第七部 第五章 第二十五話 初めての感情


「ヒイロが助けてくれた」


 エイルは確かにそう言った。それはきっとレフ族という血の繋がりがあるからこそ気付いたことなのだろう。

 だが、確かにプレヴァイン≠ヒイロは怪訝な表情を見せていた。そして、発された言葉からエイルが正しかったことを決定付ける。


『……。ヒイロよ。我との契約に逆らうことの意味、理解しているのだろうな?』

「わかってる……でも、僕はこれ以上大事な仲間を失いたくないんだ。それは契約にも含まれていた筈だよ?」

『なる程……だが、現時点で契約の履行を先延ばしにしていたのはお前自身。今までは見逃してきたが……もう良いだろう』

「…………」


 動きを止めていたヒイロは一瞬にして黒い霧に包まれる。やがて晴れた霧の中から現れたヒイロは様相が一変していた。

 背格好は変わらないまま……しかし、その身に纏うのは白の全身鎧。手には同様の白い大剣が握られている。


 その姿は明らかに戦士の姿──。


「ヒイロ……」

『ヒイロは深き眠りについた……』

「お前!ヒイロに何しやがった!」

『騒ぐな、ヒイロの憂いよ……。初めからこうしておけば良かったのだ。我がヒイロとなり力を示せばとうの昔に契約など果たせていたのだ』

「答えろよ、この野郎!」


 エイルの怒りはプレヴァインに届かない。代わりに答えたのはライだ。


「エイル。ヒイロはプレヴァインの力に飲まれて精神が眠りについたんだ」

「そんな……そんなのって無いだろ!」

「大丈夫。言ったろ?手は打ったって……。ヒイロは飽くまで眠っているだけだ。だから、まだ間に合う」


 プレヴァインはライの言葉に小さく溜息を吐いた。


『……先程から貴様は何かと知った風だな。未来視の所有者か?』

「残念ながら未来視は使えない。でも、【情報】からの推測は得意な方でね……アンタをヒイロから引き剥がす方法を幾つか考えたよ」

『ほう……?』

「だから、改めて聞く。プレヴァイン……ヒイロの事情は大体分かってるけど、アンタの事情はまだ良く分からないんだ。もし、助けが必要なら力になると約束する。だから、ヒイロとの契約を破棄してくれないか?」


 これを聞いたプレヴァインは盛大に笑った。


『ハ〜ッハッハッハ!言った筈だぞ?力を示せ、と。アレは貴様との言葉遊びではない』

「やっぱりか……」

『何がだ……?』

「その装備……アンタ、戦士だよな?つまり、他人に力を借りるのが嫌なんだろ?」

『…………』

「正確には『元神族として誇りがあるから、人間如きの力は借りられない』とか思ってるだろ?ついでに言うなら、自らより弱い相手が自分に何の助力ができるのか……って感じで信じられないってとこか」

『………』


 今度は笑顔を消し不快な表情を浮かべるプレヴァイン……。どうやら図星を突いた様だ。


『フン……どのみち貴様達には選択肢は無い。我に討たれるか、我を止められぬままか……当然、ヒイロはもう戻らぬ』

「そうならない為に今戦ってるんだよ」

『クックックッ……ならば問答は不要だろう?示してみよ。見事我を打ち破ることができればヒイロも解放されるやもしれぬぞ?』

「……わかった。そうする」


 言葉が終わると同時……プレヴァインは大きな力を感知した。魔力ではない。感じるのは大きな圧力……いや、その場に於いてプレヴァインだからこそ見ることができた領域の力。当然、自らに届き得る力だと判断したプレヴァインは目を見開き叫ぶ。


『この力……貴様、何をした!』

「いや〜……会話の間にちょっとね?」

『くっ……!小賢しい奴め!』


 力の発生元はライ……ではなくフェルミナである。プレヴァインとの会話の間、ライは《思考加速》をフェルミナに使用……大聖霊契約紋を通し『波動氣吼法』の感覚をずっと伝達し続けていた。

