第七部 第五章 第二十六話 フェルミナの自信
「アタシをフェルミナと同じ方法で強くしてくれ」
エイルはライにそう提案した。しかし、それは実質不可能とも言える。
フェルミナは大聖霊契約という魂の経路がある。それを利用すれば互いの思考だけでなく感覚までも共鳴が可能なもの。謂わば【御魂宿し】と同様の繋がり……これは通常の契約とは比べるべくも無い強力なものだ。
何よりエイルは聖獣コウと既に契約を結んでいる。その状態でライと魂を繋ぐことは不可能かに思われた。
いや……大聖霊契約はそれでなくても特殊な力なのだ。同じようにという注文はハッキリ言って無理難題である。
だが……エイルは全く悪びれること無く話を続けた。
「だって、ズルいだろ?元々ヒイロを救いに来たのはアタシなんだ。それが結局良いところは皆に持っていかれて、それどころかフェルミナなんてライの力を感じながら戦ってるんだぜ?」
「いや……それは……」
「ホントはフェルミナも戦わせたくなかった、て言うんだろ?分かってるよ、そんなこと。でも、アタシの気持ちも分かるだろ?」
分かるだろう、というより理解させられたライ。エイルが問いかけた『好きかどうか?』という言葉はその為に行われたものである。
勿論エイルも大聖霊契約の様な魂の繋がりが欲しい訳ではない。そんなものが無くてもエイルはライを好きで居続ける自信がある。しかし、現実としてエイルは今ヒイロを救う為に強くなる必要があるのだ。
そしてその手段としてフェルミナ同様のライとの一体感を求めた。特にエイルはライと行動することが少なく幾分の不満があったのも理由の一つである。
一言で言い表すならば、これはエイルの乙女心──どんな形でもライとの繋がりを感じたいという願いでもあった。
「う、う〜ん……。フェルミナと同じ方法で……って言うとちょっと難しいかな……」
「駄目か……?」
キラキラした乙女の眼差しを向けられたライはダラダラと汗を流しながら考えている。先程のエイルの言葉を理解した手前、望みを叶えてやりたいのはライの本心でもある。
本当は精神世界でエイルと修行をすることも考えていた。ディルナーチ大陸・神羅国の勇者カズマサに纏装を伝授した際の方法ならば僅かな時間で結果を出せることは実証済。しかし、エイルはそれだけでは満足しないだろう。
(むむむ……。となれば……)
何らかの形で心を共有する手段が必要。以前では不可能だったことも今ならば可能となったライ──しかし、エイルの望みを叶える為には力の制限が邪魔になる。
そこでライは、魔獣と戦う本体側でアトラと相談を始めた。
「っていうわけなんだけど……」
『………。主………』
「ゴ、ゴメンネ〜?」
幾分なり呆れている様にも感じるが、アトラはライの相棒としての自覚がある。この場で無下にすればライが勝手に無茶をやらかす可能性も理解していた。
『……。現状、最善は新しい魔法式の構築です。但し、力としてはかなり消耗すると思われますので分身体の使用は更に制限が必要でしょう』
実のところ、必要というより分身体の維持が出来なくなるだろうというのがアトラの見解だった。
元々魂の経路のあるフェルミナと違いエイルとは新たな繋がりを構築するのだ。少なくとも、感覚をより完全に近い形で繋ぐには意識の範囲を絞り込む必要がある。
つまり……どのみちエイルと魂を繋ぐ魔法が完成するまで、ライ本体以外の分身は制限する必要が生まれる。
『魔法式は私と主の繋がりを参考に構築するので然程時間は掛からないかと。問題は、今の主に設けた制限が更に〘分身無し〙になることです。魔獣の浄化は更に困難となるでしょう』
「……。それでも、エイルの望みは叶えてやりたい」
『分かりました。では……』
アトラは今のライが行える最大能力での魔法式を構築し始めた。限定的な状態で負荷を抑えつつ、使用できるギリギリの魔法──それは程無く完成する。
『主。注意点が二つあります』
「何だ……?」
『一つはフェルミナ様との連携が一度途切れます』
「え……?……。それって不味いんじゃ……」
