第七部 第五章 第三十三話 覚醒のエイル


 決着を宣言したエイルに対しプレヴァインは満足気に笑みを浮べる。


 エイルは時間稼ぎではなく全力でぶつかるという意思を見せたのだ。元来小細工が好きではないプレヴァインにとってその覚悟こそが戦士の姿だと受け取ったのである。


『私の本気を見ても尚戦う意思を見せる心意気や良し。エイル・バニンズ……やはり貴様はまごうこと無き戦士だ。だが……加減はせんぞ?』

「初めからそのつもりだぜ。それと、先に言った様にアタシじゃなく皆で全力で行く。本当に良いんだな?」

『これはそういう戦いだろう?遠慮は要らん』

「うっし!じゃあ、やるか!」

『ククク。見せてみろ、貴様達の力を……』


 エイルは先程同様に燐天鉱の大剣を展開。但し、今回は波動氣吼を纏わせてはいない状態のものが六本程。エイルは自らの周囲にそれを回転させる。


「ベルフラガ!出し惜しみ無しの全力で援護を頼むぜ!」


 その言葉に一瞬躊躇するベルフラガ。本来の目的である時間稼ぎからは程遠いエイルの要求……一歩間違えばライの到着前に全滅にもなりかねない。

 しかし、エイルの意図も分からなくもない。戦いに全力を尽くすことはプレヴァインにとってのケジメでもある。正面切って退ければヒイロとの契約解除もすんなり果たせる可能性もある。


(全力で挑めば時間稼ぎにも繋がりますか……では)


 どのみち時間稼ぎは見抜かれている。ならば全力で当たり結果としての時間稼ぎに繋げるべきか……そう考えたベルフラガは、自らの纏っていた擬似神衣を解除した。


(……そうとなれば、私も最後の魔法を使い全力でお相手しましょう)


 ベルフラガは防御の為の擬似神衣を捨て波動魔法に絞ったのだ。確かにそれならば意識を割く負担は大きく減る。

 残る魔力を全て最後の魔法に費やし、時間による縛りも捨て去った。


 そして発動した波動魔法は再び魔法龍。しかし、展開できたのは四体……。


 先程までの時間稼ぎで想定よりも消耗していたらしく、神具・ 廻天万華鏡を用いても展開できたのはそれが限界だった。


(……。しかし、今回の私の役割は援護。フフフ……こうしているとローナとの旅の記憶が蘇りますね)


 正確にはイベルドだった頃の記憶ではあるが、今はイベルドもベルフラガの一部。『横暴勇者』たるマーナとの連携を経験済みともなれば援護などお手のものだ。


 黒、白、青、赤の四体が現出した魔法龍の内、黒龍の背に乗ったベルフラガはもう飛翔の力も残していない。正真正銘の出し惜しみ無し……これが最後の力。魔導師としては避けるべき事態なれど、エイルの意を汲んだ形になる。


 一方のエイルはベルフラガの厚意に感謝しつつ魔法を展開。使用したのは割と一般的として知られるものであると同時に、多様性のある魔法……。



 属性付与魔法・【魔装包衣まそうほうい



 魔装包衣は生物・無機物の縛りなく魔法属性を与える魔法である。元々は魔法が苦手な者を被害から保護する為に考案されたが、いつしか戦闘を優位に運ぶ様改善が為された。

 魔力が足りない、または魔法が苦手な戦士等に魔法使用者の力で属性攻撃強化や耐性向上、武器の威力引き上げと様々な応用がされている。


 神格魔法である《付加》との違いは生物にも効果を与えることが出来ることだろう。そして永続的に効果を与えることはできないものの、魔法を使用する者次第では幾種もの属性を切り替えることができる。


