第六部 第八章 第十四話 解き放たれた魂達

「ライ………感謝する。我が祖父の最期の願いを叶えてくれて………」

「いえ……。俺は結局、何も………」

「悲しまないでくれ。祖父ブロガンはようやく本懐を遂げるのだ……。たとえ今日、倒されたとしてもそれで……」


 そう告げたマレクタルは、星鎌ティクシーを握る手が僅かに震えていた……。



 そうして始まった真剣勝負……。互いの武術の腕のみでの刃の交差が続く。


 ブロガンは痩身に似合わぬ剛剣を繰り出すものの、デミオスの槍が巧みにそれを往なす。体力と得物の利はデミオス、武術はブロガン……ここにきて最後の戦いは拮抗していた。

 しかし……戦いに異変が起こった。


 突然ブロガンの左腕が鎧ごとガシャリと地に落ちたのだ。



「なっ!何よ、アレ……?」


 驚くマーナ。当然ライやルーヴェストも驚いている。


「……やはり……体が持たなかったか」

「……どういうことですか、マレクタルさん?」

「祖父の左腕は殆ど魔石化していたんだ。魔人としての限界……その結果……」

「………メトラ師匠、それって」


 浮遊するメトラペトラに視線を向ければ、少しばかり項垂れて見える。


 それはライに伝えたくなかった事実の一つ……。


「魔人は寿命が尽きるその日まで若いままだとお主に言うたの……」

「はい……。半魔人は普通に老いるけど、魔人は若いままだって聞きました」

「魔人は寿命が近くなるとその身体が魔石化を始めるんじゃ。殆んどの場合は心臓に近い左腕からじゃな……やがてそれが左胸に至ると、一気に全身に広がり最期は全身魔石となって命尽きる」

「そんな……それは、どうしようもないんですか?」

「元々魔人は魔力が高すぎるのじゃ。それが長い時間を掛ける為に魔石化する。これはほぼ全ての魔人の辿る運命……お主にはとても言えなんだ。済まん」


 ライの優しさを知るメトラペトラは、悲しませると知っていたからこそ告げることが出来なかった。勿論ライもそのことは理解している。


 しかし……エイルやトウカ、ホオズキさえもブロガンの様な最期を迎えることがライにはどうしても嫌だった。

 更にディルナーチ大陸に至っては、かなりの者が魔人……。そんな事実がライに衝撃を与えた……。


「じゃがの……全く手がない訳ではないのじゃ。リーファムは何らかの方法で半精霊化したからのぅ……。その辺りは話を聞き考えれば、何か良き方策も出来るやも知れんがの……」

「そう……ですね」


 ライにとって親しき者達の最期は穏やかでいて欲しい。老いて生き抜いて、看取られるという幸せ……ライはそれを心から願う。

 姉弟子に当たる【火葬の魔女・リーファム】から話を聞ければ、魔人を普通の人間の様に老いながら死を迎える方法が見付かるかもしれない。


 これはライにとってもこの先の課題となる……。



「ブロガンは五百年以上じゃからの……確実に限界を越えておる。それを押して今この場に居るのは執念じゃ。お主はその念願の場を用意したのじゃ……誇るがよい」

「…………ブロガンさん」


 ブロガンの願いは己が招いたデミオスという厄災をその手で払拭すること。王としての責務であり、一人の男としての意地である。


 その気持ちが分かるからこそ一騎討ちの場を用意したライ……。

 しかし……デミオスの覚悟を知ったが故に、ライにはこの決闘は悲劇にしか見えなかった。


 どちらが勝っても幸せな結末など無い……それがライを更に苦しめる。



 そんなライを支えたのはルーヴェストだった。


 ライの肩に腕を回し、力強い声で人の生き様について語る。


「お前が何に悲しんでるかは何となく分かるぜ?だけどな、ライ……。あの二人は今、己のこれまでの人生を賭けて死力を尽くしてる。それを見守るのは関わった者の義務だ」

「………ルーヴェストさん」

「人はどうしたってしがらみから抜け出せない。なら、関わった奴等の想いを覚えていてやるのがせめてもの救い。人間はそうやって歴史を積み重ねるんだぜ?俺も………そしてお前も人だ。たとえ化け物になろうと、それさえ忘れなけりゃあ歴史は続く」


 ルーヴェストはライより四つ程歳上だが、その人生経験はライと比べるべくもない濃厚だった。

 幼い頃より旅商人として国を巡り、力を得てからは勇者として世界を駆け巡る。魔獣だけでなく数々の使い手との死闘もあった。


 今のライ程ではないが無茶を繰り返し、己を鍛え上げ、数多の生と死を見届けてきたルーヴェスト。その言葉にはいつもの適当さは見当たらず、勇者の先人として言葉を紡いでいた。


