第七部 第五章 第三十一話 天賦の才


 ライとの魂の繋がりを得たエイルはその力を大きく力を飛躍させた。そして遂にプレヴァインと対峙を果たす。


 だが、相手はやはり『神衣使い』──ベルフラガでさえも切り崩すことが叶わなかった実力の持ち主である。今のエイルでもその力が届くとは限らない。

 そしてエイルは、それを正しく理解していた。大きな力に飲まれ慢心することなく現状を把握したのである。


「エイル……確かに貴女の力は大きく成長しました。しかし……」

「わかってるよ、ベルフラガ。今のアタシならプレヴァインの力もちゃんと測れる」

「では、一人で戦う様な愚は犯しませんね?」

「ああ。本当はそうしたいんだけどな……最優先はヒイロの救出。だろ?」

「冷静なようで安心しました」

「でもアタシが主力で前に出るぜ?力も温存してるからな。ベルフラガは上手く支援してくれると助かる」

「わかりました」


 二人がかりなら少しは戦況も変化するだろう。あとはアービンを信じて待つ……その時こそがプレヴァインとの決着であり、ヒイロを救い出すことにもなるとベルフラガは念を押した。


 一方、プレヴァインは嬉しそうに笑みを浮かべている。


『ハッハッハ!それで良い。さて……どこまでやれるか見せて貰おうか?』

「その前に良いですか?」

『何だ……?』

「貴方をヒイロから追い出せたとして、契約の効果が残っている場合はどうなりますか?」

『本来ならば破棄にはならぬ。……が、ここまできてそれは不粋だろう?』


 納得させるだけの力を示せば契約を破棄してやるとプレヴァインは約束した。


「……。随分初めと違うじゃねぇかよ?」

『何……私なりの強者への敬意とでも思え。と、言っても納得させられるかは甚だ疑問だがな?』

「つまり、私達ではまだ足りないと?」

『精々そう思わせぬようにすることだ』


 スラリと剣を構えるプレヴァイン。対するエイルとベルフラガはそれぞれの立ち位置へ移行する。


 エイルは魔術師としての才能が高いが、実のところ万能型である。纏装を使用した前衛格闘、後衛からの魔法戦、神具を使用した戦略等を熟す才能有し、武器は何でも卒なく使用する。苦手なものがほぼ無い。

