第七部 第五章 第二十九話 幸運の対価


 精神世界の中、幸運竜ウィトの申し出を受けることにしたエイル。二人は花畑の中、椅子に腰を下ろし向かい合う。


「で……話って何だ?」

「幾つかある……けど、先ずは説明が必要だろう。先ず、ライ・フェンリーヴという人物を知って欲しい。君にはライの記憶を見て貰いたい」


 ウィトが微笑むとエイルの頭の中にライの過去の記憶が流れ始める。そして、ウィトは静かに語り始めた。


「フェンリーヴ家の次男として生まれたライは良き両親に育てられ健やかに育った。……。まぁ、彼等を親に選んだのは私なのだけどね」

「……?」

「その話は置いておこう。さて……【地孵り】──いや、竜の転生体というのは通常記憶を継ぐことはない。理由は魂の疲弊に繋がるからだ」


 この言葉にエイルは慌てた。


「ちょっと待てよ。それじゃライも……」

「いや……ライには魂の疲弊はない。竜の記憶は私という形になりライの一部に間借りした形になっている。事情があってね。少し特殊なんだよ、ライは……」

「特殊?どういうことだよ、ソレ?」

「悪いけど話せないんだ。そしてその事情はライ自身も知らない……。話せないことは割と多い。済まない」

「………」

「ともかく、君にはライの過去を見て貰いたい……。続けようか」


 エイルの脳内にはライの幼い頃の記憶が流れる。どこにでも居る元気な少年は両親の愛を受けスクスクと育つ。貴族出身である母ローナの教育の賜物か、ライは聞き分けの良い穏やかな子に育った。


「……やっぱりアンタにどこか似てるな」

「記憶は継いでいないけど、魂は同じだからね。当然そうなる」

「でも、【地孵り】って少し傲慢になるって聞いてたけどな?」

「彼等は生まれ付き力を持っているからだろう。しかし、ライは私の転生体だから大した力を持てなかったんだ。私は竜の中でも最弱だ」

「でも、幸運があるんだろ?」

「私の力【幸運】の本質は周囲を幸せにする為のもの。自身には少し弱い力だ。周囲に贈った幸運が人々を巡り還った場合は別になるけど……ライは私の弱さの影響か魔力の恩恵も生命力の力も宿らなかった。そのせいで穏やかな心を持てたのかもしれないが……それが良かったのかは未だに分からない」


 他の竜の地孵り同様に力を宿していればライにはまた違った勇者の運命があったかもしれない。しかし、それは可能性の話でしかない。


「私は内側から静かにライの成長を見守ることにした。ライは……その状態でも無意識下で周囲に幸運を与えていたよ」


 ライが生まれた頃、父ロイはシウトお抱えの勇者となった。フェンリーヴ家の王都での暮らし振りが安定したのもその頃だ。余裕が生まれたからこそ三人目の子マーナが生まれフェンリーヴ家は賑やかな家庭となった。

 因みに、後に兄シンが師となるアスラバルスと出逢ったこともまた幸運の一端である。勇者としての意志を宿したシンは、アスラバルスとの出逢いにより確実な力を得ることができたのだ。


「勿論、幸運は関わりのある者を少し幸せにする道標みちしるべ程度の力でしかない。その後の結果は当人達の努力の賜物だ。しかし、ライは幸せに育った故か皆の幸せを疑わなかった。だからだろう……本来なら力が及ぶ筈が無い大聖霊にまでそれが届いた」


 勇者バベルにかけられた封印を自力で破ったアムルテリアは衰弱していたが、ライの献身的な看病により早く回復することができた。この出逢いもまた幸運。


 だが……それらの幸運は無条件で享受された訳ではない。しっかりと対価が存在している。


「ライは幼い故か他者の幸せを疑わなかった。それ故に力を無意識に引き出し過ぎた」

「それが問題なのか?」

「幸運の力は無限ではない。誰かの幸運が増えることは他の誰かの不幸に繋がることもある。そういった反動が無い範囲で幸運が巡る分には問題無い。一度に多くの幸運が起こらなければ幸運は基本的には世界を巡る力なんだ」


