第七部 第五章 第二十八話 狂乱神の眷族


 プレヴァインと対峙するベルフラガはそれまで行っていた力の制御を解いた。これまでは暴れる様な波動の魔力を身の内に抑える様に纏っていたのである。

 制御自体は消費を抑えると共に周囲への被害を回避する為。これを解いたことにより消耗こそ激しくなったが、その為に割いていた思考領域は開放されたことになる。


「残念ですが私は戦士ではありません。なので、貴方の流儀とは違った形の戦い方になってしまいます」

『仕方なかろう。皆が戦士たることは不可能……それぞれに合った強さがあるのは当然だ』

「それを聞いて安心しました……。私はどうしたところで魔導師なのでしてね。故に魔導師としての強さで成長するしかありません」

『そんな説明は要らん。お前の出せる全てを、お前のやり方で出してみせろ。そうでなければ我への侮辱ととる』

「本当に貴方は武人ですねぇ。……では、ここからは『赤の魔導師ベルフラガ・ベルザー』の戦いをさせて頂きます」


 波動魔法で身を包むベルフラガは半精霊体形状へと変化し神具・回天万華鏡を取り出す。自らの胸に掲げた回天万華鏡を魔力物質である白い帯で自らに装備固定を行ったのだ。

 そして高速言語により魔法を展開。使用したのは火炎圧縮魔法 《戦塵光華せんじんこうか》──小さな火球を思わせる魔法を神具の効果で百近くまで転写するとプレヴァインへと放つ際に波動を加えた。


 本来であれば不可能な筈の波動魔法の転写……これを可能にしたのはベルフラガと神具・回天万華鏡の完全なる同期。それはライと竜鱗装甲アトラの同期と良く似ていた。

 奥の手にして事象神具である回天万華鏡──それを徹底して調べ上げ自らの扱える力としたのはベルフラガの研鑽の賜物。だが、その領域にはベルフラガでなければ辿り着けなかったとも言える。回天万華鏡はまさにベルフラガの為に存在する神具と言っても過言ではなかった。


 放たれた百の火種は自動追尾型……プレヴァインは瞬く間に退路を塞がれる。だが、その表情には笑みすら浮かんでいた。


「……。一応お願いしますが、その身体はヒイロのものなので大切に扱って下さいね」

『要らぬ心配だな。いずれ我が物のなるやもしれぬ身体をどうして雑に扱うか?』

「それを聞いて安心しました。では……行きますよ?」


 ベルフラガが手を掲げると同時に火種は次々にプレヴァインを襲う。《戦塵光華》は着弾と同時に花火の様に炸裂……威力はその小さな火花一つで街が壊滅するだろう程だ。

 それが百ともなれば確かにこれは危険極まりない。制御が不安定な現状では元の空間で使えない危険な魔法でもある。


 しかし、ここは異空間──だからこそベルフラガは波動魔法を使用した。力の研鑽には実践による経験が不可欠……当然それを理解しているからこその行動だった。


 とはいえ、ヒイロを死なせてしまっては意味がない。故のプレヴァインとの先程の問答である。


(さて……。手始めにしては少し過激かとも思いましたが……)


 着弾と連鎖爆裂を繰り返す《戦塵光華》は視界を閃光で染める。周囲はその光で陰り昼夜が逆転したかと思える程だった。並の者……いや、ロウド世界の実力者でさえ消し炭さえ残らないだろう『死の閃華』はプレヴァインを襲い続けた。


(………。なる程……これが神の眷族ですか……)


 やがて火花が消え少しづつ視界が戻った先……そこには剣を構えたプレヴァイン≠ヒイロが傷一つ無い状態で立っていた。


『……。フム。久々に少し肝が冷えたか……ハッハッハ!』

「今のを『肝が冷えた』で済まされるのは少しばかり自信を無くしますね……。一体どうやって防いだのです?」

『身体に届く前に全て叩き落としたまでだ』


 神衣を纏ったプレヴァインは尋常ならざる速度で大剣を振るい《戦塵光華》を弾いていた。全方位の火花を叩き落とす行為はこの場での回転となり、神衣の渦を生む。結果として波動魔法は神衣に阻まれてしまった。

