第七部 第五章 第二十四話 仮初の器


 ライから朋竜剣を受け取ったフェルミナは、エイルと並び立ちヒイロと対峙する。


 明確にライと共にあることを望む二人は同時に同居人の中でも高い能力を宿す存在。『大聖霊』と『元魔王の御魂宿し』ならば、一時的に【神衣】を相手することも可能とライは判断した。

 本来であればライはそれすら望まない。しかし、全てを取り零さぬ為にも今は頼るのが良いと判断したのだ。その中にはエイル自身の手で『ヒイロを救いたい』という気持ちを汲んでの意味合いもあった。


 そしてそれは、間もなくベルフラガ達も駆け付けることを考えた選択でもあるのだが……結末は幾分なりライを驚せることになる。


「おい!プレヴァインとかいう奴!ヒイロの身体から出てけ!」

『それは無理な相談だな。我とヒイロは契約を交わしている。果たされるか、または履行が不可能であると証明するより他はない』

「クソ……。何とかならないのかよ……」


 エイルは肩にしがみついている小型化ライに問い掛けた。


 エイルとフェルミナにそれぞれ付けた分身は二人の補助と守りを兼ねている。勿論、それは現状の打開としての助言役も含まれていた。


「方法はあるよ。その為の布石はもう打った……でも、まだ足りない」

「足りないって、何がだよ?」

「単純な力が、かな。本来なら【神衣】が使えないとマズイんだけど、複雑に入れ乱れた事情のお陰で何とか希望の糸が繋がってる……って感じ?」

「?……どういうことだ、ソレ?」

「その辺りは戦いながら説明を……ほら、来るぞ、エイル!」


 プレヴァインはヒイロの身体を使用している。つまり、存在に宿る力はヒイロのもの……使用している存在特性は『魔物創生』。

 展開された【神衣】はエイルとフェルミナには見えていない。迫る神衣の圧力に対するには概念力か波動吼が最低限必要だった。


「フェルミナは波動の力を展開……そのまま命纏装との融合を意識してみてくれ」

「わかりました」

「エイルはコウの力を守りの強化に使いつつ改めて感覚を覚えて欲しい。概念力が何となくでも理解できれば波動も使えるようになるかもしれない。でも、今は先ず慣れること」

「わかった。コウ!」

『了解!』


 フェルミナとエイルは概念力を展開。ライの指示に従いその範囲を自らの外へと広げる。これにより目にこそ見えないが、感覚として力が迫るのを感じた。

 それは感知纏装に近い感覚……二人はすぐに理解しプレヴァインの攻撃を回避する。


 幾度かの攻撃を回避した二人。それを確認したプレヴァインは感心したように笑った。


『ほう……概念力による感知か。だが、いつまでも続くかな?』


 プレヴァインはそのまま神衣に宿る効果を発動。展開されたのは神衣の拡大した範囲での魔物創生──だが、これが尋常ではなかった。


 ヒイロの【魔物創生】はベルフラガの言っていた様に使用できる魔力の総量が決まっている。故に魔物の強さや数を調整する必要があった。

 しかし、世界の限界を超える【神衣】にはその必要が無い。行われたのは無制限魔物創生……上位魔獣級の魔物が何もない空間から一気に溢れ出したのである。


「な、何だよ、コレ……」

「…………」


 流石にエイルは言葉に詰まった。いや、エイルだけでは無い。フェルミナでさえも驚き戸惑っている。


 生命の大聖霊たるフェルミナならば確かに同様のことは可能ではある。しかし、大聖霊であっても概念力は存在の力を消費するのだ。封印されていた疲弊から回復しライの成長で力を引き上げられたフェルミナではあるが、いま目の前に広がる光景からはあまりに膨大な力を感じる。


「これが……神衣の……」

「そう。神衣はこういう力なんだ」


 持ち前の能力を別次元領域まで引き上げ、本来ならば為せぬことさえも成し遂げる。神の領域の一端……神格に至るということは世界の法則さえも超える力を手に入れること……。