 だが、ライはその範囲すら超えた力を使ってしまったのだとウィトは語る。


「器を超えた力を使った反動はライ自身に返る。ライは元々勇者としての才覚を宿さなかったことが過剰幸運の対価となっていた」

「それって勇者としての才能が無かった【不幸】があったから【幸運】が沢山起こった……ってことか?」

「そう。それこそが幼いライが背負った幸運の対価……」


 勇者家系でありながら戦いの才が皆無と言えたライ……。無力たる苦悩こそ幸運を多く使用できた対価だったのは皮肉でしかない。

 そして、その対価でさえやがては足りなくなった。結果、ライは反動をまともに受ける事態が発生する。


「ある日、ライは最大の不幸に見舞われた。蜜精の森に現れた魔獣に襲われてしまった」

「魔獣?もしかして……それってマーナの関わったヤツか?アタシは魔物って聞いてたけどな……」

「目撃したのはライとマーナ……しかも、証言できたのはマーナだけだ。だから魔物と思われたんだろう。……。あの時現れたのは間違いなく魔獣だった。そして、マーナを庇って魔獣と対峙したライは……死んだ」

「死んだ……?」


 エイルの問いにウィトは申し訳無さそうな複雑な表情を見せた。


「で、でも、ライは生きてるだろ?お前だってライが死んでたら消えてる筈だぜ?」

「そう……ライは生きている。理由は話せないけど、生きているのは確かだ。但し、そのせいでライの魂は変質してしまった」

「……。あ〜っ!もう!訳分からねぇ!」


 重要なことは話せないとウィトはいう。エイルの頭の中では怪我から回復したライの過去が流れ続けているが、何かが変化したとは思えない。混乱したエイルは頭を掻き乱した。

 しばしの沈黙が場を包む。が……エイルは深呼吸をしてから改めてウィトに尋ねることにした。


「……。ウィト……結局、お前は何がしたいんだよ?」

「回りくどかったと思うけど、今のはライの過去を知って貰いたかった。その上で改めて伝えるべきことがある」

「何だよ……?」

「先刻も言った様に、ライの魂は変質してしまった。私がの魂と再会したいと願った結果、ライは愛を失った」

「はぁ……!?何だ、そりゃ?」

「私とライは同じ魂……。そして私の『魂の伴侶』はかつての女神アローラだ。そのアローラは現在に転生していた。今は君達の同居人でもある。つまり……」


 それはライの『魂の伴侶』が現代に存在し直ぐ近くに居ることを意味している。エイルはこの事実に流石に動揺を見せた。


「な、何だよ……!だからライを諦めろってのか!?」

「違う……寧ろその逆。魂が変質したライはもう二度と魂の伴侶と出逢い満たされることは無い。だからと再会しても気付くことさえ出来なかった。……。私は君に問いたかった。君は『魂の伴侶』なんて関係無いとライに伝えていたから」

「………。もしかして、アタシの意志を確かめたかったのか?」

「そういうことになる……か」


 形はどうあれライの『魂の伴侶』は存在している……その事実を聞いても尚、エイルはライの傍に居られるのか?

 エイルはそんなウィトの問いに自信に満ちた顔で応える。


「関係無いね。アタシは相手が誰だろうと諦めない」

「……。もし、ライが伴侶に気付いて心を変えたとしても?」

「関係ない。いや……逆に変質した魂はアタシとバッチリなのかもしれないぜ?」

「…………」


 全く動じていないエイルにウィトは少しばかり面食らった。


「君は……」

「知ってるか、ウィト?レフ族には『魂の伴侶』って考え、無いんだぜ?」

「そうなのか?」

「ああ。レフ族は惹かれた相手を永遠の伴侶とするんだ。そして不思議と夫婦仲は悪くなった試しが無い。相手が死ぬまでずっと一緒なんだよ。凄いだろ?」

「あ、ああ……」

「何でだろうな……。アタシも成長したから判るんだけどさ?惹かれる理由は様々だけど、そこには確信があるんだよ。でも、魂の伴侶って考えは無い。実際、レフ族には色んな夫婦が居るしさ?」


 常に仲睦まじく寄り添う夫婦も居れば、互いに軽口を叩き合う夫婦も居る。妻の尻に敷かれて居るように見える夫婦、互いに無口な夫婦と様々だ。

 しかし、彼等が本気でいがみ合う姿を見た者はいない。理由は不明なれどレフ族は確かに見初めた相手を永遠の伴侶としている。


「アタシ、思うんだよ。重要なのは自分の気持ちなんだって。それを忘れなければ相手への想いは消えない。欠点なんて誰にでもあるしアタシにもある。それを嫌う理由にするのは最初から相手を見ていないからじゃないか……って」

