、感知纏装を使用すれば問題無く影鹿鳥を把握できるので些事。そしてライは、再度影鹿鳥の首元に取り付いている魔物へと迫った。


 だが……今度はライ自身の動きが何かに阻害される。


 どれ程閃光に包まれても鎧の内部には影が生まれる。影鹿鳥はそれを利用し硬化させたのだ。

 ライは纏装を黒身套から覇王纏衣へと切り替えることでこれに対応した。


 覇王纏衣は金の輝きを自らが放つ……鎧の内も光に満たされたことにより影はライに干渉が出来なくなったのである。


「取った!」


 ライの手はようやく影鹿鳥に取り付く魔物に届いた。が……想定外というのはいつもの如く起きるもの。


 影鹿鳥の首にしがみついた魔物はライの剛力でも引き剥がすことができない。蠍の様な尾は影鹿鳥の首元に深く刺さり、長い脚は首に巻き付き離れる気配がない。無理に引けば影鹿鳥が絶命する可能性もあった。


「クソッ!まさかここまで食い込んでるとは……」

『主。朋竜剣の効果もあまり長くは続きません』

「わかってる。でも……このままじゃどっちかを殺さなきゃならなくなる」

『……………』


 影鹿鳥の力はかなり有用性が高い。聖獣に転化できれば救われる命は間違いなく増える。聖獣自身もそう願っている筈だとライは信じている。


 一方で、魔物もヒイロの為に命を賭しているのだろう。こうして手で捕まえた今の状態ならば間違いなく……そう、間違いなく可能なのだ。

 魔物もそれは理解している筈……それでも分離しないことは覚悟があればこその行動……。


 その気持ちが理解できるからこそライは尚更迷う。頭の中には幾度も諭されたメトラペトラの声が響く。


『全ては救えぬのじゃぞ?』


 だが、ライは諦めない。魔物を引き剥がす方法……しばし逡巡した末、ライはある決断に至る。


「………。ありったけの波動を魔物に流す」

『主……それは……』

「大丈夫だよ、アトラ。いつかは乗り越えなきゃいけなかったんだ」


 ディルナーチ大陸・神羅国にて魔獣化した翼神蛇アグナ。その原因である黄泉人を分離する際に行った生物への大規模波動注入は確かに成功した。しかし、結果として火鳳と融合していた【御魂宿し】であるホタルはそのまま命を落とした。その件は今もライの心に深い傷として残されている。


 原因は波動ではないと火鳳セイエンは言っていた。あれは魂の限界なのだと……。しかし、間接的であれ波動がホタルの存在をこの世から消してしまったことには変わらない。


 だからライは、それ以来生物へ波動を流すことを極力避けていた……。


 しかし、この場にて魔獣と魔物の双方を救う最善手は波動による強制分離。

 心の傷を乗り越える必要がある……ライはそう覚悟を決めたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る