第六部 第八章 第十六話 かつてない危機


 エクレトルの飛行船内。勝利の宴を終え集まった一同。


「さて………ライよ。ん?その前に大聖霊達が居ないようだが?」


 アスラバルスは室内を改めて確認しているが、メトラペトラとアムルテリアの姿が見当たらない。


「メトラ師匠はまだ呑み足りないらしくて外に……。アムルは話し相手、兼お目付け役をしてます」

「そうか……まぁ、無理に呼ぶ必要も無いだろう。取り敢えずここに居る者達での話し合いとしよう」


 天使はアスラバルス、マレスフィ、ルルナルルの三名。残りはアーネストを除いたシウト国のロウドの盾参加者とルーヴェスト、マレクタル、そしてライ、といった面子である。


「先ずは感謝を……。また世話になったな、勇者ライ」

「いえ……。今回は俺が遅れたせいで御迷惑を……。特にアリシアを危険な目に遭わせてしまいました。本当にスミマセン」


 頭を深く下げたライは拳を固く握っている。


 アリシアはライのお目付けとして同居していることになるが、他の者同様に心許せる相手。更にエクレトルから預かっているという責任感がライの中にある。当然、怪我をさせたという負い目があった。


「気にせずとも良い。あれは自ら望んで貴公らと暮らすことを選んだ。傷を負ったのも、自らが他者の盾になったからだ……。それはアリシアの選択でもある」

「でも……」

「貴公は少し気にしすぎだ。それでは動けなくなるだけでなく、他者を束縛することになるぞ?もう少しで良い……他者を信じることだ」

「そう……ですね」


 結局全てを守ることなど出来ないのである。天使ですら分かる道理がライから抜け落ちていることに、アスラバルスは呆れたように笑う。


「ともかく、今回の戦いは歴史上でも類を見ない程の危機だった。皆の活躍により危機は回避されたが……新たな危機が迫っている」


 邪神……いや、邪神と思われていた存在『闘神』の復活……。デミオスの言では復活が近いとのことだ。


「新たな覇竜王の誕生は間違いなくその前触れだろう。今後、エクレトルはドラゴン達とも連携を取り敵に備えねばならぬ。更に、もう一つの脅威『魔王アムド』──皆には今後も力を貸して貰いたい」


 かつてない危機がロウド世界に迫っている……それを改めて認識した一同は、少し緊張の面持ちで頷いた。


「つってもよ……具体的にどうすんだよ、アスラの旦那?」

「我々が出来ることは魔導具・神具の普及と国家の結び付きの強化……後は各々の力を引き上げるといったところか」

「じゃあ、俺らは鍛練か……ま、いつもと変わんねぇな」

「そうでも無いだろう。人の中にも危機はある。その対策も必要だ………」


 具体的に言うならば、トシューラ・アステの二国。争いは闘神の復活を加速させる。侵略等の国の暴走は避けるべき事態だ。


「そりゃあ、王の役割はだろ。マニシド爺やクローディア嬢ちゃんの領分だ。まぁ、手助けはするがよ?」

「それで良かろう。勇者ライは………寧ろ休んだ方が良いだろう」

「うっ………」


 聞くまでもなくライは世界を駆け巡り過分な程の働きを見せている。そのことをアスラバルスも理解している。アスラバルスとしてはライに倒れられては困るのだ。


「今回の敵デミオスは【神衣】を使ったのだったな」

「はい……毎度のことながら勝てたのは奇跡に近いですね」

「ふむ……だが、闘神の尖兵ですらそれだ。我々も存在特性や神衣について改めて知らねばなるまい。そこで私は、今回の顛末説明と併せ大天使ティアモント様にお聞きしようと考えている」