 実はもう一つ……この行為を容易にした『能力』が隠されていたのだが、この時点でベルフラガは気付かない。


「……。これは参りましたね……」

『ククク。いや、中々だったぞ?付け焼き刃とはいえあれ程の魔法を編める者はそうは居まい。それに、美しい魔法だ……我が神ならば称賛しただろう』

「貴方の神……ですか?」

『私がかつて仕えた御方は狂乱神ネモニーヴァ様……あの方は芸術の神でもあるのでな』


 そこまで口にしたプレヴァインは物憂げな表情を見せた。


「狂乱神の眷族……。……。では、貴方は……」

『勘違いをするなよ、魔導師?私はこの星の民を恨んでいる訳では無い』


 狂乱神はロウド世界の抵抗を受け倒された。その眷属ともなれば主神を討たれた恨みがある筈……プレヴァインがヒイロの身体を奪おうとしたのはロウド世界への復讐の為だとベルフラガは考えていた。


 しかし、プレヴァインはそれを否定した。


『世界への試練を与える神は討たれることも含めて存在している。我が神も当然そうだ。そして神の精神は不滅……討たれたところでやがて復活を果たされる』

「…………」

『故にあの方は〘抗った星を恨むな、討たれることも必要なのだ〙と常に仰っておられた。貴様らへ恨みを持てば我が神の教えに逆らうことになる』


 試練として現れた狂乱神の存在が滅ぶことはない。意識は神の世界へと還り新たな身体を得て復活するのである。そうやって人の理解が追い付くことのない長い刻を存在し役割を果たし続けているのが『真なる神』なのだとプレヴァインは口にした。


『私がヒイロの身体を必要としているのは飽くまで我儘からのものだ』

「……。そうですか……。しかし、それについては教えては頂けないのですね?」

『フッ……。余計な話をしたな。それで……次は何を見せる?』

「そうですね……。では、こんなものはどうでしょうか?」


 次にベルフラガは『神具・怠惰の剣』を空間収納庫から取り出した。剣技には剣技で……というのは建前で、怠惰の剣に蓄積された技能を使用した時間稼ぎに出たのである。


 実のところ、先程の《戦塵光華》はもう少し長く連鎖炸裂する計算だった。が、尽く打ち消されてしまった為にあまり時間稼ぎにならなかったのだ。 


 ベルフラガは確かに天才……しかし、やはり何事にも研鑽は不可欠なのだ。


(波動魔法は使えて残り二回といったところでしょう。そして私の役目はエイルとアービンの為の時間稼ぎ……。それに、プレヴァインはまだ真の実力を見せてはいない。少しでも情報が欲しい)


 波動魔法はかなりの魔力を消費してしまう。ならば身体に波動魔法を纏った状態の方が長く戦える。相手の土俵に上がることになるが、プレヴァインにロウド世界の剣技がどこまで通じるのかを知ることもできるだろう。


 とはいうものの、魔導師が剣を構えたことはプレヴァインにとって気分の良いものではない。その表情からは不快さが見て取れる。


『……。貴様はめているのか?』

「いいえ、本気ですよ。言った筈です、私は魔導師だと……。そして、魔導師の戦いとは常に相手の裏をかくもの。私が剣技を使うことはちゃんと意味がある」

『…………』

「ともかく、やれば分かる筈ですよ?何せこのロウド世界の達人達を相手にすることになるのですからね」

『……。良いだろう。精々期待を裏切らぬことだ』


 大剣を肩に背負うように構えたプレヴァインは再び姿が消えたかと思う程の速度でベルフラガへと迫る。対してベルフラガは、怠惰の剣で斬撃を往なすと身を捩った勢いを利用し水平に剣を振るった。

