第七部 第十章 第十七話 アバドンが得た力


 トシューラ国に於けるアバドンの戦い──。


 ライの策がいよいよ整ったことにより戦況は新たな流れへと移ろうとしていた。


 ただ、エクレトルに送るにしてもアバドンの能力は尋常ではない。戦力は幾らあっても足りない状況と言わざるを得ない。

 故にライは、カラナータの申し出に甘えることにした。


 そして今後の流れを念話にて伝達する。

 

『ようやく準備が整いました。今からアバドンの魔法を無力化した後、この氷の閉鎖空間を解除します。それを合図に時空間魔法でアバドンを神聖国家に送るので……』

『うむ。先程言った様に儂らも行こう。なぁに……エクレトルとは多少縁もある。儂らの助力を嫌とは言わんだろうさ』

『助かります、カラナータさん』

『師匠が行くなら当然私もだな。貴公はどうする、アウレル殿?』

『乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ。ライにはデカイ借りもあるし、ちったぁ返せるだろ』

『アウレルさん……』

『ハッハッハ。半分は今の力に慣れる機会ってのもあるがな? 実戦じゃなきゃ掴めねぇものもあるしよ』

『……分かりました。でも皆さん、無理はしないで下さいね』


 もっとも、危険だと判断すればライは自らが前に出て防げば良いとも考えている。エクレトルの準備した戦力がどれ程かは分からないが、少なくともトシューラで戦い続けるよりは遥かにマシになるだろう。



 そしていよいよの作戦決行──。



 現状、大前提としてアバドンの展開する如意顕界法を無効化する必要がある。恐らくエクレトルへと転移させても《無空輪明渠》は残り続けアバドン分体がトシューラ国を蹂躙するからだ。

 故に先ず狙うはアバドン本体に張り付くように展開している《無空輪明渠》の出入り口。


 しかし、厄介なことにアバドンはライの反射神経と同等の反応を行う。当然ながら魔法の破壊は容易ではない。それでもトシューラ国に於いての犠牲の回避は最低限の線引きだ。


(ここを乗り越えればアバドンとの決着が近付く。気合いを入れなきゃな……)


 アトラに制限された分身体の上限を無視した為に身体がどことなく重い。現在は分身体の展開を減らしたもののやはり反動が出ている様だった。

 それでも思わぬ援軍により負担が大きく減ったことで少しづつ身体の不調は癒えつつあった。

 

 ライは《天網斬り》を展開した右手の刀に続き左手に波動氣吼法を纏うと一気に飛翔。当然アバドンは迎撃の構え……同時に魔法展開を始める。


 アバドンが使用した神格魔法は《焔鳥ほむらどり》──掌大の炎の鳥が千を超える数出現。その全てがライの火炎圧縮 《金烏滅己きんうめっき》と同等の威力を宿している。

 更に《焔鳥》は自動追尾型──。全て躱すには厄介であり、また斬り伏せることも多大な労力となる。


 しかし、ライは構わず炎の鳥の群れへと突っ込んで行く。左手に展開した波動氣吼を拡大し火の粉を払う様に《焔鳥》を薙ぎ払った。それを回避した火の鳥がライへと迫るも右手の小太刀にて斬り伏せつつ更に前へと進んでゆく。

 だが、それを更に自動追尾で後を追う《焔鳥》……その炎が届こうかというその時、ライは身体を捻りつつ脚部に展開していた黒身套を吸収属性纏装へと変化させ回し蹴りを放つ。


 繰り出された蹴りにより帯状の纏装が渦を描きつつ後方へと伸びてゆく。それは迫る《焔鳥》を囲う様に拡がり包みこんだ。これにより大半の《焔鳥》が消失・吸収されライの魔力となった。


『…………』


 アバドンはその様子をひたすらに観察していた。


(ライ・フェンリーヴはやはり異常な存在だ……。彼の者は一人で戦うことを選ぶ故に気付く者は限られている様だが……。いや、周囲に気取られぬよう無意識に単身での戦いを選んでいる可能性も否定はできない)


 アバドンが警戒しているのはライの異常な適応能力である。


 一度地中に潜みアバドンが得た知識にはも含まれている。その中でライは波動氣吼と纏装の使い分けができて居なかったのだ。

 確かに研鑽はあった。しかし、それはまだ実践に届かぬ範囲の力だった筈。事実、ヒイロの異空間での戦いにて実戦投入された波動氣吼は調整さえ苦戦していた。波動氣吼と纏装の同時展開などまだ先の修得となって然るべしなのである。


 それがほんの僅かな期間──たった数日で今アバドンと対峙しているライは波動氣吼、纏装、そして《天網斬り》までをも同時に展開し淀みなく扱っているのだ。


 アバドンはその理由を既に推測している。


(存在特性【進化】……つまり概念力による成長促進。これも当人は理解していない様だ。しかし……)


 それを踏まえても異常なのはライの強敵遭遇率である。殆どは自ら首を突っ込んでいるとはいえあまりにも高すぎるのだ。


 本来、ライが持つ【幸運】の存在特性は自らが心を寄せた相手に細やかな幸運の流れを与え伝播し因果に干渉するものである。その結果、廻った幸運がライにも良い影響を与えるのだ。

 しかし、ライが起こしているのはその真逆──自らが困難と出逢い、その行動の結果が周囲に大きな幸運を与えている。それも人生を左右するレベルでの干渉なのだ。


 アバドンは【情報】としてそれを理解しているので益々疑念が増していた。


(本当に【幸運】の概念力であれば、ライが強くなるまで遭遇は起こらぬ筈。しかし、その命を削るようにしてまで脅威なる存在と対峙する……こんなことが起こるなど本来ならば有り得ぬ。これは【進化】なる概念が【幸運】を変化させたのか……或いは……)


