第七部 第五章 第三十二話 エイルの自信


『女……名は確かエイルと言ったな』

「ああ。アタシの名前はエイル・バニンズだ」

『では、エイル・バニンズよ。貴様を戦士として認めよう。故に……出し惜しみはここまでだ。我が真の力にて排除する』

「……いよいよ本気ってヤツか。でも、アタシは一対一ではやらねぇぜ?アタシ達の目的はヒイロを救うことだからな……神衣が相手じゃ一人でやるには限界があるからな」

『構わん。全員の全力で来い。但し……命の保証はせぬがな?』

「ああ……。なら、アタシも出し惜しみ無しの全力でやる。但し、先刻さっきも言ったけどヒイロを死なせんなよ?」

『良かろう。約束してやる』


 剣を構えたままのプレヴァイン≠ヒイロは先程より鋭い目付きに変わる。始まったのは神衣の圧縮とも変質とも付かない変化……この場にて神衣が見えるエイルにもそれが何なのか理解できていない。

 だが、やることは変わらないと開き直ったエイルは自らの力の完全開放を始めた。


 起こった変化は主に三つ──。


 一つは純粋な力の底上げ。半精霊体へと変化したその魔力は、御魂宿しとしての効果も加わり莫大な量となる。


 二つ目はその半精霊化状態による形態の変化。コウの変化した全身鎧で分かりづらいが、エイルは新たな姿を獲得していた。


 先ず、その頭上に浮かぶ花冠。天使の輪の様に頭上で固定された植物が編まれた輪は色鮮やかな花々で彩られていた。

 次に、コウが展開したラール神鋼の翼に加えエイルの背には竜の如き皮膜の翼が一対二枚発生。色は鮮やかな赤……同時にエイルの身体にも赤い紋様が浮かび上がっているが、鎧で隠れているのでそれと分かるのは顔と一部の濾出している皮膚のみである。


 特徴的な変化はもう一つ。エイルの背後には光る紋章が浮かび上がっているのだが、それが少しばかりライの大聖霊紋章に似ていた。


 その姿を確認したベルフラガは無意識に変化の分析を始めた。


(……。頭の花冠はレフ族としての意識象徴でしょうね。翼はかつて魔王だった頃の罪悪感。顔の紋様は良く分かりませんが、背後の紋章はライとの繋がりを意識したもの……と、いったところでしょうか)


 半精霊化の姿にはその者の内面が反映されることが多い。エイルの姿は出自の誇り、魔王としての罪、そしてライへの想いが顕れていることになる。


(それにしても……恐ろしいのはライですね。彼の周囲には一体どれだけの才ある者が集っているのか……。彼だけでこの星を支配できるのではないでしょうか?いや……世界はともかく国は間違いなく創ることができるのでは)


 実際、ベルフラガの言葉は誤りとも言い切れない。ライの同居人や知己を集めれば最強の国家さえも建国できるだろう。

 勿論、ライや同居人達がそんな考えを持つことは無い。しかし……ベルフラガと同様の『力ある者による建国』を考えている者が今のロウド世界に存在するとまでは気付かない。



 そんなベルフラガが見守る中、プレヴァインとエイルの戦いは再開された。


 プレヴァインは変わらず大剣主体……対するエイルは己の持ち得たもの全てを惜しみなく使用する。体得したばかりの波動氣吼法を使用した近接戦闘、手探りの波動魔法、そしてコウの概念力……器用にその力を組み合わせて【神衣】に挑む。


「うぉらぁっ!」


 波動氣吼を纏わせた朋竜剣、そして燐天鉱の大剣六本を操作し怒濤の攻めを見せるエイル。しかし、プレヴァインは先程よりも更に機敏な動きでこれを難なく捌きなす。それどころかエイルの剣撃の合間に反撃を行う程の技量を見せた。

 これを防いでいるのは聖獣コウの展開した全身鎧……並の鎧では紙の如く斬り裂かれてしまうだろう斬撃は、外傷こそ無いが波動氣吼を展開しているエイルにも確実にダメージが与えている。


