第七部 第五章 第二十三話 唯一種の魔物


 乗り越えるべき過去と向き合い、ライは対生物波動使用の枷を外す。


 勝負は覇王纏衣を解除した一瞬……影で動きを妨げられる前に全力の波動を込める必要がある。分離を成し遂げる為には自らに波動を纏う余裕は無い。


(………。いつまで経っても賭けばかりだな、俺って)


 成長はしている筈だと自分でも理解している。しかし皮肉にもその力が増すことにより多くを救うことが可能となり、更なる存在の救いとなる力を求めることに繋がっていることは自覚していない。それは幾ら追い求めても辿り着けない無限の旅路と言っても過言ではないのだ。

 ライは最早寿命では死ぬことはない。無限の旅路を果てなき生で続ける地獄をライは歩んでいる……。


 だが……たとえ理解していてもライはその道を逸れることはないだろう。


「ハアァァァァッ!」


 波動注入の対象とするのは魔獣・影鹿鳥ではなく取り付いている魔物。魔物を選んだ理由は大きさと能力が理由である。


 波動を流し込まれた対象は当然ながら自らの波動を乱される。その際、身体の動きに加えて存在特性も使用が困難になるだろう。

 もし魔獣側に波動を流し分離できても魔物が再び取り付く可能性がある。能力として厄介なのは魔獣だが、両方を救うという目的を考えれば魔物の能力を封じる方が優先性が高い。


 加えて、その身体の大きさ。魔獣はかなりの巨躯……対して魔物はライの身長とそう変わらない。当然ながら波動は対象の大きさに比例し込む量が変わる。つまり、魔獣より魔物相手の方が消費を抑えられるのだ。


 そうしてライは魔物の背を掴んだまま波動を一気に流す。狙い通り波動は魔物の動きを止めその能力を乱した。

 そして次の瞬間、魔物とライは弾かれる様に影鹿鳥から分離……そのまま落下してゆく。


 ライは魔物を抱えるよう支えると波動吼を下方に向け落下の衝撃を分散、緩やかに着地した。


「……ふぅ。何とか成功……だけど……」


 抱えている魔物は動かない。まさか失敗したのかと不安に駆られたが、その身体に流れる血流と呼吸を感じライは安堵の溜息を漏らす。


「ん……あれ?呼吸してる?」

『はい。間違いなく肺呼吸です』


 昆虫や節足動物に呼吸器官は無い。正確には肺が無いので呼吸音は無い筈だった。しかし、アトラの解析では魔物は肺による呼吸が行われているとのこと。

 特殊な魔物故に臓器が異なることも否定はできない。だが……アトラは更なる驚きの事実を述べた。


『……。どうやらこの魔物は、人と蠍、そして蜘蛛の融合体の様です』

「!?…………まさか……」

『間違いありません。その硬質な外殻の中に人型が隠されています』

「…………」


 確かに人間も動物には違いない。形状が他の生物と融合しているとなれば必ずしも魔人となるとは限らない。だが……そうなればその精神は如何なるものなのか……。


「………」

『主……?』

「え……?ああ……悪い」

『魔物の心が気になるのですね?』

「うん……ちょっとね」


 世界で唯一種の魔物……高い知能を持つのであればその事実は辛くはないのだろうか?と、ライはどうしても考えてしまう。


 そうなるとライはどうしても相手の心を確かめたくなる。悪意あるものか、心優しきものか……ライは抱えていた魔物を地に下ろすと、手を触れたまま念話で語り掛けた。


『波動で撹乱かくらんしてるだろうから取り敢えず一方的に話す。落ち着いたら話を聞かせてくれ。お前……ヒイロの為に魔獣に取り付いて操ってたんだろ?俺達はヒイロを助けに来たんだ』

『…………』

『今、ヒイロと同じ一族のが説得している。それが済んだらお前や他の魔物達も自由だ。だから、それまでここで大人しくしていてくれ』

『…………。駄目だ』


 魔物はライの言葉に念話で答えた。やはり高い知能を宿していた様だ。


『お前、名前は?』

『クーンプリス』

『クーンプリス……他の魔物は皆、無事な筈だよ。お前達をどうするかはヒイロと話し合って決めて貰う。消させるようなことはしない』

『違う、そうじゃないんだ』


 魔物は地からゆっくりと身体を起こし始める。蠍の尻尾を軸に垂直に浮いた不思議な光景から腹部が開き内より現れたのは、金の髪を持つ少年だった。耳長に青い瞳は一見してレフ族に見える。少年は全身黒い布を巻き付けた姿だ。

 硬質な外殻は幾つかに細分化された。全身鎧の様に少年の身体を覆い、蜘蛛の脚は腹部を包むように巻き付く。蠍の尻尾だけは腰の辺りにそのまま残されていた。


 驚くべき変化……と、同時にライはある事実を理解した。


『お前……半精霊化しているのか』


 考えてみれば、霊位格の高い魔獣の意識を支配していたのだ。当然、クーンプリスの精神はそれよりも上位でなければ支配し続けることは不可能だったともいえる。


「……御主人様は対話では解放出来ない」


 流暢な人語を話すクーンプリス。その目からは必死さが伝わってくる。


「?……解放できない?」

「そう……御主人様の魂は囚われている。でも、私達ではどうすることもできない」

「それは一体どういう……。………。いや……そういうことか」


 移動中ベルフラガが口にしていた可能性……それは多重人格、若しくは憑依。そしてベルフラガは後者とも推察していた。

 ヒイロが半精霊以上に至れた理由がそこにあるとすれば、憑依している者は半精霊格以上の力を宿す存在となる。いや……魔物が半精霊化しているならば、ヒイロは精霊格に至っていると考えるべきだ。