 アバドンの脳裏に浮かんだのは色鮮やかな赤と橙のグラデーションを持つ大型の鳥。


(この星の管理者たる大聖霊の一柱、オズ・エン……。ラール様の写し身である貴方は何を……。いや……これはその内に潜む契約者の思惑か)


 歴史の陰に暗躍するその男の存在に行き当たりアバドンは少しだけ不快感が増した。


(良いだろう……。お前がどんな思惑を持とうと私の考えは変わらぬ。利用するならば利用してみるが良い──勇者バベル)


 アバドンは大きな咆哮を上げライを迎え撃つ。



 一方……アバドンが思考を加速していた刹那の時間とほぼ同時、ライもその思考を加速させていた。理由はアバドンの使用した神格魔法──ライはそこから違和感を感じ取っていたのだ。


(……。アバドンは俺と同じ様に溢れた記憶を魔力から取り込んでいたと思ってたけど、どうやら大きな勘違いだったみたいだな)


 違和感の正体は先程アバドンが使用した神格魔法 《焔鳥》。闘神の眷族デミオスが使用したその魔法は、実はロウド世界の魔法式と少し違っている。

 ライも一度試しで使用しているが、それは直接魔法式を確認し千里眼の能力 《解析》にて魔法を理解しているからである。つまり、地中に居たアバドンがその魔法式を知ることは無い筈なのだ。


(大体、感情こそ伝わってきたけどデミオスの記憶は俺も読めなかったんだよな。だからアバドンが《焔鳥》を使える筈が無いんだよ……一つの可能性を除けばね)


 世界に於いて過去の出来事全てを知る手段はただ一つ──【情報の大聖霊クローダー】からの知識獲得である。

 しかしクローダーは現在、変化した存在を安定させる為に深い眠りに就いている。そしてその安眠を確保しているのは同じ大聖霊であるアムルテリアの【創造】した城。アバドンが強力な吸収能力を宿していてもその知識を間接的に奪えるとは思えない。


 だが……これには穴があるとメトラペトラから聞かされていた。といっても、誰もそれを為すことはできぬ為に穴と呼べるか疑問だったのだが……。


(クローダーの【情報】は『星の核』にも送られるんだったっけ。情報は星の記憶でもあるから。つまり……)


 ロウド世界の星の核はラール神鋼で構築されているとメトラペトラは言っていた。そして星の核はロウド世界の魂循環機構でもある。廻る魂達の記憶は星の核に一定期間保存されるのでクローダーの【情報】と同義ということになる。


 つまり、アバドンが手に入れた情報は星の記憶の一部……。


(星の記憶がどの程度の期間保存されるのかは俺も知らないけど……厄介さが増したことだけは確かだな)


 本来ならば高濃度魔力の地核に近付くだけでも恐るべきことだが、地核の素材たるラール神鋼までをも取り込んだアバドン……。その結果、過去の知識をも取り込んだ故にアバドンの時代には無かった魔法までも獲得したことになる。

 何より厄介なのはアバドンが【神威自在】の領域にまで手を掛けたことだ。


 波動の知識はあっても波動吼は使えないのは、アバドンに修練という意識が無いからだろう。波動氣吼法に対応できなかったのは編み出したのが最近であり、『蜜精の森』や『ヒイロの異空間』など結界と化している空間で仕様していた為に【情報】として取り込まれるのが遅れていた為と思われる。


 だが……それを差し引いても如意顕界法は厄介だ。


(上手くいくかは分からないけど、アバドンを神聖国家に移す時に封印を掛けられればその後が楽になるか……。良し……)


 更に飛翔を加速し咆哮を上げるアバドンへと接近するライ。……が、アバドンはその体の至る所から鋭利な黒い棘を撃ち出した。


「魔法……じゃない? これは魔力物質か……。こんなものまで……」


 確かに魔力体としての能力を有する聖獣・魔獣であれば身体を操作し魔力物質を生み出すことも可能だろう。

 ライは迫る魔力物質に対し左手の波動氣吼を拡大させやじりの様に展開し回転させる。魔力物質が触れ炸裂する威力を回転で分散しつつ受け流し構わず前へと進む。


 そしてようやく《無空輪明渠》の張り付いた一つ目の位置へ到着。すり抜けざまに魔法で構築された金環を斬り裂いた。


『小癪な……』

「先ずは一つだ」


 更にライは止まらず跳ね上がるように上空へと飛翔。丁度アバドンの死角となる背の部分へと加速する。


「お前の【如意顕界法】の要はコレだろ?」


 アバドンの背に展開されている巨大な虫羽根。ライはそれを同じように飛翔しつつ斬り裂こうとした。しかし、羽根は瞬時に硬質の結晶体に変化し《天網斬り》を防ぐ。


「ちっ……。素材が違って見えたけど、ソレもラール神鋼かよ……」

『浅はかだったな、勇者よ……』


 同時にアバドンの背に伸びている硬質の巨大な結晶体は互いに共振し光熱を帯びる。そして巨大な光輪を作ると超高熱の光を放った。


「……!?」


 範囲が巨大で転移も間に合わなかったライはそれをまともに受け《瀑氷壁》に叩き付けられてしまう。波動魔法である《瀑氷壁》が破れることはないがライの身はそうはいかない。しばらく耐えていたが、遂にライの身体は跡形もなく消えてしまった。


 それを見ていたロクスは動揺を見せるもカラナータとアウレルは平然としている。


「し、師匠……。ライが……」

「案ずるな、ロクス。アレは偽者だ。本物は……ホレ、あそこに……」


 カラナータが視線を戻したその時……丁度アバドンの身体に張り付く二つ目の金環が斬り裂かれる光景が見えた。



 


 

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