第六部 第八話 第十七話 帝王の仮面
戦いが終わった翌日、早速トゥルクの復興が始まった。
自国を優先せねばならないエクレトルの天使やロウドの盾所属の騎士達は報告の為に飛行船で去ったが、自由な立場であるライは残って手伝うこととなる。
その代わりエクレトルはかなりの量の非常食料を置いていった。これはこの先のトゥルクの為……復興が一段落するまでの間、生活の足しとなるだろう。
あとは大地の恵みに干渉できる星鎌ティクシーが居れば、幾分なり秋の実りを確保できる筈だ。
そんな復興のトゥルクに残ったのは、ライ以外ではアムルテリアのみである。
今回は激戦──メトラペトラの記憶でその内容を知ったライは、皆に早めの休息をして貰うことにしたのである。女性ならば尚のこと身綺麗にしたいだろうというライの配慮に、同居人達は素直に喜んでいた。
基本的に復興はアムルテリアや契約聖獣達がいれば事足りる。それを踏まえての配慮は他にも事情があったのだが、ライは敢えてそれを隠している……。
因みにメトラペトラとトウカは、予定通りディルナーチ大陸側に向かった。星鎌ティクシーへの報酬準備に加え、闘神という存在の脅威を伝える為には迅速な方が都合が良いだろう……。
そして……今後の鍵となる神殺しの剣技【神薙ぎ】の完成へ向けた助言もメトラペトラに頼んでいる。
「本当に手伝って貰って大丈夫なのか、ライ?」
砦の中から資材を運んでいるマレクタルは、転移で行き来しているライを見て声を掛ける。
「大丈夫ですよ。遅刻してきた分の侘びと思って下さい。それより、何処に王都を置くかって決まりましたか?」
「ああ……今朝方早くに父と相談して決めたよ。やはり、王都は祖父が最初に作り上げた街に置きたい」
「そうですか………じゃあ、アムル。頼めるか?」
「わかった。行くぞ、星鎌の勇者よ」
「え?行くって………うわっ!」
アムルテリアの転移魔法に巻き込まれたマレクタルは、そのまま荷物ごと姿を消した……。
それを見ていた『モブ兵士その一』──ならぬ、新国王ミルコは動揺している。
「ゆ、勇者殿……マレクタルは何処へ……?」
「ウチのワンちゃんと城を建てに行きました」
「な、成る程………。………。な、何ですとぉっ!?」
(良い反応するなぁ、新王様は……これで見た目に強烈なインパクトがあれば………)
その時……ライの脳裏に一つの考えが過った。同時に至極悪い顔で笑顔を浮かべている。
「な、何ですか、勇者殿……?」
当然ながらミルコさん、絶賛警戒中。
「ミルコさん……いやさ、新王様。この先ブロガンさんの後継となるに当たり、王には足りないものがあります」
「そ、それは存在感の話ですかな?自覚はあるのですが……」
「ソコだぁぁっ!」
ビシッ!とミルコを指差したライに、ビクッ!と反応したミルコ。
「ミルコさんは王のオーラが無い訳じゃなく、腰が低すぎるんですよ。人の印象というのは第一印象で決まる……だから、先ずそれを改善しましょう!」
「え、え~っと……今は復興の……」
ライは人差し指を立て左右に振っている。
「チッチッチッ!良いですか、ミルコさん!その配慮は素晴らしいものですが、ナメられちゃあイケナイ!今後は貴方が大国とすら渡り合わなきゃならないんですよ?」
「そ、それは……」
「自分を変えるんです!国内はともかく、国外に向けて新たな王として生まれ変わるなら今しかない!それこそが国民の為になるのです!」
ガビ~ン!と衝撃をミルコはガクリと膝を付いた……。
ライの言い分はもっともだ……。しかし、ミルコはどうすれば良いのか分からない。
「ゆ、勇者殿……私はどうすれば……」
「大丈夫……全てお任せを……」
こうしてミルコはライの『トゥルク王改造計画』を受けることになった──。
四半刻後───マレクタルが王都予定地から戻ると人集りが出来ていることに気付く。
何事かと人ゴミを掻き分け進んだ先には、恐ろしいまでの存在感を持つ仮面の男が………。
マレクタルは二度程目を擦り確認したが、その服装は今朝方父ミルコが纏っていた物であることに間違いない。
(い……一体何が……)
漆黒の仮面は頭をスッポリと覆っている覆面型。厳つい棘やら鋲やらが打ち付けられた拘束具の様な形状だ。
目の部分は窪んでいるが瞳を確認することは出来ない。どうやら何かで覆われているらしい。
仮面の内側からは、ミルコの呼吸する音がやたらと強調されていた……。
「ち、父上……?」
父の余りに異様な姿に動揺を隠せないマレクタル……。しかし、その動揺は更に加速する。
『我が息子よ……戻ったか』
くぐもった声は明らかに別人……声色が高かったミルコの声は、まるで地獄の底から響く様な、低く、野太い声になっている。
「ち、父上……そ、そのお姿は………」
『フッフッフ。どうだ?この素晴らしき姿は……』
自信に満ち溢れた受け答え。やはり明らかに以前のミルコとは何か違う……。
「な、何故、その様なものを……」
『何……新しき時代の為、我は変わる必要があった。その助力を受けた証に過ぎぬ』
「助力……一体誰がそんな……」
『勇者ライだ』
「ライ━━━━ッ!」
聞くまでもなくそんな真似をできる存在は限られる。
復興初日に余計なことしてくれちゃった勇者ライ。その姿は既に無い……。
「し、しかし、父上………その仮面は些か肝を冷やします」
『だからこそだ。この仮面は我が言葉と心を高みに引き上げる。特に外交の場にはこの仮面は必須……決して侮られることはあるまい。例えば……』
