第七部 第五章 第三十四話 生まれたての神衣


 【神衣】に至る為に必要なもの……それは強さばかりではない。



 霊位格というものは、高い程に通常感じ得ない情報も得ることができる。つまりは世界を識ることにも通ずる。


 中でも『精霊格』は大聖霊格に次いで森羅万象に寄る力──精霊達の中に未だ到達した個体は存在しないが、自我を持ちその領域を極めた『精霊王』の先にあるのは恐らく【神衣】だろう。


 また、【概念力】は存在の力──存在特性は世界に於ける己自身を知ることでもある。己と向き合い世界を知る事もまた悟りに似た領域と言える。自らの存在特性に触れることにより、いずれは神域に触れることも叶うやもしれない。


 或いは、神域に触れ続けることが進化を促す種となる可能性もある。自らが進むべき『知恵ある存在としての到達点』を感じ続けることは道を照らされていることと同義と言えなくもない。



 だが……逆に、それらを感じながらも【神衣】に至れるとは限らない。それは何故か……答えはエイルが覚醒した理由に繋がる。



 純粋に願うこと──それこそが神衣覚醒の大前提。



 そこに至る為に必要なものは、全てエイルに用意されていた。


 エイルは自らの存在特性を知らない。しかし、それを使う為の感覚は知っている。『御魂宿し』になることで契約聖獣であるコウの概念力を自在に扱うことができた。そこには確かに意味があった。

 無論、それだけでは無い。異空間内に於いて様々な存在特性が展開され、無意識に触発されていたことも大きい。更にはライが開発していた『波動氣吼法』という技法も覚醒への一因である。


 ベルフラガの『言葉』はエイルに存在特性の知識を与えた。加えて、窮地に陥った危機感こそが進化に繋がることも理解させられた。ベルフラガの構築した結界の中での戦闘はエイルが自らの意思で窮地に陥ることを狙ったものである。


 だからこそエイルは自らの弱さを理解し得た。その上で純粋に神衣を求めたのだ。


 更にもう一つ……朋竜剣の存在。


 朋竜剣には《増幅》という機能が組み込まれている。これは何かを特定することなく増幅が可能な特殊効果を齎すもの。


 エイルはこれを概念力の知覚に使用していた。知覚の増幅は本来感じ得ないものを判別できるまでにエイルの感覚を鋭くさせたのだ。これもまた覚醒に必要なものだったと言える。


 そして神衣覚醒の最大の起因はやはりライである。エイルが求めた心の繋がり……その為に行った『魂の魔法』。結果として霊位格の飛躍、感覚供与による波動の理解、契約聖獣コウの能力向上……その恩恵が最も重要な要因だった。


 ライの内に宿る幸運竜ウィトの記憶はライ自身よりも存在特性を理解している。エイルとの邂逅の際に発動した幸運……それこそが神衣覚醒の火種。


 それら全てが結び付くにはプレヴァインとヒイロという存在さえも不可欠……つまり、この異空間来訪という選択から全てが始まっていたとも言えるだろう。



「待たせたな、プレヴァイン」

『フフフ。寧ろ早かったと言えるだろう。人の身で、しかも独力で【神衣】に至る……私はその前例を知らぬ』

「そうなのか?ライはそうみたいだぜ?」

『……。己の本質を理解できる者などどれ程いようか……。人は運命に翻弄されるのが常だ。足掻き藻搔き、生命を賭けても到達するには足りぬものが多すぎるのだ』

「……まぁアタシの場合は自分の力だけって訳でも無いんだけどさ」

『それでも……だ。そして結果として自らの意志以外では覚醒は叶わぬ。故に言った。誇れ、と』


 そう……自らの存在特性を理解するのは結局のところ自分のみ。幸運竜や聖獣等の様に存在自体が概念力を顕す場合以外、理解することすら不可能である。特に人の身というものは、他者との違いを感じても根本を理解することは困難だ。


 ベルフラガが気になっていたのはまさにその点だ。


(私の場合は『存在特性』の知識を知る切っ掛がありましたからね。それでも存在特性が目醒め本質を理解する為には長い時間と研鑽が必要でした。しかし、エイルは違います。何より【神衣】に至るには自らの存在特性を看破しなければならない筈……)