『その点は問題ないかと。間もなく援軍が到着しますので、その後にエイル様との魔法構築を行えば良いでしょう』
「………。なる程、ベルフラガか」
アトラは現状ライの負担を減らす為に仲間達の位置も把握していた。特にベルフラガはライを追い詰めただけの力を宿している。現状、最も頼りになる存在だと判断していた。
「もう一つは?」
『この魔法は互いの感覚だけでなく、心境も共有することになります』
「……つまり……心も丸見え?」
『魔法展開中のことだけではありますが、その時点での記憶なども共有になります。ですので……』
ライの身体が限界に達していることを少しでも考えれば即座にエイルに伝わってしまう。その他不都合な記憶も含め思考に入れぬ様に……と、アトラは助言した。
『それと、この魔法式は今回限りとお考え下さい。少しばかり主の魂の領域を使用しますので多用は出来ません』
「……。わかった。これはエイルに対してだけの魔法にする」
『では、間もなくベルフラガ・アービンの両名が到着します。アービンは疲弊が回復していない様ですが、ベルフラガは即座に行動に移ると推測。それに併せ魔法展開を始めて下さい』
「いつもありがとうな、アトラ」
ライの為に存在する竜鱗装甲アトラ……しかし、確かに心がある。己の為に尽くしてくれる存在にライは心からの感謝を忘れない。
そして再びのヒイロ≠プレヴァインとフェルミナの対決。ライとの感覚共有を行っていたフェルミナに分身ライが語り掛けた。
「フェルミナ。間もなくベルフラガ達が到着する。そうしたら一端、フェルミナとの《感覚共有》を切る。波動氣吼法は何とか維持できそうか?」
「はい。それは大丈夫だと思います。でも、どうかしましたか?」
「え〜……じ、実はね?」
ライはエイルとの経緯をフェルミナに包み隠さず話した。隠し立てするのはおかしいと判断したが故だ。
そして話を聞いたフェルミナは……笑い始めた。
「フフフ。エイルったら……仕方無いわね」
「……。怒らないの、フェルミナ?」
「ライさんが盗られそうだからですか?」
「い、いや……そういう訳でも無いんだけどさ……」
「フフフ。冗談です」
フェルミナは剣を振るい続けながら肩にしがみつくライに語り掛ける。
「想いは……誰にも止められません。特に愛という感情は。私はそれを人と暮らす中で理解しました」
「フェルミナ……」
「それに……エイルは私にとって姉妹みたいなものなので、なるべく公平でいたいんです」
「…………」
優柔不断な自分と違い、フェルミナやエイルは真剣にライを想っている……そのことにライは申し訳無さで一杯になった。
(大人になれていないのは俺だけか……。ガタイばかりデカくなって本当に情けないな……)
今の関係が心地良くて壊したくないというのも、結局はライの我儘である。脅威が迫ることを言い訳に逃げているだけ……それは分かっていたことだ。
それでも……ライは答えを出すまでには至らない。
魂の変質は多く恩恵をライに与えた。だが、ウィトの予想通りライは他者への愛をまだ手に入れられていない。もっとも……だからこそウィトはライの中でまだ辛うじて存在できているのだが……。
「ゴメンな、フェルミナ。俺はまだ答えが出せない。でも、フェルミナを離したくない気持ちは本当だ。いつか……ちゃんと答えを選ぶから……」
「無理に選ばなくても良いですよ?」
「へっ……?」
「ライさんが好きな人は好きで良いじゃないですか。先刻も言いましたが、人の想いは止められません。ライさんが許容するなら私には問題はありませんし」
「いや……でも、それは……」
「大丈夫です。最終的には
「……………」
自信に溢れるフェルミナの言葉が理解できないライは、ただただ戸惑うばかりである。いつかその意味を理解出来る日は来るのか……その答えは遥か後に分かるだろう。
「そういう訳ですからエイルの望みを叶えてあげて下さい」
「えっ?……あ、ああ……」
「丁度援軍も来ましたよ?」
ベルフラガとアービン、到着。直後、二人は戦いを見守るエイルの元へと駆け寄った。
「……。これは……どういう状況ですか?」