 元々フェルミナは波動吼に適性があったことも幸いした。そしてそれは大聖霊契約という魂の繋がりがあったからこそ為せた結果でもある。


 フェルミナはこの短い間で見事、波動氣吼法を体得した。


『……しかし、この力は『完全な神の力』ではないな?紛い物の神衣が我に通づるなど……』

「試してみたらどうだい?『紛い物の身体うつわで使う神衣』と、『紛い物でも神衣と戦える様に考案した力』……案外、良い勝負だと思うけどね?」

『………。良かろう。元とはいえ神の眷族だった我が力を侮ったこと、後悔させてやる』


 宙に浮いていたプレヴァインは音もなく姿を消した。次の瞬間響いたのは金属音……フェルミナの朋竜剣とプレヴァインの大剣がぶつかり合った音だった。

 続いて起こったのは衝撃の様な突風……それは超高速で移動したプレヴァインが起こしたもの。すぐ脇を通過されたエイルは吹き飛ばされそうになったが、ライと聖獣コウが瞬時に防いだので事なきを得る。


 そしてフェルミナとプレヴァインはそのまま剣戟を始めた。【御魂宿し】状態のエイルでさえ距離を置いて辛うじて目で追える速度……最早介入できる状態ではない。


「……。な、なぁ、ライ?」

「ん……?」

「フェルミナが使ってるアレ、森の途中でライが見せたヤツか?」

「そうだよ。波動氣吼っていってね……最近ようやく形になった力なんだ。あれは所謂、『擬似神衣』だ」

「擬似神衣……フェルミナは大聖霊だからすぐ使えたのか?」

「ん?ん〜……まぁ……結果としてそうなるのかな」


 魂の結ぶ付きによる伝授……ではあったが、それさえも半分は賭け。恐らく同じことをメトラペトラやアムルテリアに行っても、もっと時間を要するだろうとライは思っている。


 神衣の修得は奇跡──ならばそのハードルを下げつつ効果を維持すること目的とした力として考案したが、【生命の力】を基とする波動氣吼法はフェルミナと特に相性が良かったのも幸いした。


 とはいえ、エイルの疑問は他にもあった。戦士の姿をしたヒイロ≠プレヴァインは練達の戦士の動きである。神衣を纏い振るわれる攻撃……そんなプレヴァインの攻めをフェルミナは同様の達人が如き動きで往なし、躱しているのである。

 同居人として共に暮らし特に仲の良いフェルミナとエイル。一緒に居る時間も多いがフェルミナが剣の修練をしていたことなど一度も見たことがない。


「……アタシ、フェルミナがあんなに剣が使えるなんて知らなかったぞ?」

「あ〜……あれは、俺の指示で動いてるんだよ。《思考共有》なら時間差無しで全身の動きを伝えられるから」

「それでか……」


 そんなフェルミナの戦いを見てエイルは少しばかりもどかしくなった。


 元々戦いに関してはフェルミナよりエイルの分野だと言って良いだろう。レフ族の戦士として戦い、魔王となってからの記憶も完全に取り戻した。レフ族の中でも類稀な魔法の才覚を宿していた天才……現在はそこに【御魂宿し】としての力も加わっている。

 実際、エイルは居城同居人の中で片手の指で数えられる実力者だ。こと実戦に於いては半精霊に至ったマーナやマリアンヌと渡り合うことができる。


 エイルはライに救われた。その過程でライが想い人となった訳だが、共にある以上自分は戦いでライの助けになろうと決めていた。それは力を自負もしていた故のこと。

 だが……今のエイルはただ見ているだけ。いや、この異空間に来てからも何だかんだと殆ど力を使っていない。温存とは名ばかりでライやベルフラガが対応してしまったからだ。


 当然、エイルは自らがライの役に立てていないことに納得がいかない。それはエイルの意地でもある。


「なぁ、ライ?」

「ん……?どうしたんだ、エイル?」

「アタシのこと好きか?」

「えっ……!?どどど、どうしたんだ、いきなり?」

「良いから答えろ」


 エイルの肩に座っていた小型分身ライは顔を赤らめ身悶えしている。この辺りから恋愛に関して全く成長の様子が見当たらない。


「……も、勿論、大事な存在だと思ってるよ?」

「アタシが聞いてるのは好きかどうかだ。ちゃんと答えろ」

「……。それは……ま、前も言ったけど、まだ答えが……」

「それも違う。良いか、ライ?アタシはライが誰が一番好きとかの話をしているんじゃないんだ。アタシはライから離れるつもりはない。この先、アタシがライの傍にいて良い……いて欲しいって言うなら絶対に諦めないぜ。だから考えてくれ。アタシは、ライに必要とされる位には想われてるのか?」


