第七部 第十章 第十六話 魔人戦士への依頼
「【双子の魔王】……!? トシューラに出現し各国で被害を出したあの魔王が!?」
「ああ、そうだぜ。正確には元魔王だがな」
カラナータが勝負に敗れるなど到底あり得ないと考えていたロクスだったが、その相手を知り益々驚愕した。しかし、アウレルにとっては予想通りの反応なので豪快に笑っている。
「俺はトシューラ国で直接対峙したこともあるからな……。まぁ、あの頃より随分と子供らしくなったのは確かだ」
「……。し、しかし……この里は大丈夫なのだろうか、アウレル殿? 伝説の暴竜も居るのだろう?」
「フィアアンフのことか? アレも伝承とは随分違うぞ? 昔は知らんが今は面倒見の良い兄貴分みたいな感じだな」
「…………」
「心配するこたぁ無ぇよ。ここに居る実力者連中は何かしらで迷って救われた奴ばっかだ。今更どうこうなることは無ぇさ」
平然とした顔で大剣の素振りを始めたアウレルを観察しつつロクスは小さく溜息を吐いた。
「…………。失礼だが、それは貴公もなのか?」
「ああ、そうだ。その中でも俺は散々ぱら心配掛けちまったクチだな。ハッハッハ」
言葉とは真逆の迷いのない表情を見せるアウレルにロクスは何とも言えぬ感情を抱く。
アウレルもまたロクスからすれば超越に踏み込んでいる者の気配を感じるのだ。自分はその領域に至れるのか今は到底自信が持てない。
と……そんなロクスの心を見抜いてかカラナータは会話に割り込んだ。
「アウレルよ。お前さん、魔人だな? しかも、先天的ではない……」
「流石は伝説の剣聖様ってヤツだな。俺は後天的に魔人になった。それもつい最近な」
「ふむ。しかも、自然な魔人化ではない。違うか?」
「そんなことまで分かんのか……。凄ぇな、旦那は……」
「儂も長く生きておるからその程度の差は分かるよ。お前さんのそれは何と言うか……通常より眩いのだよ。そうさな……例えるなら魔石だな」
本来、後天的な魔人化はゆっくりと変化し肉体との調和を果たす。故に魔人化しても魔力は生命力とのバランスを保ち肉体の内に宿るのだ。
しかし、カラナータから見たアウレルは生命力、魔力共に内から溢れている状態に見えた。
「魔石はそれ単体でも十分な役割を果たすが、最適な状態に加工することで何倍も効率化が起こる。お前さんの魔人化はそれに似ておるな。だが──」
それまで穏やかだったカラナータは目を細め覇気を強める。
「その術はレフ族が封印した禁呪だった筈。儂はこれでもレフ族とは旧知の仲だ。アウレルよ……事情によっては見逃すことはできんぞ?」
射抜くような視線に一瞬たじろいだアウレルだが、直ぐに気を持ち直し強き眼差しで返す。
「つまり……アンタは俺が魔人化した方法を知ってるんだな? なら隠しても意味がねぇな。【魔人転生】の術──正直言えば確かに俺も奪おうと考えたさ。伝え聞いたレフ族の禁呪を使えば力が手に入るってな。だが、この里にはそれを許さねぇ奴が居た」
「ほぅ……?」
「黒の暴竜フィアアンフはライと兄弟の契りを交わしてんだとさ。だからライの不快になることはさせんと止められた。それに、もう一人……どっちかっつうとソイツが思い止まらせてくれた方がデカイな」
フィアアンフ以外にアウレルに訓練を施したのは他ならぬオルストである。
「オルスト……? 聞かぬ名だな」
「そうか? アイツは一応、トシューラのフォニック傭兵団の副団長までにはなってたらしいんだがな……。今は魔人の俺よりも強ぇぞ?」
そこでロクスははたと思い出した。
「聞いたことがある。オルスト……確か、どんな状況でも必ず生き残るという男だったか……? 通り名は『不死身の傭兵』──」
「そう、ソイツだ。どっちかっつうと傭兵界隈では有名な奴だな。手段こそ選ばねぇが必ず生き残り、そして目的を果たす男。俺が知ってるのはオルストがフォニック傭兵団に入る前のことだが……」