 現在の神に相当する大天使ティアモント──そして、神衣を確実に使える唯一の存在である。


 天使は存在特性を理解しているが、それを神衣に変えられる者は存在していないのだ。長く存在するアスラバルスですら至れぬ領域には何か理由があるのかも知れない。

 それを確かめる為の行動は、やはり必要なことだろう。



「もし有益な情報を得たならば貴公らにも伝えよう。それまでは各々の役目と鍛練……」


 チラリとライを見たアスラバルスは念を押すように付け加える。



「……それと休養を取るように。質問のある者が居れば挙手を願う」


 挙手無し……細かい対応は各国で判断して貰い改めて大陸会議を提案するつもりのアスラバルス。

 とにかく今は、功労者達に休養を……そして相談はお開きになった。



 そこから更に交流の場となる。今度はロウドの盾の面々との改めての対話だ。


 ライは同郷シウトの騎士、バズとドロレスとの挨拶から始まり、シュレイドとの情報交換、マレスフィやルルナルルとの交流に至る。

 そうして交流を終えた頃にはすっかり夜中になっていた。


「お疲れ様でした、ライ様」


 ライの同居人達と共に宛がわれた砦内の部屋。マリアンヌは新品のメイド服に着替えている。


「うん。マリーもお疲れ様でした。皆も、頑張ってたのはメトラ師匠の記憶で見たよ。お疲れ様」


 蓋を開ければ大活躍だったライの同居人達……。皆を戦わせたくなかったライとしては、複雑な気分である。


「………」


 今後は戦って欲しくない……そんな気持ちがある反面、ライが遅れた中を皆が奮闘し被害を抑えたのも事実。それを考えると言葉も出なかった。


「ライ様?」

「あ……うん。何て言えば良いか迷った。ゴメン」

「………アリシア様のことですか?」

「………。うん……。俺が遅れたせいで皆に負担を掛けた。だから、皆に戦うななんて偉そうなことも言えない。でも同時に、戦って欲しくない自分も居る」


 そんな言葉を突っぱねたのはシルヴィーネルだった。


「アタシ達をナメないで」

「シルヴィ……」

「アタシ達がちゃんと役に立つのは解ったでしょ?それに、アタシ達はアタシ達の意思で行動してるのよ。あんたのペットじゃないの……わかってる?」

「当たり前だろ」

「なら、戦うななんて言わない!ちょっとばかり強くなったからって生意気よ、ライ!」


 シルヴィーネルはライの額を指で弾いた。


「さあ……それがわかったら、皆に何て言うの?」

「………ありがとう」

「もう一回よ」

「皆……ありがとう。無事でいてくれて本当に良かった」

「宜しい。じゃあ、今後は戦うななんて言わないでよね?」

「わかったよ……。ありがとうな、シルヴィ」


 ライはシルヴィーネルの頭を優しく撫でた。


 そこにあるシルヴィーネルの優しさを感じたからこその行為だが、撫でられた当人は真っ赤になって顔を背けている。


 これを見ていたトウカとクリスティーナは挙って頭を撫でて貰いに近付く。気付けばマリアンヌやマーナまでもライの傍に押し寄せていた。


「………キミは行かないのか?」


 羨ましそうに見ているサァラは、一応ながら照れを見せている。


「み、皆さんに悪いので……」

「う~ん……こういう場合は遠慮したら負けだと思うけど?」

「ランカさんは良いんですか?」

「ボクは特には………それより、ホラ。行っておいで?」


 そっとサァラの背を押したランカ。まだ戸惑っているサァラに向けて笑顔で頷いた。

 そこでサァラも負けじと参加。ライはサァラに気付き平等に撫でている。


(ハハハ……全く。あれで神格持ちを倒したんだから本当に不思議な男だよ、ライは……)



 ランカの視線に気付いたライは苦笑いをしている。以前メトラペトラが言ったように、ライの行動は恋愛によるものではない様に見える。


(成る程……確かにこれは他の娘も可哀想だな……)


