第七部 第五章 第二十七話 魂の魔法


 フェルミナとプレヴァインの力は辛うじて拮抗していた。


 フェルミナは擬似神衣である波動氣吼法を駆使し迫るプレヴァインの神衣を防いでいる。

 波動氣吼を展開することで知覚できなかった神衣の形状を視覚できるようになったのは、恩恵の一つ……。加えて、通常の纏装では神衣に貫かれてしまうところを波動氣吼は防ぐこともできている。


 一方のプレヴァイン。憑依状態であるヒイロの力を掌握しきれないらしく、存在特性としての効果を調整できていない。故の拮抗……それはプレヴァインにとって甚だ納得のいかない状態だろう。


 それでも……周囲の介入さえ難しい超越の戦い。剣技の応酬は互角──それこそがプレヴァインが戦士だという証。


『やるな、小娘……』


 嵐の様な剣撃の末、一度距離を取ったフェルミナとプレヴァイン。互いに剣を構えたまま口を開く。


「これは私の力じゃないわ。私とライさん二人の力よ」

『ほう……またもあの男が絡むか。だが、小娘……その力は所詮借りものだろう?長くは維持できまい』

「……………」


 波動は本来、一朝一夕で獲得できる力ではない。ライは短期間で修得した様に思われるが、実際の力として使い熟すのはまた別の次元の話である。ライは今以てしても研鑽を欠かしていないのだ。

 当然、フェルミナがライと感覚を共有し一時的に力を使用していても限界は訪れる。プレヴァインはそれを見抜いていた。


 しかし……プレヴァインはやはり神衣を過信し過ぎているのだろう。この異空間の中で起きている『連鎖する進化』を理解するまでには至っていない。


 そんなプレヴァインはフェルミナに続いて現れた新たな力と対峙することになる。


「たとえ借りものでも確かな一歩なのですよ」 


 飛翔できぬ筈の空間を飛来しフェルミナの隣に並んだベルフラガは澄んだ声でそう告げた。プレヴァインはその様子に無言で目を見開いている。


『…………』

「初めまして、神の眷族プレヴァイン……いえ、正確に『元・神の眷族』とお呼びした方が良いですか?」

『次から次へと……。貴様は何処から現れた?その力は……まさか、貴様もか?』

「貴様もか?の意味が今一つ判りませんが、確かに私もライの力と似たものは獲得しましたよ。但し、自己獲得の亜流ですがね」


 ベルフラガは笑みを浮かべ礼儀正しく挨拶を続ける。


「私の名はベルフラガ・ベルザー。ヒイロと同じ一族の血を継いだ者です。以後、お見知り置きを」

『ベルザー……聞いた名だな。思い出したぞ?確か、【赤の魔導師】だったか』

「おや……私を御存知とは光栄ですね」

『フン……私とてこの星の情報はある程度獲得している。それで、三百年前の魔導師風情が何の用だ?』

「先程も言いましたが、私もヒイロと同じ血族なのですよ。それに似たような過ちを犯した者でもあります。だからヒイロを救う手助けに来たのです」

『それもあの男が絡むか?』

「ええ。始まりはともかく、この場の全てにライは絡んでいると考えて良いですよ」

『……。フッ……ハッハッハ!これは良い……!』


 高笑いするプレヴァインにベルフラガは小首を傾げた。


「何が可笑しいのですか?」

『クックックッ……これを笑わずには居られるか。まさか、人間の《未来視》がここまでとは思わなかったのでな?』

「未来視……ですか?」

『そうだ。この星に於いてヒイロに憑いた我の未来を覗いた者が居た。たかが人間と侮ったが、とうやら正しかったと認めざるを得ない様だな』

「……。経緯はわかりませんが、どんな未来視か聞かせて頂いても?」

『この状況……と言えば理解できるか?』

「なる程……」


 ヒイロの辿る未来と、ヒイロと契約を交わしたプレヴァインの未来……その先にあるこの邂逅を見通した者が居た。だが、プレヴァインの様子からそれだけではないとベルフラガは見抜く。