 加えて、戦い方は何らかの戦闘術を学んだ訳ではない。しかし、それを補って余りある戦闘勘を有しているのだ。


 そして今のエイルは魔王として経験した記憶も宿している。それが戦闘スタイルをより洗練させていることは少しばかり皮肉とも言えるだろう。


 対してベルフラガは、前衛も熟せるものの基本は魔法や魔導具・神具が中心の魔術師型……。やはり前衛より後衛で真価を発揮する。


「本当に前衛を任せても?」

「初めからそのつもりだよ。アタシにはコウの鎧があるし、ライのこの剣もある」

「頼りにしてますよ」

「ああ。それじゃ……いっちょおっ始めるか!」


 掛け声と共にエイルが展開したのは波動氣吼法。エイルの全身を覆い強化されたその力はプレヴァインの展開する神衣を視認させる。


「これが神衣……確かに纏装と同じなんだな」

『ほう。見えたか……。だが、先程の小娘と違い貴様はこれを防げまい?』


 プレヴァインを中心に大きく赤み掛かった闘気が円状に展開される。闘気の色は暗く変化し内から魔物が顔を出した。

 やがて現れたのは万に及ぶ魔物──それはヒイロの存在特性を神衣としての使用したもの。


「クソッ……またそれかよ。でもな、プレヴァイン……」


 エイルはプレヴァインに対抗する様に自らの波動氣吼法を拡大。その状態からコウの概念力を展開した。

 出現したのはやはり万の数に至る光を散らす鉱物。燐天鉱で構築された槍は波動氣吼を纏った状態で射出された。


 出現した魔物の大群は全て上位魔獣級……。だが、その尽くが燐天鉱の槍に貫かれ瞬時に絶命。更に槍はそのままプレヴァインの神衣を貫き穴を開けた。


『何……だと……?』


 波動氣吼法と概念力の同時展開……これはもう神衣と殆ど変わらない。無論、誰にでも出来ることではない。これは『御魂宿し』にのみに許された裏技の様なものだ。


 驚愕するプレヴァインに対しエイルは大きな溜め息を吐いた。


「今だからライの言ってた意味が良く解るぜ。プレヴァイン……お前のはやっぱり借り物なんだ」

『…………』

「多分、お前の本当の神衣なら今のも全然通じないんだろう。けどな?お前が今使ってるそれはヒイロの神衣だ。使えている様で軽いぜ?」


 そもそも肉体と意志が別の存在である時点で存在特性の効果は大きく低下する。人は自らの心さえ理解できない……存在の深層を他者が理解できる訳がないのだ。


「なぁ?そんな不完全な力でお前は何をしたいんだよ……。戦士だろ、お前?無理矢理他人の身体を奪ってさ……本当にそれで納得してるのか?」

『貴様には関係の無い事だ。御託は良い……言った筈だぞ?力を見せよ、と』


 エイルの言いたいことはプレヴァインにも伝わっている。だが、その意思は固く全く取り合う気配が無い。


「エイル。プレヴァインにも譲れない何かがあるのでしょう……。彼を納得させるには、やはり……」

「力を示せ、か……。あ〜!も〜う、面倒臭いな!」


 そこでビシッ!と朋竜剣の切っ先をプレヴァインへと向けたエイルは、改めて宣言を行う。


「じゃあ、今からお望み通りボコボコにしてやる!だけど、ヒイロは絶対に死なせるなよ?」

『……。ハッハッハ!大きく出たではないか。ならば見せてみろ……その力を!』


 互いに剣を構え向かい合うエイルとプレヴァインは、早速激突。鈍い響きを立てぶつかり合う剣と剣……が、先程のフェルミナとは大きく違う。

 エイルの剣は我流。がむしゃらに剣を振り回している印象さえ受ける。


『先程の小娘の方が剣の腕は上……か。ガッカリしたぞ』

「へぇ〜……そうか?」


 ニマリと笑顔を浮かべたエイルに違和感を感じたプレヴァイン……次の瞬間、突然想定外の衝撃を受けることになる。


『ぐぁっ!』


 飛翔していた上空から叩き落されたプレヴァインは、地上スレスレで態勢を立て直し着地した。


(……。何だ?)


 後を追うようにゆっくりと降りてきたエイルは小さく肩を竦めている。


『貴様、今何をした?』

「お望み通り力を示しただけだぜ?」

『………』

「プレヴァイン……お前、戦士だろ?長年戦って無かったから勘でも鈍ったんじゃねぇか?」

『何……?』

「ま……良いか。アタシも戦士なんだよ。騎士でも魔術師でもない、戦士だ。それで解るか?」

『成る程……。フフフ、これは確かに勘が鈍ったやもしれんな』


 戦士は己の力として使えるものは何でも使用する。得手不得手はあるものの使えれば弓でも魔法でも魔導具でも拘りというものが無い。戦士の最大の特徴は生存の為に全力を尽くすことなのだ。

 当然、手段は何でもありの戦いとなる。無論、卑劣な手段を良しとするかは個人差があるがエイルもプレヴァインもそれを選択するタイプではない。


 それらを踏まえた上で手の内を明かさぬのも戦略であり、自力で見抜けとエイルは暗に述べているのだ。


「てな訳で続行だ。しっかりボコボコにしてやるぜ!」

『やってみよ、女戦士!』


 そして再び剣撃の嵐……怒涛の金属音と巻き上がる砂埃。剣風はやがて渦となり竜巻を発生させる。


 その光景を上空より見守っていたベルフラガは目覚ましいエイルの戦いに内心で驚愕していた。


(あの力……波動氣吼と言いましたか。今やエイルは難なくそれを使い熟している。いや……寧ろライよりも洗練されていますか)


 波動氣吼、そして概念力を展開しているエイルは波動魔法の兆候さえ見せている。『御魂宿し』としての力を考慮してもその成長は過剰……。


 理由は単純──エイル・バニンズはなのだ。


 エイルはまだ若い内に上位の神格魔法を修得し、更には禁呪である『魔人転生』さえも単独で成功させた。レフ族の中でも一際高い魔法の才を生まれ持ち、あらゆることを卒なく熟す……それは魔法に留まることなく他分野にも当て嵌まった。