「でも、君はライと深い繋がりが欲しいから魂の魔法を願ったんじゃないのか?」

「それは……アレだよ。フェルミナばっかり魂の繋がりがあるのはズルいなぁと思って。アタシってライと一緒に居る時間が少ないからさ?」

「確かに……ライはあんな感じだから……」


 ライは常に何か動き回っている。居城にいる時も誰かしらが傍にいて二人きりの環境など滅多に無いのだ。特にこのところは闘神への対策に加えシウト国内の動乱で居城への帰還も避けている。

 また、エイル自身もメトラペトラやリーファムとの修行が忙しかったことも共に居る時間が少ない理由だろう。


「そんな訳で、アタシはライに甘えたかっただけ……なんだと思う。一緒に何かをやったっていう証があれば取り敢えずは安心できるし」

「……。それはレフ族だからじゃないのか?」


 レフ族は基本温厚で優しい。その優しさがあればこその関係性なのではないかとウィトは問う。これにエイルはニマリと笑みを浮かべ答えた。


「かもな。でも、レフ族の夫婦十割が出来ているなら証明にはなるだろ?」

「確かにそれはそうだろうけど……」

「だろ?変質したかどうかは重要じゃ無いのさ。アタシはライが良い。フェルミナやマリアンヌも同じ。アタシ達はもう決めたんだ。あとはライが決めれば良い」

「…………」


 そこでウィトはこれまでで一番嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう」

「礼を言われることじゃないよ。……。でも、良いのか?アタシ達がライと一緒に居ると、アンタの大事な相手が……」

「フフ……それなら大丈夫だろう。初めは私と彼女の記憶を融合させてライの中で眠りに就くつもりだった。でも、今の君の言葉を聞いて確信した。彼女もまた諦めない筈だから」

「そっか……。………。因みに誰なんだ、アンタの大事な人の生まれ変わりは?」

「それは……いや、やめておこう。無粋になる」

「何だよ、ケチ〜」

「ハハハ……」


 肩の荷が下りた様な表情でウィトは笑う。が……再び真剣な表情になりエイルに語り掛ける。


「………。この先、幾つもの試練が来るだろう。特に闘神との戦い……君達はやがてライの真実を知ることになる。その時は彼をいてくれると嬉しい」


 また含みのある言葉を告げるウィトにエイルは眉を顰めたが、どうせ話せないのだろうと肩を竦め溜息を吐いた。


「大丈夫だって。絶対そんなことにはならない。保証するからさ?」

「そうか……」

「で……もう良いのか、ウィト?」


 と……そこでエイルは何かに呼ばれた気がした。


「……。ライが呼んでるんだ」

「もう行って大丈夫だよ。エイル……これからもライを頼む」

「言われなくても、な。じゃあな、ウィト。逢えて良かったぜ」

「私もだ」


 立ち上がったエイルに合わせてウィトも席を立つ。エイルの身体は薄く透けつつ白い空間の遥か上空へと昇って行った。

 ウィトは……ただ無言でそれを見送った……。


「…………」

「嬉しそうね、ウィト」


 涼やかな声に反応して振り返れば、先程までエイルが座っていた椅子に白いドレスの女性が座っている。


「アローラ」

「何だか妬けちゃうわね」

「ハハハ。彼女が好きなのは私ではなくライだよ。それより……君は話さなくて良かったのかい?」

「ええ。あなたの言葉を借りれば『無粋』になると思うから」


 席に戻ったウィトはいつの間にか用意されていた茶を口に含み目の前に居る最愛の女性を見つめた。


「君の言うとおりだったね」

「何がかしら?」

「君は見守ろうって言ったろ?私が焦るまでもなかったなって……」

「フフフ。ウィト……世界はね?私達が何もしなくても最善へと進んで行く力があるのよ」


 穏やかに微笑みウィトを見つめるアローラ。ウィトは最愛の伴侶に微笑み返す。


「クリスティーナは頑張らないとならないね」

「あら、大丈夫よ?もう一人の私だもの。本当の意味で魂の伴侶となる為に諦めない筈だから」

「この場合、大変なのはライの方か……。ハハハ」

「それもまた見守りましょう。今度は二人で……ね?」



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