第七部 第五章 第三十話 融け合う魂の力


 呼ばれる声に導かれエイルが辿り着いたのは、先程とは対象的に真っ暗な空間。そこにはボンヤリと光っているライが待っていた。


「良かった……魔法が失敗したかと思った」


 現れないエイルを心配していたらしいライは安堵で小さく笑う。と言っても、実質はほんの僅かに待っていただけ。ただ、何か違和感があったと感じたライは少し不安になった様だ。


「なぁ、ライ……」

「ん……?どうした?」

「あのさ……」


 少し言い淀んだエイルは小さく頭を振って笑顔を向けた。


「いや。何でもない」


 本当は話したいことがあった。ウィトのこと、ライの過去のこと、そして魂の伴侶のこと──しかし、エイルはそれを話さない方が正しい気がした。


「で……何でアタシら裸なんだ?」


 先程ウィトに用意して貰った白い衣はいつの間にか消え失せ元の裸に戻っている。裸と言っても体自体は半透明で大事な部分は絶妙に見えていないのだが……。

 そしてそれはライも同じだった。二人は暗闇の中でスッポンポン……当然、『お盛ん勇者さん』は指摘にクネクネと身悶えしている。


「ダ、ダイジョブダヨー。ダイジナトコ、ミエテナイヨー」

「アハハハ。アタシは一回見られてるし別に良いんだけどな?何で裸なのかなと思ってさ」

「え、え〜とデスネ〜。魂を相手に触れさせるのは一切の警戒を解くことになるから……なんだと思う」

「だから素っ裸か……」


 エイルは照れるどころか嬉しそうに笑った。ライはその意味を理解できた為、尚更恥ずかしそうだった。


 エイルはライを受け入れることに一切の躊躇いが無い。言葉では幾度も聞いていたものの決意と行動で示されたことでエイルの想いの強さを改めて実感させられたのである。


 だからこそ……ライはもう一度確認しなければならなかった……。


「エイル……。この魔法を使ったらもう後戻り出来ない。一部とはいえ魂の融合は戻せないんだ。だから、その……ほ、本当に良いのか?」

「ああ……良い。アタシがそうしたいんだよ」

「そっか……」

「ライこそ良いのか?もし、ライに魂の伴侶が現れたらこの魔法のせいで結ばれないことだってあるんだろ?」


 一部とはいえ魂の融合はその存在の在り方を変えるものだ。取り返しが付かないのはライも一緒である。


 だが……ライは首を振って答えた。


「エイル……俺はね?まだハッキリと答えは出せないけど、エイルの気持ちが嬉しかったんだ。多分、人生で初めて恋愛の意味で好きだって言われたから」

「へへへ……そう言われると照れるな」

「ハハ……。だからこそ、俺の心には『愛おしい』って何かを考える切っ掛けになった。時折考えるんだ……一緒に居て幸せかどうかを。そしてエイル、それにフェルミナとマリーは離れないって言ってくれた。だから俺もそれに応えたいって思える様になってきた」


 倫理的には複数の相手と恋慕するのは誤りなのかもしれない。ロウド世界の殆どの国は一夫一婦制が主で、ライもそれが正しいと思っていた。だから本来ならそうすべきとも考えていた。

 しかし、自分は優柔不断故に答えが出せない。反面、確かに大切にしたいという存在は増えてきている。そして何かと慌ただしく駆け回る今、本当に正しい答えを出す余裕がないとも理解していた。


 だからこそ……せめて自分が大切に想う相手の為にできることをしてやりたい。今回の魂の魔法は特別として、ライは想ってくれる相手の望むことをしたいと思い始めたのである。


 きっと母ローナは怒るだろう。それを理解しつつもライは自分がしたいと思ったことを選択した。


 この決意は『自分が闘神と戦い死ぬ』可能性を考慮し、エイル達に何かを残してやりたいという覚悟であることはライ当人も気付いていない。


「だからね……エイル。俺はこの魔法を使うよ。エイルが望むなら俺の魂の一部、受け取ってくれ」

「……。はい!」


 エイルの返事と同時に始まった波動魔法。ライとエイルの精神体は抱き合い光の帯に包まれた。やがて帯は卵の形となり更に光り輝く。


 卵の中でライとエイルは夢を見た。それは二人が自然に恵まれた森の住まいで幸せに暮らす夢──魂の魔法が見せたのは幻影か、それとも世界の法則を超えた故の未来の可能性か……今はまだ分からない。


