第六部 第八話 第十五話 戦いの後で
トゥルクの戦いは終結した───。
不運にも邪教の巣窟にされた国は、長い困難の時に挫けることなく抗い戦い抜いた。
そこには王となり守ることを選んだ男の生き様と、主の為に汚名すら甘んじて受けた忠臣の存在があったことをライは忘れない。
プリティス教の残した爪痕はとてつもなく深く、これから先多くの問題を解決して行かねばならないだろう。
しかし、諦めず戦い抜いたトゥルクの民ならばきっと乗り越えて行ける筈だ。
そんなトゥルク国では祝勝会が開かれていた。
トゥルクの民、そして今回の戦いに加わった天使達とロウドの盾……皆が戦いの終結に喜びに合う姿が見える。完全なる無礼講の様相だ。
ささやかながらも酒が振る舞われたのは、何とメトラペトラの配慮。ただ酒が呑みたかっただけの可能性もあるが、今回は頑張ったメトラペトラ……ライは自由にさせることにした。
「さぁ!ジャンジャン呑むのじゃ!子供達には果物を搾ったジュースもあるぞよ?」
トゥルクの民にとってそれは本当に久方振りの宴だった……。民の顔は皆安堵と喜びに満ちている。
彼等はブロガンの死を知らぬのだ……。
ブロガンの姿は確かに宴の場に在る。民はブロガンに近付き謝意を述べ酒を酌み交わしているが、それは本物のブロガンではない。魔導具を用いた幻覚魔法で姿を変えた偽者である。
「本当に良かったのか、マレクタル?」
杯を手にそんなブロガンの姿を見ているシュレイドは、隣に立つマレクタルに問い掛ける。ブロガンの死を偽るよう申し出たのは、王族であり孫でもあるマレクタル当人……。
「ああ。これで良いんだ、シュレイド。ようやく解放されたこの日……民には喜んで貰いたい。ブロガン王は……祖父は賑やかなのが好きな人だったからな」
「葬儀はどうするつもりだ?」
「
敵を倒したのはブロガンということになっている。事実、助けはあったもののデミオスを倒したのはブロガンその人だ。誇り高い王の功績は国民の心に刻まれることだろう。
最後の戦いはマレクタルが覚えていれば良い……当人はそう考えている。
「………ところで聞きたいんですけど」
そう切り出したのはイグナースである。
「あのブロガン王は誰が演じてるんですか?」
「ああ……私の父だ」
「………そう言えば、マレクタルさんの御父上は姿がありませんでしたけど」
「いや……皆も会っていた筈だが……」
それは砦の入り口に居た『モブ兵士その一』だと聞かされた時、場の全員が衝撃を受けた。
「あ、あれ?スミマセン、マレクタルさん……まさか次期王様が門番やってたなんて……」
「ハハハ……良いさ。父も理解している。何と言うか……王族の存在感がないのだろう?」
「……ス、スミマセン」
マレクタルの父……次代国王ミルコは、どこにでも居そうな町民の印象を受ける。
民の為に最前線で守りを担う覚悟や、民の目線で問題に取り組む心があるのだが……どうにもオーラが無いのだ。
但し……才覚は高いらしい。存在感を除けば次期国王としては申し分は無いだろう。
「………ま、まぁ、とにかくこれで問題の一つは解決した。ロウドの盾……それと神聖国エクレトルには、本当に感謝している。ありがとう」
マレクタルはロウドの盾の面々に深く頭を下げた。亡き祖父の代わりに……そしてマレクタル自身による心からの感謝だった。
「気にすることはない。敵は邪教だった……つまりは世界の敵。ならば、エクレトルとして力を貸しても問題はない」
アスラバルスはマレクタルの肩に触れ力強く頷いた。
「それでも……感謝します」
「生真面目だな、貴公は……見ろ、あれを。今は唯、ああして喜べば良いのだ」
アスラバルスが指差した先では、二手に分かれてトゥルクの民と相撲をとる男達の姿が──。
「さぁ、どうした!そんなんじゃトゥルクの未来を支えられねぇぞ?」
上半身裸で男達を投げ飛ばしているのは【力の勇者】ルーヴェスト。
そしてもう一人……何故か褌姿で子供達の相手をしている白髪の男……勇者ライ。
「さぁ、来い!ガキンチョども!俺を倒せたら最強の称号をくれてやる!」
「最強はブロガン様だ、バーカ!」
「皆、やっちまえ!」
わ~っ!っと子供達に群がられたライは殴る蹴るの暴行を受けている……最早相撲ですらない。
「フハハハハ!効かぬわ!その程度ではブロガン王の様にはなれぬぞ!」
身体中を子供が纏わり付き髪や耳、頬を引っ張られながらも仁王立ちする褌男……しかし……。
「おぴょっ!?」
股間への一撃を受けたライは数度跳び跳ねた後、膝を付き踞った。
「ふぉぉっ!ば、バカなぁ!」
「バカはお前だ!皆、今だ!」
「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!調子こきました!」