オルストは過去二人組で傭兵をやっていた。それがどのような経緯かはアウレルも知らないがフォニック傭兵団に入った後あまり名を馳せなくなったという。
「まぁ、その辺は俺も詳しく聞いてねぇからな……。ともかく、オルストはこの里で俺の訓練相手をしてくれた。その時に言われたんだよ……”欲しけりゃ俺が盗んで来てやるぜ?“ってな?」
「んん? 待て待て。話が噛み合わんぞ、それでは」
カラナータは流石に呆れた。そのままの意味では“盗んだのは他の者なので自分は関係ない”と言っていることになる。
しかし、アウレルは苦笑いで話を続けた。
「話には続きがあんだよ。オルストはこういったのさ……”但し、【魔人転生】ってのは精神がイカれるってのが禁呪の理由だ。目的の為には役に立たねぇぜ? 力ってのは使い熟せなきゃゴミ以下……お前はそんなモンが欲しいのか?”ってな」
オルストは吐き捨てる様にそう口にしたのだという。たとえ神を殺せる力でも自分の意思で使えないのでは無価値……それが分からない内は二流のままだとさえ言ってのけた。
アウレルが力を求めたのはエレナを守る力が欲しかった故である。確かに、力を手に入れることでエレナを危険に晒してしまっては本末転倒だ。
それどころか暴走すれば仲間であるマーナやイベルドにも顔向けができなくなる……確かにそんな力に意味は無い。
言い方は辛辣だが、だからこそオルストの言葉はアウレルに響いた。互いに元傭兵という価値観もまた似通っていたのだろう。
結果としてアウレルは更に迷い足掻くことになる。その憂さを晴らすかの様にオルストとフィアアンフは手合わせに付き合ってくれたのだと今ならば分かる。
「……。実のところ、あの二人は俺が魔人化することが分かってたんじゃねぇかって思ってもいるぜ。どっちもライの関係者だからな」
「また勇者ライか……。して、アウレルよ。まだお前さんの答えを聞いておらんが?」
「ああ。俺を魔人化してくれたのは
完全版・【真なる魔人転生の術】──存在の力に干渉し対象者の願望を現実のものとする術。
「むぅ……。そんなものがあるとは……。だが、やはり世を乱す力に他ならんぞ?」
「それはライにも言われた。だからライは俺にしか使わないと宣言した。そういった訳で今後俺みたいに魔人化する奴はいないだろうよ。但し、ライの手では……な」
「……どういう意味だ、それは?」
「【真なる魔人転生】ってのはやっぱりレフ族が編み出した術なんだよ。近年復活した魔王アムド……旦那も知ってんだろ?」
「うむ。古の魔王とその配下なる存在は庶民にも通達されておるからな」
「アレは魔法王国の王族だって話だぜ? そしてアムドはそもそも【魔人転生】を編み出した当人だ。当然、ヤツら自身も【真なる魔人転生】で魔人化してる筈だ」
それを聞いたカラナータは盛大な溜息を吐いた。
只でさえ闘神の復活が迫っているロウド世界。魔王の危機を内包し、魔獣アバドンやトシューラ国の宣戦布告も含め問題は山積している。
ましてや【真なる魔人転生】を魔王が使えるとなれば今後新たな脅威の出現もあり得ない話ではない。
「成る程のぅ……。差し詰め、勇者ライは戦力強化としてお前さんを魔人化したといったところか」
そういう理由であればカラナータも全く理解しない訳でもない。完全版【魔人転生】が暴走を抑えられるのであれば戦力を増やすことは方針としては正しいのだ。
だが、やはり悪用の不安は残る。安易に認める訳にはいかない。
そんなカラナータの思考は次のアウレルの言葉で吹き飛んだ。
「いや、全然違うな。ま、流石の剣聖様でもそこまでは分からんよな」
「は……? 何が違うのだ?」
「ライって男はな……個人を知って判断すんだよ。出逢った相手を見て最善を与えようとする。それが俺に対しては魔人化だった……それだけのこった」