「その者は更に先も見ていた……違いますか?」

『……賢しいな、魔導師』

「お聞きしても?」

『何故気になる?』

「我々は別に戦いを望んではいないからですよ。ヒイロを救えさえすれば良いのです。しかし、貴方はそれを良しとしていない」

『どこまでも賢しい奴よ』

「恐らくですが、貴方には何か理由があるのでしょう。神の眷族だった貴方ならばヒイロを手放したところで困ることは無い筈……ならば気位が原因かと思えば、貴方との会話からそうでは無い様にも感じます。戯れにしても楽しそうではありませんしね?」

『……何故、そう思った?』

「貴方が【戦士】だからですよ」

『…………』


 プレヴァイン≠ヒイロは無表情になり視線をベルフラガへ向けている。


「戦士である貴方は本来、小細工を好まぬのでしょう。つまり、ヒイロを手放せないのは何か理由がある……そう思ったのです。それが未来視でも示唆されていたのでは?」

『全く……魔導師というのはつくづく推論好きな……』

「それは魔術師・魔導師の性分ですね。それで……」

『答える気は無い。あの勇者にも告げたが、ヒイロを救いたくば力で示せ』

「……。そこは戦士の考え方なのですね……」

『そうだ』

「では、仕方ありませんね……」


 ベルフラガは波動魔法型の擬似神衣を強化。同時にフェルミナに念話を送る。


『ここは私が引き受けます。貴女はライとの繋がりを一度解いて下さい』

『ライさんから聞いているわ。……でも、あなた一人で大丈夫?』

『問題ありませんよ。それより、アービンの回復を手伝ってあげて下さい』

『わかったわ』


 フェルミナは波動氣吼法を解除しアービンの元へと向かった。


「……。見逃して良かったのですか?」

『構わん。女を斬るつもりは無かったのでな』

「戦士というよりは武人ですね……やはり手加減していた訳ですか」

『さてな。だが、貴様はそうはいかぬぞ?死ぬ気で抗え』

「お手柔らかにお願いします」


 戦いはベルフラガに引き継がれながらも更に激しさを増す。まず、変わったのは戦いの構図……。

 魔導師であるベルフラガと戦士であるプレヴァインではそもそも戦いそのものが異種である。力と技を主力とするプレヴァインに対し、ベルフラガは魔法と戦略を主とする。互いにぶつかり合うことは大きく減り、距離を置いた戦いへと移行した。


 故に、二人の戦いは異空間内を広く使うこととなる。時に激しい閃光を放ち、時に流星の様な軌跡を描く……。


 エイルはその光景を遠くから見つめていた。


『エイル……ゴメンね?』


 ふと呟いた聖獣コウの言葉にエイルは戸惑った。いつもの快活な勢いが無かったのだ。


「何でコウが謝るんだよ……」

『ボクと契約してるのに力になれてないからだよ……。結局、ライに頼ることになってるし……』

「それを言うならアタシが謝らないとな……。アタシはコウの力を借りても弱い」

『そんなことは無いよ』

「あるよ。特にアタシは心が弱いんだろうな。ライに頼りたい気持ちがどうしても消せなかった」

『……。それが乙女心だよ、エイル』


 確かにエイルとコウが完全に同調し力を開放すればプレヴァインとも少しは渡り合えただろう。だが、【御魂宿し】の力では結局神衣には届かないと初めから思ってしまった。

 無論、それもエイルの優しさなのだ。エイルは無意識の内に全力で戦いコウが傷付くことを恐れたのである。


 魔王となる前のエイルは優しい反面、臆病なところがあった。家族を失い続けた過去はエイル自身から繋がりを奪われる恐怖を刻み付けたのである。それは、強い繋がりを持った聖獣コウも対象となった。 