 二人の魂は繋がり、やがてその一部が僅かに融け合う。完全に融け合い一つとなった部分は再び二つに分かれそれぞれの魂に戻る。


 魂の魔法は……今確かにエイルの願いを叶えたのだ。



 エイルが意識を取り戻した時、傍にライの姿はない。特殊な波動魔法を使用した反動でライの分身体は全て解かれたのだ。

 だが、エイルは寂しくなかった。傍にライの魂を感じているから……。


 そんなエイルの元にアービンの治療を終えたフェルミナが近付いてきた。フェルミナは嬉しそうな反面、少し残念そうでもある。


「エイル……」

「フェルミナ……。フェルミナはいつもこんな風にライを感じていたのか?」

「多分少し違うけど大体そんな感じじゃないかしら」

「ズリィよな、フェルミナ。これじゃ誰も勝てないじゃん……」

「でも、今は対等でしょう?」

「まぁ……な」


 エイルとフェルミナは互いに笑みを浮かべた。


「魂の繋がりがあってもやっぱり傍に居るのとは違うわ。それは直ぐにわかる」

「どんな風に?」

「傍にいるともっと幸せ」

「ハハハ。だから居城では積極的なんだな、フェルミナ」

「ええ」

「良し……アタシも負けないぜ、フェルミナ?」

「私もよ、エイル」


 互いに宣言したエイルとフェルミナは何処か嬉しそうだった。


「さて……じゃあ、ベルフラガを手伝ってくるかな」

「大丈夫、エイル?まだ慣れてないんじゃ……」

「大丈夫だよ。少なくとも前とはちょっと違うからな」

「そう……私は回復役だから見守ってるわね。それと、これ……」


 フェルミナはライの朋竜剣をエイルに手渡した。


「ありがとな。んじゃ、行ってくる!コウ!」

『了解!』


 御魂宿しの姿となったエイルは飛翔させた朋竜剣の刃に乗りベルフラガとプレヴァインの後を追う。フェルミナは優しい眼差しでそれを見送った。



『……。それにしてもエイル……随分力が増えたね』

「ん……?そうか?」

『うん。多分、エイルは今ライの同居人の中で一番魔力が多いよ』

「マジで?」

『うん。それに……』


 ライとの魂の融合は謂わばライの力を吸収することも意味する。感覚としての波動吼や波動氣吼法、そして魔力操作……。流石に技能としての剣技は習得できないが、エイルには大きな恩恵が与えられていた。