「あ〜……。実はな?」
エイルはこれまでの経緯を簡略的に説明。状況を理解したベルフラガは低く唸っている。
「嫌な予想が当たってしまいましたが……。まさか神の眷族、いや……元・神の眷族とは……」
「今はフェルミナが抑えてくれてるけど、やっぱり一人じゃキツイだろ?だから、アタシもライの力を借りて強くなる」
「……可能なのですか、ライ?」
「まぁ何とかね。ただ、その為に分身を一体に絞らなきゃならないんだ。そうするとフェルミナは剣技は使えなくなる。だから、二人にも加勢を頼みたい」
「分かりました……ですが、根本的な問題が残ります。貴方はどうやってヒイロとプレヴァインを分離するつもりなのですか?」
「ああ……。それは……」
ライが考えた秘策は二つ。一つはライがヒイロと交わした強制契約。
形の上ではプレヴァインの契約よりも後になる。しかし、今現在のヒイロの願いとしてはライとの契約の方が果たしたい気持ちは強い筈だ。と、言ってもこれはプレヴァインの契約を上塗りする為のものではない。
ライが契約を交わした理由は、プレヴァインにヒイロの願いを理解させると同時に契約の強行を防ぐ目的があった。
事実、プレヴァインはヒイロの身体を強制的に支配下に置いた。しかし、ライとの契約がある為にヒイロの精神は完全に飲み込まれずに済んだのである。
そしてプレヴァインがヒイロの願いを知りライの契約が効果を示していることは、プレヴァインの契約履行が不完全であることも意味していた。
「その状態で目的が果たせないとプレヴァインが理解すれば、契約は弱まる筈なんだ。ま、その為にはプレヴァインより力が上だと見せなきゃ納得させられない訳だけど」
ライは現在、魔獣と戦闘中。制限があること、そして分身が使えなくなることを鑑みれば、駆け付けるにはまだ時間が必要だろう。
「もう一つの策は何ですか?」
「波動による存在の分離……を以前やったことがあってね。……。実のところこれは迷ってたんだけど、魔物のお陰で吹っ切れた」
波動吼の直接射出による存在の分離。これには躊躇いがあったが、魔獣・影鹿鳥と魔物クーンプリスを分離させたことで幾分なりの可能性が生まれた。
但し、この直接射出はライが行わねばならぬだろう。感覚を共有したことで理解したが、フェルミナが獲得した波動吼は飽くまで《凪》と《無傘天理》だけ……圧縮放出には至らないことが分かった。
他に波動吼の使い手がいない以上、こればかりはライがやるしかない──と考えていた。
そこで声を上げたのはアービンである。
「その役目……私に任せてくれないか?」
「で、出来るんですか……?」
「君の技とは形状が違うと思うが、恐らく効果はある。ただ、その為にはガデルの回復が不可欠だ」
アービンの神具・明星剣により展開する《空震剣》ならば《鐘波》同様の効果がある。しかし、その為にはアービンは未熟なのでガデルの補助が必要なのである。
「……ガデル」
『……聞いておりました。しかし、回復には今しばしのお時間を頂かねば……』
「済まない。無理ばかりさせる」
『いいえ、こちらこそ不甲斐ないばかりです』
大きな成長を果たしたアービンではあるが、流石にまだ単独波動展開は行えない。ガデルの回復にも時間を要する。
「……。では、ガデルが回復するまで私が時間を稼ぎましょう。その間にエイルはライから力を伝授して貰って下さい」
「ああ、わかったぜ!」
張り切るエイルに微笑むベルフラガ。
「……悪い。任せた」
「その為にここまで来たのですよ。それにレフ族の血がそうしたいらしいですから」
「そっか……」
「フェルミナにはガデルの回復に努めて貰いましょう。ライは私がヒイロ……プレヴァインと対峙した時点でフェルミナとの共有を切って下さい。……。恐らく長くは抑えられませんのでなるべく早めにお願いしますよ、ライ?」
「分かった」
「では、行きますよ?」
ベルフラガは半精霊化と同時にプレヴァインへと向かって行った。
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