 因みに、《魔装包衣》は魔法王国最後の王が纏装を開発する切っ掛けになった魔法でもある。



 エイルが使用した《魔装包衣》は神格魔法属性──その効果は吸収。ここに至りエイルは遂に神格魔法属性の波動融合に成功した。

 自らと周囲を回る大剣、そして朋竜剣に付与された吸収属性。プレヴァインは当然ながらそれに気付いた。


『私の力が吸収と気付いた故の対処なのだろうがな……敢えて言おう。甘いぞ、エイル・バニンズよ』

「言いたいことはわかるぜ、プレヴァイン。でも、魔法と存在特性じゃどっちが強いかなんてアタシも知ってる」

『……どうやら要らぬ心配だったようだな』

「ああ……それじゃ、いくぜ?」

『来い!』


 一気に移動したエイル……吸収属性を纏った六本の大剣、そして朋竜剣がプレヴァインへと迫りこれをプレヴァインが大剣で捌く。エイルの剣は更に技量が上がっていたことにプレヴァインは内心で称賛した。


(切り結ぶ度に無駄が減るか……まさに天賦の才。が……やはり未熟)


 プレヴァインの神衣効果である吸収とは辛うじて拮抗し力を奪われずには済んでいるものの、やはり剣の技量はプレヴァインが上……。計七本の刃すら対応され、更には反撃の一閃がエイルに迫った。


『む……!?』


 これを防いだのは聖獣コウが展開していたラール神鋼の片翼。プレヴァインの大剣の軌道を逸らすと同時にもう片側の翼が刃のように放たれた。

 これを大剣で受けたプレヴァインは勢い良く弾き飛ばされ距離を置いた。


『……フハハハハ!想像以上だ!ならば存分に楽しませて貰おう!』


 今度はプレヴァインがエイルへと迫るも、その刃は空を斬る。直後、背後からの複数の斬撃……プレヴァインはそのまま地上へと叩き落された。

 しかし、難なく態勢を立て直し着地。頭上を見上げた。


『………』


 プレヴァインはエイルから視線を外した。目線の先には黒の魔法龍に乗ったベルフラガの姿が見える。


(成る程……あの男もまたこの世界の超越者か。この地に乗り込んで来た以上、それだけの力を宿していても不思議ではなかったな)


 使用している魔法龍が波動魔法であることを瞬時に見抜きプレヴァインは笑う。魔導師としての立ち位置に戻ったベルフラガはエイルとの連携によりその能力を存分に発揮するだろう。

 先程の回避と反撃はベルフラガの手によるもの……この窮地にプレヴァインの鼓動は益々高まった。


(フッフッフッ。永き刻の果てにこれ程の使い手達と相見えるとはな……。脅威に対する在り方がつくづく興味深い星よ。どれ……思う存分楽しませて貰うとするか)


 神衣を全開にしたプレヴァインは大地を思い切り蹴り再びエイルへと斬り掛かる。が……今度はエイルに到達する前に剣を横薙ぎに払った。すると、一瞬空間が歪み黒い半透明の球体が現れ崩れ去る。


『転移系の魔法による回避……が、相性が悪かったな』

「【吸収】と相性の良い力なんて限られるだろ?」

『ククク。それを打ち破るのが貴様の役割だろう?』

「だからやってんだろ?」

『うむ。その点は褒めてやろう……だが、まだ届かぬぞ?』


 吸収属性を纏うエイルの攻撃だが、『概念力』であるプレヴァインの吸収に届かない。せいぜい相殺が関の山だ。

 それでも、吸収で力を奪われればプレヴァインは疲弊すらしない。選択肢は無いに等しい。


 とはいえ、吸収と吸収による拮抗もやがてはプレヴァインに押し切られられるだろう。エイルもそれは理解している。

 必要なのは決め手……一撃で戦闘不能にする力か、若しくは吸収をこれ以上させない戦略。


(ちょっと厳しいけど……やるしかねぇな)