 現実として確かにエイルは神衣を発動している。擬似神衣ではなく真の神衣であることはプレヴァインも認めていることだ。


「ま、詳しい話は後で良いだろ?」

『後……か。フン。神衣に覚醒したばかりで私に勝てると勘違いしたか?』

「いいや。悔しいけど、多分アタシはまだお前には勝てないだろうな。でも、それは本来ならの話だろ」

『………』

「神衣ってのは面白いよな……。何となく色々と分かるんだ……お前が何でこんなことやってるか、とかな?」

『ほう……?』

「そして、どうしたらお前が納得するのかも分かるぜ?だから決着まで付き合ってやるよ」


 エイルの言葉に僅かに目を見開いたプレヴァインは何かに納得した様に大きく笑う。


『ハッハッハ!そこまで理解しているか……。ならば存分に相手をして貰うぞ』

「おう。こっちはヒイロを返して貰うぞ。コウ、頼む」

『任せて!』


 エイルの身体を再びラール神鋼の全身鎧が包む。半精霊化の変化は無い。神衣には形態変化を行わずに済むだけの大きな力が宿る。


 エイルは右手に朋竜剣、左手に燐天鋼の大剣という二刀にてプレヴァインと切り結び始める。が……僅か十手程で直ぐに距離を置いた。


「やっぱり【吸収】って力は凄ぇよな。まさか神衣からも力を吸うとは思わなかったぜ」

『存在特性はその多様性故にどんな概念力も神衣になり得る。が、中には特に強力なものへと進化する可能性がある。私が神の使徒として選ばれたのはこの力が大成すると見込まれた故だ』

「これは本腰入れないとヤバいな」

『それも存在特性次第よ。さあ、見せてみよ。貴様の本質を』


 エイルの存在特性がそう都合良く【吸収】との相性の良いものとは限らない。当然ここからが正念場──しかし、エイルには微塵の不安も見当たらない。


 そうして再びプレヴァインとの剣戟か始まる。が……今度はプレヴァインが数手で飛び退いた。


(何……だ?吸収できないだと……?)


 剣を合わせる度に強制的に相手から力を奪う【吸収】は、魔力、生命力、精神力、物質と様々な物を奪う。初めの一撃こそ僅かに力を奪いはしたが、その後は一切の吸収が為されない。


 それがエイルの存在特性であることはプレヴァインにも理解できる。しかし、目で捉えることができないということは干渉系か時空間系になる。


(【概念干渉】という力もあるらしいが、それならば干渉された気配がある筈だ。一体何が……)


 存在特性の相性と看破こそが【神衣】同士の戦いの肝……。プレヴァインはそれを見抜こうとするが情報が足りない。


 それもそうだろう。まさか僅か一日で自らの存在特性を理解し、かつ神衣にまで到達した者など存在しないのだ。この事実はプレヴァインの対応を否が応にも慎重にさせる。


(ならば情報を得るまで戦うのみよ。幸い私の【吸収】を打ち破る程の力は無い様だ。いや……まだ使い熟せないだけの可能性もあるが同じ事)


 即座にエイルへと斬り掛かるプレヴァイン。エイルは何とか二刀で対応するもやはり技量では押され気味となる。

 この状態を拮抗に持ってゆくにはやはり波動魔法が必要……。エイルは吸収属性魔法 《吸魔の鎖》を波動魔法として展開。《吸魔の鎖》は光る鎖で捕らえた者の魔力を奪う。波動魔法と化したと鎖はプレヴァインの身体に巻き付きその動きを阻害した。


『小癪な……』


 身体に巻き付いた鎖はプレヴァインの【吸収】よりも弱い。だが、属性が拮抗し直ぐ様の吸収には至らない。少しづつ崩れつつもエイルの狙い通りプレヴァインの動きを鈍らせる。