 ランカ自身も自分の恋愛感については良く分からない。しかし、暗殺者として演じることは可能だ。

 故にライの奥手ぶりは幾分歯痒く見えた。



 そんなランカのお節介が後に一波乱起こすことになる……。




 一頻り皆の頭を撫でたライは、砦の外へと向かう。そこではメトラペトラとアムルテリアが酒を交わしつつ談義していた。


「珍しいですね……メトラ師匠とアムルが大人しく語り合っているなんて」

「そんな日も稀にあっても良かろう。それよりもじゃ……」


 邪神ならぬ闘神……それはメトラペトラ達にとっては大きな誤算でもあった。


「よりによって闘神とはの……状況は益々悪化したと言えるじゃろうな」


 闘神は戦いの神……。争いあれば力を増す。そして戦いに特化している分、邪神よりも質が悪いとメトラペトラは語る。


「邪神は搦め手で世を乱す。対して闘神は圧倒的な力で全てを捩じ伏せる。対峙して勝ち目が薄いのはどう考えても闘神じゃ……」


 対峙するには神衣だけでは足りないとメトラペトラは呟いた。


「デミオスも言ってましたが、真なる神は神衣では倒せないと……」

「うむ……」

「じゃあ、封印は?」

「無理じゃな。何故三百年前に封印出来たか………それをアムルから聞いた。アムルも鳥公から聞いたようじゃがの?」


 頷いたアムルテリアは、【時空間を司る】大聖霊オズ・エンから聞いた話を語り始める。


「三百年前……当時の神アローラとの戦いは凄まじいものだったという。アローラの神衣が通じたのは、創世神の神具を使用したからだ」


 創世神ラールの唯一神具……闘神を倒すことは叶わなかったが、その力を大きく削った。

 それでもアローラは圧倒され倒されたのだ……。


「アローラにより確実に力を削った闘神──その直後に戦った覇竜王ゼルトは、神衣の相性で力を封じた。それも、自らの命を使ってでようやくのこと……」

「……その神具ってのは?」

「闘神に破壊されたそうだ……」

「ゼルトの存在特性って何だったの?」

「相手の霊格を操作できるというものだったらしい。それでもアローラが戦わなければ通じなかっただろう」

「………」


 打つ手無し。これはある意味、ロウド世界への死刑宣告に近い。


「……。闘神って話し合いは出来そうですかね?」

「さてのぅ……三百年も封じられて話を聞くかは判らんわぇ」

「………なら仕方無いですね」

「お主、そんなあっさりと……」


 真剣な話……しかも滅亡が掛かった未来を『仕方無い』で済ませるライに、メトラペトラは呆れている。

 勿論、ライは闘神に対抗できる可能性を見据えての意見だ。


「希望はありますよ」

「何じゃと?」

「【神薙ぎ】です」

「!──そうか!忘れておったわ!」


 ディルナーチ大陸、華月神鳴流開祖・トキサダが研鑽を続ける万物両断【天網斬り】の完成形──神殺しの技【神薙ぎ】。

 話の流れから、恐らくそれを依頼したのはバベル……。


 だが……それでは時系列が合わない。その点はアムルテリアも当時オズ・エンから依頼を受けただけという。


 しかし、【神薙ぎ】が希望の種に違いはない……。


「【神薙ぎ】が闘神復活までに完成すれば可能性はあります。それと、もう一つ……」

「何じゃ?」

「俺ですよ。大聖霊全てと契約して力を纏めることが出来れば……」

「じゃが、オズは何処に居るのか……」

「なら、捜すまでですよ。やれることは全部やるんです。諦めている場合じゃないですよ?」

「…………」


 いつに無く頼もしい弟子に、メトラペトラは感動している。


 ライの限界というものに不安はある。しかし、デミオスとの戦いではその兆候は見えなかった。故に、楽観ではないが静観し様子を見るつもりだった。

 勿論、メトラペトラはライの限界を超える方法を探すつもりだ。


「その前に片付けなくちゃいけないこともあります。ここからが大変ですよ?」

「そうじゃな……確かにそうじゃ」

「闘神復活までに残された時間は分からない。だけど、今日明日じゃないなら……」

「うむ。となれば………取り敢えず飲むぞよ?」

「くっ!酒ニャンめ……」


 明るく振る舞うライを見るアムルテリアは言葉少ない。闘神との戦い……ライが更なる力を求めることは苦痛への道を意味する。


 それでもライは止まらないだろう……。



 ロウド世界の命運を掛けた戦いは遠からず訪れる。トゥルクの戦いは人類の未来を掛けた試練の幕開けに過ぎなかった……。


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