「???」
「アイツが魔人化してくれた理由は”好きな女を守る強さ“を俺が欲しがったからだ。それ以上でも以下でもねぇよ」
ライは【魔人転生】を戦力として考えていない……それを聞いたカラナータは目が点になっている。
「で、では、何か? 勇者ライはお前さんの至極個人的な理由でそんな
「そういうこった。それに、アイツにとってはその大事さえも恩を着せる為のもんじゃねぇんだよ」
「…………」
目を閉じ眉間にシワを寄せるカラナータの姿にアウレルは大笑いだ。
「ハッハッハ! 流石の剣聖様でも訳わからんて顔だな。でも、ライってのはそういうヤツなんだよ。会ってみりゃ分かるぜ」
「うぅ〜む……。ちと判断に迷うな」
「てな訳だ。で……どうする? ここまで聞いて俺を危険と判断して排除するか?」
ニマニマと笑うアウレルの様子にカラナータは興を削がれたと言わんばかりに頭をボリボリと掻いた。
「リドリーがこの地にお前さんを置いている以上、儂は初めからどうこうするつもりはなかった。が……やれやれ。試すつもりが試されたか」
「ハッハッハ。人が悪いのはお互い様だな」
「ククク。確かにな」
こうなると今一つ納得できないのはロクスである。
勇者マーナの仲間であるアウレルは相当な実力者。【魔人転生】を使わずともやがては魔人、または半魔人化していた筈だと考えた。そこを強制的に省略した意味が分からない。
そんな疑問にアウレルは苦笑いで答える。
「一つは俺に精神的な余裕がなかったからだな。あのままならまた不完全でも【魔人転生】に手を出そうとしたかもしれん。で、多分もう一つは……」
「……?」
「これは勘だがな……俺は魔人化できなかったと思うぜ。ライも『魔力臓器割れ』を考えたんだろうな。多分、別の方法を辿っても半魔人化もできなったんじゃ無ぇか……今はそう感じてる」
アウレルの魔力は他者と比べても極端に低かった。それを補って余りある生命力を宿していたこと、旅の仲間が皆魔法に優れていたことで勇者の仲間として旅はできたが、いずれは限界を迎えていた可能性をアウレルは薄々感じている。
魔力は通常食物と呼吸から肉体に取り込まれ馴染んで行く。その効率が低い者は当然魔力への耐性が低い。劣化魔人化である【蒼星病】は代表ともいえる症状だ。
つまり、【魔石食い】で魔力臓器を造ろうとしても完全に機能するかは疑わしいものだったとも言える。
ライはそれを見抜いて最適な形に魔人化させた……アウレルはそう考えていた。
「そこまで見抜いていたと……?」
「アイツは若いのに俺達の数倍は苦悩してるし経験も積んでる。知識の量や研鑽も並の奴じゃ頭がおかしくなってても不思議じゃないと思うぜ?」
「………」
「なぁ、ロクスさんよ? アンタも強さを追い求めるクチだろう。だが、多分アンタは俺と違って焦る状況には無い筈だ。遠回りになっても良いなら自然魔人化を目指す方法を教えるが……?」
ロクスはこの申し出をあっさりと断った。
「私は今、剣聖の弟子だ。ならば剣聖の指導に従い強くなる……そう決めている。結果としての魔人化であるならば受け入れるがね……。貴公の厚意は有難いが今は遠慮しよう」
「……。アンタは強いな、ロクス」
「一人の女の為にその身を賭ける……私はそんな貴公も強いと感じるよ」
「へっ……。強さも色々ってか」
「きっと……そうなのだろうな」
ロクスは手を差し出した。アウレルは応えるようにその手を力強く握る。
「傭兵戦士アウレル殿……我が国トォンからの依頼、改めて受けて貰いたい」
「良いぜ。俺はアンタらを気に入った。レフ族の長からも言われてるからな……手を貸してやる」
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