「うおおおりゃあ!!」


 そこへ怒涛の連撃。未だ達人と呼ぶには未熟なエイルの剣ではあるが、確かにプレヴァインに届き始めた。


『クク……やるではないか』

「ちぇっ……でも、たった二撃当たっただけだろ?ちっとも効いてねぇし」

『贅沢を言うな。私の研鑽は一万年以上に及ぶ……。今日覚醒めたばかりの神衣で私に届く……それ自体が脅威だと理解せよ』

「そうは言っても、この程度じゃヒイロは返さねぇんだろ?」

『ククク。まぁ確かにそうだがな……』


 プレヴァインは嬉しそうに笑う。これ程の戦いは七千年振りのこと……。そして七千年前でさえプレヴァインを倒し切る者は居なかった。


(僅か七千年で【神衣】に届く者が複数生まれる星か……。成る程、あの時ネモニーヴァ様が討たれた理由が判る気がする)


 七千年前の狂乱神ネモニーヴァは二本の星杖を扱う魔術師により討たれた。だが、七千年前の戦いではプレヴァイン自身を打ち取れる者は存在しなかった。


 本来、『真なる神』が人に討たれることなど有り得ないことだ。眷属であるプレヴァインさえ討てぬ人間が狂乱神を討った……それはつまり狂乱神ネモニーヴァがロウド世界での自らの役割を終えたと判断したということ……。


(ネモニーヴァ様に認められた世界か。そしてあの方は未来視も行使できた。………。私がこうしてロウド世界に残されたことも恐らくあの方の思惑……。全く……困ったお方だ)


 七千年もの永き刻をロウド世界にプレヴァインは良い迷惑だと内心で愚痴が零れる。同時に、これも狂乱を司るが故の行動かと納得もしていた。


(あの方の最後の命令は『見極めよ』だったか……。今この時に神衣に覚醒めたエイル・バニンズのことか、それとものことか……。だが、やることは変わらぬ)


 動きの束縛など気にすることもなく再度剣を振るうプレヴァイン。エイルは辛うじてこれを防いでいた。またしても【吸収】は発動していない。だが、プレヴァインはこれに構わず剣を振るい続ける。


 たとえ特性が発動せずともプレヴァインは剣技のみでエイルを圧倒し得る。今度は波動魔法を展開させる間さえも与えない猛攻──エイルの才能は驚くべきものだが、それでもプレヴァインの剣に追い付くにはあまりに時間が足りない。


 怒涛の剣技を繰り出す中、プレヴァインはエイルの存在特性の推測を始める。


(吸収を防いているのは存在特性で間違いあるまい。しかし、明確に私の存在特性を妨害しているという反応は無い。つまり、これは私自身への干渉能力ではない。同時に吸収に対抗できる属性能力でもない)


 プレヴァインは存在特性が発動していない訳ではない。身体に巻き付いた波動魔法の鎖は僅かづつではあるが吸収されているのだ。また、対抗属性の場合【吸収】できなくとも何らかの拮抗を感じるのだがそれが無い。


(つまり、概念自体からの干渉と見た。さぁ……そろそろ真価を見せよ、エイル・バニンズ!)


 プレヴァインの狙いは追い詰めることによる反撃……。その反応こそが存在特性の見極めに繋がるという思惑である。

 そして、その狙い通り……エイルは自らの神衣能力を引き出した。


 だが……それはプレヴァインの想定を上回るものだった。


 エイルの神衣効果が高まった一瞬、プレヴァインはその戦意を失いかけた。高まっていた闘志も穏やかな心となり、その力も効果を弱めてしまったのである。


『………はっ!?……。い、今のは一体……』


 精神干渉に似た感覚……しかし、それは自らの内から湧き出た感情。同時に、プレヴァインの能力は別の効果で低下した。


『これ程まで精神への影響が大きい存在特性だと……?』


 ともなれば、精神干渉ではなく概念干渉系。しかし、プレヴァインはその能力を看破できない。

 辛うじて戦意を立て直したが得体の知れない力にプレヴァインは苛立ちが湧き上がる。


 そんなプレヴァインの警戒などどこ吹く風……と、エイルはニヤリと笑う。


「プレヴァイン。アタシの存在特性、教えてやろうか?」

『何だと……?』

「アタシの存在特性はな……?【愛】だ!」


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