 その一つが霊位格変化。エイルは半精霊、そして精霊格まで一気に存在を引き上げられたのである。


『まぁそうなるとは思ってたけどね。ライは少しおかしいから』

「おかしいって……」

『可能性は高いと思っていたけど、エイルの変化を見て確信した。ライは【要柱】で間違いないね』

「何だって良いよ。アタシにとってはライはライだ。力が増えたのはライの優しさだって思うし」

『それで良いんじゃない?ライもその方が嬉しいでしょ』

「へへ……。……。ありがとな、コウ。アタシはお前が契約聖獣で良かったよ」

『じゃあ、オッパイ吸って良い?』

「それは駄目」


 聖獣もまた魂との契約である。途中で別種の魂が混じり変化することは本来望まぬことだろう。しかし、コウはそれを容認した。

 全てはエイルの望みを叶える為……そのことがエイルには嬉しかった。


 そして、エイルの変化は魂の契約を交わすコウの変化にも繋がる。聖獣コウは元々最上位でも別格……変化は驚くべき結果を生む。


 御魂宿しとなっていたエイルの背に翼が展開された。それは銀に輝く金属の翼──。


『エイル。もう剣から降りて大丈夫だよ』

「何だよ、コウ……飛べるのか?」

『正確には“飛べるようになった”……かな?エイルの力が上がったからね。契約しているボクの力も強くなったみたいだ』


 更に力を増したコウは魔物の生み出した空間の制約さえ受けなくなった。その力は聖獣としての限界を超えつつある。


「それで……どうだ、コウ?【神衣】とやれそうか?」

『エイルはどう思う?』

「う〜ん……力が増えたから何となくは……」

『ボクはやれる気がする。絶対勝てるとは言えないけどね』

「お前がそこまで言うなら……やれそうだな」


 既に飛翔が可能となったエイルは朋竜剣から足を離しその手に取った。更に、エイルに呼応したコウは概念力を強化。結果、エイルの身体は白銀の全身鎧に覆われる。

 ロウド世界で唯一無二、至上の材質ラール神鋼の鎧──確かにこれならばプレヴァインの神衣に届き得るかもしれない。


『先に言っておくよ、エイル。多分、この力は今だけの力だと思う』


 ライとの魂の融合を行ったばかりの今、一時的に使用が可能となっている力だとコウはいう。これが安定するにはやはり時間を要するのだ、と。


「つまり、この先に使い熟すまでに修行が必要なんだろ?構わねぇよ。先ずは今、ヒイロを救うのが優先だからな」

『わかってるなら良いよ。今回ボクはエイルの負担の軽減に集中するから、戦いはエイルが頑張るんだ』

「……悪い、コウ」

『良いって。それより……』

「ああ。早く終わらせて家に帰ろうぜ」


 視線の先には超高速で空を駆け回る二筋の光……。エイルはその鋼鉄の翼を羽ばたかせベルフラガの加勢へと向かった。



 丁度その頃──ベルフラガは剣技ではなく波動魔法を展開していた。使用したのはライとの戦いで見せた魔法龍の現出……但し、展開されているのは一体のみである。


「……参りましたね。まさか、『怠惰の剣』全ての技を受け切られるとは思いませんでしたよ」

『フフフ。時間稼ぎのつもりだったのだろうがな……だが、楽しませて貰ったぞ?』

「それも気付かれていましたか……食えない方だ」

『次は魔法か?良いぞ……魔術師の本分をしかと見せてみよ』


 喜々とした笑顔を浮かべるプレヴァイン≠ヒイロに流石のベルフラガも背筋が冷えた。その表情からそれまでに無いものを感じたのだ。


(狂乱神の眷族……ですか。正に狂戦士の様相ですね……)


 意識を失い暴走する……そんな印象があるが、本当の狂戦士は戦闘狂だとベルフラガは考える。戦う為にあらゆる力を示し、相手の全てを捻じ伏せる。戦いを至上とし、戦いを楽しむ為に戦う。

 目の前の相手・プレヴァインこそがそれなのだ。今のプレヴァインは意識が戦いのみに向いている為、もう道理での説得は叶わないだろう。


 魔法龍展開を一体に絞ったのはまだプレヴァインの奥の手を引き出せていない故……。時間稼ぎはまだ終わっていない。


『どうした?来ないならこちらから行くぞ?』

「……。いえ……どうやら間に合ってくれた様です」


 その瞬間、ベルフラガとプレヴァインの間に割って入ったのは銀の鎧と翼を纏う少女……。


「待たせたな、ベルフラガ」

「遅いですよ、エイル……。フフフ、冗談です。それにしても……」


 エイルの変化はベルフラガの想像を超えていた。その身から伝わる力は自分を凌駕している可能性があると即座に理解した。

 そしてそれはプレヴァインも同じ……。エイルから伝わる力に驚きを隠せない。


『小娘……。僅かな間に一体どうやってその力を……』

「へへ。これはライとの繋がりがくれた力だ。今度はさっきみたいにはいかないぜ、プレヴァイン。ヒイロを返して貰うぞ!」

『……フッ。フハハハハ!面白い!貴様らは本当に面白いぞ!』


 そして、プレヴァインとの最終決戦が始まった……。

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