第六部 第八章 第十八話 トゥルクの再生


 再度砦跡に戻ったライを待っていたのは、星鎌を担ぎ微妙な表情のマレクタル──。


「どうしました、マレクタルさん?」

「ライ……君には感謝している。感謝はしているんだ。しかし……アレは……」


 マレクタルが顔を向けた先には、再び仮面を付けたミルコが荷物運びをしていた。

 時折幻覚の雷光が背後に落ちるが、皆慣れたらしく誰も気にしていない。



「へへっ!どうです?カッコイイっしょ?」

「………」

「ありゃ?お気に召しませんか……。雷光が駄目なら……そうだ!じゃあ、爆炎の幻覚に変えます?」

「いや……私が言っているのは……」

「あ……もしかして、マレクタルさんも欲しいとか?」

「………いや、もう良い」


 ガックリと力を抜いたマレクタルは諦めの表情だった。


「ハハハ……。真面目な話、ミルコさんにあまり長くブロガンさんを演じさせるのは酷でしょ?その為の仮面なんですよ」

「……。確かにそうかもしれないな」


 マレクタルですらふとした時に悲しみが甦るのだ。実の息子として長年父を見てきたミルコはそれ以上に辛い筈……。


「それより、荷物は集まりました?」

「………言われた通り全て纏めてある。あとは民達も全員揃ったが……」

「じゃあ、準備は良いですね?」

「一体何をするんだ……?」

「直ぐに分かりますよ」



 集まった民は三千にも満たないが、馬も居ないので移動するにもかなりの労力となるだろう。

 そこで出番となるのがライの頼れる仲間達──。



「クロマリ、シロマリ」


 ボフン!と白煙を上げ現れたのはタキシード姿の二体のウサギ、時空間聖獣『聖刻兎』──。


『何でおじゃるか、主?』

「悪いんだけど、移動を手伝ってくれるか?荷物と人を、あそこに見える大きな城のある場所まで……」


 ライが指差した先には何も見えない。辛うじて森の中に白い点が見える程度だ。それさえも砦が高台にあるからこそ見えるもの。

 しかし、聖刻兎達にはそれで十分だった。


『御安い御用である!』

『行くでおじゃる!』


 視界が揺らいだ次の瞬間には、既に新たな王城前。

 かつての王都であり、新しき始まりの地───トゥルクの民は歓喜の声を上げた。


「君には本当に驚かされる……」

「いやぁ……俺よりこのモフモフ達が凄いんですよ。なっ?シロマリ、クロマリ?」


 ライの頬にすり寄った飛翔する二体のウサギは、嬉しそうに耳を動かしている。


「取り敢えず皆さんはお好きな住まいを選んで下さい。マレクタルさんとミルコさんは申し訳ありませんが城で待ってて貰えますか?ちょっと御相談が……」

「まだ何かあるのか?」

「野暮用が幾つか……シロマリとクロマリももう少し頼むな?」

『任せるである!』

『おじゃる!』


 ライの転移で移動した先は巨大魔獣の骸跡地……。

 魔獣の死骸は肉が腐敗すると毒となる。周囲の魔力も汚染される為に、通常は焼却される。稀に魔術師の手で何等かの道具に加工されることもあった。


 しかし、如何せん魔獣が巨大過ぎる……。首の辺りまで吹き飛ばされているが山程の大きさが残っているのだ。


「………どうするかな、コレ?」

「私が石化させるか?」

「いや……ちょっと待っててくれるか、アムル?」


 チャクラの《解析》を使用し魔獣を確認すれば、何と……魔獣はまだ生きているらしい。


「マジか……。何で動けないんだろ?」

「……恐らく巨体過ぎて魔力核が足りないのだろう。更に頭を破壊されたので魔力体に変化してからの再構築を行う思考も出来ない。時間を掛ければやがて頭部は再生するかもしれないが……」

「そりゃ迷惑な話だな。ん~……となると……」


 クローダーの記録から魔獣を探せば、異世界ではなくロウド世界の魔獣とのことだ。

 ならば、いつもの手法で熟せば良いとライは作業を続ける。


 先ずは契約聖獣・火鳳……セイエンの《浄化の炎》で魔獣を浄化。更にライの手による補助で魔力体に変換し、そこから魔力核の数に分けて再構築。五体の聖獣が生まれた。


(………これ程容易に……。やはりライは……)