 今のエイル達には一撃で決める手段は無い。必然的に戦略による消耗狙いの長期戦になる。

 だが、それとて気を抜くことができない。一瞬の油断で力を奪われれば形勢は悪くなる一方だ。


 一度の吸収をも許さない綱渡りのような消耗戦。それを可能とするのはやはりベルフラガの存在……。


「ベルフラガ!結界を頼む!」


 叫ぶエイルの意図を感じ取ったベルフラガは即座に白い魔法龍を操作。エイルとプレヴァインを巨大な白い球体に閉じ込めた。


『……。消滅属性の結界か。確かにそれならば我が吸収にも拮抗できるだろう。だが、それは私を内側で抑え込めればの話だ。貴様一人でその負担を全て請け負えるか?』

「いんや……アタシ達は二人だぜ?アタシは今、最高の相棒と一緒に挑んでるんだ」

『御魂宿し……だったか。確かにその形態は我が故郷にも無かった力。貴様が自信を感じるのは判る。が……』

「それでも甘いってんだろ?でも、アタシの自信はそれだけじゃ無いぜ?」

『……?』

「ま……それもお楽しみってヤツだ。行くぞ、プレヴァイン!」

『ならば見せてみよ!』


 結界内にての戦いは吸収属性同士の激突。相殺され散った僅かな魔力はそのまま周囲の消滅結界にて完全に消える。結界内への魔力流入は無く、互いの魔力を奪うか否かが勝敗へと繋がる。


 戦いの技量はプレヴァインが卓越している以上、エイルの苦戦は免れない。七本の剣を駆使した剣撃はやはり及ばず、逆にプレヴァインの剣はエイルを捉え始めた。ラール神鋼製の鎧のお陰で負傷こそしないものの状況は相当に不利な状態……。

 だが、プレヴァインはエイルの目の内に光を見ている。その瞳には諦めの色も自暴自棄の気配も見当たらなかった。


(ふむ……自信といったのは嘘ではないということか)


 故にプレヴァインはその正体を確認したくなった。更なる窮地に追い込みエイルの力を引き出そうとしたのである。


 増す剣速と剣圧。エイルも必死に食らい付くが如何な天才といえど真なる研鑽に届く訳もなく、遂には圧倒される。


「……やはり無謀でしたか。ならば……」


 ベルフラガの魔法龍による結界は内部への干渉も当然可能。球体の内側に消滅属性の刃を発生させプレヴァインを襲う。


 だが……。


『邪魔だ!』


 プレヴァインの剣はそれら全てを瞬く間に打ち払った。その瞬間にベルフラガは気付く。


「まさか……。ここまでの力の差が……」


 神衣を纏ったライとの戦いを経験しているベルフラガだが、プレヴァインの力が恐らくライを超えている事実を知る。


(これは本当に不味い……。こうなれば不完全でもライに使用したあの魔法を……)


 ベルフラガの真の切り札たる『創世領域に至る破壊の光』……そうなれば当然ヒイロの身体も無事では済まないだろう。ベルフラガはエイルかヒイロ、どちらかの生命を選択しなければならない……そう考えざるを得なかった。


 そんな苦渋を打ち破ったのは……エイルだった。


「ベルフラガ……心配かけて悪い。でも、もう良いぜ?ここからは結界に集中して見ててくれ」


 エイルの姿は……全ての変化が解かれ元の状態に戻っていた。コウとの融合による全身鎧も、半精霊化による変化も今は無い。コウはエイルの肩に乗り大人しくしている。


 伝わるのは膨大な圧力……プレヴァインはその目を見開き盛大に笑った。


『ハ━━ッハッハ!まさか……この土壇場で覚醒めるか……』

「おう!お前の強さ、利用させて貰ったぜ?」


 追い込まれる際の危機感が成長を促す……それはベルフラガが言っていたこと。エイルは意図的にその状況へ身を投じていたのだとベルフラガ自身もようやく気付いた。


(これは……参りましたね……)


 苦笑いするベルフラガの想像さえ超え、神の領域へと一足飛びに踏み込んだ存在。天才……などと生易しい進化ではない。だが、これこそがライと魂を繋いだことによる本当の幸運……。

 僅か一日で魔人から進化した経緯は、ロウド世界初……。


 いや、恐らくは──。


『ククク。これはあらゆる世界でも初めてのことではないか?』

「そうか?でも、これもアタシだけの力じゃないぜ?」

『たとえそうだとしても……だ。誇るが良い、エイル・バニンズよ!そして、讃えよう!良くぞ至った……神の領域に!』


 エイル、【神衣】覚醒──。


 それは、何が欠けても辿り着けない運命の結果だった……。


 

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