 真剣なエイルの表情にライは言葉に詰まった……。


 そう……。ライが答えを先延ばしにするということはエイルのような心境の者を増やすことなのだ。自分を好きでいてくれるのを良い事に宙ぶらりんにしている。それは酷く不誠実であることはライにも分かっていたこと。

 それでも答えを出せない優柔不断さを迫る脅威と向き合うことで誤魔化していたが、それこそエイルの今の気持ちを生んでいる……ライは改めて自覚させられた。


 それでも答えは出せないのがライであるが、自分なりの精一杯で答えるしかない。


「俺は……エイルが好きだよ」

「ライ……」

「でも、それはフェルミナやマリー、それにトウカが好きなのとはどう違うのか分からないんだ。間違いなく好きなんだとは思う……けど……だって、変だろ?普通は一人にだけ想い向けるのが正しいんじゃないのか?」


 ライが旅の中で見て感じ取った愛は想いを互いに一人だけに向けている。その幸福感は感じ取れたのに自分にはそれができない。


「魂の伴侶のことは知ってるだろ、エイル?」

「ああ……たまに居るよな?ティムとスイレンがそうだよな?」

「うん。あんな感じの相手が世界の何処かに居るなら、多分俺と居ることは出逢いの邪魔になる……。それは……皆にとって悲しいことじゃないのか?」

「なる程……だから煮えきらないのか」

「に、煮えきらない……か」


 微妙な表情ながら申し訳無さそうなライ……だが、ここでエイルは盛大に笑った。


「アハハハハ!難しく考えすぎなんだよ、ライは」

「い、いや、そんなことは……」

「そりゃ相手の気持ちは大事かもしれないけどさ……そんなものばっかり気にしてたら何も始まらないぜ?それよりも自分の気持ちが大事だ。アタシはライが良い……ライじゃなきゃ嫌だ。だから傍に居る。魂の伴侶なんて知らない」

「エイル……」

「どんな形だって良いんだ。自分の大事がしっかり分かれば後は勢いで良いんだよ。間違ってりゃ誰かが教えてくれるし」

「…………」

「それに、もし誰かと奪い合いになってもアタシは負けないけどな?まぁ、フェルミナやマリアンヌとはもう同盟組んだから大丈夫だけど」

「ど、同盟……?」

「ああ。アタシら三人は全員平等な立場でライの嫁になるってな?メトラペトラが証人だ」

「……あ、あのニャンコ、勝手に……」


 メトラペトラの暗躍……ライの知らぬところで着々と計画を進める成果の一つが、この『同盟』。他にも色々やっているらしいが、脅威対策やイルーガの件でライはそれどころではない。当然、気付く訳もない……。


「で、話は戻るぞ?アタシやフェルミナ、マリアンヌはライと居るのが一番……じゃあ、ライはどうだ?」

「俺は……皆が幸せに……」

「だから違うって。ライはアタシ達に一緒にいて欲しいか?」

「………。うん」


 ライは照れ隠しをする子供のような表情で頷いた。


「良し。じゃあ改めて聞くぞ?ライはアタシが好きか?」

「………。はい……す、好きです……」


 分身ながらライの顔はもう真っ赤だった……。


 それはライの人生の中で初めてのことだった。


 恋愛というものを魂が拒絶していた男が、真っ直ぐに向けられた想いの影響で自らの気持ちを顧みることとなったのだ。

 これは真っ直ぐ過ぎるエイルだからこそ成し得た結果と言っても過言ではない。


 そして……ライの覚醒めたばかりの覚束ない答えを聞いたエイルは、満足気な顔で話を続ける。


「良し!それじゃあ、アタシを好きなライに頼みがある!」

「ナ、ナンデゴザイマショウ?」

「アタシはライの力になる。でも、今のままじゃフェルミナより役に立てない。アタシはそれが嫌だ。で、だ……アタシをフェルミナと同じやり方で強くしてくれ」

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