「ぐっ……!」


 そこでエイルは半精霊化の能力を加え更なる攻撃へと移る。頭上の花冠から花弁が舞い、二人の剣戟を彩るよう逆巻いた。

 途端、花弁はプレヴァインの身体に貼り付き始める。特にプレヴァインの鎧の関節部へと吸い付くと……途端に炸裂した。


『小賢しい……!』


 花弁の炸裂は高威力なれどプレヴァインの神衣を貫くには至らない。しかし……エイルの狙いは手傷を負わせることではない。


 練達のプレヴァインに対しエイルは接近戦で劣る。かと言って、得意な魔法を波動魔法として使用するには不慣れ故に躱される可能性が高い。その際の消耗が大きいだろうことも理解している。

 結果……正攻法で覆すことは無理と判断したエイルは、達人としてのプレヴァインの動きを妨害することで隙を突こうとしたのだ。


 顕現した半精霊化の花弁はエイルの意思によって制御されている。貼り付いた状態では関節の駆動域を狭め、攻撃を仕掛けられた際には爆破で軌道を逸らし勢いを削ぐ。それはエイルの戦闘勘の良さにより絶妙な効果を発揮した。


「何でもアリってのは、こういうのも含めてだろ?」

『クックック!その通りだ!』


 動きを阻害されたプレヴァインはここに来てエイルの攻撃を受け始めた。朋竜剣、そして燐天鉱の大剣は時折プレヴァイン≠ヒイロの身体に衝撃を与える。

 が……当然、決定打には程遠い。どれ程プレヴァインに攻撃が届いても鎧にさえ傷一つ付いていない。


「ちっ!その鎧も特別製かよ……」

『戦士が装備に万全なるものを使用するのは当然のことだろう?』

「まぁな。でも、それなら攻撃を中まで通しゃ良い」


 ここでエイルは燐天鉱の大剣を大量展開。宙空に浮遊した千にも及ぶ大剣は、波動氣吼に包まれた状態で全方位からプレヴァインを襲う。

 弾かれ往なされても大剣は次々にプレヴァインへ迫る。が、花弁の阻害や爆破が加わることによりプレヴァインの対応は少しづつ遅れ始めた。


 そしてエイルはこの隙を逃さない。素早く距離を取ると朋竜剣を宙に浮かせ、空いた両手にて魔法の展開を始めた。


 元となったのは封殻球ふうかくきゅうという初歩の大地魔法。《封殻球》は硬質の岩で造った球体の中に相手を閉じ込める魔法である。エイルはこれに先に放った燐天鉱の大剣を取り込み、更に球体が小さくなるよう魔法式に手を加えた。

 波動との融合──二度目の波動魔法は一度目よりも僅かに扱いが上達していた。


 プレヴァインの周囲を覆った大剣ごと岩の球体は縮小を開始。内側に向いた大剣を中心に居るプレヴァインへと押し込む岩は、波動魔法によりその強度は別格となっており容易く打ち破れない。プレヴァインの神衣さえも貫けるやもしれない。


 勿論、狙い通りの効果が出ればヒイロも無事では済まない。しかし、エイルにはがあった。


 未だ隠しているだろうプレヴァインの力……エイルはそれを感じ取っていたのだ。


(プレヴァインのヤツ、アタシらに対してまだ余裕見せてやがるからな……。先ずはアイツの奥の手を引っ張り出してやる)