 あまりの力の差にエイル、フェルミナは身動ぐことが出来なかった。だが、そんな二人にライは静かに語り掛ける。


「二人共落ち着いて。確かに力だけで見れば神衣には対抗出来ない気がしてくる。でも、そうじゃない。神衣は飽くまで神格の入口なんだ」

「入口?」

「そう。これは俺も体験して解ったことだけどね……。持続時間にも限界があるし、何より効果には纏装と同じ様な範囲がある」


 確かに神衣自体の形態は纏装と同じ構築……その威力は纏装の比ではないが、直撃さえ受けなければ即死は無い。

 そして神衣の最大の特徴である【効果】は存在特性に左右される。範囲や能力も含め広範囲での展開は稀となるのだ。


 現在プレヴァインが使用しているヒイロの存在特性は元々発動範囲が限定的……神衣により性能が向上しても恐らくそれは変わらない。


「だからプレヴァインの生み出す魔物は自分の周りからしか発生しない」

「でも、あの魔物の数と力じゃ……」

「それも大丈夫。ただ、かなり心苦しいけどね……フェルミナ、ゴメン。頼む」


 ライの言葉の意味を即座に理解したフェルミナは自らの概念力を展開。【創生】の効果が齎したのは、生物の思考停止……所謂、脳死である。

 生み出された大量の魔物はその尽くが動きを止め地へと落ちて行く。これにはプレヴァインも驚愕するしかない。


『馬鹿な……存在特性が何故神衣を止められる』

「プレヴァイン……お前は大きな勘違いをしているぜ?」

『何……?』

「ヒイロの存在特性は『魔物創生』であって魔物の操作や支配じゃない。それに、そもそもお前自身の能力じゃ無いんだ。そこまで上手く使える訳ないだろ?」

『………』


 【魔物創生】は飽くまで魔物を生み出す力……誕生させた後は魔物自身が本能的に行動する。最初の設定で思考力を与え創造主に従わせることや纏装・魔法等を付与させることはできるものの、生み出した後は基本個体の思考で動くのである。

 つまり、生み出された魔物には存在の力が宿るので神衣の効果範囲から外れることになる。これはライが予想していた結果と同じだった。


「ヒイロの存在特性が【魔物創世】だったらお手上げだったけどな……と言っても、所詮は他人の力だから最初の設定も上手くできてないだろ?」

『…………』

「それに、フェルミナには【創世の力】が宿ってる。どっちが効果が高いかなんて一目瞭然だろ?」

『……なる程。貴様のいう『仲間を甘く見ている』という根拠もあながちでまかせではなかったということか』

「まぁね……」


 プレヴァインが現在使用している神衣の効果は、結局は他者の力なのだ。【存在支配】という存在特性でもない限り完全に自らのものにはならない。それはディルナーチ大陸・久遠国の師であるトキサダの存在特性からも理解できること。

 しかし、魔物の脅威自体は確かに存在した。それを無効化したフェルミナの力はやはり別格であるとも言える。


 だが……ライは心に惑いがあった。故に表情を隠すことができなかった。


「ライさん、悲しまないで下さい」

「フェルミナ……」

「確かに命を傷付けることは辛いです。でも、先程の魔物達はこれまでと違って心がありませんでした。身勝手に生み出されたそんな存在を放置する方が私は辛いです」

「………でも、俺は自分じゃ綺麗ごとを言っているのにフェルミナに辛い役目を押し付けた」

「この場に於いて私は私のできること、やるべきことをやっているんです。ライさんは今まで一人で背負い過ぎて来たんですよ。それに比べたらこの位……」

「……。ゴメン……」


 フェルミナはライより現実的だ。命は生と死があって初めて意味合いを成す。だからフェルミナには生きる命の尊さを知る反面、死が齎す『正の面』も理解している。無論、ただ奪うことなどしない。生きて死ぬ……その意味は【創生】を宿し司るフェルミナだからこそ深淵を理解しているのだろう。