 その更に上となれば大聖霊格──だが、大聖霊は特殊な霊格で世界の法則に絡む存在。魂の契約を果たしているライならば至れるが、その他の者が到達できるものではないことをライはメトラペトラから聞いていた。


 つまり……ヒイロに力を与えた存在は──。


「神衣使い……神格に至る者か……」


 全ての答えが繋がった気がした。


 ヒイロに力を与えた対価としてその身に宿っているとすれば、当然ながらヒイロの力を扱うこともできる筈。魔物を躊躇せず再創生したのはやはりヒイロではなかったと思われる。

 守護獣達はヒイロにとって特殊な存在なのだろう。大まかに感じ取ったベルフラガやアービンの戦いからは、どうにも悪意を感じなかった。何かしらの対話が行われ、最終的には穏便に封印されたらしいことも把握していた。


 そして目の前のクーンプリス。明確に何者がヒイロに取り憑いているのかは口に出来ないらしい。何かしらの制限があるのは間違いない。

 つまり、魔物達はヒイロ以外の命令にも従わねばならない様だ。



 ヒイロがトルトポーリス国で家族を見守っていたことから完全な支配下と言う訳ではないことはわかる。そうなればヒイロは何らかの契約履行の途中……まだ救い出す方法は残されている。


 丁度その頃、フェルミナに付けた分身はヒイロの会話を聞いていた。そして、流れ出る感情からその過去を視た。


「………。そういうことかよ……」


 いつの間にか流れた涙を拭いライは全てを理解した。


「クーンプリス、事情は全て理解した。改めて言うぞ?俺が……俺達がヒイロを必ず救う。だから任せてくれないか?」

「……。君達には本当にできるのか?」

「ああ……約束する」

「………」


 クーンプリスはライの力を測り兼ねている。確かにその力は底が知れないことは感じる。だが、ヒイロに取り憑いている絶対的な存在に届くとは思えなかった。

 それでも……魔物としての本能は信じろと囁いていた。クーンプリスはライのその目の中に希望の光を見た。


「………。御主人様を頼む」

「任せろ。ただ悪いけど、クーンプリスは封印させて貰う。もしが存在の再創生をすると消されちゃうからな。それはヒイロが悲しむし」

「御主人様……」

「次に目が覚めたら大好きな御主人様との再会だ。だから……少し眠ってくれ」


 ライは朋竜剣の効果を発動。クーンプリスは抵抗することなく封印された。


「………。さて……ここからが大変だぞ、アトラ」

『主……?』

「ヒイロに憑いているのはデミオスと同じく神の眷族だ」

『!?……まさか……』


 闘神の眷族が他にも存在している可能性は確かにあった。ヒイロが契約した時期的にも有り得ない話ではない。しかし、ここで再びデミオスとの戦いの様なことがあれば今のライでは存在の崩壊は免れないだろう。

 アトラは……ライの為にどうするべきなのか本当に迷ってしまった……。


 そんな気持ちを察したライは穏やかな笑顔を浮かべ鎧の宝玉に触れる。


「心配すんなって。デミオスと同じって言ったけど正確には違うんだ」

『それは一体……』

「アイツは……プレヴァインは闘神とは別の神の眷族だ。いや……正確には『元眷族』ってことになるのかな」

『別の……神……』


 ロウド世界は過去幾度か異界の神が襲来していると大聖霊達は口にしていた。その内の一柱の眷族としてロウド世界に来たのがプレヴァインだとライは口にした。

 確かにそれならば【神衣】を使用することもできる。


『ですが……そのような存在が何故気付かれずに……。それに、どうしてヒイロと契約などを?』

「その辺りはプレヴァインにも事情があるみたいだな。お陰でデミオスとの戦いのようにはならないと思う。それでも大変なのは変わらないけどね。まず、差し当たっての問題は……」


 ライが見上げた頭上では朋竜剣の効果が消え鏡の球体の中から魔獣が姿を現した。魔獣・影鹿鳥は魔物クーンプリスの支配から解放され、怒りでいきり立っている。


「先ずはアイツを浄化しないとな……分かるか、アトラ?」

『はい。魔獣が先程よりも力を増しています』

「あれが本来の力かな。クーンプリスは寧ろ加減してくれてたみたいだ。で……大変なのはもう一つ」


 ライは朋竜剣を掲げ手を離す。朋竜剣は宙に浮いた後、彼方へと消えた。


「魔獣を浄化する間にエイルとフェルミナがヒイロ……正確にはヒイロに取り憑いたプレヴァインの相手をしてくれる。朋竜剣はそっちに必要な気がするから送った」

『主がそう感じたならば剣を送ったのは正しいかと』

「でも朋竜剣の《増幅》か使えない分、影鹿鳥を疲弊させなくちゃならなくなった。分身の残り回数はそこで使う。悪いけど力を貸してくれ、アトラ」

『わかりました』

「じゃあ、やるかね……」


 早く魔獣を浄化しエイル達の元へ向かいたいところだが、影鹿鳥の能力がそうはさせてくれないだろう。能力制限があるライにはやはり余裕が無い。

 それでも忠告を守り無理を押し通さないのは、アトラ──それに親しき者達を不安にさせぬ為……。


 ライのその選択は後に意外な形で幸運として顕れる。


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