 エイルの手の動きに合わせ岩の球体は徐々に縮小してゆく。しかし、もう限界だろう……という状態の圧縮に至ったその時──球体に変化が起こった。


 エイルの目に映ったのは閃光。光はエイルの波動魔法を解くように散らす。球体の岩は細かく崩れ、内側にあった筈の千もの大剣はその尽くが錆びるように朽ち崩れてゆく。

 次に見えたのは、全てが渦巻く光に取り込まれて消える瞬間。


 そして……光の中心には剣を携え無傷で佇むプレヴァインの姿がある。


『天威自在法か。やるではないか……思わず真の力を出してしまったぞ?』


 プレヴァインはまるで効果が無いとばかりに首を回している。これにはエイルも苦笑いを浮かべるしかない。


「チッ。掠り傷も無いのかよ……。いや……今の力で傷さえも消えちまったのか?」

『ククク。どうやら気付いたようだな』


 神格魔法に明るいエイル、そしてベルフラガは、先程プレヴァインが何を行ったのか即座に理解した。



 プレヴァインの存在特性は明らかに【吸収】──あらゆるもの自在に吸収・変換し自らの力へと還元する力。魔力も物質も取り込み、自らが必要とするものへと変換することが可能な能力である。


 先程のエイルの波動魔法は全て魔力に変換されプレヴァインに取り込まれてしまった。燐天鉱の大剣も全て構築物質から魔力に変換されている。恐らくプレヴァインに与えただろう傷は吸収した魔力を体組織へと変換し跡形も無く癒したのだろう。


 そして、その事実は魔法が得意なエイルやベルフラガにとって最悪の相性……。ベルフラガはこれまでに無い危機感で背筋が寒くなった。


(……嫌な予感はしていました。戦士型のプレヴァインは本来、魔法相手にもっと警戒心があるべきなのです。しかし、彼はどこか余裕だった。それもそうでしょう……全ての魔法が神衣の効果で防げるのですからね)


 それとて使い熟す為の研鑽の長さは計り知れない。だが、プレヴァインは七千年前の狂乱神の元・眷族……戦士として、そして神使としての経験が今の実力を生んだに違いない。


(これは……ライの到着まで持たないかもしれません)


 ライが加わったところで波動魔法さえも吸収するプレヴァイン相手にどれ程やれるのかという疑問もある。だが、神衣に対抗できるのはやはり神衣なのだ。


(とにかく、時間を稼ぎましょう。エイルはあれ程膨大な力を持っているのでしばらくは前衛のままでも大丈夫でしょう。問題は私達ですね)


 フェルミナは万が一の際に回復役として温存……これは大前提。アービンと竜鱗装甲ガテルが回復すれば、連携を行いヒイロとプレヴァインの分離を図る。

 結局のところそれが勝利条件であり、プレヴァインを圧倒する必要はない。


 ヒイロとプレヴァインの契約に関しては、プレヴァイン自身が解除を考慮した節がある。意識をヒイロの身体から追い出せたならば負けと認める可能性も高い筈だ。


 問題は、今のプレヴァインとどう渡り合うかだ。最悪、瞬く間に全滅も有り得る。


 神の眷族──ベルフラガは改めてその強大さを理解した。



 が……そんな中でも意に介さない者が一人。いや……正確には一人と一体……。


『どうする、エイル?全部吸収されちゃうよ?』

「なぁに。やり様はあるぜ?要は吸収されなきゃ良いんだ。ちょっとばかり大変だけどな?」


 エイルは再び燐天鉱の大剣を展開。但し、今度は十本程……それがエイルの周囲を回転している。ベルフラガはその様子を見て急ぎ念話で制止を試みた。


『エイル。無理はいけませんよ。予定通り時間を稼ぎライを待ちましょう』

「念話……ベルフラガか?」

『そうです。吸収は相性が悪い。このままでは……』

「大丈夫だよ。アタシには予感があるんだ」

『予感……ですか?』

「ああ。多分、ライを待たなくてもアタシらは勝てるぜ。勿論、お前やアービンの力は借りなくちゃならないけどな?」

『一体どうするつもりですか?』

「予定通りの時間稼ぎだよ。でも、出し惜しみは無しでやらなきゃ意味がない。プレヴァインの為にもな?」

『ですが……』

「前衛はアタシ、後衛はお前だろ?まぁ見てなって。お前ならそれで直ぐに分かる筈だ」


 ベルフラガの方へ顔を向けたエイルは、自信に満ちた笑顔を見せる。そしてエイルは高らかな声でプレヴァインに宣言した。


「プレヴァイン!ここからが本当の……最後の勝負だ!」



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