 それを素早く戻した大剣で受けるプレヴァイン……幾分納得がいった笑顔を浮かべる。


『面白い……。魔導師が剣を使うか……』

「この神具はロウドの達人達の研鑽が刻まれています。存分に楽しんで下さい」

『ならば、しばし剣舞を興じるとするか』


 やがて激しくなる剣戟……軽々と大剣を振るうプレヴァインに対し、基本は往なし躱すを繰り返すベルフラガ。時折潜り込む様な動きからの突きや切り返しといった技巧を組み込み、蹴りや肘打ち等の体術も行う。

 幾十と切り結ぶ中で、プレヴァインは少しづつ笑みを浮かべ始めた。


『ハッハッハ!伝わるぞ……この星の剣士の研鑚が。惜しむらくは当人達と戦えなかったことか』

「技能や知恵は継がれることに意味があるとは思いませんか?この剣の所有者の多くは自らの剣技の更なる向上の為にこの剣を手に入れ、そして手放しています。それは誰かが継承しているかもしれませんし、失われてしまったかもしれません。ですが、それは今確かに貴方の様な相手と渡り合う為の力となっている」

『フフ……。数多の剣士の生きた証……私はそれを堪能している訳か。贅沢な話よな』


 ベルフラガが神具を使い振るう剣は流派を越えた技巧の集合……プレヴァインも油断をすれば傷を受ける。ベルフラガの擬似神衣を纏う剣とプレヴァインの神衣を纏う剣は、先程のフェルミナ同様に拮抗までに至った。


 そしてベルフラガは……プレヴァインの表情に共感すべきものを感じていた。


(………。そうですか……。貴方も長き時を掛けた願いがあるのですね)


 狙い通りの時間稼ぎではあるが、ベルフラガはしばしプレヴァインの愉悦に付き合うことを何故か誇りに感じるのであった。



 一方、その頃──ライの波動魔法を受けたエイルの意識世界では……。


「………。真っ暗だな。コウ、ここは何処だ?」


 エイルの問いに応えは無い……。


「……そっか。これはアタシとライの意識を繋ぐ魔法だからコウは入れないのか……」


 エイルは改めて自らの意識を確認する。上下左右も分からない見渡す限りに広がる暗闇はエイルを心細くさせる。


「アタシ、暗いの苦手なんだよ……。お、お〜い!ライ、何処だよ!」


 その呼び掛けに応じるかの様に世界は白く反転した。足場となる地には一面見渡す限りの花が咲き乱れている。果ては無く白一色の世界……その光景にエイルはしばし見入っていたが、ふと自らの姿が裸であることに気付く。


「……。何で裸なんだ……。ライの願望か?」

「ハハハ。それはね……この世界が精神世界に於いて君が無防備であることを意味しているんだよ」

「!?」


 声に反応して振り返ったエイルが目撃したのはライ……ではなく、全身白一色の優男。エイルは反射的に身構えた。


「だ、誰だお前!ここはライの精神じゃないのか!?」

「失礼した。っと……自己紹介の前に……」


 白い男が手を翳すとエイルの裸体は白き衣に包まれる。


「私の名はウィトという。もう一人のライと思って貰って良い。初めまして、エイル・バニンズ」

「……。もう一人のライだって?」

「そう。正確にはライの前世……幸運竜の記憶だ」


 穏やかに微笑むウィトは確かにライと似ている部分もある。何より不思議な温かさが同じに感じられたのでエイルは警戒を解いた。


「そう言えばメトラペトラに聞いたことあるな。確か、神の伴侶のドラゴン……じゃなかったか?」

「そうだ。そして、再び彼女と出逢いたいが為に往生際悪くライの魂に宿ったままの存在でもある」

「………」

「私はね……君と少し話がしたかった。今は魔法発動までの予備時間……精神の中では時の長さは調整できるのでね。少し介入させて貰ったんだ」


 ウィトは花畑に手を翳すと白い円卓と椅子が出現する。


「エイル……。君には聞いて貰いたいことがある。そして確認したいことも。済まないが、少し付き合って欲しい」



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