バッ!と手を振りかざしたミルコに合わせ仮面の機能が発動──稲光がミルコの背後に落ちる。勿論、幻覚である。
『どうだ?迫力満点だろう?』
「…………」
『驚いて声も出ないか。フッフッフ……他にもこんなものもあるぞ?』
ミルコが叫ぶと仮面の眼の部分が閃光を放ち、ミルコが高笑いすると風が巻き起こる。勿論、攻撃性は一切ない。
そんな意味もない効果が続々と……マレクタルはワナワナと震えている。
「くっ………。恩人とはいえこれは……」
『まぁ、そう急くな』
仮面の留め具に手を掛けたミルコ。ブシューッ!と蒸気を上げ拘束を解いた仮面はあっさりと取り外された。
中から現れたのはちょっと凛々しくなった……気がするミルコだった。
「……か、簡単に外れるのですか?」
「無論だ。この仮面は心構えを訓練するものだと勇者ライは言っていた。私の意識改革の為にわざわざ造ってくれたのだ」
言葉使いもやや凛々しくなった気がするミルコ。
そもそもミルコの腰が低いのは父であるブロガンが偉大だった為。自分はそうなれぬと萎縮した故の諦めから来ている。
しかし、ミルコは武には長けぬが優秀な善王となる可能性を確かに秘めている。ならばと意識改革の為に生み出されたのが覆面型魔導具『帝王の仮面』──。
言葉遣いや立ち振舞いに《思考加速》による補正が加わり、ミルコ自身がそれを俯瞰して確認する機能が付いている。
因みに、特殊効果や仮面の形状は単なるライの趣味であることは言うまでも無い。
「そんな訳だ。これも他国と渡り合える様にという勇者ライの配慮……感謝せねばな」
「そこまで考えて……と、ところでライは?」
「はて?私も分からんな……」
転移でトンズラした……訳ではなく、ライはプリティス教総本山『煉山』に転移していた。崩れた煉山の修復に来たのである。
「さて、と……どうすっかな」
トゥルクの民にとっては忌むべき山ではあるが、一応ながら要塞的な機能も付いている煉山。国境防御に使えるのではないかと破壊よりも修復をと考えていた。
ともなれば、内部を少しでも綺麗にしておくべきと判断しての行動だった。
そんな煉山……アムルテリアがライの後を追って転移してきた。
「ライ……」
「アムル!城は?」
「終わった。それで……次はどうする?」
物質を司る大聖霊にとって築城など些事……。
「………そんなに頑張らなくて良いのに」
「言っただろう?私はお前の支えになると……」
「わかった……ありがとう。じゃあ……」
煉山の修復……崩落部を埋めるのではなく、そのまま崩れない様に形状の補強をアムルテリアに依頼した。
敢えてそうしたのは、邪教に打ち勝ったという誇りを忘れさせない為である。
「そう言えば、あの槍って……」
未だ突き刺さったままの巨大な槍は、ライが再確認する前にアムルテリアの手で分解された。
「なぁ、アムル……?」
「……………」
「あの槍って……」
「………」
「ねぇ?」
「………」
感情に任せてぶっ放したなどとは恥ずかしくて言えないアムルテリア。
「……アムル?」
「…………」
「………モフゥ!」
「!?」
ビョ~ン!とアムルテリアに飛び付いたライは、その身体を丹念に撫で回す。アムルテリアはされるがままにモフモフを堪能されグッタリとしている!
「フッフッフ……アムルの弱点などお見通しよ」
ピクピクと足を動かしているアムルテリア。その尻尾が箒の様に土埃を上げている。
「……うぅ」
「まぁ、理由は無理には聞かないよ。でも無視はダメだぜ、アムル?話したくないなら『話したくない』ってちゃんと言うこと。じゃないと……俺、超泣くからな?」
「………わ、わかった」
「良し!じゃあ、お宝探しに出発~!」
埃に塗れたアムルテリアに《洗浄魔法》で身綺麗にした後、崩落の危機がなくなった煉山内部へ潜入。トゥルクの為になりそうなお宝を探し始めた。
結果から言えば、探索は大収穫だった……。
武器防具、財宝等などライの『空間収納庫』だけでは収まりきらず、新たに複数の『空間収納庫』を造り回収することになった程だった。
それから犠牲者の回収──。犠牲者達は焼かれていたが、損壊が酷い遺体はチャクラの能力 《復元》により出来る限り元の姿に戻した。
それら全ての遺体から記憶を読み取り全員の身元を特定。棺を用意し【空間収納庫】に回収する。国外から連れて来られた犠牲者は、アスラバルスへの念話により家族の元に送り届ける為の算段を付けた。
「………大丈夫か、ライ?」
死んだ者達の記憶は苦痛に満ちている。それを読み取ったライの精神負担は計り知れない。アムルテリアはライの心が心配だった……。
そもそもライが単独で来たのは、他者へ惨劇の現場を見せぬ為。始めから全部自分で背負うつもりだったからに他ならない。
「大丈夫だよ……ありがとうな、アムル」
やはり涙を浮かべているが、少しだけ堪えているのはアムルテリアが居るからだろう。
「帰ろう、アムル」
「わかった。転移は私が……」
「助かるよ……」
次の転移先は新しい王城前。王都に当たる城下街は、アムルテリアの手により既に建て直されている。
「……これ、全部アムルが?大変だっただろ……」
「少し手を加えただけだ。然程ではない」
「クールだねぇ、アムルは。でも頑張ったから、帰ったらミルクとチーズね?」
「!!……そ、それは……」
アムルテリアは物凄い速さで尻尾を振っていた……。
ともかく、これでトゥルクの要となる王城は確保された。トゥルクの民の復興はここから本格的に始まるのだ。
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