 三百年前……魔王化したエイルを竜人化したバベルのみ封じることが可能だった事実を鑑みれば、その潜在能力は底知れないとわかる筈だ。


 千年に一人と称される天才魔術師サァラと同等かそれ以上……。同様に天才と呼ばれたベルフラガを凌駕する才能が今、目の前で発揮されていた。


「うりゃうりゃうりゃうりゃあぁぁぁぁぁっ!」


 再び剣を振り回しプレヴァインと打ち合うエイル。今度は油断しないプレヴァインは全力の剣で応える。

 攻撃全てを捌き大剣による一撃をエイルに放ったその時……プレヴァインは攻撃の気配を察知し身体を屈めた。


 直後、プレヴァインの頭上を横薙ぎの刃が通り過ぎる。それはエイルの手にした朋竜剣とは別の刃……。


『……。先程の攻撃はそれか』

「ちぇっ!もう見抜かれたか」


 プレヴァインの周囲には燐天鉱で構築された刃が十本程浮いていた。


 それはさながらライやアムルテリアの『精霊刀』──聖獣コウの概念力にて出現した燐天鉱の大剣はエイルの意思に反応して動く。


『フン……種が割れればどうということはない』

「さぁて……そいつはどうかな?」


 プレヴァインは体捌きで器用に大剣を回避しつつエイルと剣舞を続ける。その洗練された動きは手数の差など無いかのようにエイルを徐々に追い詰め始めた。


「クソッ!まだ加減してたな、お前!?」

『それだけ貴様の実力が足りぬだけのことだ』

「言ったなぁ!」


 ここでエイルは振るう剣速を上げる。純粋な撃ち合いと手数……それでもプレヴァインには届かぬ様に思えた。しかし、プレヴァインは僅かに左目の目元を細める。


(……。この娘……土壇場で剣の技量を……)


 まだ辿々しさがあるもののエイルの剣技から無駄な動きが減り始めていた。無論、達人という訳には行かぬだろうが少しつづ……そして確実にプレヴァインへの圧が高まり始める。


 更に───。


(大体わかってきたぜ?波動魔法ってのは属性に合わせた波が必要なんだな?よぉし……ちょっと試してみるか!)


 燐天鉱の大剣にてプレヴァインを取り囲んだエイルは、左手のみ魔力展開。最適であろう波動を加え高速詠唱を行った。


「上手くいった!行くぞ、プレヴァイン!ちゃんとヒイロを守れよ?」


 構築された波動魔法は最上位雷撃魔法の変化形──。


 【天雷獄】


 《天雷の滅光》に波動を加えたそれは、まるで舞台の様にプレヴァインの姿を光の柱の中に浮かべ上がらせる。直後、大剣に囲まれていたプレヴァインは光に飲み込まれた。


 ほんの一瞬の『音を伴わぬ閃光』……が、雷撃の通った位置は空間が歪み、魔法の発動した端に当たる空と大地には暗黒の穴が開いていた。


(………。この異空間に穴を開け歪める程の魔法……。やり過ぎですよ、エイル……)


 魔法の発動した範囲には何も存在していない。歪んだ空間が少しづつ戻ろうとしていることが確認できるのみだ。そこにヒイロ≠プレヴァインの姿はない。


 だが……エイルは慌てる様子も無く舌打ちしている。


「流石にそうは甘くないか。転移で躱されちまった……」


 視線を移した先は上空。そこには無傷のプレヴァインが飛翔していた。エイルは即座に飛翔しプレヴァインと再び向かい合う。


『まさか、天威自在法まで使うとはな……。流石に今のは躱さざるを得なかったぞ』

「ま、直撃してもお前なら死なないだろ?」

『……さてな』


 そうは答えたがプレヴァインも余裕があった訳では無い。


 天威自在法──波動魔法もまた、神域の力の一端である。死なずとも五体無事とは言い切れないのだ。

 そしてエイルは相手がヒイロの身体と知りながら躊躇無く魔法を放った。プレヴァインは……心中でエイルに称賛していた。


(躊躇わぬ覚悟や良し。恐らくは私の隠した力を考慮したが故のものか……。たとえヒイロを再起不能にしても治す自信もあったと見える。いや……そこは仲間への信頼というものか?)


 異空間での最優先はヒイロの万全ではなくプレヴァインの意思を変えること。その為にエイルが示した行動はまさに戦士の覚悟。


 それは、プレヴァインが己と戦うに値する戦士としてエイルを認めた瞬間だった。


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