 そして今は、その感情はライの家族や同居人にも及んでいる。ただ、エイルの中ではライだけは別だった。


 救って貰ったことで過剰な美化をしている訳ではない。だが、肩を預けても大丈夫という安心感を最初に与えたのは間違いなくライだったのだ。

 更に、共に暮らしてゆく中でライの心に欠けているものがあることも理解した。だからこそエイルはライの支えになりたいと改めて感じた。


 ライに頼るのは本末転倒だと自分でも理解はしている。しかし、エイルはライと共に強くなりたかった……。


「呆れただろ、コウ?」

『ううん。ボクはそんなエイルも好きだよ』

「………。ありがとうな、コウ」


 エイルは自らの胸に手を当て、少し変わったこの聖獣との出会いを感謝した。


「……。じゃあ、やってくれ。ライ」

「……。わかった。大まかに説明するけど、今から行うのは遠隔からの波動魔法だ」


 異空間内に於いて通常の魔法は使用できない。当然ながら魔法は波動魔法一択で構築されている。


「具体的にはエイルと俺の魂に一時的な経路を繋ぐ。で、繋いだら互いの魂の極一部だけ混ぜ合わせる」

「そんなことして大丈夫なのか?」

「アトラの話ではね。ただ、これには信頼が無ければ成り立たないんだそうだ」


 人間の魂は謂わば存在の根幹……つまり、それに触れるのは無防備を晒すことでもある。触れられても尚抵抗しない信頼関係が必要となる。

 そんな前提を聞いても決意が変わらないエイルは、笑顔で肩に乗る小さなライに触れた。


「それなら問題ないよ。アタシはどんなライでも受け入れるさ」

「そっか……。まぁ実際はすぐに魂が馴染んで違和感が無くなるって話だけど、魂の経路に近いものが出来るんだそうだ」


 完全に繋がり魔力循環さえ可能な大聖霊契約とはまた別種の経路……アトラはそれを『心の経路』と述べていた。


 相手との繋がりを感じ互いが傍にいる様な感覚、そして安堵感は大聖霊契約でもフェルミナのみが受け入れている感覚でもある。メトラペトラやアムルテリア、そしてクローダーは、その感覚は普段遮断している。理由は感情や記憶を何かの拍子に読まれぬ為……。

 つまり、今回の魔法を行えばエイルは心の繋がりの面でフェルミナに並ぶことになる。


「コウとの契約にも問題は無いらしいから安心して良いよ」

「そっか……」


 エイルは一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐに誤魔化す。


「そ、それにしても、魂の繋がりか……。そんな魔法、良く作れたよな?」

「う〜ん……俺も疑問には思ってたんだけどね。大聖霊や聖獣、それに精霊や魔物との契約って【情報】の概念力かと思ってたんだけど、どうも違う部分があるみたいなんだよ。でも、クローダーの【情報】閲覧領域にはその説明が目当たらない。何なんだろうな……」

「ま、アタシは何だって良いさ。それより、早く頼むよ。あの力……ベルフラガも長くは持たないだろ?」

「……。本当に良いのか、エイル?」

「当たり前だ。だから……」

「……わかった」


 分身体のライが光の帯の様に変化しエイルに巻き付く。帯はゆっくりと浸透しエイルの中へと融けていった。


 同時に……エイルの意識は暗い闇の中へと沈んでゆく。闇の底には温かな光が灯り、そこにはエイルが心から望んだものが待っていた気がした。




 エイルがライとその魂の繋がりを確かなものとする頃、ベルフラガとプレヴァインの戦いは更に激しさを増す。


 互いの力を幾度かぶつけ合った結果、やはりベルフラガの擬似神衣はプレヴァインに押し負けてしまうことが判明したのだ。


『フッ……。やはりか』

「…………」

『貴様のその力は【天威自在法】を纏ったものだな?常時身体に流れる自在法の維持に意識を割かれ上手く扱えていないと見える。本来の天威自在法は纏うものではない。魔力消費も相当なものだろう』

「……。流石ですね。それは武人としての見抜く目……それとも、長く存在する上での経験測でしょうか?」

『さてな……その両方かも知れぬ。フッ。惜しかったな、赤の魔導師……貴様が多くの研鑽を積んでいれば、もっと面白い戦いとなっただろうがな』

「そうですか。ですが、まだ戦いは終わっていませんよ?私はまだ試していないことがあります」

『強がりを……いや、貴様なら有り得るか?』

「ククク……。そういう訳ですのでもう少しお付き合い下さい。間もなく貴方は更に色々と驚かされることになるでしょう」


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