ライへの子供達の容赦ない攻撃は続いている。イグナースはそんな光景を生温い視線で見つめていた。
「……。何で魔王や神の眷族倒す人が子供に負けるんですか……」
「………ま、まぁ、あれは励ましなのだろう。ライ殿は割りと昔からあんな感じだ」
シュレイドはノルグーのプリティス教騒動の際に子供達と対等で居ようとしたライの姿を見ている。
とはいえ、流石に見兼ねたマレクタルがライを呼びに向かった……。
マレクタルに救い出されたライは……嗚咽を漏らしながら戻ってきた……。
「………な、何やってんですか、ライさん」
「ううっ……イグナースぅ……。グスッ……アイツら、酷いんだぜ?徹底して股間狙ってくるんだから、悪魔の如しだ」
「…………」
世界最強級……何と虚しい響きだろうか。
そんな『最強最弱の勇者・ライ』は、ズボンのみを履いてマレクタルから酒の杯を受け取った。
「勇者ライ。君には本当に世話になった。君がいなければ祖父は本懐を遂げられずに息絶えただろう」
「……いいえ。御膳立てだけはしましたが、最後の戦いは一切手助けをしていません。ブロガンさんは自らの力で本懐を遂げたんですよ」
「それでも……君が居なければ果たせなかった。それに星鎌ティクシーとの縁も繋いで貰った。君への恩は計り知れない」
「ティクさんは何れはマレクタルさんと縁を結んだでしょう。俺は意地っ張りな星具さんの背を押しただけですよ。ね、ティクさん?」
マレクタルが担いでいる大鎌に語り掛けたライ。対して、大鎌……星鎌ティクシーは誤魔化すように答える。
『ふ、ふん……それよりも、勇者ライよ。報酬の件、忘れておらんだろうな?』
「勿論。手配はしておくから存分に」
『ならば良い』
ティクシーへの報酬は作物の収穫。本来ならば麦を刈るところだが、ペトランズ大陸では少しばかり季節が遅い。
そこでライは、ディルナーチ大陸の稲刈りを思い出したのだ。季節的にも丁度頃合いだろう。
但し、ライは一応入国禁止の立場。ディルナーチへの案内はメトラペトラとトウカに頼む予定だ。
「その前に明日チャチャっと後始末しないと……」
「後始末?」
「鉱石化したプリティス教徒を元に戻して確かめないと……。それに、魔獣の屍の後始末と『煉山』の崩落を防いで、中の犠牲者も弔って……出来れば家族の元に………」
皆が呆れる程の配慮をしているライに、マレクタルは苦笑いだ。
「そこまでは悪い。君にも待っている者が居るんだろう?」
「大丈夫ですよ。明日には終わりますから。何せ音信不通で一年以上姿を消した前科があるので……ヘヘッ!やっちまったんスよ」
「そ、そうか……」
鉱石化した民はどのみちライやアムルテリアに頼らねばならない。その点はライの厚意に甘えるしかない。
「ところでアスラバルスさん……外に発生した魔獣はどうなりました?」
「魔獣は全て駆逐されたそうだ。実はシウトにも出現したという話だが、勇者に倒されたと連絡が入っている」
「へぇ……まだシウトに魔獣と戦える勇者が残ってたんだ」
それ程の実力者となれば知名度もある筈。しかし、その名を聞いたライの表情は俄に曇る。
「報告では、勇者の名は『イルーガ・クロム』とあったが……」
「イルーガ!それ……本当なの、バル爺!」
「マーナ……バル爺て……」
神聖国エクレトルの最高指導者の一人に対して非常に気安いマーナ。アスラバルスは爺と呼ぶ程の外見ではない。が、当人は満更でも無い顔をしている。
「間違いは無いだろう。クローディア女王自らの通信だからな……イルーガというのは知己の者か?」
「一応、実家のお隣さんです……。でも……」
ライの実家・フェンリーヴ家の隣人、クロム家……。名門貴族であり勇者輩出の血筋でもあるが、最近は貴族としての立場に力を注いでいた。
少なくとも、ライが旅に出た時点ではイルーガに勇者としての知名度など無いに等しかった。
そうなればライの成長速度並……というのはどう考えても有り得ない。やはり何かが引っ掛かる。
「どうした……?」
「いえ……何でもありません。それより、アスラバルスさんも呑んで呑んで!」
イルーガに関しては帰還してから確認すれば良いだろう。キエロフ大臣や父ロイが何か情報を持っている筈だ。
それから
更に筋肉ダンスへと続き、食傷気味となったトゥルクの民がとっとと家に帰ったのは余談である。
そうして宴がお開きになった後、『ロウドの盾』及び『エクレトル』の面々は、飛行船内部の会議室にて話し合いへと移る。
今後の行動──その確認が始まった。
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