 だからこそ……心に深く響いた言葉がライを支えたのである。


「……わかりました。この戦いを全て心に焼き付けます」

「それで良い。俺達ゃ勇者だ。見届ける勇気も持たにゃあな?」



 片腕を失いつつもブロガンの勢いは止まらない。デミオスの長得物を掻い潜り幾度も斬り付ける。デミオスはその度に距離を取り自らの有利を存分に生かした。


 やがて……ブロガンは駆け引きを一切捨て特攻。迎え撃つデミオスの槍がブロガンの腹部を貫いた。


「ぐっ……!」


 だが、ブロガンは止まらない……。貫かれた腹部を利用しデミオスの攻撃を封じつつ、更に前へと進む。


 闘神──そんな言葉がライの脳裏に浮かぶ。


 闘神の眷族デミオスは、闘神の如き男ブロガンの一太刀を受け遂に倒された……。


「ブロガン王!」


 駆け寄る一同。剣を支えとしてようやく立っているブロガンの顔は、とても穏やかなものだった。


「国王……お見事でした……」

「……マレクタルか。これで私の責務は果たされた……犠牲にしてしまった者達への幾分なりの罪滅しにはなったか……」

「はい……」


 ブロガンを腕に抱くマレクタルは、槍を引き抜き回復魔法を使用する。だが、傷は塞がらない……。そもそも血が殆ど流れていない。


 そんなブロガンはライに視線を向け微笑む。満たされたその顔は別れの時が近いことを意味していた……。


「感謝する、勇者ライよ……。これで私はようやく眠れる」

「王の生き様、確かに見届けました……」

「ハッハッハ……。本当は王などになりたく無かったのだがな……。トゥルクに来た者は家族──守る為には王になるしかなかったのだよ」


 生き様の理由はライと少し似ていたが、王を選んだブロガンはその何倍も苦労した筈だ。


「少しばかり荒れてしまったが……トゥルクの大地は甦る筈だ……。マレクタル……後を頼むぞ?」

「王!」

「最期くらいは……王の軛から離れても……バチは当たるまい。さぁ……昔の様に呼んで貰えるか?」

「……爺ちゃん。凄かったよ、爺ちゃん!流石は俺の自慢の爺ちゃんだ!」

「ハッハッ……ハ……!そう……だろ?」


 ブロガンはマレクタルの頬に触れると、満面の笑顔でポツリと告げた。


「ああ……。これで……ようやくあの森に……」


 トゥルク王ブロガン、死す。


 生まれながらの魔人であったブロガンは捨て子だった。それを拾い育てたのは木こりの男……。

 男の元で健やかに育ったブロガンは森を愛した。だからトゥルクは発展しても森深い国だったのだ。


 そして王の重責から解き放たれた魂は、懐かしい森へと還ったのである。



 トゥルクの民達は王の死を大いに嘆くだろう。偉大なる王にして国の父ブロガン……。その遺体はマレクタルに抱えられて、マリアンヌの転移により去っていった。



 一方のデミオス。ブロガンに斬り付けられ倒れた際、分身で駆け寄ったライはデミオスを抱えた。

 到底敵に対する態度ではないと理解しているが、最早ライにとってはどうでも良いことだった。


「デミオス……」

「フッ……。感謝するぞ、勇者ライよ。私に戦士としての最期を与えてくれたことを……」

「ああ……。お前は戦士だ。闘神の眷族にして忠義の戦士デミオス……見事な最期だったよ」


 ブロガン同様に穏やかな笑顔を浮かべるデミオス……。


「……最後にお前に助言を与える。『真なる神格』を持つ神は神衣では倒せん。それを乗り越えるには更なる強さが必要だ……しかし、私はそれを知らぬ」

「大丈夫だよ。乗り越えるのは得意だから……」

「ハッハ……余計な心配だったか……」


 デミオスは静かに目を閉じる。


「………異世界の勇者ライよ。さらばだ」

「ああ。縁があったらまた逢おう……」

「そう………だな。それも良……い……」



 闘神の眷族デミオス……その忠義の為にロウド世界の厄災となることを選んだ男。最後まで不器用な男だったとライは悲しい顔で微笑んだ……。



「終わったか、ライ?」

「ルーヴェストさん……。ええ……。デミオスを弔ってやりたいんですが……」

「そうか……。ま、良いんじゃねぇか?死んだら罪もねぇからな………」


 しかし───ライがデミオスを抱え上げた瞬間、デミオスの首が宙を舞う。


「なっ!」


 デミオスの首はそのままルーヴェストの背後へ……。そこに居たのは金髪の男。

 金髪、青眼、耳長の特長……ライは直ぐに正体の推測に至る。


「レフ族………アムドの配下か!?」

「ほう。察しが良いな、勇者ライよ。我が名はハイノック・ソレル。アムド様の忠実なる剣だ」

「…………デミオスの首を返せ!」

「それは出来ぬ相談だな。この首は必要なのだ……」

「なら、力付くで……」


 ライが動くより早くルーヴェストが背後へ攻撃。しかし、ハイノックはスルリとルーヴェストの影の中に沈んで消えた……。


「ちっ!魔法か?」

「いえ……今のは………」


 存在特性───まさか存在特性まで使い熟すアムドの配下がいるとは思わなかったライ。メトラペトラやアムルテリアも警戒しているが相手を捉えることが出来ない。


 厄介な相手……今更ながらアムドという脅威にも眼を向けねばならないと理解させられた。



『勇者ライよ………我が主からの伝言だ。【神の眷族をよくぞ倒した。だが、貴様を葬るのは我、アムド・イステンティクスだ。その時まで死ぬなよ?】』

「アムド………」

『………。では、さらばだ』


 ハイノックは言葉少なにその気配を消した……。



 トゥルク王ブロガン、そして神の眷族デミオスが命を散らした中で現れた、魔王アムドの配下──ハイノック・ソレル。



 トゥルク解放という喜ばしき結末に反し、ライの内には更なる不安が渦巻くこととなる。

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