 驚愕しているアムルテリアを余所にテキパキと続けるライは、最低限の知識だけを与えて聖獣と向き合った。


 二体は白いワニ型の聖獣。その背には皮膜の翼があり、一見するとドラゴンに見えなくもない。

 そして一体は犬型、もう一体は熊型………熊型は一体何故そんな変化したかは分からないが、どちらも白い。


 そして予想外の聖獣……何と卵である。


「…………ねぇ、アムル?」

「…………何だ?」

「………。卵って獣じゃないよね?」

「………。そうだな」

「………。じゃあ、あの浮いてる卵は何?」

「…………くっ!済まん!メトラペトラ!お前の言う通りだった!」

「えっ?ど、どういうこと?」


 アムルテリアはライから顔を背け震えている。


「……ライはおかしいから、まず問題なく終わったことが無いとメトラペトラが……」

「………そ、そんなことは無いよ?」

「じゃあ、あの卵は?」

「…………良し!じゃあ、聖獣達!解散!」


 無責任に放置を選んだ勇者さん……しかし、聖獣達は戸惑っている様だ。

 自分が生み出した手前、やはり放置は後ろめたい。そこでライは聖獣達に役割を与えることにした。



「え~……君達にはこのトゥルク国の守り手になって欲しい。緑豊かな国に戻る筈だけど、その手伝いをして欲しいんだ。頼めるかな?その後は環境維持に努めて欲しい」


 聖獣達は互いに確認し頷いた。そこでライは契約ではなく神具を与えて連絡を取り合うことにした。

 後に良き契約者が現れた時の為に行動は縛らないという配慮だが、アムド一派という不安材料がある。故に念話の神具をそれぞれに装備させたのだ。


 神具は全て腕輪型。念話以外に『聖属性結界』の機能も備わっていて、休息の際に聖獣達が落ち着けるようになっている。

 いつかトゥルクの大地浄化が進み聖地が生まれるまでの間の、聖獣達の安らぎの場となる筈だ。


 色々と配慮はしたものの、ここで一つ問題が……。


(ヤベェ……。タマゴ、どうすべか?)


 装着のさせようがないタマゴ……しかも言語がまだ通じない。

 やはりトラブル勇者。すんなりは物事が進まなかった………。



「と、とにかく、タマゴ君以外は好きな場所を見付けて暮らしてくれ。あとは……タマゴ君は残ってくれる?」


 聖獣四体が去った後、残されたタマゴ型聖獣は静かに浮いている……。


「会話が通じてる気がするんだけど、念話も聞こえないんだよなぁ……」

「………どうする?トラブ……いや、ライ?」

「くっ……!アムルまでメトラ師匠に毒されたか!」

「ブプッ!」

「うぉぉい!」


 ギャース!ギャース!と騒ぐ間、聖刻兎達は野原を駆け回っている。やがて時間的な問題でライは妥協に走ることにした。


「はい、保留~!」

「保留って……」

「取り敢えず契約だけしておこう。俺の魔力で成長して卵から孵るかも知れないし……」

「……………」


 契約を果たした卵聖獣は真っ白なタマゴに赤と青の炎のような模様がある。

 そして、契約を果たした卵は、何と親指の爪ほどに縮みライの左耳たぶに張り付いた。


「……。えぇ~……マジで?」

「………行くか」

「………そだな」


 考えたら負け……いずれは何か判るだろうと逃避する勇者と大聖霊は、聖刻兎達の力で次の場所へと転移した。


 次に向かったのは異界の魔獣の骸。転化は出来ないが、性質的には同じだろうと処理に訪れたのだ。


「………コイツはどうするかな」

「エクレトルが処分するのではないのか?」

「う~ん……まぁ、ついでだからさ?」


 竜型の魔獣の骸を魔力体へと変換させたライは、右腕の契約紋章を発動し六体の精霊を呼び出した。


「久し振りです、カブト先輩」

(我は視ていたからそうでもない)

「そ、そうですか……ともかく、精霊の皆に特別手当てをあげます。あの魔力、皆で平らげて良いよ?」


 途端に精霊達は我先にと魔獣の遺体に群がる。みるみる魔力を取り込んだ精霊達は満足げに姿を消した。


「うわぁ……。魔力体だから生々しくない筈なのに、なんかグロい………」

「………次は?」

「これで終わりかな。じゃあ、城に帰ろう」


 トゥルク王城へ帰還したライは、玉座の前に立つミルコとマレクタルを見付ける。


「戻ったのか?」

「はい。取り敢えずは色々片付けてきました」

「?………そ、そうか。実は、君を待っていた間に城の中を確認した。それで聞きたかったことが……城の中に財宝やら装備やらがあるんだが……」

「ああ。あれはプリティス教の溜め込んでいた物資です。回収して城に移しました。トゥルク国内の財産てことで……」

「君は……要らないのか?」

「幸い今のところ金で困ったことは殆ど無いので……というか、金無くてもどうにでもできますから……」

「素晴らしい!流石は勇者よ!」


 カッ!っとミルコの背後に稲光が疾る!……。マレクタルは既に慣れた様だ……。


「あ……。あと、荷物を運ぶ際に使ったものですが良ければ利用して下さい」


 空になった『空間収納庫』の指輪を二つ、マレクタルに手渡す。今後、何かの役に立つだろう。

 転移機能は付けていない。星鎌ティクシーが居るので必要はない筈だ。


「こんな凄いものを……ありがとう。大事に使わせて貰う。……。それで相談というのは……」

「実は……」



 ライからマレクタル達への提案は、今後のトゥルクには願ってもない話だった……。


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