 だが、ライにその辺りの理解が追い付くことはない。命を何よりも重んじる根底は前世の記憶により魂に刻まれたもの……。ライ自身に記憶が無くともその魂が命を諦めることを滅多なことでは良しとしない。フェルミナはこれを優しすぎると口にするが、謂わば半分は前世の因果の結果であることを知らない。


「ライ……お前が辛いならアタシとフェルミナだけでやる。何とかなりそうだって分かったしな?」

「エイル……」

「大丈夫だって。いつもライに任せきりじゃ確かに駄目だよな……アタシはお前の隣に居たいんだ。その為には心も身体も強くなる。だから、もう弱気にはならない」


 エイルとフェルミナの言葉にライは自らの弱さを改めて理解した。そして今回だけは二人の気持ちを頼ろうと思った。


(このお礼はちゃんとしないとな……。いや……お礼がどうこうじゃないんだ、きっと)


 大事な存在として支えて支えられて……竜鱗装甲アトラとはまた違った形の大切な『傍にある存在』──ライは今、それを意識し始めた。


「……ゴメン。エイル、フェルミナ。俺は二人をちゃんと見ていなかったのかもしれない。だから改めて頼むよ……一緒に戦ってくれ」

「おう!まかせろ!」

「はい!」


 満面の笑顔を見せたエイルとフェルミナ。その様子を見ていたプレヴァインは僅かに目を細め微笑んだ。


『クックック……。面白い。確かに今は借り物ではあるが、神の領域であるこの力に届くと言うのなら抗ってみせよ』


 プレヴァインは神衣を拡大展開。見えぬ圧力はライの想像を超えた範囲まで広がり始めた。それ単体でも恐るべき力となる神衣は、獲物を追う獣の如くエイルとフェルミナへと迫る。


 だが、今度は冷静に反応した二人。フェルミナは波動で、エイルはコウの概念力でその圧力に備えた。


「きゃあっ!」

「ぐっ……備えてもこれかよ!」


 伝わる衝撃に顔を歪め耐えるエイル。フェルミナは波動で勢いを殺し切れず弾かれてしまう。

 しかし、二人共負傷は無い。攻撃を受ける瞬間、ライの分身が波動を重ねたのだ。更に後方に飛ばされる衝撃を吸収魔法により緩和。衝撃はエネルギーとしてライ分身体の力へと還元される。


「大丈夫か、フェルミナ?」

「はい。ライさんのお陰で何とか……」

「やっぱり波動だけじゃ難しいか……。今から契約紋章を通してフェルミナに波動氣吼法を展開する。でも、多分長時間は無理だ。何とか感覚を掴んで自力展開に繋げてみてくれ」

「……やってみます」


 一方、エイルはまだ神衣の攻撃を受け続けていた。


「これは…、キツ……イな……!」

「もう少し耐えてくれ、エイル」

「わかってる……よ!コウ!」

『任せて!』


 コウの概念力【鉱物創造】が展開しエイルの周囲を埋め尽くす様に出現。概念力を込めた鉱物が弾け、その噴出力で僅かに神衣を押し返した。


「良し!」


 その瞬間を狙いライ分身体は更にもう一体に分離し波動を圧縮──一体を神衣の中へと突入させた。

 その状態で波動の放出。炸裂した波動は波動吼・鐘波と同様の効果を派生させ神衣の一部に僅かな歪みを発生させる。エイルはその隙に神衣の届く範囲から距離を置いた。


「まだだ!追撃がく……」

『遅い』


 やはり神衣……全ての力が別次元に向上しているプレヴァインは攻撃の手を緩めない。そしてエイルの眼前へと迫ったその瞬間、異変が起こる。プレヴァインの動きが一瞬止まったのだ。


「何だ……?」

「あ……。アタシ、分かるぜ?ヒイロが……止めてくれたんだ……」

「ヒイロが……」


 プレヴァインの支配下での抵抗……ヒイロはその時、確かにエイルを救おうとしたのだ。


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